TOP > 中小企業ルネッサンス > 第56回 株式会社楽家
脱サラして三味線屋を創業
新商品も開発し、前途は洋々
段ボールを利用してつくった三味線「しゃみせんBOX」
を開発した濱谷拓也社長。
「子どもが小学生の時、学習発表会用の獅子頭を段ボール箱を利用してつくったことがありますが、そんなノリであの段ボール三味線をつくられたのでは・・・?」
編集子がそう問いかけると、(株)楽家(らくや)の濱谷拓也社長は苦笑しながら、「まあ、当たらずとも遠からずでしょうか。初心者にいきなり数十万円する三味線を与えても、取り扱いが不慣れで壊す可能性がありますし、稽古を続けるかどうかもわかりません。子どもには最初、段ボール三味線でもいいのではないかと思ってつくってみたのです」と返してきた。平成26年のことだという。
ところがこの段ボール三味線(商品名「しゃみせんBOX」)、意外と人気が出てヒット商品に。翌年には当機構の「ビジター対応ビジネス支援事業」の採択を受けて、お土産用にその改良と販促が進められた。今回の「中小企業ルネッサンス」ではその主人公、サラリーマン(それもマスコミ)から三味線屋(販売・修理・教室)に転身した濱谷社長のビジネスの軌跡を追いかけた。
「しゃみせんBOX」の表側(写真左)と裏側(写真右)。
廉価版は6800円からあり、上位機種は1本3万円台する。
濱谷社長が中学2年の時のこと。歌謡曲がフォークソング、ロック、ニューミュージックなどと進化しつつあった頃で、ギターやエレキ、ドラムを始める若者が増えた。濱谷少年もその1人。仲間とバンドを組んで、青春を謳歌(おうか)していた。
一方で、母親が三味線教室を主宰していた関係で三味線にも興味を持ち、弾けるように。卒業生を送る会では、滑川に伝わる民謡「新川古代神」を弾き、同級生が曲に合わせて踊ると卒業生はかつてないほどに盛り上がり、濱谷少年は拍手喝采を浴びたという。ここから濱谷社長の三味線人生が始まった。
平成7年に大学を卒業して、富山にUターン。地元テレビ局で番組制作に携わった後で、出版社に転職した。会社員時代、「三味線を弾くことができる」というと各種懇親会等で重宝がられ、また取材先・取引先からは珍しがられ、すぐに名前を覚えてもらえたという。
その出版社も辞め、フリーランスのライターとして取材・執筆活動を続ける傍ら、三味線の皮貼り職人と出会ったことを縁にそこで2年近く修業することに。三味線の修理一式の技術を身につけたのだ。
職業として三味線と関わり始めたのは、平成17年のこと。フリーランスのライターと三味線の師匠という二足のわらじを履いた。その8年後の平成25年には、楽家を創業。地域の歴史を大切に守り育てている富山市の岩瀬に魅力を覚え、かつて呉服店が営まれていた建物を居抜きで借り受け、3月に開店したのだった。
「自宅で三味線教室を開いていた時には、20人ほどの方が通っておられました。三味線には様々な流派がありますが、私はそれにあまりとらわれることなく、三味線の愛好者を増やしたいという思いから教えていました。そういう視点で市場を観察すると、三味線を習いたい人、それが高じて三味線を買いたい人はもっといるのではないかと思い、楽家をオープンすることにしたのです」(濱谷社長)
“新しく三味線屋を始めた人がいる”は、ニュースバリューの高い出来事であった。各種メディアが報じたこともあって、教室に通う人は徐々に増え、同店で三味線を求めたり、修理に出す人も現れ始めたのだ。また当時、ネット上で三味線をビジネスにしているお店はほとんどなく、検索すると社名を入れなくても同店が上位に表示されるなど、先駆者としての幸運にも与(あずか)れたのだった。
同社のホームページのトップページ(写真上)。
ネットショップの企画運営に詳しい専門家のアドバイスを
受けて制作。
写真下は「ビジター対応ビジネス支援事業」
の採択を受けて進められた
富山らしいデザインが施された
「しゃみせんBOX」。
それを加速させたのが、当機構の「専門家派遣事業」(平成25年度)を活用してのネット販売の充実である。濱谷社長はネットショップの企画運営に詳しい専門家を招聘(しょうへい)し、三味線教室の告知や三味線販売のコンテンツ制作の指導を仰ぎ、自社サイトでのPRの他に、大手ショッピングサイト3社での販売も試みた。
「おかげでネットでの販売は収益の柱になりました」と濱谷社長はいうが、その月平均の売上額は編集子が想像していた倍以上の金額。柱というより大黒柱といった方がよいような状況だ。
その牽引役の1つになったのが、冒頭に紹介した「しゃみせんBOX」の改良と販促である。もともとの開発の経緯をうかがうと、大要、以下の答えが返ってきた。
濱谷社長の三味線教室に、ある時、女子中学生が通い始めた。本人はやる気満々であったが、両親は最初から高価な三味線を買い与えることに二の足を踏んでいた。その様子を見ていた濱谷社長。沖縄のカンカラ三線にヒントを得て、100円ショップの貯金箱やペンキ缶を胴にして三味線をつくることを考案したのだが、金属に穴を開けるのが大変だった。そこで自宅にあった段ボールに板を取りつけ、糸を張って弾いてみたところ、三味線のような音がしたのだ。
「その女子中学生に、三味線の愛好家になってほしい一心でつくった」
と濱谷社長は振り返るが、さっそく試作品を持って段ボールメーカーを訪れ、キットとして販売することを模索。翌平成27年には冒頭にも紹介した「ビジター対応ビジネス支援事業」のサポートを受け、五箇山やおわら風の盆をモチーフにしたデザインを胴(段ボール部分)に施し、富山のお土産としても売り出したのであった。
さらにその翌年には、創業時から“三味線ファミリー”をもじって展開してきた「We are Shamily!!」とそのキャラクターを、販促にあたってどのように活用したらよいかなどの指導を仰ぐために、再び「専門家派遣事業」を活用。前回と同じ専門家を招聘し、キャラクターに三味線を持たせるなどバリエーションを豊富にし、サイト上のアイキャッチに利用するなど、展開の仕方についてのアドバイスを受けたのだった。
こうした努力が功を奏して、「しゃみせんBOX」の注文は、毎日1〜2本は入るように。三味線愛好家を増やしたいという濱谷社長の願いは、こうして実現しつつあるのだった。
立山スギを素材にして開発された「森の胡弓」。
伝統的なフォルムの「Waco(ワコ)」(写真上)
と廉価版の「Haco(ハコ)」(写真下)。
新しい事業での成功者が現れると、2匹目のドジョウを狙って喧(かまびす)しくなることが多い。「しゃみせんBOX」もその例外ではなく、類似品を開発して売り出すところが現れたのだ。
「それを見て、県外の人には追随できない富山らしい楽器をつくりたいと思いました。そこで行き着いたのが胡弓の開発です。富山には八尾のおわら風の盆に裏打ちされた胡弓があるではないかと気づきました。それも紙で再現するのではなく、富山県産のスギを使ってやってみようと思ったのです」(濱谷社長)
その開発を、当機構は「農商工連携ファンド事業」(令和2年)を通して支援。富山県農林水産総合技術センター木材研究所の協力も得て、同社では胡弓の開発に取り組んだのであった。
開発の様子を濱谷社長が振り返る。
「風雪に耐えて育ち、強度のある立山スギを材料にしました。ただ立山スギならどの部位も使えるというのではなく、より強度が求められる棹(さお)にはどの部分がよいか、響きが要求される胴にはスギのどの部分を使えばよいかなど、試行錯誤を繰り返しました。胴の部分の厚さも、薄く加工すれば音の響きはよくなるが割れやすく、反対に厚くすると響きが鈍くなってしまう。ちょうどよい厚さ加減を探るために、胴の試作も何度も繰り返しました」
こうしてでき上がったのが「森の胡弓」だ。改良を重ねて、初心者向けには、伝統的な胡弓のデザインとは一線を画した半円形のボディーの「Haco」(ハコ)を、愛好家向けには伝統的なフォルムを受け継いだ「Waco」(ワコ)を上市し、令和4年に入ってから売り出した。
「『森の胡弓』の売れ行きは、『しゃみせんBOX』のような勢いはないのですが、胴に動物の皮を使っていないところから、海外の方々の関心が高いようです」と濱谷社長は語り、「エコやSDGsの取り組みについては欧米の人々の方が積極的なところがありますので、コロナが収まったら対面での販促も試みてみたい」と続けた。
100本以上のオンラインお稽古のコンテンツを紹介する
同社のホームページ(写真上)と津軽三味線の奏者
「輝&輝」とのコラボを告知するホームページ上の
コンテンツ(写真下)。「輝&輝」モデルの三味線
の販売も行う。
コロナ対策についていうと、同社では令和3年には「富山県中小企業リバイバル補助金」を活用して、オンラインによる三味線教室の充実を企画。ビギナー向けに三味線の弾き方、調弦の仕方、糸の張替え方など100を超えるタイトルの三味線の扱い方の動画を同社のホームページ上にアップし、リモートによる個別指導と合わせて“オンラインお稽古”の充実を図ったのだ。
「今の時代、YouTubeを検索すれば三味線の弾き方、扱い方についてはさまざまなコンテンツがありますから、ある程度はそれで足ります。ただ、それらの教え方は体系的でないところや、流派の指導法にこだわり過ぎて、『三味線を楽しみたい』と素朴に思っているビギナーの意欲を削ぐようなところも一部にはあります。当社のオンラインお稽古ではそれらを排し、三味線のファンになっていただくことを第一としています」
と濱谷社長は熱弁を振るうが、オンラインお稽古の生徒募集は、令和4年に入って力を入れているところ。「ネット上での三味線販売の2割近くは海外のお客様」(濱谷社長)というところから察すると、外国語バージョンのコンテンツがあれば、三味線も「しゃみせんBOX」ももっと売れるのではないかと思えてきた。
その印象を濱谷社長に投げかけると、「実は昨年から、海外からメールでの問い合わせが急に増え、そのほとんどは英語圏からのものです。最初のうちは、私1人で対応していたのですが、そのうち件数が増えて速やかな返信ができなくなりました。そこで富山県の助成を受けて人材を確保し、三味線の弾き方・扱い方、商品についての問い合わせなどを英語でスムーズに返すようにしました」と返ってきた。
濱谷社長がいう「富山県の助成」とは、「富山県オンライン海外販路開拓支援補助金」のこと。この補助金は海外見本市へのオンライン出展や越境ECへの参入などに係る事業を補助しようというもので、臨時に雇用したアルバイト等の役務費も補助の対象になるというものだ。
同社では津軽三味線の人気奏者「輝&輝」(きき)とのコラボも開始。「輝&輝」モデルの三味線も扱うようになり、浜谷社長のビジネスの軌跡は、より幅広くなりつつあるようだ。
連絡先/株式会社楽家
〒931-8358富山市東岩瀬303
TEL 076-471-5467
FAX 076-471-5467
URL https://shami1000rakuya.com
作成日 2022/08/03