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企業活動には山あり谷あり。谷から脱却し、右肩上がりに導いた経営者のひと言には再起のヒントあり。

第55回 平ら寿し本舗

異業種からます寿司メーカーを旗揚げ
“うなぎのぼり”とは行かないまでも

10年前に「平ら寿し本舗」を立ち上げ、ます寿司づくりに
取り組んできた松谷輝義相談役。

 「長年、繊維関係の会社を運営してきた私は、65歳を区切りとして息子に経営権を譲り、ます寿司の製造販売という新しい事業に挑戦しました。製造も販売もまったくの素人でしたが、5年ほどかけて納得できる味に仕上げることができ、今はネットなどを通じて県外の方々のお取り寄せにもお応えしています」
 そう語るのは平成23年に「平ら寿し本舗」を立ち上げた松谷輝義氏。現在は、繊維・染織関係の(株)マックス加工の相談役の肩書きを持つも、事業は子息に100%譲ってます寿司事業に邁進している御仁だ。相談役が続けて語る。
 「今まで多くの方々に導いていただいて、事業を続けることができました。その恩返しと思い、ます寿司の事業化を図りました。富山の名産品といっても、呉西地区にはます寿司のメーカーは少なく、砺波・南砺は皆無。お土産や贈答用に使う時は、富山市内まで買いに行ったりしていましたが、その不便を解消できないかと思ったのです」と平ら寿し本舗創業の動機を語るのだった。

食べ比べからレシピ作成

同社のます寿司の鱒は、着色料・添加物は使用していない。

 とはいっても松谷相談役は、ます寿司づくりに関しては素人。当初は「米と魚と酢などの調味料があればできるだろう」と簡単に思っていたらしい。まずは富山市内のます寿司の食べ比べから開始。そこから酢飯や鱒の下処理を推察し、レシピをつくっていった。そこまでで1年を要した。販売用に少し多くつくろうとすると、鱒の入手が困難に。市場で鱒を仕入れようとしても、新参の業者は信用されず、「ウチの鱒を使ったます寿司で食中毒でも出されたら、ウチの信用にも関わる」と、けんもほろろに追い返されることもあったという。
 ます寿司を包む笹の葉や竹のわっぱも、仕入れるのに苦労した。そもそも、どこで扱っているのかわからず探し回ったそうだ。2年目に入ってようやく、ます寿司の形になり販売を試みたが、砺波野の田んぼの真ん中にある同社に、ます寿司を買いに行こうという人は皆無だった。
 「販促にあたっては、呉東のます寿司屋さんの市場を荒らさないよう、県西部の土産物店などを中心に回りました。しかしながら後発メーカーの悲しいところで、『今扱っているメーカーのます寿司でいい・・・』と断られるばかり。『砺波の道の駅にも置いてもらっています』といっても、『それは地元で優遇されただけだ』」と取りつく島もなかったそうだ。
 そのうち、今はなき「大和高岡店」の仕入れ担当者の知遇を得、“お百度参り”のように毎日うかがって頭をさげると「1週間の限定販売ならよい」と半ば根負けして取扱いを認められると、松谷相談役は毎日売り子として店頭に立ち、自社のます寿司を売り込んだのだった。
 そして熱心さにほだされて大和高岡店では平成24年夏頃より通常販売することに。「大和が扱っている」が信用を得て、その後、道の駅や高速道のサービスエリア、大手ショッピングセンターなどでも扱うようになったのだ。

5年目にして納得の味に

ます寿司づくり体験教室の様子。婦人を対象にした
ものや親子を対象にしたものなど各種実施している。

 一方で松谷相談役は、デパートの催事や観光イベントなどに出展して、ます寿司づくりの実演販売を実施。富山のます寿司文化を県外の人々にも知っていただきたいと東京・大阪・名古屋等へ積極的に出向いた。ところが天候による来場者数の不確実さと、賞味期限が3日と短います寿司の特徴から、売れ残った際のリスクの大きさに気づいて、実演販売は縮小することに。対してその後はます寿司づくりの体験教室開催に力を入れ、各種団体の招きに応じて出張体験教室も行うようになった。
 「体験教室は実演販売ほどのリスクはなく、ます寿司の文化を広める貴重なコンテンツだと思います。最近は、県内の若い人たちもます寿司を食べる機会が少ないようですから、こういう機会を通して認識を新たにしていただけるとありがたい。将来的には教育委員会のご理解・ご協力を得て、小学校や中学校の家庭科の授業の一環として、ます寿司づくりの体験教室ができれば・・・と思っています」(松谷相談役)
 SNSを使った情報発信も、比較的早くから取り組むことに。「ITについて、私自身はあまり詳しくないのですが、世の中の流れがそういうふうになっているのならば、それを活用しない手はありません。スタッフに『すぐに取り組んで』と指示を出しました」と相談役がいうように、平ら寿し本舗の味が確定した5年目の平成28年からフェイスブックやインスタグラムを使っての告知に努め、大手通販サイトへの出品の他に自社でも通販サイトを開設し、本格的な販促に乗り出したのだ。

四角います寿司

同社のます寿司の大きな特徴は四角いこと。
形が違えば覚えてもらいやすい、ということから
四角にしたという。

 ここで、平ら寿し本舗のます寿司の特徴を紹介しよう。米は、県内のある地区の山間部の限定米をブレンドしたもの。いくつもの地域の米を食べ比べた中で、「おいしく、きれいで、米の粒が立っていた」(松谷相談役)ところから、その地の農家に安定供給を依頼。鱒は魚関係の商社経由で仕入れ、酢はある酢のメーカーに依頼して、平ら寿し本舗用の独自の酢を開発。2年半かけて甘味、塩味を調整して、相談役納得の酢に仕上げたそうだ。
 余談ながら、メーカーの中には「ます寿司」と商品名を謳いながらも「シャケ」を扱っている業者がいる様子。一見、鱒と鮭は似ているが、鱒は淡水のみで生活し、鮭より身が軟らかく、傷みやすい。一方の鮭は産卵のために川を遡上することはあるものの、大半は海で過ごし、育ちやすく強い。値段が安いところから鱒の代用として、鮭が使われているようだが、松谷相談役は「利益よりも富山の味、歴史を大切にしたいので、今後もがんこに鱒にこだわり続ける」と本物志向を押し出した。
 もう1つの特徴は、平ら寿し本舗のます寿司は四角いこと。県内ほとんどのます寿司は丸いが、「四角だとお客様に覚えていただきやすいし、人数に合わせて切り分けやすい」(松谷相談役)ところから、この形になったという。

富山県ゆかりのサークルに着目

あらかじめ切り目が入れられている同社のます寿司。

 こうして特徴を持たせた同社のます寿司。形もさることながら、こだわった味が評価されて取扱店が増え、石川、福井、岐阜など隣県の道の駅や高速道のサービスエリア、大手ショッピングセンターなどでも扱われるように。そうこうしているうち松谷相談役は、東京や大阪などの大都市圏でも、賞味期限が3日というハンデを背負いながらも、販路を広げることはできないかと、当機構中小企業支援センターのマネージャーに相談。「中小企業首都圏販路開拓支援事業」(令和元年度)を活用しての販路開拓を勧められ、マネージャーと二人三脚で知恵を絞ったのだ。
 「さすがに長く大手商社で営業を担当された方だけあって、考え方が斬新でした。売れ残りのリスクがあることや、デパートの食品売り場に並べても、ます寿司の食文化のない地域では売りにくいことが想定されたところから、マネージャーは富山にゆかりのある某サークルに注目したのです。そのサークルでは年に数回、仲間が集まっての会合を開いていますが、ます寿司を昼食や手土産として使っていただこうと考えたのです」(松谷相談役)
 ところが残念なことに、新型コロナウイルス感染症の蔓延で、ここ2年間、会合は開催されず、斬新なアイデアも実行の場を持てない事態に。ただこれを機会に、そのサークルでは、より少人数の会合が開かれるようになり、それに合わせて人数分のます寿司を注文してくれるようになったことは朗報といえるだろう。

待つ楽しさを味わって・・・

直売所の正面。この向かって右側に待合所を増設中。

 この販路開拓で新たに浮上したのが、ます寿司が切られていないことへの不満だ。営業先で出会った方が「富山から東京まで新幹線で2時間。ます寿司を買って車内で食べようと思っても、切るのに時間がかかって車窓の景色を楽しむ時間が少なくなる」と漏らしたそうだ。
 そこで松谷相談役は、令和2年度の「富山県地域企業再起支援事業」の採択を受けて、切れているます寿司の開発に着手。7種ある同社のます寿司の中の2種については手作業で包丁で切ったます寿司を容器に詰めているが、これでは作業効率が悪くコストパフォーマンスに合わない。松谷相談役が目指しているのは、笹の葉を切らず、ます寿司を切るという難しいことを考えているようで、これについては今もカット法を研究中だ。
  また同じく令和2年度には、「とやま中小企業チャレンジファンド事業 観光ビジネス支援事業」の採択を受けて、直売所施設の充実に着手。「せっかくの工場直売」の利点を生かすため、つくり置きのます寿司を買っていただくのではなく、店頭で注文を受けてからつくろうというのだ。その5分、10分待っていただくスペースを、受付の脇に整備し、暑さ寒さをしのいでいただくとともに、できたてを待つ楽しさを味わっていただきたい様子。待合所は、この取材時では工事中で、「春までには工事を終わらせたい」と相談役は意気込んだ。
 ます寿司メーカーとしては、最後発と思われる平ら寿し本舗。松谷相談役が「地元への恩返し」としてまったく新しい分野に取り組んで10年が経ち、経営的には「とんとんベース」(松谷相談役)に。相談役は「いずれこの事業も誰かに引き継がなければ・・・」と思い、候補者探しを課題にしているそうだ。「我こそは」と手を挙げる方がおいでになれば、松谷相談役と面談し「富山のます寿司文化の普及」に一肌脱いでもよいのではないか。

連絡先/平ら寿し本舗((株)マックス加工)
事務所・直売所/〒939-1502南砺市野尻359
TEL 0763-23-1322
FAX 0763-23-1320
URL https://www.tairazushihonpo.com

 

作成日  2022/03/31

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