TOP > 特集 > 「富山県よろず支援拠点」開設記念セミナー
6月2日、全国一斉に開設された「よろず支援拠点」。中小企業・小規模事業者に向けて、従来の支援機関よりきめ細やかな支援を提供する機関として期待されている。本県では、中小企業・小規模事業者のさらなる発展を期して、開所を記念してセミナーを開催。よろず支援拠点の役割の解説と、社風づくりを通して経営強化を図ってきた株式会社トンボ飲料の翠田章男社長に、その経験などを講演していただきました。その概要をお知らせします。
中小企業や小規模事業者への支援施策は、これまでもいろいろ実施されてきました。具体的には、北陸では(独)中小企業基盤整備機構北陸本部などが中心になり、県では公益財団法人の富山県新世紀産業機構、この他に商工会議所や商工会、あるいは中小企業団体中央会、さらには認定支援機関としての金融機関の方々が支援に当たってきました。私自身は中小企業診断士で、今ほど申し上げた支援機関の皆様と一緒になって、あるいは支援機関のご協力をいただきながら、経営支援に携わってきた経緯がございます。こうしたことを踏まえて、今般、新たに設けられた「富山県よろず支援拠点」のコーディネーターに任じられたものと思っています。
その、よろず支援拠点をどのようにご活用いただければよいかを、私なりにまとめてみました。
よろず支援拠点は、各都道府県に1カ所ずつ設置されました。富山県の場合は新世紀産業機構の中に事務局が置かれ、コンパクトな県の利点を生かして、県内全域の中小企業・小規模事業者にとって利用しやすい支援機関になることを目指しています。
従来から、中小企業・小規模事業者を支援するための機関は各種あります。よろず支援拠点は、それらとまったく別に行動するのではなく、協力し合いながら、時には密接にタッグを組んで、中小企業・小規模事業者の経営基盤をより強固にすることを目指しています。
よろず支援拠点の特徴は、以下のようにまとめることができます。まずは、従来の支援機関との接点がなく、相談先に悩んでおられる中小企業・小規模事業者のための相談窓口です。ここでの一番のミソは、健全経営の実現に向け、事業の成長段階に応じた支援を継続的に行うことです。1回の相談で終わり、ということではありません。
少し具体的に申し上げると、よろず支援拠点では(1)解決が困難な経営相談に応じ、総合的・先進的アドバイスをさせていただきます。そして(2)事業者の課題に応じて、複数の支援機関・専門家がチームを組んで支援します。チームの編成を通じて支援を行うということです。さらには(3)地域の支援機関とのネットワークを活用して、経営課題に応じて的確な支援機関等を紹介します。つまりは、ワンストップサービスによる対応が可能ということです。
これらを私なりのイメージで平たく申し上げますと、よろず支援拠点は、中小企業あるいは小規模事業者の、ホームドクター的な役割にプラスして総合病院的な機能も併せ持っている機関といえるのではないでしょうか。例えば風邪のひき始めは、少し熱が出る、何となく体がだるい、なかなか疲れがとれない、などから始まります。初めのうちは、自分の今までの経験から、ゆっくり寝ようなどの自分なりの処方を試みます。会社経営でもそうでしょう。経営者として事業を継続されている以上は、事業については誰より詳しいはずです。何かあった場合、今までの経験や知識を活かして、今起きている経営上の課題に対処しようとするでしょう。
ところが、熱が高くなって38度を超え、胃が変だ、下痢の症状も出てきたとなると、これは自分の手には負えないとわかって、ホームドクターのところにいく。そこで問診や検査を受け、それらを元に医師の方では診断し、処方に基づいて、薬の投与などが行われます。それでも改善されない場合は、地域の総合病院に紹介状を書いていただき、詳しい検査を受ける。よろず支援拠点は、そのホームドクターの役割をしながら経営上の課題解決に当たり、課題が深刻な場合は他の支援機関の協力も仰いで、総合的に対処します。ここは総合病院の役割になりますが、よろず支援拠点のコーディネーターは、各専門家の意見を集約し、対処法を総合的にプロデュースしていくことがその任ではないかと思っています。
中には、今まで産業支援機関との接点がなく、「どう相談したらいいかわからない」「どのタイミングで相談したらいいかわからない」といわれる中小企業・小規模事業者もいらっしゃるかもしれません。しかし、そういうことにとらわれず、気軽にお越しいただけたらと思います。「よろず」と名前がついているのは、間口を広げてどんな経営相談にも応じますという意味合いがあるからです。
中小企業・小規模事業者の、昨今の経営上の悩みの7~8割は、売上げがなかなか伸びないというものです。私もそういう実感を持っています。その解決策の1つに、経営者・事業者自身が、自社の強み、あるいは自社が提供している商品・サービスの強みについて明確な認識を持つことがあります。意外と、自社の強みについて、理解されていない経営者が多いものです。
中小企業・小規模事業者の方に「御社の強み、御社の商品・サービスの強みは何ですか」と聞きますと、「当社は、ないないづくしで、何もありません」という経営者がいますが、事業として継続してきたからには、何か光るものがあるはずだという認識を持っていただきたい。それを経営者の皆様と一緒に探ってゆくのも、我々の役割のひとつではないかと思っています。そしてその強みに気つけば、より効果的にPRするにはどうしたらいいかを考え、課題の解決を図るお手伝いをさせていただきます。
富山県よろず支援拠点の、運営体制について申し上げます。コーディネーターの私の他に、2人のサブコーディネーターがいます。私と他1名は中小企業診断士、もう1名はITコーディネーターです。3人のうち1名は、必ず支援拠点に詰めていて、経営者の皆様の相談に乗れるよう準備しています。よろず支援拠点は、土日も開所しています。事前に来所をご予約いただくと、より万全に相談に乗れるものと思います。平日の夜間に相談を希望される方があるかもしれませんが、それも対応可能です。
先ほども申し上げましたが、支援は1回で終わりではありません。課題が解決するまで、アフターフォローさせていただきます。我々3人で対処できない場合は、適切な専門家のいる支援機関を紹介する場合もありますし、その機関と当よろず支援拠点がチームを組んで課題の解決に当たる場合もあると思います。高度で複雑な経営課題の場合は、複数の専門家がチームを組んで、長期にわたって対応させていただくこともあるでしょう。
すべてはこれからです。関連の中小企業支援機関のご協力もいただきながら、中小企業・小規模事業者の皆様のお役に立つよう、富山県よろず支援拠点を運営していきますのでどうぞご利用ください。
私は、株式会社トンボ飲料の5代目の経営者です。創業は明治29年、西暦でいうと1896年。今年は118年目になります。当社はここ20~30年で、大きく変わってきました。会社の中身、販売する商品、あるいは会社の規模…。今日、ここでの講演が私に回ってきたのは、会社がどう変ったのか、なぜ変わったのか、などをお話するためだと理解していますが、日ごろ社員と話しているようなことも含めて紹介させていただきます。
まずは時代背景から。明治維新が起きたのは1868年です。いろんな統計がありますが、当時の日本の人口は3200万人ほどでした。ところが140年後の2008年には1億2700万人になり、それをピークに人口は減り始めています。2050年には1億人を割り込むのではないかとみられています。
日本の人口は140年間で約4倍に膨れ上がりました。この膨れ方は、この規模の国では極めて稀なことです。この間、それぞれの業種でビジネスが大きくなりました。飲料関係もそうですが、周りで成功している同業者がいた場合、その成功事例を真似るだけで、なんとかなった時代もありました。人口の増大は内需を拡大し、皆に幸せをもたらしました。今はそのピークを過ぎたところにあるわけです。
今の日本の経済は、農業型から工業型を経て、知識型に移行してきました。これにより子どもの教育費の負担が増えてきました。あるいは女性の社会進出が進み、一方では少子化になり、また医療の高度化によって高齢化も進んでいます。世界でもトップレベルの長寿が実現されました。
また技術の高度化により供給力が格段にアップし、反面、需要はダウン傾向にあります。人口が減っているため仕方ありませんが、その結果、需給ギャップが埋まらず、デフレが続いたわけです。昨今、「デフレから脱出した」といわれていますが、私にはそうは思えません。
そして3番目。賃金、原材料、資材、エネルギー、環境整備などの費用の高騰、あるいは過剰品質などにより高コスト構造になっています。当社は飲料業界に属しますが、円安により大きなダメージを受けています。原料費、資材費が上がっています。ガラス瓶なども油でできているといっていいほどで、全てが高コスト構造になっています。しかし残念ながら、商品の売価をなかなか上げられない状況にあります。
こうした時代背景の中で、当社がどんなことに取り組んできたかをお話します。
今から16年前の1998年に、私は社長に就任しました。社長に就いた時にまず、経営理念を設定しました。これを毎朝、社員と唱和して1日が始まっています。
その年に、パウチ事業に参入しました。パウチというのは、軟包装の容器にストローがついていて、ゼリーを飲むのに適した容器です。パウチを始めるのとほぼ同じ時期に、学生たちに人気を博したRCコーラを止めることにしました。RCは学校周辺では売れたのですが、それ以外ではまったく売れませんでした。そして2000年、自動販売機のオペレーター事業から撤退することにし、ある企業に事業譲渡しました。
そういうこともあって、パウチ事業にますます力を入れました。当社は現在、70億円を超える売上げがありますが、パウチ事業の比率が大きい。このパウチ事業に16年前に取り組み始めたというのは、当社の経営にとって大きなインパクトのあることでした。
パウチ事業を行う中で、バランスという会社を立ち上げて高齢者向けの栄養補給ゼリーなどの製造・販売に取り組みました。シャンメリー(当時の商品名はソフトシャンパン)やラムネは子ども向けの商品で、少子化の時代を迎えていますから先細りしていくのは自明です。そこで高齢者向けの商品を企画し、高齢者向けにはゼリー飲料が適していると教えていただいて、それに取り組むことにしたのです。
2003年にはパウチ事業は非常に忙しくなり、高齢者向けのこんな商品が欲しい、というニーズがたくさん寄せられ、カップ製品が欲しいというご要望もいただきました。中には当社では内製できないものもあり、その時から外注生産を強化するようになりました。現在では当社の売上げの約35%を外注生産でまかない、全国13の工場に協力をお願いしています。
当社にはおもしろい傾向があり、全体の売上げのうち8割が受託生産です。2割は自社商品です。受託生産は自社生産のものが多く、自社商品は主に外注して協力工場でつくっています。つまり当社の工場ではよその会社の商品をつくり、当社の商品はよその会社でつくっていただいている。これは非常に理にかなっていると思います。
というのは自社商品はお客様の要望を受けてつくります。お客様の要望を受けてつくるということは、自社にない技術については新たに設備投資しなければいけません。これではどれだけ資金があっても足りなくなります。しかしながらお客様の要望には答えなければいけない。そのためには、日本で一番その商品をつくるのが上手なところに依頼するのがいい、ということです。当社でつくるより上手に、安くつくるところは全国にたくさんあります。そういうところを探せばいいわけです。
一方、受託生産はどういうものかといいますと、当社にしかできないものをつくらせていただいている。当社の開発力、製造設備に注目してくださったお客様が、当社に仕事を頼んでくれた。付加価値のある仕事をする当社を選んでくれたわけです。そう考えると、自社商品は外でつくり、受託生産は当社でつくる。商品開発と品質保証というコアの部分はしっかりと維持し、その上で外注工場を増やしていくのが当社の方向性ではないかと思います。
それに拍車がかかったのが2003年頃です。その時、外注先として他社のものを生産する、あるいは自社の商品を他社につくってもらうのなら、ISOの認証をとる必要性があると教えていただき、2002年にISO9001の認証を取得しました。標準化せずに外注工場になること、標準化せずに外注工場を使うことは極めて危険なことです。
そして2005年にはブランディング活動に取り組み始めました。これはある女子社員と話をしていた時、「ウチの商品の中で何が好きか」「ウチの商品の中で、何だったらお金を出して飲むか」と聞いたら、「えーっ、ウチの商品? 飲まないです」と答えが返ってきたのです。どうしてと尋ねたら、「だって社長、ウチの商品ですよ」と答える。それはどういう意味かと真剣に考えました。結論を申し上げると、自分の会社の商品に誇りを持っていなかったわけです。だから「自分の会社の商品なんて、買うわけないじゃないですか」になるのです。
そこでブランディングに取り組むことにしました。すると幹部社員は「社長、何をいっているのですか。ブランディングというのは上場している大きな会社が、テレビコマーシャルをたくさん流して取り組むもので、当社みたいな小さな会社は50年早いですよ」といってきた。当時はまだ、ブランディングという言葉はあまり聞かれない時代でしたが、このままではいけないと危機感を持ったのを覚えています。
ブランディングでは、外に向かってのブランディングも大切ですが、社内に向けたブランディング、すなわちインナーブランディングが重要です。自分の会社でつくっているものに誇りを持つ。自分の会社の商品が好きだ。自分の会社に誇りを持つ。そういうことなしに、自社の商品が売れるか、ということです。自社の商品に誇りを持たずして、お客様に「ウチの商品は素晴らしいです」といえるのか…、そういうことです。
この思いは今も変わりません。会社の規模によらず、ブランディングは必要です。ブランディングというと一般的には、誰もが知っている商品になる、よいイメージを醸成する、認知度を上げる、というふうに理解されていると思いますが、それは全国でなくてもいいわけです。お客様に知っていただくのでいい。自分の会社のお客様が誰かを把握して、お客様に対するブランディングであればいいのです。こうして見方を変えると、どんな会社もブランディングには取り組んでいると思います。ただその前に、社員に向けたインナーブランディングが大事なのです。
冒頭にも申し上げた通り、人口減少によって経済のパイが小さくなり、その中で価格競争に陥ってしまいがちです。要するに、デフレ傾向にあるのは変わりません。そこで、今まで売れていた量より少量しか売れなくなるので、値引きしようと考えがちです。スーパーなどのセルフの売り場では、認知度があるか値段が安いかでしか判断されません。そのいずれでもない場合は、セルフの売り場では売れないわけです。
このデフレ下で価格競争に入ったら、一方では原材料費は上がる、エネルギー費は上がる、人件費は上がる状況にあるので、泥沼にはまってしまいます。人口が増え、パイが大きくなっていた時代は、会社も拡大志向でいけますが、デフレ基調の中では泥沼にはまって動きがとれなくなる可能性もあるのです。
そこで価格競争から逃れられるのがブランディングなのです。よそとは違う独自性のあることは、非常に大事なことです。
2006年には、5Sにも取り組み始めました。これはある段ボール会社に行ったことがきっかけで、工場が非常にきれいなのに驚きました。感動して、その社長にこれはどうしたのかと聞くと、「5Sをやっています」という。それでさっそく、わが社でも5Sを導入しました。5Sというのは皆さんご存じの、整理・整頓・清掃・清潔・しつけ。それぞれのSをとって5Sといいます。
ところがわが社では、成果は上がりませんでした。再び段ボール会社の社長にうかがうと、「5Sは生半可な気持ちで、できるものではない」と答えが返ってきました。そこで、その指導を受けるための先生を紹介していただいた次第です。
5Sというのは、要するに意識改革です。異常なことを異常と感じる心。それをつくりましょうといわれました。つまり、ゴミが落ちているというのは異常です。そのゴミが落ちているのを見て拾う。そうするとゴミがなくなります。異常がなくなるわけです。ところがゴミを拾わない時があります。自分でなくても、誰かが拾うだろうと思う。それは異常を異常と思わない心です。工場の中で機械の調子がおかしい。機械は壊れる前にはたいてい変な音を出します。あるいは変なにおいを出します。それに気づかないわけがない。気づいていても直そうとしない、異常を異常とは思わない、とはそういうことです。この異常を異常と思う、その心を育むことが大事なわけです。
そのために、ゴミが落ちていたら拾う。ゴミが落ちていることを異常と認識し、掃除していつもきれいにしておく。これは、機械から変な音がしたら、見て見ぬふりをしないに通じます。これが当たり前になると、改善のスパイラルに入ることができるのです。
当社では、5Sは徹底しました。部長以上の役職者が月に1度工場内を巡回し、エリアごとに評価するようにしてきました。5Sに取り組み始めて今年で8年、工場は見違えるようになりました。きれいが当たり前になると、それが保てるようになります。当社にとっては、ISOの認証取得よりも5Sの方が影響が大きかったようです。
2007年には、ありがとうカードをつくりました。例えば私が荷物を持っていてドアを開けることができなかった時に、ドアを開けてくれた人に「ありがとう」といってありがとうカードを渡す。そしてカードを出した人・もらった人に、一種の報償金を出すようにしました。ところが、このありがとうカードは、なかなか普及しませんでした。なぜかというと、「ありがとう」ということ、いわれることに偽善めいたものを感じたからです。そこで報償金を止めて、ありがとうカードが出されたら、1枚につき1000円の積み立てを会社でして、日本赤十字社に寄付することにしました。自分の財布に入るのではなく、社会貢献につながるようにしたのです。そうすると月平均5件くらい、ありがとうカードが出されるようになりました。当社では提案制度も取り入れ、それにも報償金を出すようにしていたのですが、提案については半額を日本赤十字社に寄付するように変えました。
2010年には第一工場をつくりました。当社の1年の売上げの半分くらいを投資して、工場を建てたわけです。当社にとっては大変な投資です。しかし経営者として、作業環境や機械設備の改善に本気に取り組んでいることを社員に示すことは、大事なことだと思って決断しました。
2012年に入って広報室を設立しました。これはブランディングとも関係があり、当社の取り組みを「別にそんなこと、表に出さなくてもいい」ではなく、企業の活動をお客様や世間に正しく広報していかなければいけないと思い始めたのです。今の時代ほど、広報が大事な時代はないと思い、専門の担当者を置きました。
私の経営には、ファンづくりという考えがあります。当社にかかわる全ての方々が、当社のことを好んでくれる、ファンになってくれる、そういう会社にしたいという思いがあります。それでCS(Customer Satisfaction/顧客満足度)、ES(Employee Satisfaction/従業員満足度)、PS(Partner Satisfaction/パートナー満足度)について定点調査をするようにしています。これは毎年行っています。
そして昨年2013年にはFSSC22000を取得しました。これはヨーロッパの消費団体が認証しているもので、ISO22000よりレベルは高いように思われます(FSSC 22000は、食品安全マネジメントシステムの国際規格であるISO 22000と、それを発展させたISO/TS 22002-1を統合し、国際食品安全イニシアチブ(GFSI)が制定したベンチマーク承認規格のことをいう)。以上が、ここ20~30年の間に会社が取り組んだ主なことです。
ではここからは、事業戦略についてお話します。これまでの等式は、売上げから原価を引いたものが利益[売上げ − 原価 = 利益]でした。売上げは1個当たりの売価に個数をかけて出す。原価は原材料プラス経費。この合計を売上げから引いたものが利益となります。皆さんもご存じで、これは当たり前のことです。
売価が上がり、販売個数も増えた時代は、幸せな時代でした。ところが最近は、原材料などの変動費が上がり、経費も上がる傾向にあって、結果として原価が上がる傾向にある。販売個数が増えていれば、原価が高くなっても、結果として利益が出てカバーできたのですが、販売個数は伸び悩み、人口減によって将来的には減っていきます。つまり売上げは減って、原価が高くなる。企業の継続のためには一定の利益は不可欠ですから、販売個数が増えないのならば、売価を上げなければいけません。
そこでは従来の等式の考え方ではなく、[売上げ −利益 ≧ 原価]という不等式が成り立つ必要があります。つまり売上げは、売価×個数。原価は原材料と経費です。ここで一定の利益を確保しないといけないわけですから、利益をフィックスしてしまいます。そうすると売上げを上げるしかない。個数が減っても売上げを確保するためには、売価を上げるしかないわけです。
では売価は誰が決めるのか? お客様は神様といいますが、企業の継続をお客様にゆだねるわけにはいきません。売価設定は企業自らが行うものです。そのため企業は、他社にはない強みを発揮し、たゆまない価値創造を行う必要があるのです。他社と同じこと、昨日と同じことを続けていたら、企業はダメになってしまいます。
ところが往々にして、真逆の悪手がとられることがあります。よくあるのは、下がる売上げを上げようとして、個数を増やすために売価を下げることです。でもこれでは売上げの確保はできません。また、上がる原価を下げようとして、品質を落とし、人を減らすという悪手も見られますが、こうして原価を落とすとかえって売れなくなるものです。
続いて企業の戦略についてお話します。企業戦略には大きくわけて、商品戦略と販路戦略があります。まずは商品戦略について。先ほど申し上げた少子高齢化、デフレ、高コスト構造などの課題は、日本が豊かになったことの証であって、後戻りできるものではありません。この課題からは抜け出せないでしょう。私はむしろ、日本は課題先進国ととらえ、この課題を活用する必要があるのではないかと思います。
日本のエンゲル係数は、2005年(H17年)頃を底にして、上がり始めているのをご存じでしょうか。エンゲル係数は、家計の総支出に対する食費の割合をいいます。このエンゲル係数が2005年を底に少しずつ上がり始めているというのです。日本だけでなく、他の先進国にもその傾向が見受けられるようです。
なぜかというと、食料品の原価が上がったことにあります。先ほども話しましたが、売価を上げるのは難しいといいつつも、背に腹はかえられず売価を上げている企業があるのです。もう1つは、女性の社会進出です。象徴的なのはお弁当です。我々が子どものころは、お母さんがつくってくれたもので、家の外で食べるものを弁当といいました。ところが最近は、外から買ってきて、家の中で食べるものを弁当といいます。概念が全く変わりましたが、女性の社会進出と一致して、こうした弁当の消費が増えてきました。
高齢化にも一因があります。高齢化でなぜエンゲル係数が上がるかというと、高齢者は食費以外にあまりお金を使いません。他の趣味などに対する支出は少なくなる半面、食事で少し贅沢したいと思ったりする。それでエンゲル係数が上がるわけです。
原価が高くなる、女性の社会進出が増える、高齢化という要素が複合的に重なってエンゲル係数が少しずつ上がり始めているわけです。それは日本が豊かになったために起きている現象で、後戻りできるものではありません。
商品戦略を考えるに当たって、日本の強みは何かというと「安心」です。そしてそのキーワードは「ケア」という言葉に象徴されるのではないかと思っています。そこで当社では3つのケアをテーマにして商品戦略を考えました。
1つは高齢者向けのシルバーケアです。2つめは女性向けのヘルス&ビューティーケアです。そして3つめは子ども向けとはいいながら実際は複合しているのですが、ハートケアです。
高齢者向けの商品には、嚥下困難者用のゼリーがあります。これは脱水症状からの離脱を狙った商品です。人間の喉は複雑な構造を持っていて、気管が前にあってその奥に食道があります。飲んだり食べたりする場合、食道に送り込みますが、間違って気管に入ってしまうことがあります。これを嚥下障害といい、誤嚥ともいいます。誤って飲み込むと、食道にいくはずのものが肺に入り、肺で病原菌が繁殖して肺炎になるケースがあります。これを誤嚥性肺炎といい、死を招くこともあります。
そこで嚥下障害の方もうまく飲み込むことができ、水分補給や栄養補給ができるようにするには、舌の上で食塊形成ができる物性のものが一番いいということで、ゼリーに行き着いたわけです。皆さんもお試していただくとわかりますが、ツバを飲み込む時、人は必ず唇を閉じています。唇を開けたままでは、飲み込みことはできません。これは唇を閉じる筋肉と気管にフタをする筋肉がシンクロしているからです。
ところが齡をとると、喉の筋肉が老化して、飲み込む時に気管のフタを閉めることができなくなる。その結果、誤嚥を招いてしまうのです。それを防ぐために、舌の上で食塊形成したものを「飲み込むぞ」という合図を送って、ごくりと飲み込む。そうすると嚥下障害の予防になるそうで、ゼリーにはそれができるのです。
高齢者用のデザートにも取り組んでいます。高齢者であっても、おいしいものを食べたい。嚥下障害を持っていても、ゼリーでおいしいチョコレートを食べたいと思っている人はいる。そういう要望をかなえるために高齢者用のデザートをつくりました。
2005年には、アイスTOムースをつくりました。アイスクリームは普通すぐに溶けますが、このアイスTOムースは30分しても溶けません。増粘剤が入っていて、溶けないようになっているのです。そして翌2006年には「つくってみようかん」をつくりました。これは高齢者が自分でつくるようかんです。また2013年には「福福杏仁」という杏仁豆腐の素をつくりました。これは皆、高齢者のQOL向上を目指した商品で、シルバーケアでありハートケアでもある商品です。
女性向けの商品としては、美容ドリンクやゼリーをつくっています。当社にとって一番強い部分です。今この関連で受託契約を結んでいる企業で多いのが、化粧品メーカー、製薬メーカーです。そして、その商品開発を支える人材として、開発には6人のメンバーを置いています。皆、女性です。男性には難しそうです。というのも男性の価値観や付加価値のベクトルは20歳くらいまでにほぼ決まってしまう。女性の場合は、例えば娘と一緒にお母さんがデパートに買い物に行って、服を買ってそれをシェアするということをします。あるいは友だち同士で新しいお店にいく。こういうことは男性には考えられません。男は、若い時に興味を持ったものに対して、40歳前後のお金に余裕のある時になって凝り出すケースが多い。男は新しいものを求めない、求めたがらない。ところが女性の感性はそうではないのです。新しいものにもどんどん関心が向いていきます。
そこで開発されたのが「私の休日」や「セレブレ」です。「私の休日」はぶどう果実飲料で、「セレブレ」はノンアルコールスパークリング。いずれもイタリアンやフレンチのレストランで飲んでいただくようなドリンク。あるいは高級な商品を扱っているお店で、応接用に使っていただくドリンクです。社会進出が進む女性の、オフの日のくつろぎの飲料といってもいいでしょう。
そして子ども向けには、シャンメリーやラムネをご用意しています。これはいつも冷蔵庫に入れておいて、日常的に飲むものではありません。私どもの商品は付加価値が高く、クリスマスや誕生日などの特別な日に飲んでいただくものです。
ご承知のように6ポケット(シックスポケット)という言葉があります。今まではお父さん・お母さん2つのポケットしかありませんでした。ところが少子化の結果、お父さんのお父さん・お母さん、お母さんのお父さん・お母さん、つまり祖父母4人のポケットからもお金が出てくるようになりました。子どもの記念日にはお金を使う傾向にあるのです。
今後の商品開発の方向性については、キュア(cure)からケア(care)だと理解しています。つまり健康飲料、健康食品などは、ケア。キュアというのは治療です。治療というのは技術あるいは機能的なものです。しかしケアcareというのは配慮です。精神的な意味合いがあります。配慮にあふれた商品がより求められるようになると思います。
「モノからコトへ」というのもこれからの商品開発のキーワードだと思います。モノ自体は、今の時代はあふれています。しかし、感動するコト、驚くコトに消費者は飢えています。こうしたことはセブン・イレブンの鈴木さんが随分といわれています。
それから「機能的な価値から意味的な価値へ」。これは今まで申し上げたことと、内容的には似ています。今までは、数値管理する機能的な価値ばかりが求められてきましたが、使いやすさやデザイン等の意味的価値が利益を生むのです。そこでよく例えられるのが、いわゆるガラケーとスマホの違いです。ガラケーの携帯電話は、薄さとか画素とか数値的なことばかり、あるいは新しい機能をつけることばかりを目指していました。ところがスマホは使いやすさ、デザイン、格好よさに着目した。ガラケーはそこに負けてしまったのです。つまり技術や機能など、数値化できる価値ではなく、使いやすさやデザインなどの意味的価値が利益を生むようになっています。
富山県はものづくりの先進県、ものづくり王国です。富山県の製造業の1社として思うのは、県内の企業には未だに機能的価値を求める傾向が強いように思われます。でも私は、「ものづくりもサービス業だ」という認識を強く持って、機能的・数値的価値から意味的な価値へと移行していく製造業にならないといけない、と考えています。
次に販路戦略についてです。人口減少により飲料市場も小さくなりつつあります。半面、大手の小売りがPB化を進め、NB市場が小さくなる。PBというのはプライベートブランド、NBはナショナルブランド。ナショナルブランドは飲料業界でいうと、皆さんもすぐに頭に思い浮かべる、コカ・コーラ、キリン、サントリーなどメーカー名がブランドになっている飲料です。それに対してPBの飲料というのは、イオン、セブン・イレブン、ローソンなどがつくっているストアブランドの飲料です。このPB化が非常に進んでいます。私どもは、自社でつくっている商品はNBですが、協力工場につくってもらっている商品はPBで、その比率がだんだん高くなっています。
市場が小さくなる中、メーカーは売上げを維持するために、価格競争を激化させてきました。一方で原材料、資材が高騰し、品質、環境適性、労働安全にかかわるコストが増大し、価格競争は泥沼の様相を呈してきました。これに耐えられない企業は疲弊し、脱落していきます。私ども飲料業界では、以前までは円安ではなかったことが幸いし、原材料・資材の高騰を相殺して救われていました。ところが昨今の円安によって、じりじりと厳しさが忍び寄っています。脱落する企業が現われるのではないかと業界では見られています。
個人の経済格差はますます大きくなり、コモディティー商品(日常的に使う商品)は安くなる一方で、付加価値のある商品・サービスは、例え高価であっても売れる時代に入っています。また新興国を中心に消費パワーは急速に成長し、我々は閉塞感のある日本の中だけで市場を考える必要はなくなってきました。
このような時代にあって我々は、高付加価値商品の販路を構築しなければなりません。商品の価値を高く設定するなら、売り場は基本的には限定的になってしまいます。しかし限定的な売り場では生産ロットが伴わず、コストが合わない。高付加価値商品をある程度の数量で生産するとなれば、限定的な売り場を、極力広い範囲で求める必要があるのです。当社の場合その限定的な売り場については、セレブレがあふれているようなレストラン、専門店、あるいは高齢者用の商品を入れている病院や施設などを想定しています。
今日、マーケティングは大きく変化しています。フィリップ・コトラー(Philip Kotler)等がいっているように、マーケティング1.0の時代は、モノに着目する時代でした。それが2.0では、買いたくなるものを売る時代になり、3.0の今の時代では、買いたくなる会社になる、と視点が変っています。すなわちお客さんを味方にする、ファンになっていただく。お客さんが会社のファンになって会社をサポートしてくれる、あるいは商品開発のお手伝いをしてくれる。そういう考え方に変わってきました。言葉を換えると、モノに着目するのはプロダクトアウトの時代。顧客に着目するのはマーケットインの時代です。
ただ今はモノがあふれている時代。こういう中でお客さんが何を求めているかを調査しても、答えが出てこない時代になっています。お客さん自身がモノにあふれていて、何が欲しいか自分でも気づかなくなっている。そういう時代に今はなっているのです。ですから今は、マーケットインでもダメなのです。
今の私どもの商品開発の基本的な考え方は、自分が飲みたいものを、自分の子どもに飲ませたいものをつくる、です。あるいは、お父さんや旦那に食べさせたいものをつくる、です。それも、お金を出してそれを買って、です。商品開発にあたってはこれを念頭に置くようにしていますが、これはマーケティング3.0の買いたくなる会社になる、に通じるのではないかと思っています。
広報室をつくったのも、ブランディングに取り組むのも、当社のファンづくりにつながります。今の時代、初めてお会いするお客様であっても、お客様は事前にネットで会社のことを調べます。きれい事をいっても、嘘はすぐにバレてしまいます。厚化粧できない時代です。そういう中で、ネットで調べられたお客様に、「この会社の商品なら買いたい」と思っていただくようになることが大事なのです。
最後に、当社の社風づくりです。それは正に、今申し上げた「買いたくなる会社になる」ということです。
優れた商品、先進の技術、抜群のサービス、これらはある意味、花や実です。花や実はお金を出せば手に入る。技術やサービスは買うことができます。ヘッドハンティングで、人材も買える時代になっています。
一方、社風は花や実を生み出す根っこに当たります。これは大企業といえども、お金にものをいわせて買うことはできません。社風は、長い年月をかけて、培うものです。
花や実は、干ばつや冷害を受けて落ちてしまうこともあります。しかし、根がしっかりしていれば、次の年に復活します。つまり強い企業は、現在持っている花や実が多いだけではなく、新しい花や実を生み出し続ける根を持っているのです。
今流行っている商品も、いずれは陳腐化します。他社に追いつかれ、珍しい商品ではなくなります。商品はそういう運命にあります。
それを踏まえて当社では、飲料ビジネスのプロとしての自覚を持ち、他社にない強みポイントを設定するようにしています。そしてその強みを生かして、継続的な商品開発、継続的な価値創造を行うようにしています。こうしたことは社員全員が共有し、飲料づくりのプロになって、当社のファンを増やしていく…。これを当社の社風づくりにしています。
* * * * *
Q 他社にない強みポイントの設定についてですが、具体な例を挙げて紹介して欲しい。もう1つ、従業員のモラル向上について、社長としてどんなことに重点を置いているのか。
A まず強みのことです。これについては、全社員が自分の強みポイントを設定し、「トンボの心」というカードに書いて、それを持ち歩いています。そして目標管理制度の中で、上司との面接の際などに進捗状況を確認しています。例えば飲料の充填を担当している人の場合です。充填機は大きな機械で、1分間に何百本というスピードで容器が回ります。このセットの時と終わりの時に、液ロスが出ます。例えばそれが400リッターだとすると、多品種少量生産ではムダが多くなってしまいます。100ミリリットルのボトルに換算したら4000本分です。液ロスを少なくするというのは、お客様にとっては大変にありがたいことなのです。原料に高価なものを使っている場合は、大きなテーマになっています。また多品種を生産していると、切換時間の短縮も大きな課題になります。こういうところで強みポイントの目標を設定し、各自技術を磨くようにしています。
それからモラルアップについて。当社では提案制度を取り入れていることを申し上げました。今の提案制度は活性化していますが、以前はまったくダメでした。提案を社員に呼びかけても、ほとんど上がってきませんし、たまに上がってきてもこちらの対応がにぶかった。時には何も答えませんでした。こんなものダメだと放っておくケースも多くありました。こういう状況では、ますます提案は上がらなくなります。
ある時、これではいけないと思い、すべての提案についてなぜ採用になったか、なぜ不採用になったか、採用になったけど1年後に実施するのはなぜか、などを社員全員にわかるように可視化しました。提案制度をこのように変えた時から、社員のモラルが少しずつ上がってきたように思います。
当社では社員からの提案は、なるべく採用するようにしています。それは社長の本気度の現われでもあります。「あの社長、本気だぞ」と社員に思われることは、極めて重要なことです。そうするといい提案がまた上がってくるようになるのです。
Q 業界の中でのトンボ飲料の強みは何か。外の業界の者には、飲料の世界はなかなかわからないのですが、御社はその中で他社とどうつながっているのか。また情報収集はどうしているのか?
A 今、業界という言葉がありました。私どもは飲料業界、正確な団体名としては全国清涼飲料工業会があり、そこに属しています。この工業会には、コカ・コーラ、キリン、サントリー、アサヒ、大塚、伊藤園というガリバー企業6社が加盟し、我々中小の飲料メーカーも入っています。ただ当社には、この飲料業界にお客様はほとんどいません。ですから業界内でのつながりとか情報収集と言われても、あまりピンとこないのです。
仮に当社が、清涼飲料業界の大手をお客様にして飲料の生産をやっていたとして、果たして生き残っていたかどうか。
当社のお客様は、化粧品会社とか製薬メーカー等で、そこからの外注で飲料を生産しています。薬は、たまにしか飲まないし、おいしくなくてもいいのですが、清涼飲料は、毎日のように飲んでいただくものですから、おいしくないといけない。そこで我々が持っているスキルで生かせるのは、おいしさづくり、風味づくりです。当社の引き出しには、118年かけて培ってきた中で、多種多様なノウハウが入っています。
今申し上げたように、当社は、飲料業界の中では他社とは違う動きをしています。ですから清涼飲料の業界内で競合はほとんどしません。
作成日 2014/08/04