富山県事業引継ぎ支援センター活用事例 富山県事業引継ぎ支援センター 富山県事業承継ネットワーク 富山県よろず支援拠点 専門家派遣事業 TONIO Web情報マガジン 富山

TOP > 特集 > 富山県事業引継ぎ支援センター活用事例

TONIO主催のイベント等の概要をご紹介。TONIOの視点は、ビジネスのトレンドをうかがい知る羅針盤。

富山県事業引継ぎ支援センター活用事例

承継プログラムの中で人材育成も図った

富山県内企業「後継者未定4割」を伝える北日本新聞(H30.1.31)。
ある全国調査では、廃業予定50%というのもある。

 農業や漁業の後継者不足・担い手不足は、もう随分前から指摘されているので、皆さんご承知のとおりだ。そこに昨今は、中小企業や小規模事業者(以下両方合わせて「中小企業等」とする)の後継者難の問題が加わり、経営者の高齢化にともなって事業承継に道筋をつけることは喫緊の課題になってきた。
 富山県が平成29年12月に、県内中小企業の事業承継の実体を把握するために実施したアンケート(経営者が60歳以上の県内企業対象5,000件、有効回答1,534件)によると、「後継者が決まっている」と答えたのは62.4%で、「決まっていない」が37.6%。後継者未定の理由を尋ねると(複数回答可)、「まだ考えていない」が最も多く39.3%、「適当な後継者が見つからない」(33.5%)、「息子・娘に継ぐ意思がない」(29.7%)がそれに続いた。
 別の調査(日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」2016年2月)では、後継者決定企業は12.4%、未定企業21.8%、時期尚早企業15.9%となり、残りの約50%は廃業予定だった。廃業予定と答えた中小企業のうちでも、4割を超える企業は「今後10年間の事業の将来性について、事業の維持、成長が可能」と答えているのだが、後継者を確保できないところから廃業せざるを得なくなっている実体が浮かび上がってくる。調査のように廃業が現実のものとなると、これまでに培われてきた経営資源が失われるばかりか、雇用の場も減ってしまう。それゆえ事業承継がスムーズに行われるよう、施策の整備や環境づくりを国が率先して行うようになった次第だ。
 富山県では当機構が国より委託を受け、平成27年10月、機構内に「富山県事業引継ぎ支援センター」を設置。中小企業等の経営者からの相談に直接応じるほか、中小企業支援センターのマネージャーや富山県よろず支援拠点のコーディネーターが、中小企業等の経営者からの相談に事業承継に関するものがあった場合は、事業引継ぎ支援センターに橋渡しする形で課題の解決に当たってきた。

工場移転を機に事業承継が浮上

前代表の岡田保弘氏。1989年に「オカダ電装」を創業し、自動車の
エアコンや建設機械の電気系統が故障した際の修理を、南砺市を
中心に請け負ってきた。

 中小企業等の事業承継は一般的に、親族内での承継、従業員への承継に加え、第三者承継のパターンがあり、第三者承継にはM&Aも含まれる。その準備には後継者を育成するところから始めるケースもあり、場合によっては5年、10年の期間が必要だ。
 事業引継ぎ支援センターでは、後継者不在などで事業の存続に悩みを抱える中小企業・小規模事業者等の相談について、専門の相談員が適切な助言・情報提供およびマッチング支援等の円滑な事業承継を総合的に支援している。その詳細については、文末に紹介する事業承継を解説する中小企業庁のサイト等をご覧いただくとして、本稿では県内の事業承継支援事例を取り上げ、そこから制度の一端を紹介しよう。
 支援先は南砺市のオカダ電装。岡田保弘氏が1989(平成元)年に起こした、自動車や建設機械、農機具などの電気系統の機器を修理する事業所だ。長く夫婦2人で切り盛りしてきたが、北海道の自動車販売店で修理工として働いていた長男の雅弘氏がUターンした時(1999年)に初めて、「後継者をどうするか」という考えが父親の頭をよぎった。保弘氏が当時を振り返る。
 「私としては息子3人のうち誰かが事業を継いでくれたらいいと思ってはいましたが、はっきりと口にしたことはありませんでした。そういう中で、雅弘が自動車修理工として5年間働いた後で帰ってきた時、『これを機に腰を落ち着けてくれたら……』との期待から、事業所の移転を計画したのです。従来の修理工場は、旧福光町市街地の住宅街にあり、2トントラックも入れない細い道路沿いにありましたが、郊外の現在地に土地を求めて移転してきました。ここには10トントラックも入ることができます」
 土地の取得と工場建設のために金融機関から融資を受けることに。その際、金融機関の担当者は、融資の条件として雅弘氏にオカダ電装をいずれは引継ぐことと、万一の場合の債務保証を雅弘氏に求めた。それを雅弘氏が了承したのを受けて新工場の建設が始まった。
 親子3人での工場の運営を夢見ていた父親であった。しかし事情があって雅弘氏は再び県外へ。新工場は2001(平成13)年暮れに竣工するのだが、その年の初めに雅弘氏は群馬の部品商で働くようになり、部品の配達を担当しながら、特殊な機械の整備も覚えたそうだ。
 今度は雅弘氏が記憶の糸をたぐり寄せる。
 「金融機関から融資を受けた際の“後を継ぐ意識”は、今思うとまだ低かった。当時は、祖母の病気などで、家族が協力して看病や介護に当たらなければいけないことがあったので、とにかく親父を助けたい一心でした。僕は家業を手伝いながらアルバイトに行き、その合間を縫って祖母の看病の手伝いもしていたのですが、精神的に疲れて不安定になりました。それを落ち着かせるために、親戚の紹介で群馬で働くことになったのです」

新規事業を企画。金融機関に融資を申し込むと・・・

エアコンの修理でフロンガスの回収・充填機を使う岡田雅弘さん。
2018年1月1日より、オカダ電装の代表に。同社の事業承継は、
この回収・充填機の購入を模索し始めた時から動き出した。

 雅弘氏が再度のUターンを果たしたのは、2002年の年の瀬を迎える頃だ。精神的にも落ち着き、父親の仕事を手伝う中で、後継者としての意識を徐々に強くした。そして商工会の同年代の若者と付き合ううちに「自分もしっかりしなければ」と家業を盛り上げることを模索し始めた。
 決定的な転機は、それから15年後の2017(平成29)年に訪れた。数年前から売上げが伸び始め、その年に入って自動車のエアコン修理用のフロンガスの回収・充填機を導入することを計画。導入に当たって公的な助成制度の適用を受けることができないかと地元商工会の相談員に尋ねたところ、富山県よろず支援拠点のコーディネーターを紹介されたのだ。
 コーディネーターは、雅弘氏の事業意欲が高いことを確認し、フロンガスの回収・充填機の導入については早期に実現した方がよいと判断。さらに面談を繰り返す中で、同氏がスウェーデン製のフローリングメンテナンス機の日本での修理事業を請け負うことを検討していることを知り、また代表(保弘氏)の年齢から考えて、事業承継を意識しているのではないかと考えるようになった。
 新事業の開始には、専用の作業場や工具が必要となり、ほとんどの部品は修理案件ごとにメーカーから送ってもらう体制にするとはいえ、よく使う消耗品的な部品は一部在庫しなければいけなくなる。フロンガスの回収・充填機の導入と合わせて、1000万円近い投資が必要とみこまれた。
 雅弘氏は金融機関からの融資を打診したところ、「代表の保弘氏は今70歳。保弘氏が代表のままでは融資は難しい」と返してきたそうだ。そこで岡田父子は事業承継を具体的に意識し始めたのであったが、何をしたらよいかわからず悶々としていたところに、よろず支援拠点のコーディネーターと出会ったのだ。

事業計画書を書く中で事業承継を強く認識

2018年よりスウェーデンのBona社製のフローリングメンテナンス
機の修理を請け負うこととなった。作業場も新築した。

 コーディネーターは、同社の従来の事情を把握した上で「富山県事業引継ぎ支援センター」の相談員に橋渡しするとともに、雅弘氏にまずは「自社の強みは何か。それをもっと充実させて、5年先、10年先には事業所をどうしたいか。またフローリングメンテナンス機の修理事業の可能性を探り、こちらも5年先、10年先の事業計画を書いてみよう」と提案。事業資金につてはマル経融資(商工会議所や商工会などで経営指導を受けた経営者等に、日本政策金融公庫から無担保・無保証で融資が受けられる制度。限度額2000万円)を勧め、地元商工会とともに書類作成を支援することにしたのだ。
 「僕は最初、フロンガスの回収・充填機が買いたくて、助成金や低利融資の制度がないかを調べるために商工会に行ったのですが、いつの間にか事業計画を書くはめになりました。その内容を検討するうちに、『10年先といったら親父は80歳。まさかその歳まで現役ではいないだろう』と思い至りました。そこで、では代替わりはいつか、と真剣に考えるようになって、事業承継をきちんと行い、バトンタッチした後も健全経営できるよう準備しなければいけないことがわかってきたのです」(雅弘氏)
 岡田父子はようやく事業承継を喫緊の課題として認識。自動車や建設機械などの電装品の修理については、自動車修理工として基礎を身につけているほか、家業を手伝いながら父親からも指導を受けてきたため、技術的な面では問題なかった。課題になったのは事業所を法人化して引継ぐのがよいか、個人経営のままがよいか。資産の承継は贈与形式がよいか、相続にするか。ケースによっては新たに費用が発生することがあり、また税率も変わってくるため、具体的なシミュレーションが必要になった。

一旦廃業して、新たに創業

オカダ電装の事業承継の話が進む中で雅弘新代表の結婚話も
進んだ。奥さんの絵梨子さんは、経理のかたわら電装品の修理を
基礎から勉強中。

 オカダ電装ではこれまで、経営コンサルタントや税理士との接点はなかった。そこで同社では当機構の専門家派遣制度を活用して、M&Aにも詳しい税理士を招いて、オカダ電装のケースでの事業所の形態や課税の違いなどについて詳しくレクチャーを受けることにした。
 派遣された税理士は、決算や財務状況から同社の企業価値を把握し、また代表の資産についても聞き出した。その上で、1.法人化してから株式を譲渡する形での引継ぎがよいか、2.個人事業のまま事業所を譲渡するのがよいか、3.個人事業のまま事業所を相続するのがよいか、4.個人事業のまま相続時精算課税による譲渡がよいか、を個別に検証。雅弘氏がイメージしていた同社の5年後、10年後のイメージも参照しながら、資金繰りや新たに発生する費用、贈与・相続の場合の税率の違いなどを、同社や父・保弘氏の資産状況も加味しながら具体的に試算したのだ。
 ちなみに税理士が最終的に勧めたのは、4.の相続時精算課税による譲渡。これは贈与税の特例制度で、相続の際に生前贈与の資産の税金をまとめて精算するものだ。不動産等の評価額は贈与時で計算され、通常の贈与税では年間110万円まで非課税なところを、この制度では2500万円まで贈与税がかからず、それを超えた部分に20%課税されるというものだ。
 「どれも初めて聞く話でした。それで一通りレクチャーを受けて思ったのは、すぐにでも代替わりしたいということでした。雅弘もそれでいいということでしたので、事業引継ぎ支援センターの相談員にはその旨お伝えし、すぐに手続きを始めることにしました」(保弘氏)
 相談の結果、岡田父子がとったのは2017年12月31日付けで保弘氏がオカダ電装を廃業。そして翌日の2018年1月1日付けで、雅弘氏が父から引継いだ資産を生かして新たにオカダ電装を創業して代表に就任し、父を従業員として雇用することにしたのだ。

さらなる新事業の構想も

奥さんも加わって4人になったオカダ電装。新代表の雅弘氏は
車載冷蔵・冷凍庫のメンテナンスなど新たな可能性も探り、
事業の拡大も検討中。

 この取材は、代替わりからもうすぐ1年というところで行われ、その後の事業の様子についてもうかがった。
 「おかげで2018年の売上げは、前の年に書いた事業計画書の10数%増で進んでいます。父が代表の時は、出張修理の際の出張費を見積に反映することは少なかったのですが、事業の引継ぎを機になるべく計上するようにしました。フローリングメンテナンス機器の修理依頼も徐々に入り始め、これらが相乗効果を発揮して売上げを伸ばし、利益率の改善にも寄与しています」
 と新代表はにこにこ顔だ。そして5年先、10年先を見越して抱負を語る。
 「例えばトラックに積まれた冷蔵・冷凍機は、同じ電装機器でも運転席のエアコンとは異なるため、メンテナンスには別な資格が必要となります。新しい工場の前には10トントラックは3台まで停められますので、車載冷蔵・冷凍庫のメンテナンス資格もとって、効率的に修理の仕事をこなしていきたい。また出張修理でお客様宅にうかがうと、家電製品のメンテナンスを依頼されることもあります。これもまた別な資格が必要なので、その勉強も必要だと思っています。こうして事業を広げていくと、法人化して、また従業員も雇った方がいいような状況になるかもしれません」と事業の未来を描き、「こうしたプランを描くようになれたのは、事業承継の中にある人材育成プログラムに沿って、僕を育ててくれたからだと思います」と取材を締めくくった。

○ 問合せ先  富山県事業引継ぎ支援センター
所在地:富山市高田527 情報ビル4F
    (公財)富山県新世紀産業機構内
TEL 076-444-5625 FAX 076-444-5648
URL https://www.tonio.or.jp/info/hikitsugi/

作成日  2019/01/24

このページのトップに戻る

Copyright (C) 2005-2013 Toyama New Industry Organization.All Rights Reserved.