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地ビールブームの終焉の中から、不死鳥のように蘇った「よなよなエール」。10期連続増収増益、国内第6位のビールメーカーに成長、売上げの3割は通販、ここ数年は毎期40%成長、数々の新しい伝説を生み出してきた。富山県よろず支援拠点の経営戦略セミナーで語られた「よなよなエール」復活の軌跡を要約してお届けします。
今日、ご紹介申し上げる弊社のビール「よなよなエール」。昔は地ビールといいましたが、今はクラフトビールと呼び名を変えて、また少しブームになりつつあるところです。このビールは富山県ではあまり販売されていないようですが、先ほどうかがったところコンビニのローソン様で販売されているようです。会場の方で、今日のセミナーのことを知る前から「よなよなエール」を知っておられた方どれくらいおいでになりますか。
(会場挙手)
すごい、半分くらいはいらっしゃる。では、飲んだことある方は?
(会場挙手)
ほぼ同じ方が手を挙げておられる。もっと少ないかと思っていましたが、本当にありがたいことです。
この「よなよなエール」の成長戦略について本日はお話しします。昔、「よなよなエール」はまったく売れていませんでした。それが今やクラフトビールでは、業界シェアNo.1になりました。そこまでの軌跡をお話させていただきます。
まずは自己紹介。普通の紹介はネットでも出ていますのでそちらをご覧いただくとして、今日はレア編で行きます。私はテレビを持っていません。7年間テレビのない生活をしています。この会場で7年以上テレビのない生活をされている方どれくらいいます?
(会場挙手)
2人いらっしゃる。普通はなかなかいませんが、この会場の方はすごい。今日、私は長野県の軽井沢から来ました。冬はマイナス15℃くらいになります。そんな寒いところに住んでいながら電気と灯油の暖房器具は持っていません。薪ストーブだけで暮らしています。この会場で、薪ストーブだけで冬の暖をとっておられる方はいます?
(会場挙手なし)
今度はいない。私は誰もしないことをするのが好きなのです。
今度は会社の紹介です。時は1984年、ニューヨークのアメリカ初のブルーパブにて。ブルーパブとはビール工場にレストランを併設して、そこでビールも提供しているところです。そこで我々の会社の創業者・星野佳路は……彼の本業は星野リゾートという会社で、リゾート業をやっていますが
……星野は留学している時にブルーパブで飲んだビールに衝撃を受けました。
「ビールの味は1つだけではなかったのだ」と。
日本の大手ビール会社のビール以外を初めて飲んだのです。そこで彼は、このビールを日本に紹介したい、日本でもビジネスになると思ったのです。
それで帰国して、ホテル業を継いで邁進する一方で、1996年にヤッホーブルーイングを設立しました。その会社のミッションは、「ビールに味を! 人生に幸せを!」でした。大手ビール会社のあの味しかない日本のビール市場に、もっと味わい深いビールを提供し、ビールファンの方に少しでも幸せになっていただこう、という壮大なミッションを掲げました。
看板製品は「よなよなエール」。97年に我々が最初につくったビールです。コンセプトは「家庭で飲める手頃な本格エールビール」。ブランドキャラクターは「知的な変わり者」です。ミソは「知的な」です。「変わり者」だけですと、ただのおバカさんになってしまうので、知的な雰囲気を入れました。18年前にできた商品ですが、当時も今もなかなか斬新なブランド名と商品デザインだと思います。
創業直後は非常に順調でした。売上げは右肩上がりで、地ビールブームの追い風にも乗りました。おかげで多数のメディアに取り上げていただきました。当時、私は営業担当でした。といっても、営業せずに電話番をしていました。売れ行きがよかったので、電話で入ってくる注文を整理していたのです。生産量が限られていますので、例えば100ケースの注文があっても「30ケースしかお送りできません。ごめんなさい」と謝っていました。こういう状況でしたので、頭を下げて売り歩く営業はしなくてもよかったのです。
私はこういう状況がずーっと続くと思い、“さすが星野はすごいところに目をつけた。地ビールは売れるものだ”とはしゃいでいました。でも世の中、そんなに甘いものではありません。
これをピークに売上げはだんだん下がり、地ビールブームは終焉を迎えました。原因は、地ビールの3つの悪いイメージがお客さんに定着したからです。悪いイメージの1つ目は、地ビールは高いということ。今も高いのですが、当時はもっと高かった。「よなよなエール」は1缶税別248円で、18年前から価格は変えていません。日本で一番安い地ビールのひとつだと思います。他の地ビールでは、400円、500円が当たり前で、中には1缶800円というものもありました。そこに発泡酒が出てきたのです。発泡酒は1缶130円とか140円。「よなよなエール」の半分近い。他の地ビールは、その5~6倍もするのです。これでは高すぎると思われても仕方がありません。
2つ目は、味が個性的過ぎることです。大手ビール会社のビールを飲み慣れていると、香りや味に個性のある地ビールは、“個性が強すぎて、おもしろいけど、自分の口には合わない”と引いてしまうのです。そういう消費者がたくさんいました。
そして最後は品質が悪いことです。ブームに便乗していろんな方が地ビール事業に参入したので、製造技術がともなっていない会社もありました。明らかに発酵不良と思われるビール、途中で雑菌が入ったのではないかと疑われるようなビールもありました。品質管理が不十分なため、賞味期限を待たずして変質したのかもしれません。
「高い。個性的過ぎる。まずい」の3拍子が揃って、「地ビールは1回飲めばいいや」となって、ブームは去っていったのです。その結果、99年くらいをピークに業界の売上げはだんだん下がってきました。
当時、我々の会社には、結構ファンがついていました。またビールの品評会で賞をとったりしていましたので、当社は違うと思っていましたが、業界全体の流れに1社だけで立ち向かうことはできませんでした。地ビールを飲む人が、ほとんどいなくなったのです。全国に300社ほどあった地ビール会社のうち、100社くらいはあっという間に撤退もしくは潰れてしまいました。
何をやっても上手くいきませんでした。長野県だけのテレビCMを、結構頻繁に行いました。しかし効果は全くなく、売れませんでした。そこでようやく、私は営業を始めました。ところが門前払いが続出。どこへ行っても「地ビールは売れないよ」と、その先に話を進めることができませんでした。中には、居留守を使って会ってくれないお店もありました。そこで今度は、現金が当たるキャンペーンを実施。「よなよなエール」をもじって、抽選で47人に1人の割合で、4747円が当たるというキャンペーンです。いくら何でもお金が当たるのだったら買うだろうと思ったのですが、誰も応募してきませんでした。長野県のスキー場で、年末年始の試飲販売もしました。ゲレンデの近くのお土産屋等で試飲会を開き、おいしいと納得していただいた方に買っていただく。これを何年も続けました。ただ日銭を稼ぐにはよかったものの「よなよなエール」の復活には役に立ちませんでした。スキー客のほとんどは県外の方で、リピートのお客さんを育てることができなかったのです。
思いつく限りのことをやっても、売上げは回復しませんでした。そしてどん底を見て、私は思いました。「物真似ではダメだ」と。先ほど紹介したどの販促も、大手ビール会社がやっていることです。彼らはもっと大規模に、そしてお金をかけてやっている。その物真似を、見よう見まねで行っても大手にはかなわない。これはダメだなと思いました。
私は、経営や販促の勉強をしたことがありませんでした。ですから、見よう見まねで、物真似はできるのですが、それを止めて何かをしようと考えても、何も浮かびませんでした。その時、ビジネスにはセオリーがあるらしいと聞いて、少しずつ勉強を始めたのです。
ご存知の方も多いと思いますが、戦略論の世界で有名なポーターさんがいます。分厚い本を何冊も出されています。この世界有数のマーケティング戦略の先生が言っていることを、一言でまとめると次のようになるのではないかと思います。
「競争上必要なトレードオフを伴う一連の活動を選び、1つの戦略的目標に向かって、活動間のフィット感を生み出すことである」
これはどういうことか。まずトレードオフ。何か行動を起こし始めた時、右か左かに分岐する道に出会ったと思ってください。両方進むことはできず、どちらか一方を選ばなければならない。そういう難しい選択を、一連の活動にしていく。二者択一の状況を続け、それを1つの戦略的目標に向かって、活動間のフィット感を生み出す。活動間のフィット感というのは、それぞれの対策の打ち手が互いに影響し合って相乗効果が現れてくる。これをやると、あちらも関係している、そういう繋がりがあって全体に影響してくる。または同じ方向を見つめて、各種の活動をしているということです。
この究極の選択を毎回行いながら、皆、相関関係があって何らかの相乗効果がある。究極のトレードオフを行うと、それが1回なら100人のうち50人は同じかもしれませんが、例えば10回繰り返すと、100人のうち同じ選択肢をとる人はいないかもしれない。この究極のトレードオフを50回、100回と繰り返すと、誰も真似できない差別化戦略ができる。私はこのように解釈し、その道を進むことにしました。
例えば我々は、「知的な変わり者」をPRの中心に位置づけています。その手順は、マーケティングやPRの本に書かれているそのままですが、私なりにまとめ直して3つにしました。
1つは目に留める。消費者の目に留める。留めるようにする。例えばお酒コーナーがあったら、パッケージデザインでもネーミングでもポップでもいいのですが、目に留めるようにする。そして2つ目に強く記憶に留める。これはすごい、あれは何だと覚える。そして最後は口コミで広めてもらう。これを行えば、お金をかけずに広めることができる、世の中に我々の存在を知っていただくことができる、とそう思いました。
そこで私は、世の中の成功事例を研究し始めました。その中に、当社の社風や私の感性にあった事例がいくつもあり、先ほどの手順に以下の要素をプラスすると、より効果が大きいことがわかりました。それは、「業界初めての取組みである」「インパクトがある」「ユニークである」の3つ。これが揃うと、先ほどの手順が自然に起こることがわかりました。それを私は、当社のビールでひたすら行っているのです。
「知的な変わり者」の要素を分解してみましょう。「知的」というのは辞書で調べると、知識、知性が豊かなこととある。これは努力するしかない。勉強して、体からにじみ出るようにならないといけない。
ミソは「変わり者」の方です。辞書には、変人、型破り、異端児とある。当社の「変わり者」は「変なやつ」という解釈ではなく、「本人の個性を伸ばすこと」です。この会場にもたくさんの方がおられ、皆さんに個性がある。その個性を伸ばし、それがある標準を超えると、「彼は珍しいやつだ」とか、「変わったやつだ」とプラスの評価をされるようになります。そこで私は、会社のスタッフの強みを伸ばしました。そして会社の強みを伸ばす。「こいつら珍しいやつだ」と評されるくらい突き抜けると、先ほどの3つの循環を生み出すことができるのです。
PRの仕方その2です。マーケティングには1番手の法則というのがあります。これを聞いたことある方、どれくらいいますか。
(会場挙手)
数名いらっしゃいますね。これはどういうことかというと、例えば日本で1番高い山はどの山でしょう、と聞く。そちらの方わかりますか。
(会場/富士山)
そうです。富士山。では2番目に高い山はご存知ですか?
(……)
わからない?ありがとうございます。では当社もインターネットでお世話になっている楽天市場の社長さんって皆さんご存知ですか? では今度はこちらの方。
(会場/三木谷さん)
そうです。では楽天市場の副社長をご存知ですか? ご存じない? ありがとうございます。ではそちらの方、カップラーメンといえば? 企業名ではなく商品名でお答えください。
(会場/カップヌードル)
そうです。つまり1番手の法則とは何かというと、世の中、1番のものにしか興味がないのです。教科書や授業で出ているはずですが、日本で2番目に高い山とか、日本で2番目に大きい湖の名前はなかなか出てきません。それは興味がないからです。これを1番手の法則といいます。
そこで我々は、クラフトビールの市場で1番に有名になろうとしました。1番手になると圧倒的に有利だという法則があるのです。我々の成長のステップをザックリというと、最初、誰にも注目してもらえず埋もれていた時があります。いい商品があっても埋もれていた時、「知的な変わり者」というプロモーションを行って、埋もれずに誰かに見てもらう努力をしました。そしてお金をかけずに広めてもらうために、とにかく目立つことを行いました。そして次に、何かで1番になろうとしました。最初我々は、楽天市場のビール部門の売上げで1番になりました。その後今度は、日本でインターネットでビールを売る会社の1番になり、さらに後には、クラフトビール二百数十社ある中で、シェアNo.1になりました。
その結果、クラフトビールが日本経済新聞の今年上半期のヒットランキングの前頭に出てきました。後半も頑張ればもう少し上に行くかもしれません。こうなると新聞やテレビがクラフトビールの取材を企画する場合、だいたい1番手のところに行きます。またスーパーなどが、「クラフトビールが最近注目され始めたから販売コーナーをつくろう」と考えた時、「では何を置こうか」「1番売れているのは何?」となって、「よなよなエール」が置かれる可能性が極めて高いのです。ローソン様に扱っていただけるようになったのも、こうした背景がありました。
今は最終段階で、カテゴリー形成を行っています。我々のカテゴリーの定義は、コンビニ全般に置いてあること。昔のコンビニにはビールは1種類しかありませんでした、昔ながらのビール。ところが後に発泡酒が出て、今は第3のビールです。そうなると発泡酒も第3のビールも置かれるようになりました。またプレミアムビールとか、ノンアルコールビールも出てきました。これらもコンビニに置かれているところをみると、カテゴリー形成ができ上がっているということです。我々が今目指しているのは、クラフトビールも必需品と思われるようになってほとんどのコンビニに置かれるようになることです。
次は製品開発について。我々はいくつものおもしろいネーミングやパッケージデザインをつくっています。当社では「よなよなエール」の他に「水曜日のネコ」「インドの青鬼」「東京ブラック」「前略好みなんて聞いてないぜSORRY」など、さまざまな商品をつくっています。適当につくっているわけではありません。開発にあたっては、方針をきちんと決め、差別化を行っています。我々の差別化は、他社が真似することを躊躇するくらい、差別化します。「真似したいけど、ここまで真似てしまうと、外れた時に困るな」とか、「ここまでやるのはウチの会社のやり方とは違うから、真似をするにも抵抗感があるな」と思わせるくらい、差別化します。
ここまで変わったネーミングやデザインにすると、我々はそれを「とんがる」といっていますが、「とんがるとターゲット層が少なくて売れないのではないか」という声が上がり、普通の会社では「止めておこう」となります。しかし我々は、それくらいは躊躇なく行います。ターゲットは明確に狭くしていく。こういう年代の、こういう人をターゲットにしよう、と。
例えば3年前に出した「水曜日のネコ」というビール。これいまだに売れ続けていますが、この例でご紹介します。
我々の特徴的なところを申し上げると、まずキャラクターを立てます。この例でいくと、ネコです。キャラクターを立てるとわかりやすい。大手ビール会社のパッケージデザインは、洗練されておしゃれですが、我々からするときれいな模様です。でも我々のビールのネコは、誰が見てもネコです。あれをイヌという人はいません。ネコかイヌかわかりやすく、感情移入しやすい。ネコの場合は、かわいい、和みやすい等々。そこで製品を擬人化するということが起きるのです。我々はテレビCMや広告は一切打っていませんが、「水曜日のネコ」を買ってくださるお客様は、フェイスブックやツイッターで「今日はネコちゃん買って帰ろうニャン」とか「ネコちゃんと今、晩酌中ニャー」と書いている。このビールは工業製品ですが、一種の仲間になっている。これを読んだ友人が「私も今度一緒に飲みたいニャー」とつぶやく。ネコは友だちになっているのです。
デザインにしても、ネコをモチーフにするということで、いろんな案を出しました。「水曜日のネコ」のターゲットは、30代前後のビジネスウーマン。都会でバリバリ働いていて、皆のあこがれの生活をしているような人。それを我々はオピニオンリーダーといいます。もっと具体的にいうと、資生堂のTSUBAKIのCMに出てくるような女性です。世の女性が憧れるような、“TSUBAKIな女性”をターゲットにしました。
そこで私がいいと思ったデザインが、“TSUBAKIな女性”たちにウケるかどうか自信がなかったので、30代前後の女性を対象に、市場調査を行いました。そうすると、8案の内の2案に支持が集まり、私が内心いいと思っていたものも残りました。最終的にはいろいろ考えて今のパッケージデザインにしました。
選定のポイントは、まず、多くの人が選ぶデザインは選ばないことです。普通は逆です。大手はいかに多くの人が好むデザインにするかを考えます。なぜ我々は、多くの人が選ぶデザインはよくないと思うのかというと、調査の時、多くの人は余計なおせっかいをしているからです。質問では「あなたはどのデザインが好きですか」と聞いています。ところが回答者は、“私はこれが好きなんだけど、これはカクカクシカジカの理由で特徴的過ぎるから、嫌いな人もいると思う。だからこちらの方がいいと思う”という感じで、自分が好きなデザインでないものを選ぶことが往々にしてあるのです。そうなると、無難なものが選ばれるようになってしまいます。
こういう場合私は、2、3割でも強い支持があるものがいいと思っています。「私はこれ絶対好き」「これがあったら絶対に買う」「ネコ好きな友だちに買わせちゃう」という支持はありがたいものです。ネコ嫌いな人は「このツンとしたところが……」というでしょうが、賛否両論あっていいのです。ところが大手のメーカーはここを選べない。「ここが嫌い」「あそこがイヤ」という意見を聞くたびに、その要素を消していく。そうすると万人受けするありきたりなものになってしまうのです。
フリーコメントにはいろいろ書いてありました。賛否両論、好き嫌いは私は気にしません。気にしなければいけないいくつかのコメントは、例えば差別につながるようなデザインやネーミングは危険だと思っているので、例えば人種差別を連想させてはいないか。あるいは男女差別、宗教差別にも気を使います。政治色があるのも危険です。また暴力的な連想をいだくデザインやネーミングも採用しないようにしています。
こうして“TSUBAKIな女性”という狭いターゲットの中で商品開発をしてきました。そして完成品に近いものができてくると、社内では決まって出てくる質問や批判があります。「こんな製品、市場が求めているのですか」と。「ネコの名前があるビール、ネコのデザインがあるビールがあれば、欲しいという人は聞いたことがありません」。毎回そういうふうに聞かれます。そういう時、私は自信を持って答えています。「今存在しないものを消費者は判断できない」と。
先ほどのような声が上がるのは当たり前です。でも我々は、潜在的に眠っているニーズを探り当てるようにしています。アンケートなどで、100人のうち1人しかいなかった場合、大手はこの1人を無視します。しかし私はそれは単に気づいていないだけで、ひょっとしたら10人くらいのニーズはあるのかもしれないと考え、その掘り起こしをします。「水曜日のネコ」の場合、オピニオンリーダーはネコを描いた商品があったら間違いなく注目する、という自信があったので商品化しました。今ではローソン様に置かれていますし、全国展開しているスーパーでも置かれるようになっています。買っていただくお客様の層を見ると、ターゲットを狭くしたのに、幅広い女性、ネコ好き、ビール好きの方に受け入れられています。男性も、日頃あまりビールを飲まない20代の若者に受け入れられています。
おもしろいですね。ターゲットを絞ったのに、結果的には多くの方から支持されました。大手ビールメーカーでは、年間50種近くの新しいビールを出していますが、1年後にも残っているものはほとんどありません。ところが「水曜日のネコ」は3年経っていて、採用されるお店がどんどん広がっています。
私は、シリコンバレーの起業家のようなマインドを持って仕事しています。彼らはよくいいます、「失敗してもいいじゃないか」と。「日本人はなぜ失敗を恐れるんだ」「うまく行くかどうかは誰もわからない」「リスクとろう」「小さく生んで大きく育てよう」。シリコンバレーでは多くの人がそういう。皆から聞いて、私はそういう思考で仕事をするようになりました。
ここでちょっと話題を変えて、「ファンが楽しむ」という切り口でお話しします。まずはインターネット販売、通販について。我々はいち早く、インターネット販売の楽天市場で売上げ実績を出し、それがきっかけになって広がっていきました。その過程でとってきたPR手法を紹介します。
我々は、くだらないと思われるような企画、売上げに結びつかないような企画を時々行っています。例えばオークションです。オークション自体は普通に行われていますが、当社では変なものをオークションにかけたことがあります。それはある賞をいただいた時、私のファッションの一部として持っていったスノーボードの板。それも段ボールでつくったものでした。
詳しく申し上げると、ある授賞式に、私は長野から来たことを演出したくて、スノーボードをしている格好でいきました。ちょうど冬でしたので、ますます長野らしい。他の方はタキシードとか着物でしたが……。その時、「よなよなエール」の段ボールと空き缶を利用してスノーボードの板をつくり、それを会場に持っていったのです。
このスノーボードの板を、誰か欲しいという人がいるかもしれないと思って、オークションにかけました。私としてはせいぜい10円、20円で落札されると思っていました。ところが金額がどんどん跳ね上がっていくのです。そこで私はオークションに参加している人は、「これを本物の板と勘違いしているのでは……」と思い、「よくご覧ください。これは段ボールと空き缶でつくったものです」とメルマガを出し、「もう1回入札し直してください」とお願いしました。するとあちこちから反響があり、「それくらいわかっている」「その段ボールの板が欲しいんだ」と先ほどまでと同様に値段が跳ね上がっていきました。本当の落札額をここで紹介することはできませんが、私はビールを数ケースおまけにつけて段ボール製のスノーボードの板をお送りしました。
また「夫婦で幸せ50年セット」という販売企画もネット上で行いました。それは、夫婦2人で毎日「よなよなエール」を1本ずつ飲んで、たまに休肝日をつくる。そうすると、1人毎月1ケース(24本)くらい飲む。これを50年続けたら約750万円。それを300万円値引きして、450万円で売りますという企画。ただしこの企画では、毎年ご夫婦の生存確認を行い、連絡がとれなくなった時点で権利を没収させていただくこととし、ご子息等への譲渡や相続はできないという条件をつけました。
法的にはいけないことだと思いますが、お遊びとして企画しました。支払いは、現金一括・前払いで、先着お一人様だけ。全国どこへでも私が集金に行くことにしました。これは長生きすればするほどお得な企画でした。
ある時、男性から電話が入ってこのセット販売についてのお問い合わせがありました。電話でしばらく話していて、どうもご年配の方ではないかと気づきましたので、「お客様失礼ですが、今おいくつでしょうか」と尋ねました。返ってきた答は70歳、奥様は66歳でした。そこで私はもう一度企画を説明し、「この先50年、お客様は弊社の『よなよなエール』を飲み続けることはたぶんできないと思うのですが……」とお話すると、お客様は大笑いで「それもそうだな」と申し込まれるのを諦めました。
この「夫婦で幸せ50年セット」は結局買い手は付きませんでしたが、前にご紹介したスノーボードの例と合わせて、お客様の間に口コミで広がって「てんちょ」、これ私のニックネームで以前インターネットの店長をしていたのでこのニックネームをつけられたのですが、「てんちょ、おもしろいことやっているね」「あんなバカな企画どこから考えついたの?」と皆様から賞賛をいただきました。こういう企画は売上げには直接貢献しないのですが、話題性があってお客様にはすごく楽しんでいただいています。
今度はリアルイベントのお話。当社では、ファンのイベントをよく行っています。今年の5月に超宴(ちょううたげ)というファンイベントを行いました。従来の宴は80人規模でしたが、この時は軽井沢のキャンプ場を借り切って、1泊2日でビールを存分に飲もうという企画を立てました。参加費は5000円でビールは飲み放題。しかしキャンプ場の使用料や交通費もかかって、お客様には結構な出費になります。全国から650人ほどが集まり、もっとも遠方からの参加者はシドニー在住の方。せっかく日本に来たのだからと、キャンプの前後には別な用事も入れておられました。
キャンプが終わって、我々は7段階評価(「非常に満足」「満足」「やや満足」「普通」「やや不満」「不満」「非常に不満」)のアンケートをとりました。すると、「非常に満足」「満足」の合計が95%になりました。残りの5%は「やや満足」でしたが、そのほとんどは子どもで、フリーコメントから「お菓子がなかった」「僕たちの好きなジュース類が少なかった」ことが「やや満足」の要因とうかがえました。
また「当社の宴には何回目の参加ですか」との問には、88%の方が「初めて」とお答えでした。これもフリーコメントを読んで事情がわかったのですが、過去に宴に参加したことのある人が、家族や友人を4、5人誘って参加していた例が多かったのです。こうしたイベントは、弊社の熱狂的なファンを育てるのに役に立っています。
ビールを中心にしたエンターテイメントについても申し上げましょう。当社はビールメーカーですから、ビールを売るのは当たり前です。しかし当社では、ビールを中心にそれ以外のエンターテイメント性もウリの1つにしています。その際、常識にとらわれないことを信条としています。常識にとらわれず、リスクを恐れずに試みる。そこにイノベーションが生まれると思います。当社では社長の私がこういう考えでいますので、社員も常識的に行わないのが普通になりました。
1つのエピソードを紹介します。2年ほど前のこと。世界ITサミットが日本で開催されました。スカイプやツイッター、アンドロイドなど、数々の海外のIT企業のCEOが集まり、日本からも多くのIT企業のトップが参加しました。その懇親会で、日本を代表するクラフトビールを飲んでいただこうという企画を主催者が立て、当社にお声をかけていただきました。そして会場で、「よなよなエール」のプレゼンテーションをするようにとリクエストをいただきました。
私は英語が話せませんので、プレゼン用に覚えたことを身振り手振り話すしかないと考えたのですが、外国の方々に喜んでいただくには歌舞伎役者のような出で立ちがいいと思い直し、隈取りをしてステージに立つことにしました。おまけに司会の方が「よなよなエールのプレゼンテーションを井手社長お願いします」とアナウンスした時、番傘を肩に歌舞伎役者が見栄を切った時に、トントントンと片足でリズムよく蹴っていくようにステージの真ん中へ向かい、「よなよなエール」の紹介を始めたのです。
世界のCEOからは喝采を浴びました。greatとかbravoの賞賛の言葉とともに拍手のシャワーをいただきました。一方の日本のCEOたちは、「誰がこんなやつを呼んだのだ」「日本の恥だ」という顔をして下を向いたきりでした。しかしながら、世界のCEOたちは大変喜んでくれ、「このビールはアメリカンスタイルでつくっているのか」と矢継ぎ早に質問を浴びせ、「この後のイベントでもお前はオレたちと一緒に来い」といって、政府主催の懇親会に私を連れていったのです。
その会場には安倍首相もおいでになりました。私はせっかくの機会だから、安倍首相に「よなよなエール」を飲んでいただこうと近づいたのですが、あと2、3mのところでSPに止められました。隈取りをしたまま会場に入っていましたので、怪しくみられたのは仕方ありませんが、懇親会の入場者証を首から下げていましたので、首相との距離があった時は大目に見られていたようです。しかしあと2、3mに近づいた時、「何をしようとしているのか」と止められ、「これ以上、首相に近づいたら身柄を拘束する」といわれました。
私は、「当社のビールを飲んでいただきたいだけです」と答えましたが、SPはにこりともせずに否定しましたので、その限界の2、3mのところで写真を撮りました。後からうかがったところでは、首相は変なのがいると気づいておられたようで「あの芸人は誰だ」と周りに尋ねておられたようです。
この写真をホームページやフェイスブックに載せ、事の顛末も合わせて紹介したところ「てんちょ、安倍首相に飲んでもらえなくて残念」「いっそ捕まって、てんちょ塀の中に入ってみたらよかったのに」と当社のファンは大喜びでした。常識にとらわれていたら、歌舞伎役者の格好でIT企業のCEOの前に立つことはなかったでしょうし、安倍首相まで数メートルのところに立つこともなかったと思います。常識にとらわれないという会社のカルチャーが、当社の成長の鍵になっていると確信しています。
「よなよなエール」は復活しつつあり、たくさんのファンがついてくれるようになりました。これは私一人の力ではなく、スタッフ全員のチーム力が育ったからです。でもそのチーム力も、6年前にはほとんどありませんでした。6年前の私の悩みは、当時の社員数は20人ほどですが、自ら率先して動く社員がいなかったことです。誰かがやるだろう、と他人任せ。特に数人の協力が必要な作業は、まったく進まなかったのです。1人での仕事は促すと行うのですが、2人以上での作業となると、「ぼくはこの方法がいいと思う」「いや私はあっち」と方向性をすり合わせることができなかった。おまけに会社に元気もなかったのです。
私は独力では限界があると思い、外部のセミナーを受けることにしました。それは、チームビルディングプログラムという結構評判が良かったセミナーです。それを受講した時に衝撃を受けました。まず、トップが変わらないとダメだというのです。当時の私は、「君はなぜこれができない」「これくらい気づくだろう」と皆の批判ばかりしていました。それをセミナーでは、人を変えるのではなく、最初に自分が変わらないといけないと諄々と説いていました。その頃、会社は一時のどん底は脱して、私なりに会社の理想像を持っていたのですが、現実は大違い。切磋琢磨しながらも、楽しく笑顔が絶えない会社。皆やる気があって、エネルギーに満ちあふれている会社。誰が聞いてもそういう会社はいいなと思いますが、現実はほど遠かったのです。こういう理想を追いかけたいが、どれだけ注意しても直らないから、しょうがない。あまりしつこくいうと嫌がるし、煙たそうな顔をする……。そう思って私は諦めたのでした。
でも諦めてはいけないことがセミナーを受けてわかりました。「オレができるのになぜ君はできない」「オレの考え方はこうだけど、君はなぜ違うんだ」と人を責めてばかりいましたが、人それぞれに個性があり、それが皆違うから同じわけがないのです。恥ずかしながら、セミナーを受けてそれが初めてわかりました。
目標をきちんと定め、それを皆が合意して、共有する。これが大事だとセミナーを受けてわかりました。私の独り合点だけでは誰も納得せず、動かない。手間はかかるのですが目標を定めて、皆が合意する、これを目指しました。そのために私は、セミナーと同じ内容の研修会を社内で行いました。数千人を対象にチームビルディングプログラムのセミナーが行われてきたそうですが、自分の会社で同じことをやったのは過去、現在を含めて私だけのようです。
年1回、今まで6回の研修会を行いました。延べの受講者は50人以上。本当は、全員を一気に変えたかったのですが、変われる人からまず変わり、研修を受けた人が現場で広めて全体を変えていこうと思いました。やる気のない人は変えられませんので、やる気のある人から変えていこう、と。急がば回れです。
研修の最初は、自己紹介から始めます。大きな1枚の模造紙に自分のことを洗いざらい書き出します。趣味や家族構成、過去の職歴、恥ずかしい過去のことも、洗いざらい書きます。これを見て、「てんちょっておもしろい過去があったのですね」「そんな趣味があったのですか」と近づいてくるスタッフもいました。その他には、体を使ったアクティビティも行います。ロープで大きめの網の目をつくり、チーム全員が協力して1時間以内に、それぞれが違う穴を通って向こう側へ抜ける。誰か1人でもロープに引っかかったら最初からやり直すのがルールです。
これを当社のスタッフで始めるとどうなったか。「こうしたらいい」「ああしたらいい」と意見がいろいろ出て、まとまらない。チームは男女混成ですが、時には「私は触られたくないので、土台の下に回ります」という女性もいる。でも誰かが「体の大きい男が土台にならないと」と反論すると、「でも私は触られたくない。だったら私は、これをパスします」と投げ出す場合もあります。
こうして、チーム皆の力、頭、体を使っていくメニューをいくつもこなしていくのです。これを一通り行って気づかされるのは、コミュニケーションはチームを運営する上でベースとなり、一番重要な構成要素だということです。当社ではそれを仕組み化し、座標軸に表しました。
横軸の右側は人数が少ない、左は多い。縦軸は議論の質を示し、上は喧々諤々の質の高い議論。下は皆で気軽にワイワイガヤガヤ。この座標軸の左下は、大人数で気の張らない集まりとなります。当社では朝礼、社員会、誕生会、クラブ活動がそれにあたります。朝礼は30分ほどかけ、例えばある社員の「今日、子どもを幼稚園に送っていこうとしたら、出がけにお腹が痛いといってトイレにこもっていたら遅刻しそうになって……」というような仕事に関係のない話を入り口にして、皆でワイワイ雑談する時間も取っています。クラブ活動による社員の交流も盛んになり、つい先頃、カラオケ部も発足したようです。
次は座標軸の右下。部門の飲み会やランチタイム。仕事上近い人が集まって、ワイワイやる時があります。
今度は質の高い議論、コミュニケーションの方です。当社では月に1回、マーケティング会議を実施しています。東京の営業も軽井沢の本社に集まって、営業全員で朝から夕方まで、それぞれのマーケティング戦略について1日中議論します。他には、年1回の全社員研修をやります。また月に1回、東京はテレビ会議での参加になりますが、朝1時間早く出て、朝会を行っています。朝会では経営情報を開示し、今月の売上げ、利益状況などもオープンにし、会社の中で今何が課題になっているかを取り上げ、解決策を全員で協議します。
そして座標軸の右上は、先ほども紹介しましたチームビルディングプログラムです。
このコミュニケーションの仕組みを上手く運営できるよう、部門長すなわちディレクターの立候補制、私も含めてスタッフ全員のニックネームでの呼称、そして資質テストの実施と社内での公開を行っています。当社の組織は極めてシンプルで、社長とディレクターとプレーヤーしかありません。ディレクターは年1回の戦略提案の評価によって選ばれ、部門の運営の仕方やこうやって実績を上げるということを社員全員の前でプレゼンテーションし、その結果をもとに私と人事担当者が決めています。
ニックネームについては、社員間の敷居をなくすために行いました。私も皆から「てんちょ」と呼ばれ、お客様とも距離感なくお付き合いできるようになっています。先ほどいくつか申し上げたエピソードで、お客様は皆「てんちょ、段ボールの板だってわかっているよ」「てんちょ、塀の中に入ってみたらよかったのに」 などとフェイスブックやツイッターに書き込んでくれていますが、「井手社長……」だったらここまでお客様に楽しんでいただけなかったと思います。
資質テストについては、ある本に基づいて34項目についてテストを行っています。このテストでは、34項目のうち上位5つの資質が明らかになり、例えば私の場合は、1位戦略性、2位着想、3位自我、そして4位指令性、5位責任感でした。資質テストは社員全員に行って、上位5つの結果については開示しています。ですから、「彼は自我が上位で、我を曲げないから要注意だ」ということが事前にわかってきます。私がそうです。
会社の文化を育む努力もしています。「頑張れヤッホー!」をもじって「ガッホー文化」。ニックネームで呼び合っていることでもおわかりのとおり、当社はフラットな組織です。上下関係がなくフラットに議論ができる。そして、その中で一番いい手を打っていく。その上で、究極の顧客志向を目指しています。お客様のために社員皆で議論し、仕事の上でお互いに切磋琢磨する。また、自ら考えて行動する。その中心には「知的な変わり者」という我々のアイデンティティがあり、楽しんで仕事をしています。そして、チームビルディングプログラムの研修は毎年行い、また社員間のコミュニケーションの充実を図ってきました。こうした努力の結果、今ではかなりすごいチームに育ってきました。
かつて20人ほどだった社員も、今では130人ほどに増えました。最近は年率40%の成長が続いています。どん底の時、実はオーナーの星野に期待したのですが、本業に忙しくてビール事業にまで手が回らない状況でした。そこで通信教育でMBAの講座を受け、楽天大学やチームビルディングプログラムも学ばせていただいた。パソコンはまったく触れなかったのですが、基礎から教えていただき、今は担当を交代しましたが、ネット販売の運営ができるまでになりました。かつては、社員を変えよう、会社を変えようと力んでいましたが、まずは自分が変わらなければいけないことを実感させられました。自分が変われば組織や会社が変わる。自社が変われば、取引先など周りの会社も変わる。そうすると関係している世界も変わってくるのです。
我々の会社のアイデンティティともなった「知的な変わり者」。今となっては「変わり者」は最高の褒め言葉だと思っています。変わり者は個性を伸ばすことによって生まれる。出る杭は打つのではなく、どんどん伸ばしてやる。それをチームとしてまとめて大きな力にすると、大爆発して会社にイノベーションをもたらします。
これは究極の差別化だと思います。ほんのちょっとの違いではなく、他の追随を許さない差別化。そこまでいくと、ある意味、競争のない世界があります。ビール業界では熾烈な競争が繰り広げられ、値引き販売や広告は盛んに行われています。そうした中で、当社は値引きは一切せず、またCMで1円のお金もかけていません。それでも多くのお客様に支持されているのです。今願っているのは、当社のファンと社員の幸せです。
繰り返しになりますが、たった1人からでも始めたらいい。自分が変われば会社が変わり、周りの世界も変わる。そう信じて仕事に邁進しましょう。富山の皆さん、最後まで聞いてくださり、ありがとうございました。
作成日 2015/10/09