第28回 株式会社橋本テクニカル工業 ワイヤーカット クランプ TONIO Web情報マガジン 富山

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企業活動には山あり谷あり。谷から脱却し、右肩上がりに導いた経営者のひと言には再起のヒントあり。

第28回 株式会社橋本テクニカル工業

メーカーが一目置く同社の技術
脱下請けの次は欧米の市場を目標に

橋本直幸社長は「赤いものは赤い。白いものは白い」という
エンジニア。「追従しなかったから今日の自分がある」と
振り返る。

 「創業して21年。この間、会社は山あり谷ありでした。いや、谷あり、谷あり、小さい山あり、だったかな。アハハ…」
 笑いながら目を細めるのは、橋本テクニカル工業の橋本直幸社長。連帯保証により、他社の負債を負って歯をくいしばったこともあったそうだが、口元をほころばせるところを見ると、今となってはそれもいい思い出なのだろう。
 背負った債務を返し、また裸一貫から始めた会社を従業員17名まで増やしてきた背景には、金型製作やワイヤーカット放電加工機を使う技術が、他社の追随を許さないほどに高いことがある。特にワイヤーカット放電加工に関していうならば、橋本社長は、県内に10人もいないワイヤーカット1級技能士の資格を持ち、メーカーのエンジニアより効率的に機械を使うため、メーカーからは一目も二目も置かれる存在だ。
 そんな橋本社長が創業したのは35歳の時(平成4年)。大卒後3つの会社を経ていたが、13年間一貫して金型製作に携わった経験を生かして、その下請けから事業を始めた。

車庫を改装した事務所から出発

 「自宅横の車庫を改装して、事務所兼作業場にしました。中古の、小型のワイヤーカット放電加工機を入れると、それでもういっぱい。シャッターを開けたままにしておいても、金目のものは何もありませんでしたから、泥棒に入られる心配もなかったほどです」(橋本社長)
 創業からしばらくの間は、金型製作の下請けをメインにした。腕のいい技術者として、県内では知られた存在であったため、仕事に事欠くことはなかったという。独立して1年半ほどした時、前に勤めていた会社が倒産して、そこにあった大型のワイヤーカット放電加工機を買い取った。これが転機のタネまきになったようなものだ。
 「会社勤めをしていると、技術的なことでも、例えば上司が『郵便ポストは白い』というと、『さようでございます』と答えることが往々にしてありますが、私は技術の話に上下関係を持ち込むのはおかしいと、常々思っていました。それで独立したのですが、大型のワイヤーカット放電加工機を手に入れてからは、仕事の合間を見ながら、自分が今まで技術的に疑問に思っていたことを試していったのです」
 橋本社長には、ひとつだけはっきりとした目標があった。それは、下請けを脱することだ。そのためには、一方ではプレス金型の製作で経営の安定を図り、もう一方ではワイヤーカット放電加工機を使いこなして、将来のビジネスのタネを探す必要があったわけだ。
 ここでワイヤーカット放電加工について、簡単に説明しよう。業界の方、専門家の方には釈迦に説法で恐縮だが、あまり詳しくない読者もおいでになるので、しばしお許しを。
 ワイヤーカット放電加工とは、上下で引っ張った細いワイヤーを加工工具とし、加工対象の金属を切り出す工法のこと。この際ワイヤーには電気を通すのだが、通電するとワイヤーと加工物の間に放電されて、加工物を溶解しながら、CADなどで作成された設計図通りに加工していく。糸鋸で、木材をある形に切り出すのと、形式的には同じだ。
 加工精度はプラス・マイナス数ミクロン程度。金型や歯車などの硬い金属の加工に向き、電気エネルギーの強弱や放電加工中に出るスラッジの排出の善し悪しで、加工のスピードや加工面のなめらかさに違いが出てくるという。

同社が製作してきた金型の例。左から、ステンレス抜きパンチダイ、プレス同時抜き下型、絞りのダイ。

ヒット商品誕生

ヒット商品になった「水すまし君」のセット例。
加工対象物の四隅を固定している。

 金型製作を当面の柱にしたのは先述の通りだが、それに陰りが見え始めたのは平成20(2008)年の秋のこと。リーマンショックが原因だった。
 仕事が極端に減り、少なくなった仕事の争奪戦が始まった。同業者の中には、コストダウンのために中国や韓国、台湾の企業に外注し始めたところもある。それら海外の企業が日本の金型メーカーに個別にメールを送って、「私たちの会社は、貴社に協力することができる」と暗に金型製作の外注を求めてきたこともあるという。
 「金型はある意味、製品の命です。以前は日本の金型メーカーが、韓国や中国のメーカーに金型を供給していたのですが、それが逆になってしまった。それだけアジアの国々の技術レベルが上がってきたということです。脱下請けを目指して当社では、平成10年からオリジナル製品の販売を始めていましたが、リーマンショックはそれに拍車をかけるようになりました」(橋本社長)
 その第一弾は、「水すまし君」と名づけられたワイヤーカットのクランプ(治具)だった。  従来の一般的なワイヤーカット・クランプでは、押さえシロの部分だけ加工対象物を大きくする必要があった。また加工対象物を平行に保つことが難しく、ワイヤーの下面ノズルと加工対象物の間に隙間ができて、加工速度が遅くなるという課題を抱えていた。
 橋本社長はこの解決に取り組んでいたのだが、加工対象物の三隅、あるいは四隅をボルトで固定する、吊り下げ型の治具を開発。押さえシロが不要で、下面ノズルを加工対象物に定着させるようにして、材料費の削減と加工速度の向上をもたらしたのだ。
 これがヒット商品になった。使いやすさが口コミで広がり、平成12年には型技術協会の審査員特別賞を受賞。大企業しか受賞歴のなかった特別賞を、社長と従業員1人の小さな会社が受賞したため、業界では蜂の巣を突いたような騒ぎになったものだ。

「スラッジを集めておにぎりにして…」

小物用クランプの展開例の「ピタット君」(左は50×50型、右は100×50型)。
ピタット位置決めして、精度の差は2ミクロン以内。

 「水すまし君」に端を発したクランプ関連製品をその後いくつも開発し、脱下請けの布石を着々と打ってきた橋本社長。リーマンショックが起きる数カ月前からは、ワイヤーカットの際に発生するスラッジ(溶解した金属のクズ)が引き起こす問題点を解決しようと動き出していた。
 微細なスラッジは、加工槽の水中で分散していく。その際、水中の酸によってイオン化され、それにより電流が発生してワイヤーを切っていた。断線を防ぐために、スラッジ除去用のフィルターが使われていたが、2ミクロン以下の微細なスラッジはフィルターを通り抜け、加工槽の中を浮遊し続けたため業界では大きな課題になっていたのだ。
 「私は、微細なスラッジをごはんの一粒一粒に仮定しました。それを集めておにぎりにすると、問題は解決するのではないかと思ったのです」
 橋本社長の発想の原点は極めてわかりやすく、すぐに解決できそうになってくるのが不思議だ。
 “ごはん粒を集める”ために、加工槽内のスラッジを電化しながら攪拌。その後で一種の遠心分離機にかけると、スラッジが集まって2ミクロン以上の大きさになる。そこで“おにぎり化したスラッジ”が、フィルターでろ過されて加工槽の水質が保たれるというわけだ。
 水質が保たれるとワイヤーの断線が減り、加工速度も上がる。「ウルトラ水質改良君」は、190万円程度の値段であるが、「コスト削減と作業効率のアップで、3カ月で元がとれる」(橋本社長)スグレモノ。これも金型業界で脚光を浴び、平成24年、型技術協会の奨励賞に輝いた。

大企業が続々と導入

クーリング・オフの制度をつけて販売している
「ウルトラ水質改良君」。今後は世界の市場に
参戦。

 この販売方法がまたユニークだ。なんと「3カ月使って効果が出なかったら返品受け付けます」というクーリング・オフの制度をつけているのだ。
 「ある健康食品メーカーのサプリメントの広告に、“1袋全部お召し上がりいただいた後で効果がなかった場合、空き袋をお送りいただければ商品代金をお返しします”と謳っていました。商品に対して自信があるからできるのですが、私は『ウルトラ水質改良君』に、それと同じような自信を持っていたので、クーリング・オフをつけたのです」
 橋本社長は、単に奇をてらってこうした方法をとったわけではない。製品販売後は、本体のワイヤーカット放電加工機の使い方(他社製品にもかかわらず)と合わせて、作業効率がアップするように、「ウルトラ水質改良君」のノウハウの伝授を徹底した。それもワイヤーカット放電加工機のメーカーごと、機種ごとに、その特徴を踏まえた上での指導であたったため、メーカーのエンジニア以上にマシンの操作について詳しくなった次第だ。
 「実は『ウルトラ水質改良君』については、水質改良の実績が先行して、科学的な理由づけは後になりました。理由づけには専門家や大学の先生方の協力を得て、実験を通して確認していったのですが、最後までわからなかったのは、ワイヤーの品質の違いで断線や加工速度に違いが出てくることでした」
 橋本社長がいうワイヤーの品質とは、例えばバージンものか、リサイクルものかの違い。日本製のワイヤーの場合は、その差は若干ある程度だというが、某国産のワイヤーの場合は、バージンかリサイクルかで作業効率は全く異なったというのだ。
 こうした検証を通じて同社では、ワイヤーカット放電加工機の、機種ごとの加工速度やワイヤー線の送り出しを比較。併せて、「ウルトラ水質改良君」を取付けた後の、加工速度の向上(つまり効率アップ)やワイヤー線の送り出しの節約(つまりコストダウン)などをパンフレットに明示し、当機構の販路開拓総合助成事業の採択も受けて拡販に乗り出した。
 導入例は多い。逐一社名を挙げることは差し控えるが、日本では誰もが知っているような大企業ばかりである。

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 独立した時、下請け脱却の夢を抱いたが、金型の委託生産とオリジナル製品の販売の比率は、今や3:7。「金型の生産をゼロにするつもりはない」というから、夢はほぼ達成したといってもいいのだろうか。
 ただ橋本社長は、一方でまた別な夢を持ち始めたようだ。自社の技術を欧米の市場に送り、世界のエンジニアから厳しく評価されたいという。そのために、ワイヤーカット放電加工機では、世界のトップメーカーの日本法人の営業担当部長を経験したことのある人を、自社の営業に招いたのだった。
 橋本社長が登りたい山は、業界のエベレストのようである。

連絡先/ 株式会社橋本テクニカル工業
〒939-2624 富山市婦中町下瀬33
TEL076-469-1501 FAX076-469-1551
URL  http://www.mizusumasi.co.jp

作成日  2013/03/31

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