TOP > オーダーメイドの企業支援 > 第60回 六月の青い鳥
東京からUターンしてカフェをオープン
「癒しの空間」としてコロナ禍でも愛されて
東京からUターンし、カフェ「六月の青い鳥」をオープン
した橋本重紀さん(左)・奈部昌子さん(右)夫妻。
「お店のスタッフのお母さんが65歳になった時、退職してセカンドライフを楽しむ・・・という話を聞きました。当時私は60歳、あと5年お店を続けたら今の仕事を始めて30年を超えることになる。私たちのセカンドライフはどうしよう」
東京・杉並の西荻窪でUSAコットンを中心に輸入生地、手芸用品、雑貨等を販売するお店COUNTRY QUILT MARKET(カントリー・キルト・マーケット)を営んでいた奈部昌子さんがそう考えたのは、今から8年前のこと。小さなビル1棟を丸ごと借りていた手芸店は、品揃えの豊富さから日本国内のみならずアジアの国々などにも顧客を擁し、ハンドメイド愛好家の聖地のようなところとなり、そのお店から離れたライフスタイルについては考えたこともなかったそうだ。
ところが“スタッフの母の退職話”をきっかけに、セカンドライフについて考え始めた奈部さんは、映像関連の制作を仕事としていたご主人の橋本重紀さんに、「あともう少しで私の仕事も30年を迎える。仕事をやり切って、その後は富山に帰ろうか」と持ちかけると、橋本さんは二つ返事で同意。ともに富山県出身の2人は、この時初めてUターンを意識したのであった。
ただこの時点では、カフェの運営などは考えていなく、趣味や旅行を楽しむ楽しいセカンドライフが頭の片隅にあったようだ。
お店の正面(写真上)と裏のテラス席の様子(写真下)。
隣接する公園の木々と一体になって、森の中にある
カフェが演出されている。
それが、カフェの運営へと大きく舵が切られたのは富山での具体的な生活を意識するようになってから。東京・有楽町の東京交通会館にある「いきいき富山館」でのUIJターンの説明会に参加するうちに、カフェの構想が芽生えたのだった。
奈部さんが振り返る。
「主人は富山市、私は高岡市出身ですが、上京しておよそ50年が過ぎ、富山に親しい知人はほとんどいないわけです。そんな中、2人でUターンしてきても馴染んでいけるかどうか、正直不安もありました。地元の人たちが集まれる、心地良い素敵な空間を残したい・・・、そうやって考えて行き着いたのがカフェの運営でした」
「ラーメン屋でも人々との触れ合いが期待できるのでは・・・」と編集子が問いかけると、「何度もアメリカに行って、アンティークな家具や生活雑貨を集めていたのですが、それを富山の人々との出会いの場で活かしたいと思うようになりました。こういう年代もののテーブルは、カフェの方が似合うでしょう」と奈部さんは返し、店内の客席や雑貨を置くテーブルに視線を移した。中には100年近い時を経た家具もあるようで、木目の褪色や表面のキズには、新品にはない風格が醸し出され、お店に落ち着いた雰囲気をもたらしていた。
富山への移住までの6年間で準備したのは、コーヒーの淹れ方や調理の基本を身につけること。これらはスクールに通って橋本さんが講習を受け、奈部さんは候補地探しに奔走した。立地条件としては、街中の公園の近くで、その木々を借景できること。お店の周りにも植栽を施し、森の中のようなカフェを演出したいという希望をもって出店地を探したのだった。そのうちに、公園のそばに空き家になって久しい2軒続きの住宅があると知り、すぐに案内してもらったところ、ひと目見て気に入り、さら地にして店舗兼住宅を建てるとともに駐車場を設けたのだ。富山に移り住んだのは令和2年3月のこと。「六月の青い鳥」と名づけたお店をオープンしたのは、その3カ月後の6月であった。
「店内の喫茶コーナー(写真上)、雑貨販売コーナー
(写真下)の様子。使われているアンティークな家具は、
奈部さんが長年にわたってアメリカ等で集めてきたもの。
「いきいき富山館」でのUIJターン説明会の折、当機構の「移住者創業チャレンジ応援事業」(令和2年度)について聞いていた2人は、さっそくその支援を申請し、オープンの時を待ったのだった。(採択後、補助金は厨房機器の整備などに充当)
ところが・・・。
ご存知のように令和2年は、新型コロナウイルス感染症が猛威を振った年。富山県の場合は3月末に1人目の感染者が出て、あっという間に県内全域に広まった。商店の中には、4〜5月は開店休業状態に追い込まれたお店もあり、このTONIO Newsの取材で出会ったある起業者は、商業施設や商店街から買い物客がほとんどいなくなったことを受けて、4月1日の創業を1カ月伸ばすほどのインパクトを受けたのであった。
「32年間、手芸店を経営してきましたから、よい時もあれば悪い時もあることはたくさん経験してきています。そこから言えることは、地道に真っ当に商売に取り組んでいけば、お客様には支持していただけるということです。皆さん『コロナでたいへんな時に・・・』と言われましたが、その点に関しての心配はありませんでした」(奈部さん)
オープンしたのは6月27日。花と雑貨、一部USAコットンも扱う「六月の青い鳥」は、SNSでの情報発信と工事を担当した工務店の宣伝協力が功を奏して、集客は思いのほか順調に。夏のランチ時には、接客、厨房、洗い場、レジがスムーズに回らないほどの忙しさになってしまった。
「セカンドライフを楽しむために始めたカフェでしたが、あまりにも忙し過ぎてそんな余裕はありませんでした。休業日や営業時間外も仕込みで追われ、食器洗いとレジでお客様との交流もできない。体力的にも限界を感じるようになりました」と奈部さんは語り、「それで、9月に入ってからランチをやめることにしたのです」と続けた。
正面玄関を入ってすぐのところにある花の販売コーナー。
花屋を営んでいる奈部さんの甥が商品の
プロデュースを行う。町の花屋さんではあまり
見かけない花を扱うなど差別化を図っているため、
人気の花屋となっている。
当然、売り上げは落ちてしまったが、夫妻は納得している様子。メニューにランチを載せていた時は、ギリギリの利益率にして、厨房と食器洗いのために人を雇用していたため、ランチを中止にして売り上げはかなり減ったが、経営的にはいわゆる“とんとん”の状況で営業を続けているという。
「おかげで本来目的としていた地元の方々との交流も進み、新しい友人もできました。ご夫婦のどちらかが富山県出身で、県外から富山にUターンしてこられた方ともたくさん出会いました。富山県出身の方には、パノラマのように広がる立山連峰の景色は、原風景のように心の中にあるのかもしれませんね。皆さんあの風景が忘れられなかったといいます。私もその1人でした」
という奈部さんの目下の懸案事項は、森の中のカフェを次の世代にどのように引き継ぐかということ。「この癒しの空間を理解して引き継いでくれるなら、将来的には、信頼できる第三者への賃貸・譲渡も考えてもよい」とのこと。ご関心のある方は一度お店で一休みしてみてはいかがか。商店街や駅前にかつてたくさんあった喫茶店とはまったく雰囲気が違い、また最近増えつつあるコーヒーショップとも趣を異にする「六月の青い鳥」。このお店の空間、雰囲気は人を幸せにするためにあるように思われるところから、お店が続くことを願うばかりだ。
ちなみに当機構では、事業承継の専門相談員も配置。事業所の事情に合わせて、まさしくスーツをオーダーメイドするように親族内承継、第三者承継の相談にも応じているので、課題を持っている事業者にはご利用いただきたいところだ。
所在地/富山市田中町5丁目5-25
代表者 / 奈部 昌子
資本金 /‐
従業員 / 2名
事 業 / カフェの運営、USAコットン・雑貨・花の販売
TEL / 076-461-7604
作成日 2022/8/5