TOP > オーダーメイドの企業支援 > 第56回 T&T Waffle(ティー・アンド・ティー・ワッフル)
「食する人を幸せにしたい」と
独自のレシピでワッフル店運営
「コロナの影響で1カ月半ほど休業しました。
その間にネットによる通販も始めたところ、
お店を開けている時のような売上げが立ち、
コロナの影響はあまり受けませんでした」と語る、
同店創業者の藤本康子さん。
「小学生のお子さんが、お財布を持って当店にワッフルを買いに来てくださる。どれにしようかと、1個二百数十円のワッフルをじーっと見つめている姿を見ると、うれしくなってきます。先日は、5年生の時から来ていただいているお客様が今年中学生になって、『部活の吹奏楽部の演奏会のポスターを張らせてほしい』とこられました。もちろん大歓迎。地域の皆さんに当店や当店のワッフルを愛していただき、これ以上の幸せはありません」
そう語るのは、富山にIターンして平成29年9月にワッフル専門店のT&T Waffleをオープンした藤本康子さん。その4カ月前には全国植樹祭で富山にお越しになられた天皇皇后両陛下(現・上皇上皇后両陛下、以下同)に、お茶菓子として自慢のワッフルをお召し上がりいただく栄に浴するなど、得難い経験もされてきたミセスである。今回のレポートでは、藤本さんの創業と当機構の支援について紹介しよう。
最初に創業したお店「虎ノ門Waffle」(写真上)
と藤本さんが焼くワッフル(写真下)。
ベルギーワッフルには2種類あり、ブリュッセルワッフルは
フワフワし、クリームなどをトッピングして食する。
もうひとつのリエージュワッフルは、カリカリとした食感が
特徴。パールシュガーを用い、外は硬めに焼かれている。
同店のワッフルは後者の方だ。
子どもの頃からお菓子づくりや調理が好きだった藤本さん。調理師の資格も取り、長じてからは飲食店で働くように。調理スタッフやフロアでの接客、店舗のマネジメントなど、飲食店での業務を一通りこなせるようにもなった。そうした時、東京を中心にアメリカや東南アジアの国々で、飲食店のコンサルタント業務をしている藤本さんのご主人から、「虎ノ門のビルの一角で、ワッフルのお店を出す計画がある。そのレシピをつくって欲しい」と依頼を受けたのだ。店舗の予定地は東京メトロ「虎ノ門駅」のすぐそば。六本木ヒルズが近くにある一等地である。
「あるビルの壁に大きな看板が取り付けられ、その下に高さ2.5mほど、広さ1坪ほどの空きスペースがありました。そこを遊ばせておくのはもったいない、ということでワッフル店出店の計画が浮上し、主人のところに相談があったのです。私が製菓や調理に詳しかったのと、昔ベルギーを旅した時、おいしいワッフルに出合って感動し、日本に帰ってその味の再現に夢中になっていたところから、レシピの開発が私のところに舞込んできたのです」(藤本さん)
2カ月ほどしてお店はオープンすることに。簡易型店舗が大きな看板の下に置かれ、水回りやワッフルを焼くための設備も入れられた。スペースの真ん中に立って、どちらかの足を軸にして、ワッフルを焼く、焼き上がったワッフルを並べる、注文に応じてワッフルを包装する、会計をする、等の動作がすべてワンステップできる超効率的なお店、だったという。オープンに当たって藤本さんは、1カ月ほど店舗スタッフについてワッフルの焼き方や接客を指導したのであった。
お店の名前は「虎ノ門Waffle」。人通りの多いビジネス街での立地であったが、固定客も徐々に増えて経営は順調に。10万円の家賃の他に、お店を運営するための経費のすべてをまかない、利益が出るようになった。遊休地が利益を生むようになったのだから、お店のオーナーも出店を支援した藤本さん夫妻も万々歳であった。
ところが3年ほどした時、「そのお店を閉じて、賃貸に出したい」と再び相談があった。売上げが落ち、赤字の月が続いていたのだ。
遠巻きにお店の様子を観察した藤本さんが振り返る。
「接客が雑になっていましたし、ワッフルの味も変わっていました。詳しい事情はわかりませんが、レシピが崩れてしまって、私が提案したワッフルとは別なワッフルになっていました。新しい賃貸先の候補はいくつか上がりましたが、私はレシピを元に戻したらお店の経営も元に戻るだろうと思いました。そこで私がお店を借りて、ワッフル店を続けることにしたのです」
再出発のために数日閉店して、藤本さんがお店の掃除をしていると「今度はいつからワッフル焼くの?」と尋ねてくる方が何人もいたという。そうしたファンに支えられて虎ノ門Waffleは再開。「ベルギーで食べたような、あのおいしいワッフルを皆さんに食べていただきたい」と初心に戻ってワッフルを焼くと、お客が徐々に戻り始めた。そして月ごとの赤字は徐々に減り、再開から8カ月後には黒字に転換。そのまま右肩上がりを続けたのだ。
ところがここで藤本さんの生活が一変。仕事の都合でご主人が富山で暮らすことに。「単身赴任も検討したけど、子どもがパパと一緒に暮らしたい」(藤本さん)と言ったところから、一家そろって富山に移住。虎ノ門Waffleは閉店したのであった。
T&T Waffleの正面入り口(写真上)。
2つのTは、虎ノ門と富山を表す。
写真下は同店の人気商品「抹茶ホワイト」。
香り高い抹茶をふんだんに使い、イタリア産の
ホワイトチョコレートをかけている。
平成29年に、天皇皇后両陛下にお召し上がりいただいた。
富山に移り住んだのは平成29年3月。赤字のお店を黒字に転換した際の奮闘が影響したのか、藤本さんは一種の燃尽き症候群、あるいは“虎ノ門Waffleロス”とでもいうような状況に。「富山でお店をやりたい」という意欲が起きることもなく、しばらくは静かに過ごしていた。
静寂を打ち破ったのは、平成29年5月、魚津市で開催された全国植樹祭である。天皇皇后両陛下がご臨席されることになり、富山ご滞在中のお食事の準備を担当することになった飲食店から、「両陛下のお茶請け用の茶菓子に、虎ノ門Waffleのワッフルをお出ししたいので、協力をお願いしたい」と藤本さんに依頼が入ったのだ。
「飲食店の関係者が、虎ノ門Waffleのファンで、私が富山に移り住んだことも知っておられたようです。そこでいろいろ調べて連絡をいただいたのですが、そのお話をうかがって『またワッフルを焼きたい』と思い始めました。そして当日、皇后様のお世話担当の方に付いて、遠くから皇后様がワッフルを召し上がるのを拝見しました。その時、『ワッフルをつくって、誰かに食べていただきたい。ワッフルでおいしさとか幸せを感じて欲しい。お店をもう一度やりたい』と気持ちが高ぶり、胸が熱くなってきたのです」
こうして、OFFからONに切り替わった藤本さん。さっそく物件情報を集め始め、現在借りている店舗の情報はネット検索で得て、すぐに下見をして即決したのだった。
そこは以前は、焼肉店として利用されていたお店。油のシミやにおいが残っていたが、掃除を徹底してその除去に努めた。そして「これから富山で商売を始めます」と富山市商工会議所を訪れて仕事初めの挨拶をしたところ、当機構の「若者・女性・シニア創業チャレンジ支援事業」への応募を勧められた。その採択を受けて、改装や食器などの準備も万端に整え、9月1日のオープンの日を迎えたのだ。
その日を回想して藤本さんが語る。
「富山に引っ越してきて、1年も経っていません。まだ友人は少なく『来て、来て』と誘える人もほとんどいませんでした。店舗前の交通量や人通りもあまりわかっていませんでした。ましてや富山は車社会。運転中の人が当店に寄ってくれるかどうかの予想も立てられず、不安でいっぱいでしたが、あの日の気持ちの高ぶりを思い出し、『お客さんが1人も来てくれない日もあるだろうけど、とにかく私はやる』と決意を新たにしました」
同店の内部。1個二百数十円の
ワッフルが所狭しと並べられ(写真上)、
またマフィン(写真下)も販売されている。
藤本さんのその心配は杞憂に終わった。富山に来てからできた友人たちが、自分の友人に声をかけるなどしたため、初日からお客さんでにぎわうことに。そして数日後には、噂を聞きつけた地元のテレビ局が取材して報道したため、行列ができるようになったのだ。
「おかげさまで先日の9月1日に3周年を迎えました。この間お客様が途絶えることは1度もなく、雪がたくさん降った日にもご来店いただいています。マーガリンを使っていませんので、食に気をつけられる方々の間で口コミで広がりました。一番人気は、両陛下もお召し上がりになられた抹茶ホワイトです」(藤本さん)
取材当日、抹茶ホワイトは既に売り切れ、「ベルギーシュガー」をお茶請けにいただいた。砂糖の甘さがちょっと違うので「何か工夫があるのか」と尋ねると、「焼いても溶けきらないベルギー産のパールシュガーを使っています」と返ってきた。さらに続けて、「レシピに特徴があるのか」と聞くと首を縦に大きく振るのだった。
「ワッフルの基本的なレシピはありますから、それらを元にしたらどなたにも焼き上げることができます。ただ私のレシピは、“あのおいしいワッフルを再現したい”と試行錯誤した時の経験から、発酵の時間を少し短めにしています。また焙炉を使わずに、その日の温度や湿度の状況に合わせて若干の調整を加えます。具体的な発酵のノウハウは、内緒です」とのこと。虎ノ門でお店をやっていた時から、「レシピを教えて欲しい」という要望は何件も寄せられているのだが、最初にレシピを提案した際、現場で徐々に改変された時の経験から、「二度とレシピは他人には教えない」と堅く誓ったそうだ。
ということは、お店の多店舗化は考えていないということ。設備を拡充し、今の10倍量のワッフルを焼いて、カフェやスーパー等のスイーツ売り場に卸すようなことも、念頭にないようだ。
「虎ノ門Waffleを始めた時から、私の頭にあるのは単なるお金儲けではなく、働いて自立するということです。もちろん虎ノ門のお店も富山のお店も、私1人でできたわけではなく、主人も含め多くの方々のご協力・ご支援をいただいたおかげで成り立たせていただきました。その恩返しという形でのレシピの伝授はあり得ると思います。例えば友人が『ふるさとの町に帰ってワッフル屋をやりたい』と言ってきた時、レシピを変えない約束をしてくれるなら、喜んでレシピの提供をしたいと思います」
藤本さんはそういって、遠くを見つめるように焦点を移した。そこには20年ほど前に、ベルギーでおいしいワッフルに出合って感動した自分の姿や、藤本さんのワッフルの1番のファンであった祖母がワッフルを頬張る様子、小遣いを握りしめておやつのワッフルを買いにくる近所の小学生の笑顔などの映像が走馬灯のように巡っているようで、「おいしいワッフルは、つくる人も食べる人も幸せにします」と取材を結んだ。
当機構では、若者や女性、また富山県への移住者の創業の支援、施策を年々拡充してきた。今回のような成功例を増やすなど若者・女性や移住者の創業を今後とも後押ししていきたい。
所在地/富山市秋吉40-9 コーポ秋吉1F
代表者/藤本 康子
資本金/個人創業
従業員/—
事 業/ワッフルの製造販売
TEL/076-461-5405
作成日 2020/11/24