第41回 辻四郎ギター工房 産学官オープンイノベーション推進事業 SDGs ウクレレ  TONIO Web情報マガジン 富山

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研究開発により誕生した新技術・新製品に秘められたイノベーションと、その原動力を探る!

第41回 辻四郎ギター工房

富山の素材・技術を多用しウクレレを開発
女性ミュージシャンから特注品のオーダーも

県産杉の圧縮材を用いてウクレレ開発に取り組む辻隆親氏。

 「売れるギターをつくるにはどうしたらよいのか」
 ギター制作のメッカといわれる、アメリカテネシー州ナッシュビルでギターショップを営むギター業界の大御所に、辻四郎ギター工房の辻隆親氏が尋ねたのは令和元年6月のこと。それに答えて大御所は「日本のギターは丁寧につくられている。単にアメリカのつくり方を取り入れるだけでなく、日本らしさをもっと出したらよいのではないか」とエールを送ってきたという。
 帰国後、辻氏はさっそく南砺市商工会に赴いた。ギター開発のヒントを得ようと相談すると「富山県知財総合支援窓口で最近のギターの新商品開発の特徴や傾向を把握したらよい」と勧められ、一方で高岡市でデザイン会社を営むA氏を紹介された。これら新しい情報源との出会いの中で、「富山県農林水産総合技術センター木材研究所が用途開発を勧めている富山県産杉の間伐材を用いた圧縮材を使ってみよう」とトントン拍子に話が進み、圧縮材の大きさが10cm×40cm程度という制約があるところから「ギターではなくウクレレの開発」に軌道修正しながら、当機構の「産学官オープンイノベーション推進事業」(新商品・新事業創出枠、令和2年度)の支援を受けることとし、開発を加速させたのだった。
 プロジェクトが正式に動き出したのは、令和2年6月。A氏、富山県木材研究所、当機構の他に、デザイン開発で協力を仰ぐために富山県総合デザインセンターの、音響評価を行うために富山県立大学の教授の支援も受けることとし、また楽器店を通じてプロの演奏家にウクレレの音色について評価してもらうことにし、プロジェクトの第一歩が踏み出されたのであった。

富山県立大学で音響分析を

人工杢目を施した杉材を圧縮したもの(写真上)と、
その圧縮材を用いてできたウクレレ(写真下)。
同製品は優れた木造建築や木製品等を顕彰する
「ウッドデザイン賞2021」((一社)日本ウッドデザイン
協会主催、令和3年度)を受賞した。

 「ギターなど弦楽器に用いられる板材の多くは、ローズウッドやマホガニーなどの輸入材で、ローズウッドに関しては一時ワシントン条約により輸出入が規制されていました。数年前、その規制は若干緩和されましたが、将来的に再び規制の対象になる可能性があります。そこで国内で入手可能な板材を探していたところ、立山杉に人工杢目を施した圧縮材に出合ったわけです」
 辻氏はそう言って、10cm×40cmほどの板材を取り出した。それは立山杉の板材の表面に、人工的に杢目を施した後で圧縮をかけたもの。他県でも杉の圧縮材の用途開発は進められていたが、富山県の木材研究所では杢目を施し、工芸品としての利用の可能性も模索し始めていたところだった。
 その圧縮材に着目した辻氏。ウクレレ用の圧縮材にするには、どの程度の圧縮率がよく、また圧縮の際にかける温度の最適値を探るために、木材研究所と板材の試作を開始。圧縮率については30%〜70%の間で10%刻みで試行し、圧縮温度は70度、80度、100度、120度と4段階を設定し、それぞれの圧縮材のサンプルを富山県立大学に持ち込んで、その音響の性質をローズウッドの板材と比較したのだ。
 「ある大手の楽器店が、弦楽器のピックガードに銅板を用いたらどうなるかの音響効果の分析を、富山県立大学の先生に協力を仰いだという話を聞きましたので、私の方から先生に連絡を入れて事情をお話ししました。そうしたところ、ローズウッドとの音響比較ができるとお答えをいただき、分析をお願いした次第です」(辻氏)
 その結果、圧縮率70%、圧縮温度120度の圧縮材がローズウッドの音響に近いことがわかった。圧縮率70%とは、わかりやすくいうと10mmの板材を3mmの厚さに圧縮するということ。さっそくその圧縮材でウクレレを試作(この試作品は、一般的なウクレレの形状のひょうたん型)し、富山県立大学で音響分析を行った。するとローズウッド製のウクレレの周波数に近い音が出て、あとは加工の際に圧縮材を若干薄くするなどの微調整でよいことがわかったのだった。

富山の素材・技術がふんだんに

写真上はウクレレのネック部分。高岡漆器の青貝塗が
施されている。写真下はサウンドホールの周りに
施された杢目金。金と銀を鍛造し、円形に整形し
ホールの周りにはめ込まれている(板の厚み約2mm、
杢目金の厚み約1.5mm)。

 これを受けて辻氏は、富山県総合デザインセンターの協力を得て、3Dプリンターを用いて実寸大のウクレレのデザインを開発。一般的なひょうたん型のウクレレではなく、現状の形状のウクレレを考案するとともに、デザイナーのA氏のアドバイスを受けて、圧縮材に拭き漆を塗り、ウクレレのヘッドの部分には高岡漆器の青貝塗による加飾を施すことに。さらにはサウンドホールの周りに杢目金(もくめがね)という金と銀を鍛造してつくった円形の金具を装着し、出にくかった高周波数の音にのびをもたらすことができたのだ。この杢目金の技術は江戸時代に発達したものだが、高岡の銅器職人の中にその技法を受け継ぐ人がいて、その提供を受けたのだった。
 「こうしてでき上がったのが、後に『クリプトメリアシリーズ・ウクレレ』と名づけられたウクレレです。“日本らしさ”というより“富山らしさ”が随所に表現された楽器になりました」(辻氏)
 プロの演奏家に試奏してもらうと、「中低音ののびが若干弱いように感じるが、杉製のウクレレとしては上出来ではないか」との答えが。試作時の圧縮材は加工して間がなく、板材をわずかに薄くし、自然乾燥が加わってからは中低音の音ものびるようになり、同社では販売することにこぎつけたのだ。
 ただ、ここで大きな課題が立ちはだかった。 「人工杢目を施した圧縮材に、拭き漆、青貝塗、杢目金を施すことによって、一般的なウクレレが20万円程度で販売されているところ、この新しいウクレレは約30万円。“富山らしさ”を押し出したら、10万円ほど高くなってしまったのです」(辻氏)
 辻氏はこの「10万円高」をなんとか圧縮したいと考えているのだが、1本ずつ手づくりしている現実を考慮すると、それもなかなか難しい様子。大手の楽器店等に取扱を依頼しても、「値段が高すぎる」と厳しい答えが返ってくるそうだ。

工芸品やSDGsの観点から評価

「産学官オープンイノベーション推進事業」
(令和2年度)の支援を受けて開発された
ウクレレ。側面の板を曲げることができなかったため
県産のナラ材を用いたが、令和4年度も同事業の
支援を受けて、圧縮材の曲げ加工の技術を開発し、
側面に用いる予定。

 そこで同社では、自社のホームページで“富山らしい”ウクレレのPRを開始。一方、富山県立大学は昨年暮れにウクレレの開発を成果発表すると、東京のあるテレビ局がSDGsとの関連で注目。“ローズウッドを枯渇させない試みとして、杉の圧縮材を使うことは持続可能性の面からも評価できる”と報道したのだ。それを機に口コミでウクレレが知られ、注文が舞い込むように。ある女性ミュージシャンからは、「一回り大きいコンサートサイズのウクレレで、また青貝塗の加飾を自分のトレードマークのデザインにしてアレンジして欲しい」と特注のオーダーが寄せられた。
 コロナ禍により、展示会での発表や楽器店を回っての営業活動はできなかったものの、「工芸品的な価値のある楽器」としてこのウクレレが認められつつあることを察した辻氏は、その価値をさらに高めるために令和4年度の「産学官オープンイノベーション推進事業」(新商品・新事業創出枠)の採択を受けて、ウクレレの側面の板材も人工杢目を施した圧縮材を使うことにチャレンジ。「初期の取り組みではできなかった、圧縮材に曲げ加工を施す技術を開発し、その板材をウクレレの側面に使用して、工芸品としての価値をさらに高める計画」(辻氏)だという。
 産学官グループの構成メンバーは前回と同様。本稿が公開される頃には、富山県木材研究所にて圧縮材の曲げ加工が試みられていると思われるが、ボディーに全て人工杢目が施された圧縮材によるウクレレが登場する日が待ち遠しいところだ

 辻四郎ギター工房
 本社/南砺市下梨1040
 TEL 0763-66-2372
 FAX 0763-66-2372
 URL  https://tsuji-shiroh.com

作成日  2022/07/09

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