TOP > イノベーションが産む金の卵 > 第32回 株式会社スギノマシン
CNFの製法開発・用途開発に努め
ビジネスチャンス拡大に取り組む
スギノマシンで新規開発も担当する杉野岳副社長。
CNFへの取り組みも同氏の発案で始まった。
主に紙の原料となるパルプ等の植物繊維に由来するセルロース。木のほかに野菜や果物、稲わらなどに含まれるそのセルロースをほぐした、直径数nm〜数十nm(nm:ナノメートル/1nm=10億分の1m)、長さ数μm(μm:マイクロメートル/1μm=100万分の1m(0.001mm))の極めて微細な繊維状の物質をセルロースナノファイバー(cellulose nanofiber/以下CNF)と呼ぶ。CNFは「鉄鋼の5分の1の軽さで、5倍の強度」といわれており、その研究や用途開発は2000年代に入って活発になり、車のボディー等さまざまな構造材等への応用が期待されている。
今回取材にうかがった(株)スギノマシンの杉野岳副社長は、「もっと多様に使われるようになるでしょう。カーボンファイバーの普及初期もゴルフクラブや釣り竿など限られた使用でしたが、今や航空機や自動車など、多くの用途で使われています。CNFは天然由来で生体にも優しいので、化粧品や医療医薬などでの開発も進んでいます」と夢を膨らませる。
今号の「産学官deイノベーション」では、富山県内の産学官金15機関の代表者で構成される「とやまナノテクコネクト推進協議会(総合調整機関:弊機構)」のもと、文部科学省の「地域イノベーション戦略支援プログラム」の採択(2014年7月)を受けて進めた「とやまナノテクコネクト・次世代ものづくり創出プログラム(以下とやまナノテククラスターと略す)」におけるCNFに関する技術開発を概観。その中でも、スギノマシンが富山県工業技術センターと行った共同研究や同社が国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「中堅・中小企業への橋渡し研究開発促進事業」の採択を受けて富山県立大学と連携して進めた、CNFの用途開発に向けた研究開発の概要を紹介する。まずは本論に入る前に、“ウォータージェットのスギノマシン”がCNFの研究や用途開発に取り組むようになった経緯から繙(ひもと)こう。(注:富山県工業技術センターは、2018年4月、富山県産業技術研究開発センターに改組、以下同)
ウォータージェットとは、水を数メガパスカル(MPa)〜数百MPa
まで昇圧し、ノズルから噴射することで発生する数十〜数百m/秒
の高速水噴流のことをいう(図上)。金属を切断したりバリを
とったり、表面を滑らかにするなど、工具としての役割を果たす。
スギノマシンは1936年、前身の杉野クリーナー製作所時代に、空気圧・水圧駆動式チューブクリーナーを初めて国産化した。その付帯設備である高圧ポンプが、同社の高圧水技術の原点となるわけだが、“水そのものを工具にして材料を加工しよう”という発想は、1955年に出合ったある論文からヒントを得たものだった。その論文には、「雲の中を飛行機が高速で飛ぶ時、翼やプロペラが水の微粒子と衝突して、その先端が削られる」という趣旨の記述があった。それを読んで、“であるならば、水を高速で噴射することで、金属などの硬い材料も切断・加工できるのではないか”と思い至り、それが後々のウォータージェットにつながったというわけだ。
同社の独自の技術は、これまで数々の技術賞を受賞。2011(平成23)年11月にはとやまブランドに認定され、販路の拡大や経営の安定に寄与してきた。しかし、リーマンショック(2008年9月)のあとには、オンリーワンの技術を持つ同社といえども、少なからず風雨に見舞われたようだ。
杉野副社長が当時を振り返る。
「創業以来80余年、幾度も不況の波をかぶってきましたが、高水圧以外にも複数の特異技術を持ち、数多の業種と数万社と取引のある当社は、ある業界が打撃を受けても、別の業界は元気がある、というような感じで強い耐性があり、少しずつ規模を拡大してまいりました。ところがリーマンショックの時はほとんどの業界が落ち込み、当社も赤字にこそなりませんでしたが、それまでにない影響を受けました。そしてその時、当社は多様な商品を多様なお客様に提供しているとはいえ、よくよく考えると、結局のところ産業機械一本足のビジネスだということに気づいたわけです。これを機会に、事業を見つめ直そうという機運が起こり、産業機械以外の商材を見つけるために、まずは当社の機械を導入されているお客様を1社ずつ観察してみました。そこでわかったのは、当社の機械を使い、素材を製造されているお客様は安定的に業績を伸ばされ、また、高度でブラックボックス化された日本企業の素材にはまだまだ将来性がある、ということでした。そして、自社のコア技術であるウォータージェットを使って素材の開発・生産を行い、それを販売したらよい、という結論に達しました」
しかしながら、すでに市場が確立された素材分野に一機械メーカーである同社が安易に新規参入するのはリスクが大きすぎる。そこで、同社の機械技術が強みとなり、将来性があり、しかしまだ市場や強者が確立されておらず、さらに当時話題に上りつつあった「持続可能(サステナブル)」が当てはまる素材を探したところ、CNFに出合ったのだそうだ。
こうして同社がCNFの製法と用途の開発に乗り出して5年ほど経過した時に、先述したとやまナノテククラスターが文部科学省の支援プログラムに採択され、研究開発プロジェクトを進めることになった。2014(平成26)年から5年間にわたって大学や公設試験研究機関、金融機関、各種業界団体の協力を得て行われた6つの研究開発テーマのうち、3テーマにスギノマシンは深く関わった。
ウォータージェットの技術に液中プラズマの技術を
融合させた村山誠悟氏(写真上)とウォータージェット
によるCNF製法の概念図。パルプ化した原料を水に
分散させ、245MPaに加圧・噴射する。このマッハ2の
ウォータージェット同士を衝突させることで水の中の
パルプを衝突させ、ナノファイバーをつくり出す。水と
原料だけでCNFを製造する、環境に優しい製法である。
最初に紹介するテーマは「液中プラズマ技術を応用したナノ粒子分散用高圧湿式ジェットミル装置の開発」。これはウォータージェット技術を進化させ、より品質の良いナノ粒子やナノファイバーを製造できるようにしようというもの。従来の機械的、あるいは化学的な製造方法の課題を解決すべく、独自の製法を開発しようという目標もあったようだ。
まずは従来法である機械的製法から概観しよう。これは専用の機械により物理的な力を加えて素材をナノ化するもの。細かくするにはより大きな力が必要になり、大量のエネルギーを消費するところから、エコではない一面がある。
また、ナノ化してできた粒子は、表面積が増え、引き合う力(ファンデルワールス引力:原子やイオンなどの間で引き合う力)が強く働くことによって、再び固まる性質(凝集)があるという。通常、凝集を解決するためには分散剤を用い、粒子間にファンデルワールス引力を打ち消す力を持たせる。しかし分散剤の種類は極めて多く、粒子の種類や大きさ、表面状態により最適なものや添加量が異なるため、適切な選定が難しい。
一方で、最初から薬剤を添加して、化学的にナノ化を促進する手法もあるが、「化学処理をすることによってセルロースの機能が変質・失活してしまう場合があり、また、後処理で除去しているとはいえ薬剤の成分がCNFに微量に残る可能性もある」(村山誠悟氏)ようだ。
そこで同社は、富山県工業技術センターと共同で湿式微粒化装置の高度化に取り組んだ。この取り組みでは、素材の凝集を防ぐ方法として液中プラズマ技術が応用された。液中プラズマ技術は、電解液に気泡を生じさせ、それによりプラズマを発生させて素材の凝集を防ぐ方法である。しかし、液中プラズマの発生に必要な電解液には、粒子間の斥力を低下させる効果もあり、ナノ化した素材に適用するのは極めて困難だった。
同社は以前から、高圧湿式ジェットミルで液体を高速で噴射した際に生じる気泡に着目。その気泡の中で液中プラズマを発生させて、ナノ粒子が再凝集しないようにしてはどうかと考え、その実用化に取り組んだ。
先ほどコメントした村山氏は、この技術開発にあたって同社で中心的な役割を果たした人物。開発に着手した頃を思い出して同氏が語る。
「もともと当社が持っていたウォータージェットによるナノ化技術は、水流中にナノ化の対象となる素材を入れ、2つのノズルを対面に構えて噴射することで素材同士をぶつけ、破砕します。一般的な物理的粉砕法のように、挽き臼やすりこぎに当たる機械部品が摩耗して混入することはありませんし、薬剤が残留することもありません。ウォータージェットに液中プラズマの技術を複合化することによって、機械的な分散効果と化学的な分散効果が同時に得られるようになりました。再凝集が抑制されて、破砕が効率的に進むため、製造時間の大幅短縮が望めます。しかも、この手法は先述のように分散剤や電解質による汚染がありません。従来技術にはない、独自の製法といえます」
化粧品でのCNFの用途開発に取り組んだ近藤兼司氏(写真上)
と、シルクナノファイバーを乳液に添加した際の角質層水分量の
変化を示したグラフ。シルクナノファイバーを添加した乳液の保湿
効果は高い。
続いてのテーマは、「バイオマスナノファイバーを応用した高機能スキンケアベース材料の開発」。同社ではすでに、2011年10月に同社製のCNF「ビンフィス」(BiNFi-s)の販売を始めており、いくつもの化粧品メーカーに納めている。「とやまナノテククラスター」では、さらなる用途開発を試みるためにCNFを乳液などのスキンケア化粧品に添加した際の効果や、シルクをナノ化して乳液に加えた場合のメリットなどについて、富山県工業技術センターとの共同研究に臨んだ。
「セルロースをナノ化すると複数の優れた機能を持ちます。そのうちの1つは、ナノ化により表面積が大きくなり、保湿性が高くなること。また、CNFはナノベースの粒子で極めて滑らかな触感があるため、化粧品への応用が早くから期待されていました」
スキンケアベース材について、こう口火を切ったのは開発に携わった同社のアシスタントマネージャーの近藤兼司氏。従来の化粧品でのCNFの利用は、ベース材あるいは増粘剤としての機能・効果を期待するものであったが、この開発ではさらに一歩進めて、保湿効果も狙った。
試作品評価では、CNFを固形分濃度0.1wt%(100g中0.1g相当の重量)添加した乳液と、同0.25wt%の乳液を試作。CNF未添加の場合と、皮膚の角質層の水分量を比較した。
「CNFの添加によって乳液塗布後の肌の感覚がまったく違いました。コマーシャル的な言い方では、すべすべ・つやつや。触感改良材としての効果が少量添加でも絶大であることがわかりました。また、角質層の水分量も、塗布直後から高く推移し、みずみずしい肌を維持できることがわかりました」(近藤氏)
シルクをナノファイバー化したシルクナノファイバー(SNF)を乳液に添加した試作品評価でも、シルク粒子そのものが持っている皮膚との親和性や水分保持性の高さが功を奏し、より高い保湿性を示した。不織布への塗布・練り込み、シャンプーや乳液への配合など、応用開発の結果、美容・化粧品などへの応用が進められている。
また一方で、同社ではセルロースだけでなく、セルロースと類似の分子構造を持つキチン・キトサン(エビやカニの殻に含まれる)にも着目し、キチン・キトサンナノファイバーの開発・製造にも乗り出している。
同社のCNF「ビンフィス」のドライパウダー化に取り組んだ森本
裕輝氏(写真上)とドライパウダー化されたCNF。乾燥化させる
ことで、樹脂に容易に添加できるようになり、用途開発に弾みが
ついた。
3つ目の共同研究は、富山県立大学と行った「CNFのドライパウダーの開発」。この共同研究は、NEDOの「中堅・中小企業への橋渡し研究開発促進事業」として進められた。開発を担当してきたアシスタントマネージャーの森本裕輝氏が語る。
「軽くて強い素材としてCNF複合化樹脂が注目されています。一般的に樹脂単独では機械的特性が不足するためガラス繊維と複合化した繊維強化樹脂が工業的に多く利用されていますが、ガラス繊維強化樹脂はリサイクルや焼却処分が困難で、使用後には埋立処分しかできないなどの課題が残ります。そこで焼却によるエネルギー再生が可能なCNFを利用した樹脂複合体に期待が寄せられていました。しかし、当社のCNFは水に分散した状態(スラリー)であり、そのまま樹脂に均一に混ぜるのは不可能でした。樹脂の原料は石油で、水と油は混ざりません。そこで共同開発では、樹脂に混ぜられるよう、CNFをドライパウダー化することに取り組みました」
しかし、ただ単純に加熱して乾燥させればよいというものではない。単純に乾燥させるとCNF同士が凝集して、樹脂の中で分散しなくなってしまうのだ。そこで開発チームは、スラリー状の同社CNFを、化学的変性を施すことなく、乾燥工程で凝集を抑制しながら粉末化する手法を開発し(特許出願中)、CNFのドライパウダー化に成功。2018(平成30)年4月より、サンプルの提供も始めた。
「他の会社で試みられているCNFとPP(ポリプロピレン)の複合樹脂では、PPに10〜20%相当のCNFを添加して強度を1.2〜1.7倍程度に向上させていますが、硬くなる半面、割れやすいというマイナス面が出てきます。それに対して当社のドライパウダーには、少量の添加で伸びを維持したまま、引張り応力も高まるという特長があります」(森本氏)
ここで言う「伸び」は引張試験において、材料が破壊される直前までの伸び、「引張り応力」は材料が破壊されるまでに加えた力にそれぞれ相当する。実験では、1wt%(100g中1g相当)の同社CNF添加で、引張り伸びが増加するとともに引張り応力が向上するという結果が得られた。
「このドライパウダーを添加すると、少量添加で靭性が向上するとともに強度アップも期待できます。その結果、構造材というよりむしろ電線などの被覆材、糸やフィルム状に延伸して利用する素材への応用が最適ではないかと考え、特性に合った用途開発を進めています」
と森本氏が締めくくると、杉野副社長がつけ加えた。
「身近なところでお話しすると、例えば皆さんお使いのスマホの画面。表面には、導電性や偏光性などそれぞれ機能を持った薄いフィルムが何層も張られています。CNFは透明で、機能を付与することもできますから、従来のフィルムに取って代わることができる。また、自然由来で柔軟性があることから、人工皮膚への応用など医療分野での活用も期待できる。一口にフィルムといっても、可能性は極めて大きい。今後も公的な産業支援を活用させていただきながら、技術開発・商品開発を進めていきたい」
リーマンショックの後で、「新しい商材を開発しよう」と提言したご本人だけあって、CNFへの期待と思い入れは人一倍強い様子。ウォータージェットのように経営の柱に育つことを期待するばかりだ。
[ 会社 スギノマシン ]
本社/魚津市本江2410
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作成日 2020/01/30