TOP > イノベーションが産む金の卵 > 第36回 株式会社マーフィーシステムズ
企業のIT化支援・ソフト開発のかたわら
自社ブランドのアプリの開発を目指す
同社で開発を担当する執行役員の廣本直樹氏。
企画を担当する関係者の間で、「せんみつ」というと“1,000のうち3つ当たる(当たればよい)”というような意味合いで用いられることが多い。漢字では文字通り「千三つ」と書く。打率にたとえると0.3%。野球の場合は選手登録すら難しい成績だが、ビジネスの世界では少し違う。確かにヒット率0.3%は低いのだが、1,000のアイデアを出し続けることに着目すると、それも能力の1つではないかと思えてくる。
今回の取材先、(株)マーフィーシステムズの藤重佳代子社長のモットーは、「千三つでもよいから、アイデアを出し続け、その中からものになるものを製品化し、ヒット商品を育てよう」というもの。企業のIT化支援やクライアント企業の業務内容に合わせたソフトやハードの開発などを通して売上げの柱を築きつつも、一方ではオリジナル商品の開発を目指して、試行錯誤を繰り広げてきた。まさしくこのコーナータイトルのように、金の卵を産む鶏を育てようとしてきたわけだ。
とやま医薬工連携研究会のセミナーの様子。
数ある同社の開発ストーリーの中で、当機構と出合いにつながったのは平成22年の案件でのこと。高速道路の管理業務に携わるある企業から、「高速道路沿いに設置されている鉄塔や街灯の劣化診断をするシステムの開発ができないか」と相談が寄せられたのだ。
当時を振り返って語るのは、同社で開発を担当する執行役員の廣本直樹氏。スタッフとともにアイデアを具体化するために知恵を絞り、金の卵を産むための努力を惜しまない同社のリーダーの1人だ。
「相当な開発費が見込まれましたので、国のものづくり補助金の支援を受けることができないかと思い、新世紀産業機構を訪ねました。そこで書類の書き方などの指導を受けて申請したのです。ものづくり補助金の採択を受けて、私たちは振動解析により劣化診断を行うシステムを開発しました。ところがその開発中に、相談を寄せてこられた方が亡くなられ、私たちが開発した劣化診断システムは宙に浮いてしまったのです」
苦渋に満ちた表情をする廣本氏を見て思い出した。“確かあの頃、高速道路のトンネルで天井板の崩落事故があったのでは・・・”と。それを口にすると廣本氏は「2年後の平成24年12月、中央自動車道の笹子トンネルです」と即座に返してきた。
天井板と鉄塔・街灯の違いはあるにせよ、構造物の劣化診断であるから、多少のアレンジでシステムとしての共有は可能なのではないかと編集子は素人考えをするのだが・・・。
「トンネルの劣化診断はあの事故の後、打音検査が徹底されるようになりました。当社が開発した振動解析のシステムもなかなかのものですが、あえて難を挙げるとシステムが少し大きい。現場に持って出るには不便でした。しかしながら、この8年で半導体の性能はものすごくアップしました。ムーアの法則でいうと32倍。逆にいうと性能が上がった分、機器を小型化できるということです」
廣本氏がいう「ムーアの法則」とは、インテルの創業者の1人であるゴードン・ムーア氏が、自らの論文上で唱えた「半導体の集積率は18カ月で2倍になる」という半導体業界の経験則から導かれたもの。8年では2の5乗倍で32倍程度になるということだ。
「他の部分の性能も上がっていますから、今でしたら小さなシステムになるでしょう。私たちが開発した振動解析による劣化診断のシステムは、いつか日の目を見る日がくると信じています。引き出しに入れていますが、いつでも取り出せる状態になっています」と、3つのうちの1つに育てる決意をにじませた。
ソフトバンクロボティック社のPepperにストレス
チェックアプリを搭載した「ストレスチェックロボアプリ
『ストロボ』(写真上)とHOSPEX Japan2017に
出展した際の同社のブース(写真下)。
ソフトバンクグループの人型ロボットPepperへのストレスチェック用アプリの開発についても、当機構では側面から支援した。詳細は以下の通りだ。
平成27年12月から、国の保険制度が変わって従業員50人以上の事業所では、年に1回のストレスチェックが義務化されることになった。その折、Pepperの開発パートナーとして加わっていたマーフィーシステムズでは、Pepperのタッチパネル画面にストレス診断用の質問を順次表示し、それに回答してもらうことを通じてストレス状態か否かの診断用のアプリを開発し、その普及を図ろうとしたのだ。
「もともと弊社社長の藤重は、医療や福祉の分野にITの技術を普及させたいと考えていました。ただこの分野では薬事法(現在、「薬機法」となっている。)の規制がありますので、ケースによってはそれを踏まえた上で開発に臨み、許認可等を得なければならないものもあります。そこでその勉強のために、新世紀産業機構に事務局があった『とやま医薬工連携ネットワーク』に入会し、セミナー等に参加させていただきました」(廣本氏)
ちなみに「とやま医薬工連携ネットワーク(現 とやま医薬工連携研究会)」は、県内ものづくり企業等の医療機器・福祉機器分野への新規参入を図ることを目的に、平成23年につくられたもの。富山県内の製薬企業、ものづくり企業、医療・福祉関係者、大学等が参加し、医療機器等の分野への参入のための講習会、セミナー等の普及啓発活動や会員への情報提供、専門部会による共同研究プロジェクト等を実施してきた。本年度は成長産業分野に係る他の研究会事業を一括した「とやま成長産業創造プロジェクト推進事業」の中で運営することとなり、本県の医療機器、福祉機器、製薬機器分野に参入する企業を支援しようとしているところだ。
ソフトバンクロボティックス社のPepperに、マーフィーシステムズが開発したストレスチェックアプリを搭載したシステムは、「ストレスチェックロボアプリ『ストロボ』」と名づけられた。このロボットをマーフィーシステムズでは「HOSPEX Japan」(平成29年、30年)において展示。「とやま医薬工連携研究会」のブースで、他の会員企業との共同出展によって「ストロボ」のPRに努めた。
「おかげさまで多くの来場者の方々に注目していただき、複数の商談がまとまりました。特に韓国や中国の方々の関心が高かったようです。そこで国内はもとより海外の市場も念頭に置いて、今後の展開を考えようとした矢先に・・・」と廣本氏はここまで明るく語っていたのだが、一転して「実はその後で、PepperのOSが急に変わり、当社は共同開発もPepperにストレスチェックアプリを搭載することもできなくなりました」と続け、「ただ当社としては『こういうソフトの開発、アプリの開発ができます』とPRできたことは、よい経験になりましたし、実績にもなりました」と結んだ。
同社が開発したハンディUV除菌器(写真上、
直径28mm、長さ94mm、重さ39g)。260〜280mmの
紫外線を照射し、除菌する。最近はマスクの除菌で
用いる例が多い。写真下はHOSPEX Japan2019で
ハンディUV除菌器を紹介した同社のブース。
医薬品分野の商品開発を模索していた時、マーフィーシステムズでは紫外線を使った除菌器の開発にも着手。企画当初、今日のようなコロナ禍は想定外のことで、思わぬ追い風が吹いているようだ。
「もともとの発端はリーマンショックから数年後の平成22、23年頃にさかのぼります。エレクトロニクス関連のメーカーは、冷え込んだ市場にカツを入れようと商品開発に積極的に取り組んでいました。そうした中で、韓国のある企業がLEDライトの光の波長を変えての用途開発に取り組み、その一つに紫外線による除菌をテーマにしていました。その情報を得た当社の社長が『これだ!』とひらめき、きれい好きな日本人向けにハンディな除菌器をつくろうと考えたのです」(廣本氏)
便座の除菌などが徐々に広まりつつあった時だが、ある調査によると、私たちの身の回り品の中で意外と不潔なのはスマホをはじめとする小型の通信端末だという。いつでも手軽に触ることができ、未使用時はポケットやバッグの中で雑菌が繁殖しやすい状態に。アルコールスプレーなどはそもそも精密機器にはよくなく、ティッシュペーパー等で拭くといっても除菌には限度があるのが実情だ。
同社では令和元年に入ってこの除菌器を商品化。「ハンディUV除菌器」と銘打って販売し始め、11月にはとやま医薬工連携研究会がHOSPEX Japanでブースを借りた際、病院関係者へのPRを図って展示したのであった。廣本氏が当時を振り返る。
「この時はまだコロナ騒動は起きておらず、来場者の反応は『こんなものもあるのね』という感じでした。ところが年が明けると『HOSPEX Japanの会場で見たあの除菌器のことですが・・・』と頻繁に連絡をいただくようになり、4、5月になると『パソコンのキーボードを除菌するようなもっと大きな装置はないか』などと問い合わせを受けるようになりました」
病院では、1台のパソコンを複数の医療従事者が使うことがある。例えば、ローテーション勤務が行われる医療機関のナースステーションでは、複数の看護師が1台のパソコンを共同で用いて、患者情報を共有しているのは周知のことだ。他にも、交代で業務を行うような事業所では同様のニーズがあるであろう。
「この新型コロナウイルスは紫外線に弱い」と幾人もの研究者が実験などで明かし、それがテレビや新聞で報道された。するとますます同社の「ハンディUV除菌器」は注目されるように。商社経由で、医療や福祉の現場での、別なタイプの除菌器の開発の相談も舞い込むようになったそうだ。
「BoxAR」と命名された同社が開発した三次元測寸
システム(写真上)と、計測のイメージ(写真下)。
対象物を正面斜め上から、アプリ上に表示される
青い線と箱C-D間の辺を重ねて計測する。
続いては、ある物流会社からの相談で取り組んだ、荷物の計測機器の開発について。その物流会社では、例えば仏像や銅像など、不定形なものを扱うことが多く、縦横高さを計測した上で梱包し、木枠でまわりを覆い、コンテナで運ぶことを主な業務としている。その際、計測を終えた段階で運賃の見積を行うのだが、三者三様の計測結果が出て、見積も金額が異なった3タイプが出てくるという。計測方法が異なるからだが、それでは業務の統一性や正確性に欠けるところから、客先の信用を得難い一面がある。そこで物流会社では、ITの技術を生かして、誰が計測しても同様の結果が出るソフトやアプリの開発ができないかと、マーフィーシステムズに持ちかけた。合わせて、計測結果を元にその場で見積ができるようにしたい、というのだ。
「当時、VRつまりバーチャル・リアリティがゲームソフトなどで普及し始めていましたので、そこで用いられるカメラやセンサを応用すればできるだろうと思いました。ところが実際にやってみると、正確に計測ができない。目標の誤差2〜3cmに収まらないのです。逆光など、計測環境が悪い場合は数十cmも違ってきました。VR用のセンサの精度はまだ低かったからです。そこで今度はレーザーとカメラを組み合わせ、なおかつ、いきなり不定形な対象物を計測するのではなく、直方体や長方体の段ボール箱を正確に計測できるようになることを目標に、開発を進めました」(廣本氏)
VRでも使用可能なレーザーを探したところ、台湾のあるメーカーが開発したばかりという情報を得た。同社ではさっそく新しいレーザーを仕入れて試作機を開発。誤差2〜3cm以内で即座に寸法を図ることができるシステムができ上がった。そして同社では、小口宅配の荷物を多数扱う大手運送業者を訪ね、アドバイスを求めたのだ。
「大量の荷物を出す企業では、専用機を導入して寸法や重量、内容物、発送先などを一元的に管理しているが、中小になるとそこまでの資金的な余裕がない。そこで安価なアプリやソフトで、寸法の他に重量までは即時に計量できたらよいのではないか、とアドバイスいただきました。これに今技術が進みつつあるAIを組み合わせると、例えば引越し業者が客先を訪ねて荷物をスキャニングするだけで、容量の計算まで瞬時にできるようになります。『三次元測寸アプリ』と名づけたこのアプリの未来にはいろんな可能性があります」
そう語る廣本氏からは「前途洋々」の印象を受けるばかり。五つ目、六つ目の開発話もちらつかせながら、「もう千三つとはいわせない」と企画開発に携わる者の矜持を示しているように思われた。ちなみに、この三次元測寸アプリの開発は、当機構の「とやま中小企業チャレンジファンド・ものづくり研究開発支援事業」(令和元年度)の採択を受けて進められ、本年度に入ってからは重量の計測も可能になるよう改良が試みられている。
安価なこうしたアプリは、中小の通販業者も望むだろうし、物流の業界全体の合理化、迅速化、IT化の促進につながると思われ、早期の完成が待たれるところだ。
[株式会社マーフィーシステムズ ]
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作成日 2020/11/17