TOP > イノベーションが産む金の卵 > 第40回 住吉工業株式会社
業界の常識を疑うところからスタート
H形鋼を簡便に回転させるには・・・
H形鋼が組まれたばかりの建物(仮称/富山NKビル)
(写真上)とH形鋼加工の現場(写真下)。
従来はこのようにH形鋼をクレーンで吊り、
加工しやすい状態にしていた。
建設現場の梁(はり)に用いられるH形鋼。大きいものでは1本あたり、長さ10m、梁せい(高さ)1m、重さ4t程度はある。住吉工業(株)では、そのH形鋼を構造物の設計図面に合わせて加工しているのだが、「なんか不便だなー」と長年感じてきたことがあった。
それは、H形鋼加工の際、床上クレーンでH形鋼を吊り上げ、加工面の作業をしやすくするために回転させていたことだ。吊り上げる時にはH形鋼が斜めにならないよう、重心をとってワイヤーを掛け(業界の言葉では「玉掛け」という)、回転させたら吊りクランプおよびワイヤーを外して組立・溶接などの加工を施す。これを繰り返してH形鋼を建設用の梁に仕上げていくのだが、危険をともなう作業である玉掛けやクレーン操作は慎重に行わなければならず、それが作業効率を低くしている一面があった。
「玉掛けの際に重心がうまくとれなかったり、クレーン操作が乱雑であったりした場合、バランスを崩してH形鋼が大きく揺れ、周辺の作業員にあたって大惨事になる可能性があります。ですから、玉掛けもクレーン操作も慎重にならざるを得ません。当社も含め同業の方々はこれを何十年と繰り返してきているわけですが、私はこれだけいろんな技術が発達してきたわけだから、何か簡便な方法があるのではないかと思ったのです」
そう語るのは住吉工業(株)の亀谷光彦社長。「クレーンで吊ることを常識とせずに・・・」と漠然と考えたのだが、すぐに答えが見つかるものでもなかった。
同社が開発した「はかどーる」(写真上)。
H形鋼の両端をはさんで作業しやすい角度に回転させる。
写真下は「はかどーる」にH形鋼をしっかり取り付けて
固定する作業(「チャッキング」という)。
答えの糸口は、工場見学の際に見つけた。工場見学が好きな亀谷社長は、従来から各種のものづくり企業の工場の視察に参加し、生産性向上や環境整備などで参考になるところがあると自社のラインに積極的に導入してきたのだが、平成の代の終わり頃にある自動車メーカーの工場を見学する機会があった。その工場ではベルトコンベアに乗って車体が移動していく中で、加工や部材の取付作業等が行われ、クレーンは使っていなかった。隣のラインでは別の車種をつくるなど、多品種の生産に対応している工場でクレーンが使われていないことを目にした亀谷社長は「H形鋼の加工工場でも、なんとかなるのではないか」と漠然と思った。
亀谷社長が続けた。
「そこで今から3年近く前に、工場長と副工場長に相談しました。『クレーンを使わなくても、H形鋼を回転させる方法があるのではないか。ひとつチャレンジしてみよう』と。工場長には『開発費の心配はしなくていいもから』とも付け加えました」
この時点で、亀谷社長にのちの「鉄骨梁回転装置『はかどーる』」のイメージがあったわけではないのだが、「工夫好きな工場長は、何かアイデアをひねり出すだろう」と期待をもって、見守った。
工場長が考案したのは、H形鋼の両端部を回転機の軸部とボルトで固定するもの。回転機から着脱の際のみクレーンを利用し、加工中にH形鋼を回転させたい場合は、親機の回転機側に取り付けたモーターで回すようにした。従来の方法で玉掛けをしてクレーンで吊って回転させることを思えば、作業がはるかにはかどる試作機が完成。回転機への取付はH形鋼の両端部のボルト穴を利用してインパクトレンチで取付をする。両端を固定するのに必要な時間はおよそ3分。回転機に固定された状態でH形鋼を1回転させるには約30秒要す。従来の作業よりはるかに“はかどる”ところから「はかどーる」と命名した。
この開発にあたって同社は、「製品開発・技術開発を支援する公的な機関に新世紀産業機構がある」と取引先の営業マンから聞き、まずは当機構の「富山県よろず支援拠点」を訪問。副工場長がクレーンに代わるH形鋼回転装置の開発計画を明かすと、よろず支援拠点のコーディネーターからは「とやま中小企業チャレンジファンド事業 ものづくり研究開発支援事業」(令和元年度)の申請を勧められ、その採択を待って本格的な開発に着手した。開発や試作機の製作にあたっては、大学や公設研究機関から技術的なアドバイス等を受けることなく、工場長を中心に同社のエンジニアが知恵を出し合って「はかどーる」を形にした。
「はかどーる」で固定して作業しやすい角度にして
溶接(写真上)、組立(写真下)を行う様子。
「試作1号機は令和2年の2月にできました。その後の『はかどーる』の改良は自社独自で進め、4号機まできています。作業効率は3割アップしました。安全性もクレーンをまったく使わないわけではありませんが、その使用頻度は減っていますので、安全性が向上しているのも間違いありません」(亀谷社長)
当初は据置型の「はかどーる」のみだったが、ウレタンタイヤ式を用いた走行型も開発。特許も取得し、「はかどーる」による作業効率の向上を武器に、他社との差別化を図るかと思いきや、亀谷社長は「はかどーる」の同業他社への販売も試みるように。その背景を亀谷社長が吐露した。
「正直なところ、最初、私はこの技術開発を秘匿して、他社との差別化に利用できないかと考えました。しかしそれでは、50年前と同じ作業が今後も続けられ、危険と隣り合わせの作業が続きます。『はかどーる』ではリスクはゼロにはなりませんが、かなり少なくできます。同業の方々にも使っていただき、3Kの代表格の鉄工所の職場環境改善に役立てていただきたかったのです」
こう決めてからは、工場見学やメディアの取材も受け入れるように。昨年秋にある新聞社の取材を受けて「はかどーる」の特徴が報道されると、この取材の時点までに4社から問い合わせが入り、うち1社とは具体的な話を進めているという。また複数の機械商社から「はかどーるを販売したい」と打診があり、その交渉も進められている最中だった。
自動車工場の生産ラインを見学したところから、
クレーンを使わずにH形鋼を回転させることの
ヒントを得た、住吉工業の亀谷光彦社長。
住吉工業では「はかどーる」を14台製作し、H形鋼の加工ラインに導入した。それによりクレーンの数を少なくすることができた。そこで同社では、床上クレーンの走行する高さより低い位置に架台を設置し100V、200V電源のコードやエアーツール用のコードリールを設置した。それによってグラインダー等の小型の各種電動工具の電源コードやエアー用のホース等を作業現場の上部の架台側から利用することを可能とした。また、使用しない時はワンタッチで巻き上げるため、工場床面を這うコードがなくなり、安全性および作業性向上に役立ったという。また自動車の車検のような制度がクレーンにもあり、クレーンの数を少なくすることによって、その費用の低減も図ることができたようだ。クレーンを使用しないことの副次的な効果が徐々に現れ、「作業性のアップのほかに、鉄工所の作業環境改善、経営改善に大きな役割が期待できる」と亀谷社長は「はかどーる」の普及に期待を寄せた。
最後に、亀谷社長に「はかどーる」の今後についての抱負をうかがうと次のような答えが返ってきた。
「『はかどーる』そのものの完成度は高いところまできていると思います。そこで今後は、今の延長線上での改良というより他のメーカーとのコラボレーション、例えばロボットメーカーとのコラボによってさらに使いやすくするとか、あるいは用途開発するとか、いろんな可能性があると思います。ロボットというのはあくまでも仮定の話ですが、異分野の方とのリンクによって新しい道が開けるのではないかと思うのです」
住吉工業株式会社
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作成日 2022/03/09