第34回 株式会社松井機業場 産学官イノベーション推進事業 ナノファイバー不織布  TONIO Web情報マガジン 富山

TOP > イノベーションが産む金の卵 > 第34回 株式会社松井機業場

研究開発により誕生した新技術・新製品に秘められたイノベーションと、その原動力を探る!

第34回 株式会社松井機業場

城端絹の再興を図って新しい絹織物にチャレンジ
派生品が予想外のヒット商品に育った!

城端絹の再興を図ってさまざまな商品展開をみる
松井文一社長(写真上)と同社の従来の主力商品
「しけ絹」が張られた襖(写真下)

 450年近い歴史を有する城端の絹織物。明治の初め、城端町の戸数は約1,000軒で、そのうちのおよそ9割に手織機があり、薄絹を織っていたそうだ。ところが昨今では、絹織物を織っているのは2社のみになってしまった。そのうちの1社、松井機業場が創業したのは明治10年(1877年)。主に、襖(ふすま)に用いられるしけ絹を生産してきたが、城端絹の再興を願って5代目社長の松井文一氏が、シルク入浴剤やしけ絹シェードなどを商品化。さらには6代目見習いの紀子さんが「JOHANAS」(ヨハナス)ブランドを立ち上げて、ストールや扇子を展開するなど、新たな可能性を探り始めた。
 「当社では、平織(ひらおり)といいまして、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交互に織って、薄い絹織物をつくってきました。絹100%の生地はたいへん肌触りが良いのですが、これで例えばシャツをつくっても生地にボリューム感がでません。また摩擦にも弱いため、肘など力がかかる部分はすぐにくたびれてしまいます。これでは商品展開を模索するといっても限度があると思い、織り方を工夫する、他の繊維との交織(こうしょく)を試みるなど、従来、あまりチャレンジされなかったことにも取り組んでみたらよいのではないかと思った次第です」
 松井社長は「産学官イノベーション推進事業(新商品・新事業創出枠)」(令和元年度)の支援を受けて始めた商品開発をこのように振り返り、「市場を掘り起こし、汎用性を高めるためには絹100%にこだわってはおれない」と強調して取材の口火を切った。

織り方の設計の指導を受けるところから

織り方の組織図(絹=白、綿=黒)。上図は同社が
得意としてきた平織(ひらおり)の表側で、経糸(絹)
と緯糸(綿)が交互に浮き沈みする。下図は朱子織
(しゅすおり)の表側で、経糸(絹)が80%になるよう
な組織図になっている。

 ご承知のように絹織物の主な産地には、丹後や長浜、小松、西陣等々がある。いずれも着物をはじめとした和装用の反物の生産をメインとしており、近代的な織り機を入れている丹後などの産地といえども、幅40cmほどの生地しか織れないため、新商品開発といっても限度がある様子。和装業界では絹以外の商品は好まれず、和装の産地では絹と綿、絹と化学繊維などとの交織は、試みられることは少なかったようだ。
 「そこで私は和装の用途以外の生地開発として綿との交織を考えました。化繊にしなかったのは、天然素材にこだわりたかったからです。ただ一口に綿といってもいろいろありますが、当社では肌触りが極めてよいインドのフェザーコットンとの交織を企画し、絹100%では出せない生地のボリューム感やリーズナブル感を実現したいと思いました。そのためには、織り方の設計の指導や品質評価を受けなければならず、富山県産業技術研究開発センター生活工学研究所(以下「生活工学研究所」という)に共同研究をお願いしました」(松井社長)
 まず取り組んだのは織り方の設計だ。同社が得意としてきた平織は、経糸と緯糸が交互に浮き沈みするような織り方。絹糸を経糸、フェザーコットンを緯糸にして平織した場合、生地の表も裏も経糸と緯糸の現れ方は50%ずつになり、絹100%に比べると光沢は落ちてしまう。それに対して朱子織(しゅすおり)では、例えば表に経糸の絹が80%、緯糸のフェザーコットンが20%現れるように織ることが可能で、表には絹、裏にはフェザーコットンの特徴をもたらすことができるわけだ。
 「人が手作業で機織りする映像を映画などでご覧になられたことがあると思います。たくさん並ぶ経糸を交互に上下させ、その間に緯糸を通して筬(おさ)と呼ばれる櫛型の器具で織り目を締めてゆく。今日では織機は機械化されていますが、原理は基本的には同じです。朱子織をするためには、経糸、緯糸をどんな割合でどのような現れ方にするのかの組織図を描き、それに合わせて経糸を上げ下げすることができるよう織機を調整することが必要なのです」(松井社長)

保湿性は上がるも、光沢が落ちて・・・

試作品のパジャマ(写真上)とストール(写真下)。
光沢が増すように生地の織り方から改良を検討中。

 同社では襖用のしけ絹を織ってきたため、幅1m50cm程度の生地を織ることも可能だ。また絹とフェザーコットンによる交織織物は、市場に出ていない新しい生地であるため、ファッションや日用品などの業界から注目されると期待された。
 ただ、試作の生地づくりは難航した。経糸、緯糸の密度を変え、また緯糸のフェザーコットンの太さも変えるなどして生地の試作を繰り返した。密度やフェザーコットンの太さが変わると、生地の織り目によれが生じやすくなったり、光沢やボリューム感、保湿性に差が出てくるため、交織といえども絹織物の良さが前面に出るような工夫がなされた。
 この生地の試作が行われた前の年のことである。県内のあるデザイナーが、同社のしけ絹を染めて富山県立美術館での作品展に出品したところ優秀賞を受賞したのだ。たまたまそのイベントを世界的なファッションブランドのデザイナーが見学していて、松井機業場のしけ絹に興味を持たれたという。そして同社に連絡を入れ、工場を訪れてしけ絹が織られる様子を見学し、しけ絹を手に取ってその感触を確かめていかれたそうだ。
 その時のご縁を活かして松井社長は、絹とフェザーコットンが交織された生地をデザイナーに見てもらったところ「パジャマによいのでは」とアドバイスされ、さっそくその試作品を縫うとともに生活工学研究所に持ち込んで、光沢や保湿性などの試験を行ったのだ。
 「サーマルマネキンを使っての着衣状態での保湿試験では、絹100%より交織の生地は10%ほどの保湿性の向上が認められました。一方光沢の方は、機械検査では両者にあまり差は出なかったのですが、肉眼では絹100%の方が光沢が美しく、交織の方はコットンを加えた影響が出て光沢の度合いは機械検査より落ちているように感じられ、光沢を上げるのが課題になりました。またこの生地を活用してストールやハンカチに応用することも試み、今後は他の展開も模索していきたいと思っています」と松井社長は「産学官イノベーション推進事業」で取り組んだ商品開発を総括し、「実はこの事業には思いがけない後日談があるのです」と今年3月からの取り組みを語り始めた。
 それを要約すると・・・・・。

思わぬところからヒット商品が!

思わぬところから生まれてヒット商品になった
「美顔マスク」。口コミで広がった他、全国ネット
の情報番組に取り上げられて、取材時には
増産のための準備が進められていた。

 新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた2月頃から、肌荒れ対策用に商品化していた同社の「美唇シルク」(マスクと肌の間に挟む絹100%の小さな織物)が急に売れ出したのだ。最初はなぜ「美唇シルク」が売れ出したのかわからなかったようだが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、マスクを使う人が急に増えたからではないかと思い至った松井社長。さっそく試作してきた交織の生地の中から1枚を取り出し、「これでマスク本体をつくったら・・・」とひらめいたのだ。そして「美顔マスク」の商品名で販売を始めると生産が追いつかないほどの人気商品に。生地の増産を図るとともに縫製の協力工場を探し出し、「美顔マスク」を全国に届ける体制を整えたのだった。
 「もし今回、交織織物によるパジャマの開発に取り組まずにコロナ禍を迎えていたら、当社はものすごく厳しい状況に追い込まれていたと思います。パジャマについては光沢の改善という宿題をいただいていますが、その開発過程の生地を活かして新商品ができたことは本当によかった。商品開発のヒントは、思いもよらないところにあったのです」
 松井社長は満面の笑みを浮かべて「美顔マスク」を手に取り、「パジャマやストールもこれに続くように育てたい」と抱負を語った。

 「美顔マスク」のヒットに続き、パジャマやストールのヒット、また城端絹の再興などを期待し、同社の本業に今後とも注目していきたい。

[ 株式会社松井機業場 ]
 本社/南砺市城端3393
 TEL 0763-62-1230  FAX 0763-62-1231
 URL https://www.matsuikigyo.com/

作成日 2020/07/20

このページのトップに戻る

Copyright (C) 2005-2013 Toyama New Industry Organization.All Rights Reserved.