第58回 とみやカフェ(株式会社TOCO[トーコ])  創業・ベンチャー挑戦応援事業 飲食店 事業所向け弁当の販売  TONIO Web情報マガジン 富山

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第58回 とみやカフェ(株式会社TOCO[トーコ])

転職を繰り返しつつもスキルアップし

自分のお店を持つまでに。そして・・・

「今振り返ると、転職しながらスキルアップしてきた」と語る
池下陶子さん。社名のTOCOは自身の名前にちなんでいる。

 この夏から5期目に入った(株)TOCO。創業者の池下陶子さんは、4年前、38歳で同社を始めるまでは幾度も転職したそうだ。飲食店、居酒屋、弁当屋、配送業、保険外交員、建築会社事務員・・・。もうすぐ10というところで指を折ることを止め、「1カ所に2〜3年しか勤めませんでした。でも振り返ってみると、それぞれの職場での経験が、今の仕事に生きているのです。転職を繰り返していた当時は、私は飽きっぽいのか、それとも人に使われるのが嫌なのか、等々一時はネガティブに考えたこともありましたが、自分で会社を持って初めて仕事が楽しくなりました」と語り、「今は会社の3年先、5年先のことを考えて、事業計画を練り始めると時間の経つのも忘れてしまいます」と池下さんは続けるのであった。
 詳しくは後述するが、事業の拡張を目指して、来春にはお店の移転を計画しているようだ。

料理好きを生かして起業を

人気の高い同店のランチメニュー。ほぼ毎日、午後3時近くまで
ランチとコーヒー・紅茶を楽しむ女性で満席に近い。

 両親が自宅に友人等を招き、ホームパーティーを頻繁に開いてきたのを目の当たりにしてきた池下さん。母親の手料理に客人が舌鼓を打つのを楽しい思い出として心に刻んできた。
 長じてからは自身も料理好きになり、子どもの弁当は毎日手作りし、学校へ送った。そんなある日のこと、体調が悪くて池下さんは朝起きれなかった。そこで、こっそりとコンビニ弁当を買ってきて、いつもの弁当箱に詰め直して、子どもを送り出したそうだ。
 しかしながら料理好きな母の子の舌は、ごまかせない。「いつもの味付けと違って、まずかった」と、初めて弁当を残してきたのだ。この経験から手作り料理のよさを再認識した池下さんは、仕事でも調理に関するものを志向するように。飲食店、居酒屋、弁当屋等の厨房では、料理の腕に磨きをかけることを心がけた。
 そして迎えた35歳の春、“自分のお店を持って料理を振る舞いたい”と独立の夢を胸に。「地産地消、旬の地元の野菜をなるべく多く使って弁当をつくり、カフェでも食事を提供したい」とお店のコンセプトを基にメニューを考えたり、当時、建築会社で事務員として働いていたことから建築パースなどを見る機会もあり、そこからヒントを得てお店のレイアウトを考えたりするなど、3年にわたって夢を具体化することを模索し始めたのであった。

“いわく付き”の物件だけど・・・

前の食品スーパーの建物を改装して、「とみや」の店名でお店を
構えている。入ってすぐにカフェがあり、奥に厨房や弁当詰め用
の作業場がある。

 出店地も探し始めた。滑川市内で何カ所か候補に挙がったが、結果として現在地に落ち着いた。ただそこは、新しく事業を始めようとする人にとっては“いわく付き”といってもいいような物件。しばらく前までは地元資本の食品スーパーと総菜店が営業していたのだが、近隣への大型店の出店によって経営難に陥り、店仕舞いしたところだ。一般的な感覚でいうと、同じような業種での出店は二の足を踏むところだろう。
 池下さんが当時を振り返る。
 「私も初めのうちは、ためらいました。ただ、いろいろ情報収集し、以前のお店の関係者などから直接・間接に話をうかがうと、経営が苦しかったのはスーパー部門で、総菜店は順調に回っていたようです。そのうちにスーパー部門の赤字が大きくなり、にっちもさっちも行かなくなって店全体を閉じられた、ということでした。私はカフェから弁当、そしていずれは総菜も始める計画でしたので、ここなら市場があると判断したのです」
 こうしてお店を開いたのは平成26年7月。国道8号線「上小泉南」交差点を富山湾方向に折れ、1kmほど行ったところにお店「とみや」はある。大型店進出前は、地元密着のスーパーとして賑わったことが想像できるような立地だ。周囲には住宅街が広く展開していた。

リピート率が7割近い弁当

取材当日に販売されていた弁当。手前の日替わりヘルシー
弁当は400円。奥の日替わりデラックス弁当は500円。
40品目以上の材料、7品以上のおかずが入っている。

 まずはカフェと農産物の直売から始め、9月には弁当の製造販売と事業所への配達を始めた。従業員は4人(パート・アルバイト含、以下同)。翌年の7月には総菜の製造販売も加え、弁当の配達とともに希望者へ届けるようにした。
 「カフェのランチや弁当には、地元産の野菜をふんだんに使うことにしました。そして1カ月分の弁当を紹介したチラシをつくり、病院や役所、会社・工場等の事業所を訪問し、昼食用の弁当の注文取りに回りました。時々サンプル弁当を提供する販促キャンペーンを展開し、気に入っていただいた方にご注文をいただくことも試みました。営業で外回りする度胸はどこにあったのかと自分を見つめ直しましたが、保険の外交員をした時に鍛えられたようです」(池下さん)
 弁当の注文は徐々に入り始め、1年後の従業員数は7人に。平日の午前中は、池下さんも含めて8人が、調理や弁当詰めにてんてこ舞いする忙しい日々が続いたそうだ。
 ここでひとつ疑問が・・・。編集子も配達の昼食弁当を利用したことがあるが、1カ月もすると味に飽きがきて、食べることができなくなった。一緒に申し込んだ同僚も同じように感じたらしく、結局は一緒に止めてしまったことがある。そうした経験を池下さんに話すと、「そういう弁当は肉や揚げ物を使ったメニューが多く、油の使い方もよくない。ウチのお店では地元産の野菜中心のメニューにし、油はしつこさのないこめ油を使っています」と返してきた。
 こうすると必然的に原価が上がり、それが販売価格にも反映する。池下さんは「当店のお弁当は他の弁当屋さんのものより数十円高いのですが、召し上がっていただいたお客様には数十円の割高はご理解いただいていると思います」と矜持をのぞかせた。聞くところによると、同社の弁当のリピート率は7割に迫る勢いだという。

障害者の就労支援を通して

全部で20席ほどあるカフェ内部。お昼の時間帯は、近隣の
ご婦人方でほぼ満席。

 こうして船出した同社であるが、初期の経営は厳しく、社長としての池下さんは自身の報酬を後回しにすることもしばしば。仕込み、調理、配達、カフェの運営、そして時々の営業と文字通り八面六臂の活躍を示すも、黒字化の道は深い霧の中で蛇行を続けていた。
 池下さんがとった改善策の1つ目は、「創業・ベンチャー挑戦応援事業」の採択を受けて、「地域の障害者を受け入れる安心・健康志向の弁当の製造・販売」を目指したことだ。人件費を抑えつつも、障害者の社会参加・就労支援に一役買う事業形態である。
 「起業してしばらくして、鬱(うつ)病の方を1日2時間、週3日という勤務形態で雇用するようになりました。その働きぶりは非常にまじめで、ある意味、健常者以上でした。そこで障害のある方でも、働く意欲のある人を受け入れて社会参加のお手伝いをさせていただこうと思ったのです」
 池下さんのいう「障害のある方」とは、いわゆる精神・知的障害の方で、身体障害者は作業上の安全確保が難しいところから含まれない。障害者に対する偏見から「それで大丈夫か」と尋ねる人もいるそうだが、「仕事を覚えてもらう最初は、健常者より手間がかかりますが、理解すると健常者と同等以上に手順を守って仕事を続けます。皆さん働くことができることに喜びを感じておられるようです」と答えて、障害者の社会参加に理解を求めるのだった。
 挑戦応援事業では、障害者が安全に働けるよう備品の充実の面で支援したところ、障害のある方やその保護者の間で同社の取組みが口コミで広まり、今では20人近い障害者を雇用するまでに。支援学校で学んだ生徒が、卒業と同時に同社に勤めるようになった例(3人)もあるというから、10年前のベストセラー『日本でいちばん大切にしたい会社(1)』に紹介された某チョーク会社を思い起こす人も多いだろう。
 このささやかな努力が実を結び、同社の弁当を応援する人の輪が徐々に広がり始めた。

選択と集中

以前は旬の地元の野菜を直売していたが、2年前に中止。
現在は地元産の米や調味料などを販売する。

 改善策の2つ目は、地元産野菜の店頭販売を取り止めること。池下さんにとっては苦渋の決断であったようだが、収支の改善効果は絶大だった。
 「弁当やカフェで地元産の野菜をふんだんに使ったところ、多くの方々にご支持いただきました。そこで、その野菜を店頭でも販売したら売れるだろうと思ったのです。ところが期待に反してほとんど売れませんでした。野菜の仕入れは、弁当やカフェ分と一緒に仕入れ、店頭販売で売れ残りが出ても返品しない約束でした。その超過分が、黒字化の足を引っ張っていたのです」
 今でこそ冷静に語る池下さんだが、販売不振の渦中にあった時は「地元産の新鮮な野菜だから売れるはずだ」と周りが見えない状況に陥っていた。「今思い返すと・・・」と続けた反省の弁をまとめると以下のようになる。
 地産地消が推奨されて、他の食品スーパーでも地元産野菜の販売コーナーが充実してきた。農家や農業法人の直売所も増えつつあった。それらと比較して、自社で扱っていた野菜に特徴はあったのか。また周辺には菜園を持っている家庭も多く、自家消費分以外は近所にお裾分けする習慣が残っており、いただく側からすると「地元の野菜はただ」という意識があったのかもしれない・・・等々。なかなかユニークな分析も含まれる。ただ、不振のさなかにあった時はそこまで冷静でもなく、ある時「今のままでは、ここにあった前のスーパーのように、不振部門が好調部門の足を引っ張って、共倒れになる」と気づいて、2年目の終わりころに野菜の販売を止め、弁当やカフェに力を注ぐことにしたのだ。

移転・拡充を計画

池下さん考案のレシピで商品化した、氷見産のみかんを利用した
ドレッシング。

 その結果、創業3年目からは黒字に転換。初めの2年間は役員報酬を返上し、がまんにがまんを重ねた池下さんであったが、3年目からは報酬を受け取るように。そして今ではさらなる事業の拡大を目指し、お店の移転・拡充を計画しているという。
 「実は、来年春を目標に、滑川の海沿いへの移転を考えています。海を眺めながら食事が楽しめ、弁当工場はその背後で設備を充実させて、数年先には今の倍はつくって販売できるよう営業にも力を入れたい」と池下さんは抱負を語り、「1カ所での勤務が2〜3年しか続かなかった私が、給料がしばらくなくてもがまんし、3年先、5年先を見つめて事業の計画を練るようになったのも、起業によって責任を自覚したのが大きかった」としみじみと続けた。
 その事業計画の1つが先の移転・拡充計画で、近時では日量450〜500食つくっている弁当を、毎年2割程度の増産を目指し、数年先には1,000食に迫ろうという。
 また、いったん止めた野菜の販売も復活を検討している。どこでも買える地元の野菜ではなく、よりおいしい品種や固定種、在来種の野菜を店頭に並べ、「とみやならではの野菜の品揃え」と消費者に注目される店をつくろうというのだ。そのために畑を借りて、野菜の栽培も試みるようになった。
 池下さんの心に、挑戦の灯がついたようだ。

とみやカフェ(株式会社TOCO[トーコ])
所在地/滑川市上小泉1791-1
代表者/池下 陶子

創 業/2014年7月

資本金/200万円

事 業/飲食店、事業所向け弁当の製造販売

TEL/076-482-3379

FAX/076-482-3360
URL/http://www.tomiya-t.com

作成日  2018/10/29

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