TOP > 未来を創るアントレプレナーたちの挑戦 > 第69回 tototo(トトト)
日本では珍しいフィッシュレザーで事業化、
お寺の跡取りが氷見で起業したわけは・・・
日本で初めてフィッシュレザーの事業化に取り組んだ
tototo(トトト)代表の野口朋寿さん。
「魚の革に漆を施し、卒業制作の作品をつくりたい」
平成27年4月、富山大学芸術文化学部の4年生になった野口朋寿さんが指導教授(専門/漆工芸)にこういうと、教授は目を点にされたという。その前まで野口さんは、動物や爬虫類の革を漆で加飾してのレザークラフトの制作を試みていたのだが、それが魚に飛躍して驚かれたのだろう。
漆工芸やクラフトに素人の編集子が推察するに、教授はもしかすると「魚の皮に?」と疑問を持たれたのではないか。実は編集子自身がそうであった。「氷見に鰤のカワで財布づくりを試みている人がいる」と聞いた時、「照り焼き」でカリカリになった鰤の皮を思い出し、「焼く前とはいえ、あの皮で財布ができるのか?」と疑問符をたくさん頭に浮かべたものだった。
ところが野口さんは、試行錯誤を重ねて魚の皮をなめして革にする技術を習得。そのフィッシュレザーを後には商品化して事業を起こし、今では生産が追いつかないほどの人気商品に育ちつつあるという。今回のレポートでは、日本で初めてフィッシュレザーで事業を起こした野口さんの軌跡を追いかける。
写真上/魚の皮をなめす工程の一部。
15の工程を経て、レザークラフト用の革になる。
写真下/なめした革にぶら下がる野口さん。60kg
程度の重さにも耐えるようになる。ちなみに革は鰤。
そもそも野口さんが、動物等の革から魚の革に関心が移ったのは、自分で革をなめしてみたいと思ったのがきっかけ。「まずは鶏で試そう」と食品スーパーで皮付きの鶏肉を買って帰ろうとした時、鮮魚コーナーのスズキ(皮付き)が目に飛び込んできたのだ。その時、野口さんは思った。 「魚の皮って、なめせるんだっけ?」
さっそくスズキも買って帰って試してみた。詳しいノウハウは企業秘密だそうだが、植物由来のタンニンを用いてなめしていくと、丈夫な革に変化していくのだという。
「ちょうど私が魚の皮をなめそうと試み始めた頃、氷見の靴職人が魚の革でのサンダルづくりに挑戦されていました。同じ時期に、同じようなことを考えている人がいることに興味を持ち、さっそく会いに行きました。そして魚の皮のなめし方を共に研究するようになったのです」(野口さん)
野口さんと靴職人は、なめしの専門家がいる東京の企業や都立皮革技術センターを訪ねて指導を仰いだほか、後にはフィッシュレザーの加工で先行するアイスランドの企業に視察に出かけるなど、なめしの技術習得に余念がなかった。
「卒業制作では、鮭の革に漆を施してベストをつくりました。ここで難しかったのは、魚臭さをとることです。試作段階では、干物をまとっているようでしたが、魚臭さをとるためのポイントがわかってからは、卒業制作も順調に進みました」
といって野口さんは、卒業制作でつくった鮭の革のベストを取り出してくれた。見た目には、大元の素材が鮭の皮であることがわからず、魚臭さもまったく感じられない。野口さんのフィッシュレザー第1号作品はこうして完成したのだが、起業には今しばらくの時が必要であった。
写真上/野口さんが卒業制作でつくった鮭の革のベスト。
漆が施されている。
写真下/平成30年度のとやま起業未来塾のビジネス
プラン発表会での野口さんの発表の様子。
フィッシュレザー事業化のプランは、優良賞に輝く。
実は野口さんの実家は、香川県のお寺だ。ご自身は跡取り息子で、富山大学芸術文化学部を卒業した後は、京都の仏教系の大学に編入学し、2年間、僧侶になるための勉学に励んだ。
「フィッシュレザーについては、京都の学生時代も細々と研究を続け、よい革ができた時は氷見の靴職人を訪ねて、お互いの技術の進化を確認し合っていました。この時点で私は、卒業したら香川に帰って、お坊さんになるつもりでした」(野口さん)
それが再び富山に戻って起業するようになったのは・・・。
「実は、卒業の年に父から話がありました。いわく『時代が変わってお寺のあり方も変わりつつある。しばらくはサラリーマンとして働いて、社会勉強をしたらよいのではないか』と。その時、フィッシュレザーの事業化に取り組んだらよいのではないかとひらめきました。また時を同じく氷見市で地域おこし協力隊を募集しているのを知り、隊員になって氷見市の地域おこしに携わる一方で、フィッシュレザーの改良と商品化を模索しようと思ったのです」
野口さんは富山に戻った経緯をこう話すが、地域おこし協力隊の市の担当者から、「起業を考えているのなら『とやま起業未来塾』でビジネスプランを練ったらよい」とアドバイスを受けて入塾。こうして平成30年の春から、フィッシュレザー事業化への歯車が急速に回り始めたのだ。
野口さんが振り返る。
「私自身、企業で働いて企画書をまとめる経験をしたことがありませんでしたので、入塾審査の面接の際は、『このフィッシュレザーを用いて事業をおこしたい』と熱心に訴えるばかりでした。未来塾に入ってからも、フィッシュレザーが商品化されていない日本では、いきなり大都市圏での販売を試みるよりは、身近な富山でフィッシュレザーの認知度を高めることが先決だと思い、お目にかかる方々にサンプルをお見せすることを心がけました」
一方で野口さんは、フィッシュレザーで何をつくればよいかのリサーチも開始。「鰤の革で名刺入れをつくるのはどうだ。鰤は出世魚で、ビジネスマンに注目されるのでは・・・」と氷見の関係者からアドバイスをもらったのを機に、合わせて財布やキーホルダーの商品化も試みたのであった。また事業化に向けての資金調達についても検討し、未来塾の講師から「クラウドファンディングにより事業化の資金を集め、合わせてフィッシュレザーについての認知度を高めたらよいのではないか」とアドバイスを受けて、令和元年10月、支援者募集に乗り出したのだ。
写真上/鰤の革でつくられた名刺入れ。
写真下/スズキの革でつくられた財布。
他にiPhoneのケースやキーホルダーも商品化されて
いる。素材としては、真鯛の革も利用されている。
「クラウドファンディングではおかげさまで、2カ月もしないうちに130万円を超える資金が集まりました。それで令和2年4月にtototoを立ち上げ、『若者・女性等スタートアップ支援事業』の支援も受けて、加工場の整備や機材の準備などを進めました。また『富山県地域企業再起支援事業費補助金』に採択されたのを機に、フィッシュレザー製品を販売するためのSNSでの情報発信の環境も整えました」(野口さん)
こうしてフィッシュレザーの告知に努めると、地元のみならず首都圏の各種メディアの目にとまるように。テレビや新聞、雑誌などからの取材が相次ぎ、それらを見た方々からの注文が増え、今では製造が追いつかない状況になってしまった。
「大都市圏での販路開拓の助成制度を活用し、東京や大阪のデパートなどでの販路開拓に乗り出したいと思っていたのですが、営業に歩く時間もないほどの忙しさです。今は私一人で製造・販売をこなしていますが、いずれは製造のアシスタント、専属の営業マンを雇用できたらと思っています」(野口さん)
創業2年目に入ったtototoは今、出世魚の鰤に例えるならば、幼魚のツバイソ(関東/ワカシ、関西/ツバス)あたりと思われるが、自力で泳ぐ力をつけているところを見ると、鰤になるのも早いのではないか。「仮に何年か先にお寺を継いでも、香川でフィッシュレザーのビジネスは続けることができる」と野口さんは新世代のお坊さんのライフスタイルを予言するかのように、取材を締めくくった。
連 絡 先 :tototo
所 在 地 :〒935-0004 富山県氷見市北大町7-4
従 業 員 :-
資 本 金 :個人創業
事 業 :フィッシュレザー製品の製造販売
M a i l : tototoleather@gmail.com
U R L : https://www.tototoleather.com
作成日 2021/5/21