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元気なお店に聞く商売繁盛のコツ。「ウチの店でもやってみよう!」と思わず手を打つアイデア満載。

第44回 ムッシュー・ジー

同業者も驚く元気な洋菓子店には仏人パティシエが。
日本人好みの甘さを実現したマカロンが大人気に!

ムッシュー・ジーのショーケース。ショーケース上段には300個あまりのマカロンが並ぶが、午前中でほぼ完売になる。完売に
なる と、ジョスランさんの顔写真をイラスト化した「完売御礼」の紙が入り口付近に貼られる。

 さて今回紹介するお店は、昨年(2013年)11月15日にオープンしたフランス菓子専門店のムッシュー・ジー。「マカロンがおいしい、あのお店」といわれるとピンとくる方も多いだろう。
 このお店のことが計画されるようになったのは、3年ほど前のタヒチの青空の下。パティシエのジョスラン・ランボさんと中川乃理子さんの2人が出会って数年した頃だそうだ。
 時計の針が3年前の2011年にさかのぼる。

*     *     *     *     *

人気のマカロンをつくるジョスラン・ランボさん。

 「ねえ乃理子。結婚したら乃理子のふるさとで菓子店を出そう」
 当時26歳だったジョスランさんは、中川さんに子どもの頃からの夢を語った。氏は、フランス西部、大西洋に面したヴァンデの出身。子どもの頃から菓子が好きで、16歳の時にパティシエを志して修業の道に。母国フランスはもちろんのこと、イタリア、カナダ、デンマークなどの五つ星ホテルで腕を磨き、中川さんと出会ったのはタヒチのホテルでパティシエを務めていた時だ。
 一方の中川さん。富山で生まれたものの父親の仕事の関係で千葉県松戸市に移り、そこで育った。そしてジョスランさんと出会った頃は、氏とは別のタヒチのホテルでレセプション(フロント)やゲストリレーションを担当。2人のなれそめについては読者の皆様にお店で取材していただくとして、「ふるさとで菓子店を出そう」と持ちかけられた中川さんは、はたと困った。
 千葉でやるか富山でやるか。それとも日本のどこかで…。また店を持つといっても経営や事業計画のことがわからない。どうしたものかと考えるようになったそうだ。

タヒチで知った「とやま起業未来塾」

タヒチにいた時から今日までを、中川さんの通訳を通して語ったジョス
ランさん。

 出店地を探すために、2人は結婚前と後に、日本を訪問。首都圏のほかに富山市内も下見したという。
 「東京近郊は、松戸も含めていくつか見て回りました。でも、あまりにも都市化が進んでいて、そこに住みたいとは思いませんでした。富山も訪れましたが、町の大きさがぼくにはちょうどいいサイズで、ちょっと足をのばせば豊かな自然があり、フランスの田舎をしのばせてくれます。それで富山で店を出すことを決めました」
 とジョスランさんは振り返るが、後に、富山にUターンしていた中川さんの両親や親戚が身近にいたことが、後々プラスになると、その時は思ってもみなかったそうだ。
 一方の経営や事業計画のこと。2人とも、こちらはまったくの素人だ。ホテル勤務時代、中川さんはお客の支払いなどでお金を扱ったことはあるものの、売上げや仕入れ、管理費など、全体的なお金の流れを把握する立場に就いたことはなく、また事業計画を立てた経験もなかった。ジョスランさんに至っては、菓子づくり一筋だ。
 だからといって、店を持つ夢を諦めるわけにはいかない。何か方策はないかと日本からの旅行者に相談すると「最近は公的な創業支援が充実している」と返ってきた。そこでさっそくネット上で検索したところ、当機構の「とやま起業未来塾」のサイトに行き着いた次第だ。
 「未来塾では、経営についての考え方や事業計画の立て方などを、半年くらいかけて指導する、とあったので是非とも参加したいと思いました。ただ私がそれを見たのは2012年4月、新年度の塾生募集で、締め切りまで余裕がありませんでした。そこでジョスランと相談して、1年後にこの塾に入ることを目標に、仕事を辞めることや引っ越しの準備をすることにしたのです」(中川さん)
 こうしてタヒチにいながら2人の心は富山へ。1年後の引っ越し、さらにはその後のお店のオープン、と夢は膨らむばかりだった。

お客に愛される商品づくりのためには…

売り場の横のキッチンでは、ジョスランさんは脇目も振らずにマカロン、
ケーキをつくり続けている。チョコレートはフランス産を使っていることは
本文中にも紹介したが、バニラも香りのいいタヒチ産にこだわった。ただ
しそのバニラ、一般的なバニラの7倍ほどの値段。

 翌年(2013年)の4月から、2人は富山市内で暮らすように。ジョスランさんはケーキ・菓子類の試作を繰り返す中で、得意のマカロンを中心とした菓子店を構想し、一方で中川さんは未来塾の入塾審査に受かって塾生となり、菓子店オープンのための事業計画を練り始めたのだった。
 ところが未来塾の講師や同期の塾生、また中川さんの両親・親戚などの間で「マカロンを中心にしたお店で大丈夫か…」と疑問の声が次々と…。中には「洋菓子の中ではマカロンは嫌いな方だ」とストレートにいう人もいたほどだ。
 ジョスランさんは、いくつもの洋菓子店を回ってそれぞれのお店のマカロンを食べてみたのだが、「マカロンとは名ばかりで、食感も味も別な菓子になっている」と思うものばかり。「これではマカロンファンが少ないのも当然」と納得したのだった。そしてさっそく材料を仕入れて、本場仕込みのマカロンをつくって中川さんの両親や親戚、さらにはその知人等に試食してもらったのだが、「甘ったるくて、とても食べられない」と厳しい評価が返ってきた。
 「マカロンの基本的なレシピは決まっていて、それを変えると食感や膨らみ方、味が違ってきます。ぼくは今までのレシピ通りにつくったのですが…。甘くなり過ぎたのは、他の材料の中にすでに砂糖が入っていたからです」(ジョスランさん)
 その時から材料の吟味が始まった。日本の小麦粉やミルク、バターなどの材料は、従来のものとは微妙に違って、彼を悩ませた。湿度が高くて発酵が思うように進まないことも度々。夜中に飛び起きて、ホイッパーを手にキッチンで悪戦苦闘したことが幾度もあり、日本の材料の特性を理解するのに数カ月を要したという。
 材料のひとつチョコレートについては、日本で入手可能なもの全てを手に入れてマカロンを試作したのだが、「甘すぎる」「カカオの風味がよくない」と“辛口審査員”は容赦がなかった。結局、彼らが「おいしい」と納得したのは、フランス産の高級チョコレート。原価は上がるが、お客に愛される商品づくりにはかえられないと、ジョスランさんはフランス産のチョコレートを使うことを決めたのだ。
 そしてようやく、辛口審査員をうならせるマカロンが…。編集子も取材を機にいただいたが、ほのかな甘味を持つ生地とチョコレートをベースにしたクリームが、控えめで優しい甘味を醸し出していた。和三盆糖を使った和菓子より若干甘いといえば、ご想像いただけるだろうか。2~3個続けて食べてもしつこさが残らいマカロンだ。

開店初日からマカロン売り切れ

お店は富山市の平和通りを少し入った総曲輪4丁目にあり、お店の横
に3台分の駐車スペースも。

 そして、元は小さな飲食店だったというビルの1階を借り、お店のオープンを11月と定めて改装に着手。その年の創業補助金の採択が決まっていたため、改装費等が助成された。また同補助事業の一環として国が認定している専門家が派遣され、創業時の事業計画についてのアドバイスも行われることとなった。
 この専門家や未来塾の講師のアドバイスなどをもとに立てた売上計画は、1日平均○万円を販売。マカロンの他にも“ウリ”の商品を徐々に開発して、初年度は赤字ながらも2年目から安定の気配が見えるように。初期数年の客単価は1000円未満で、5年くらい先に2000円に。大ざっぱにいうと、そんな事業計画を立てたのだ。
 オープンに当たって、お店の宣伝はほとんどしていない。ただ地元のテレビ局が“本場仕込みのフランス人のパティシエ”に関心を持ち、試作段階から取材・報道したため注目を集め、開店初日から売り切れたのだった。
 「初めのうちは、午後3時頃に売り切れていたのですが、徐々に早くなって11月の終わり頃には午前中で完売になっていました。大量にお買い上げいただくお客様がいて、ある時、開店45分でマカロンがなくなったこともあります。これでは他にお待ちいただいているお客様のご迷惑になるので、『お一人様10個まで』の制限をつけさせていただきました。今までマカロンが売り切れにならなかったのは、2~3日だけです。お陰様でジョスランは、1日8時間マカロンをつくり、5時間ほどは他のケーキをつくっています」(中川さん)
 「売り切れで買えないこともある」とお客の間で口コミで伝わったのだろう。開店前からの行列は日常茶飯事になり、雪の中を1時間待ってくださるお客も現われたほど。メインのマカロンに引っ張られて、他の焼き菓子やケーキも羽根が生えたように売れてゆくようになった。

「マカロンと同じくらいケーキをつくるのが得意なんだ」とジョスランさん。
新作の「フランボワーズとピスタチオ」のケーキでは甘酸っぱいフランボ
ワーズのムースが舌に思い出を残します。

 ジョスランさんは、店頭から菓子がなくなるのが怖く、なかば強迫観念にかられたように、1日の半分以上をケーキづくりに費やしているのだという。そういう状態が、開店からこの取材日まで続いているそうだ(氏はこの取材の数日後、虫垂炎で緊急入院されたが、10日ほどで復帰。忙しさは徐々に戻りつつある様子)。
 ショーケースに並べることのできるマカロンの数を数えてみた。およそ300。この300個の他に予約の100個があるそうで、その予約分も取材時には2週間ほど先まで埋まっていた。現状では1日400個のマカロンをつくるのが限界で、その合間を縫って他の焼き菓子やケーキをつくっているのだという。
 ジョスランさんに聞いてみた。
 「将来、パティシエとして独立希望の若者を弟子にして、マカロンはじめ焼き菓子やケーキをもっとたくさんつくることは考えないか」と。
 彼の答えは、はっきりしていた。
 「ぼくのアシスタントを雇用し、結果として彼が独立して店を構えることはあるかもしれませんが、最初からそれを目標にすることはないと思う。日本でいう暖簾分けは考えていません。今のところは設備を拡充して、もっとたくさんつくることを考えています。それが可能になったら、例えばどこかのお店に販売委託する。当店直営の販売店を増やす、というのも今の段階では考えていません。ぼくはそれより、菓子づくりを楽しみたい」

「そこまで元気な洋菓子店は珍しい」

ケーキづくりの合間を縫って、来店客と談笑することもしばしば。一緒
に記念写真を撮ることも…。

 この取材はお店が休みの日に行い、また店頭での撮影は来店客が少なくなる平日の午後2時から行った。午後のお客はマカロン以外が目的の方が多く(午前中で完売になっているのを知っている)、それでも三々五々とやってくる。
 その間、ジョスランさんは、ケーキづくりの合間を縫って、お客とコミュニケーションをとることもしばしば。日本語はほとんどわからないらしが、奥さん(中川さん)の通訳を介してお客の質問に丁寧に答え、時には一緒に記念写真を撮ることもあった。
 「平日の午後はだいたいこんな感じ」と中川さんがいうのを受けて、撮影中(約1時間)の来店客数とそこでの平均的な客単価、そして午前中のマカロンを中心とした売上げから、お店の1カ月分の売上げを推計してみた。
 その数字について中川さんは、「当たらずとも遠からず。近いところを突いている」と答えてくれたが、2人でやっている町の洋菓子店で、それだけの実績を出せるところは極めて少ないだろう。参考までに、別の洋菓子店のオーナー数名に、この推計売上げについて尋ねてみると、皆一様に感嘆し「そこまで元気な洋菓子店は珍しい」「ウチの店もそうなれたら…」と返ってきたほどだ。
 昨年11月のオープン以来、クリスマス、バレンタインデー、ひな祭り、ホワイトデー、こどもの日、母の日…とケーキや菓子が彩りを添える家族の行事などが続いて、売上げUPに効を奏した点もあるのだろうが、それにしても勢いのあるお店だった。

ムッシュー・ジー
富山市総曲輪4-10-9
TEL076-461-5242
事業内容/洋菓子の製造・販売
従業員/1名
Facebook https://www.facebook.com/patisseriemonsieurj

作成日  2014/6/19

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