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第54回 前田薬品工業株式会社

製薬事業の知見を活かしてアロマ事業に着手
海外展開や村づくりも試みるように

製薬事業の経営改善の途中でアロマ事業を企画
した前田薬品工業(株)の前田大介社長(写真上)。
アロマ事業は村づくりやジンの蒸留事業などに
発展した。写真下(©KOJI HONDA)は、同社の
皮膚科学の知見を活かしたTaromaマッサージ
オイル。

 その頭痛は突然、襲ってきた。
 前田大介氏が、前田薬品工業(株)の社長を引き継いで(平成26 年)、1 年半ほどが過ぎた日のことだ。ある朝、いつものように目覚めて起きようとすると、後頭部を鈍器で殴られたような痛みが走った。起き上がろうとしても、思うように体が動かない。当時、同社は創業以来最大の危機(医薬品のデータ改ざんによる顧客離れ・販売不振)に見舞われ、経営立て直しの期待を一身に背負った前田大介氏が専務から社長に昇格。陣頭に立って社内改革を進めていた時だった。
 病院の脳神経外科でCT(コンピュータ断層撮影)検査やMRI(磁気共鳴画像)検査などを受けるも、異常なしの診断。鎮痛剤の処方を受けたが、痛みは治まらなかったという。
 「そんな時、知人に勧められて、あるサロンに通うようになったのです。そこはアロマオイルのディフューザーがたかれてハーブの香りで満ちており、ハーブティーを飲みながら2時間ほどゆったりと過ごす場でした。そこへしばらく通ううちに、頭痛がスーッと消え、頭のモヤモヤも晴れていったのです」
 と前田社長は平成28年頃を振り返るが、この経験を通してアロマオイルに関心を持つように。詳しく調べると、日本では雑貨扱いのアロマオイルがヨーロッパでは医薬品として認証され、医療の現場で処方されていたのだ。
 そこで、前田社長は思った。
 「製薬会社の目線で、アロマ関連の商品を開発すれば、雑貨ではなく健康を支える商品として世に送り出すことができるのではないか。『くすりの富山』の製薬会社が、エビデンスとブランディングにしっかり取り組めば、アロマオイルの本質的な価値を伝えることができるのではないか」と。
 当時の前田薬品工業は、V字の最下点から上向きに転じ始めた頃。赤字経営ではあったが、事業の選択と集中(不採算品の整理と得意商品への注力)、風通しの良い社内体制への転換が功を奏して希望の明かりが見えつつあった時で、「富山ならではのアロマオイルを抽出し、商品化したい」とその第一歩を踏み出したのだ。

農園と抽出工房からスタート

アロマ工房の外観と内観(写真上(©KOJI
HONDA)・中)。中心に柱がなく、傘のような木
組みが美しい設計となっている。工房ではアロマ
オイルやハーブティーの楽しみ方、ヨガなどの
ワークショップも行われている。
写真下(©KOJI HONDA)は農商工連携ファンド
事業の支援を受けて導入した精油の抽出機。
Healthian-woodは後に、(株)GEN風景
(社長/前田大介氏)が運営するようになった。

 まずはハーブを植える土地探しから始めた。アロマ事業を展開するエリアを、「ヘルジアンウッド」(Healthian-wood)と命名し、今ではレストランや宿泊施設も備えるようになったが、前田社長の当初の構想は、ハーブを育てる農園とアロマオイルを抽出する工房を持つことのみであった。ただし、その立地にはこだわったという。
 いわく、「立山連峰がパノラマ状に見え、富山湾を望むことができる。そして周囲には美しい田園が広がっていることの3つ。豊かな自然と景観をブランディングの際に生かしたかった」(前田社長)そうだ。この条件を備えた地を探すために、県内200カ所以上を視察し、立山町の現在地に落ち着いたのだという。
 さっそく土地を購入してラベンダーを植え、アロマオイル抽出のための工房の準備を開始。当機構の「とやま新事業創造基金農商工ファンド事業」(平成28〜30年度、以下、本稿では「ファンド事業」と略す)の採択を受けてそれらを進め、商品開発にも着手した。
 「自社の農園のラベンダーだけでは足りませんから、吉峰でラベンダーを生産されている方々や、またチューリップやヒノキからもアロマオイルをつくりたいと思っていましたので、その生産等に携わっている方々のご協力もいただくようにしました。そしてファンド事業の補助を受けて導入した抽出機を用いて、香気成分の抽出を試みたのです」(前田社長)
 同社のこの試みを、ある酒造会社の社長が風の噂で聞きつけた。後日面談した際、前田社長がその構想を打ち明けると、「世界的に見ても有意義な計画だ。工房の設計なども重要になるが、その手配はもう済ませたのですか」と尋ねてきたという。前田社長が「それはこれからです。立山のふもとの景色になじむ、低層の木造の建物にしたいと考えています」と答えると、酒造会社の社長は「建築家のA氏を紹介しましょうか」と提案してきたという。A氏は、国立競技場などを設計した著名な建築家であったが、酒造会社の社長の紹介でこの話はトントン拍子に進み、アロマ工房のみならず、後には構想が膨らんでレストランやイベント広場なども構えることとなり、その設計も同氏に依頼することになったのだった。
 一方の、香気成分の抽出と商品化はどのように進んだのか。
 「ラベンダーやヒノキ、また後にはユズの香気成分の抽出に成功し、商品化も徐々に試みました。しかしながら、チューリップには難しい点が・・・。チューリップは、富山原産の黄小町(きこまち)の花びらを原料にしました。黄小町にはバラと同じ香気成分があることがわかり、筑波にある農業・食品産業技術総合研究機構の協力も得て商品化にチャレンジしました。その香気成分については、大手化粧品メーカーも注目して商品化を模索していたようですが、いかんせん黄小町は生産量が少なく、また当社が導入した抽出機では精度に限界があることがわかりましたので、途中で断念しました」(前田社長)
 最初に商品化されたのはラベンダーのオイルだ。販売にあたっては「Toyama」と「Aroma」をかけて新ブランド「Taroma」(タロマ)を立ち上げ、マッサージ用のボディオイルとして市場に送り出した。すると、東京のあるエステサロンから引き合いが。商談を重ねるうちに、前田社長は自社でもスパを持ち、セラピストの施術を受けることができるようにしようとヘルジアンウッドの構想を拡大。その延長で、ハーブティーや地元の食材を楽しむことができるレストランもつくりたいと夢を膨らませたのだ。さらにそこに、イベント広場やサウナホテルも併設することを企画し、ヘルジアンウッドは美容と健康をテーマとした複合施設へと進化してきたのである。

販売開始当初から世界に挑戦

シンガポールテストマーケティング事業での
展示風景(写真上・中)と、シンガポール県産
品プロモーション事業でのTaromaの展示の
様子(写真下)。

 話を「Taroma」に戻そう。
 「ファンド事業」に応募する際、同社では新商品のアロマオイルを初期から海外展開することを企画。中国、アメリカ、フランス、イタリアでの販促を予定していた。
 「その販促活動では私が直接現地に赴き、化粧品会社を訪ねたり販売代理店を開拓したりしました。チャンスがあったので後には台湾にも行きました。皆さん富山産のアロマオイルに強い関心を示してくれたのですが、ラベンダーのアロマオイルしか商品化できていなかったので『ラインナップが増えたら具体的に検討する』という答えがほとんどでした」
 前田社長はそう振り返り、平成29年〜30年頃にチャレンジした海外展開を総括したが、その翌年(令和元年)から始まった新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックが商談の継続を困難にしたため、フランスを除く各国との折衝は一時棚上げにせざるを得なかった。
 なぜフランスとのパイプは残したのか? そのあたりの事情を前田社長にうかがうと、次のような答えが返ってきた。
 「フランスはアロマ大国であり、コスメ大国でもあります。フランスでTaromaが認められれば、それは世界への挑戦権を得るに等しいことです。ですから平成29年に設けたフランスの事務所では、コロナ禍でも細々とプロモーション活動を続け、パンデミックが収束に向かうのを待つことにしたのです」
 アジアでの市場開拓にも余念がなかった。平成29年には当機構が富山県との共催で実施した「海外バイヤー招へい商談会」に参加。アジアを中心とした貿易商などにTaromaのPRに努めた。また当機構が現地のバイヤーの協力を得て実施した「シンガポールテストマーケティング事業」(令和3年度)、「シンガポール県産品プロモーション事業」(令和5年度)にも出品。オフィス街に設けられた富山県産品の紹介コーナーに商品を1カ月あまり展示し(令和3年はラベンダーとヒノキのスプレータイプのアロマオイルを、令和5年はユズのハンド&ネイルクリームを展示)、希望者への販売やサンプリングした商品についてのアンケートの実施、また現地バイヤーとの商談も行うなど、今後の展開に向けてのマーケティングなどを行った。
 さらには、当機構が富山県からの委託を受け事務局を務めた「中国のECサイト(ワンドウ)への出店事業」(令和5年度)にも参加。Inagora(インアゴーラ)社が運営する、中国向け越境ECサイト「ワンドウ」(豌豆公主)内に特設された富山県産品ショップ「とやま館」で、リラックスとリフレッシュの効果が期待されるヒノキのマッサージジェルの販売を試みたのだ。

地域の活性化から村づくりへと発展

レストラン「The Table」の外観と内観(写真
上、中(©KOJI HONDA))。客席からは遠く
に富山湾を望むことができる。
写真下は、結婚式も行われているイベント広場
の「The Field」。

 前田社長がアジアで試みた販促活動を振り返る。 「シンガポールでは持ち込んだ商品が数個売れただけで、現地バイヤーとは商談成立に至りませんでした。ワンドウでは令和5年11月から販売を始め、月に数万円売れればいいかなと思っていたところ、その倍は売れて、今も続いています。Taromaの販促については、令和4年より専任スタッフ1名を置き、国内での活動はもとより、シンガポールでのプロモーションやワンドウでの販売もそのスタッフが企画するようになりましたので、今後はそういう機会が増えてくると思います」(前田社長)
 Taromaの売り上げは、年間で数千万円に達し、さらなる進展が期待されるところ。フランスを中心に欧米での展開に弾みがつけば、経営の柱となることが期待される。またヘルジアンウッドへの来場者も増えてきた。昨年は12,000人を越えて、レストランなど周辺施設の売り上げはすでに1億円を突破。多目的広場ではウエディング(昨年25組)や各種のイベントが盛んに行われ、立山町の賑わいづくりに貢献している。ヘルジアンウッドのある地区には、現在9世帯20人あまりが暮らしているが、前田社長はここに宿泊や飲食の施設も増やして働く場を設けながら、2040年までには300世帯、1,000人が暮らす村づくりを目指している。点(農園と工房)から始まったヘルジアンウッドは、スパやレストランと結んで線となり、面(村づくり)へと発展するまでになった。

           *    *    *

 本業の製薬事業は、V字回復後も順調に業績を伸ばし、昨年からは台湾のドラッグストアで消炎鎮痛剤を販売するように。来年からは香港で肩こりなどの筋肉痛を抑えるクリーム剤を販売する予定で、さらに1年後にはベトナムへの同社製品の輸出も決まって、詰めの交渉を行っているところだという。中国へは、サプリメントと化粧品での本格展開を模索し始めた。またアロマオイルの精製から派生してジンの蒸留事業もスタートし、アメリカやオーストラリアなどのジンの一大消費地での販路開拓にも取り組んでいるところだ。
 「アロマを事業化した際の初期には、ファンド事業の採択を通して背中を押していただき、商品開発や販路開拓に弾みをつけることができました。薬やジンの販路開拓でもそういった支援を受けて、もっと海外に飛び出していきたいと思っているところです」
 意気軒昂に語る前田社長には、10年後、20年後の同社の青写真があるようだ。

     
  • とやま新事業創造基金農商工ファンド事業について
     (この事業は、とやま中小企業チャレンジファンド事業 農商工連携推進事業に引き継がれています)
     (令和6年度の募集は終了しました)
  • 海外バイヤー招へい商談会について
     (この事業は、海外販路開拓商談会に引き継がれています)
     (令和6年度の募集は終了しました)
  •  シンガポールテストマーケティング事業、シンガポール県産品プロモーション事業は、終了しています(年度により、地域を変えて同様の事業を実施しています。令和6年度は オーストラリア等)

  • 中国のECサイトへの出店事業は、終了しています。 

連絡先/前田薬品工業株式会社
〒930-0916 富山市向新庄町1-18-47
TEL 076-451-3731
FAX 076-451-4097
URL  https://www.maeda-ph.co.jp

連絡先/ Healthian-wood
〒930-3213 中新川郡立山町日中上野57-1
TEL 080-3525-8964(アロマ工房)
   076-482-2536(レストラン)
   080-5853-6224(スパ)
URL  https://healthian-wood.jp

作成日  2024/11/28

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