TOP > 未来を創るアントレプレナーたちの挑戦 > 第48回 つけめん えびすこ(株式会社A-STYLE)
格闘家からラーメン店経営に転身
多店舗展開をうかがうまでに
小路さんはミドル級(93kg未満)に該当したが、初期のPRIDEには階級別
に試合が組まれなかったこともある。そのためヘビー級の大男との対戦も
あり、真っ向から立ち向かっていく小路さんの姿勢にファンは熱狂した。
冒頭のタイトルを読まれて「はて、そんな人いるのかな」と、頭に?マークをつけた人も多いのではなかろうか。しかも、当機構の支援対象となり得る富山県内のラーメン店に……。
疑問は深まるばかりだが、実はいるのである。その御仁の名は小路晃(しょうじ・あきら)さん。あのボブ・サップと同じジムでトレーニングに励んだ経験もあり、格闘技イベントのPRIDE(プライド)では、「最後の日本男児」「日本柔道界の荒法師」「ミスターPRIDE」などと呼ばれた男だ。
そんな元格闘家が富山でラーメン店を持ち、多店舗展開を試みるようになったのには訳がある。今回は波瀾万丈を絵に描いたような小路さんの、細腕繁盛記(肉体的な腕は太いが……)である。
スープには小矢部産の豚骨を使うなど、できる限り地元の材料を
使うようにしているという。開発中の「ホタルイカのつけ麺」が、
メニューに並ぶ日が待ち遠しい。
父親の影響で、幼い頃からテレビのプロレスを見てきた小路さん。強い男に憧れ、小学校2年生の時に柔道を始めた。大学まで柔道一直線で進み、全日本学生体重別選手権ではベスト8に輝いたことも。ある県の警察本部からは「卒業後は、ウチに来ないか」と誘われたこともあったという。
「でもぼくは、もっと強くなりたいという思いが捨てきれず、格闘家として生きる道を選んだのです」
と小路さんは振り返るが、父親の反対を押し切るような形で1995(平成7)年に格闘家としてデビュー。97年からはPRIDEに参戦するようになったのである。
初参戦のPRIDEで、圧倒的に不利と予想されていたヘンゾ・クレイシーを相手にドローに持ち込んだことで注目を集め、その後、白星を重ねていく中で冒頭に紹介したように呼ばれるようになったのだ。そして27歳の時、拠点をアメリカ・シアトルに移し、ボブ・サップと一緒にトレーニングに励むようになったのである。
「ボブ・サップはONとOFFの差が激しく、ONの時は皆さんもご存知のようにまったくの野獣です。ところがOFFになると一転して、少女のような一面を見せることもあるのです。ある時、指先に小さなキズを負ったのですが、『痛くてトレーニングに集中できない』と嘆いていた時もありました」
今となっては懐かしい想い出を語る小路さんであるが、渡米後数年して対戦成績は徐々に落ち込み、いつしかスランプに。大晦日に予定していたPRIDE参戦も急にかなわなくなり、気持ちはどん底状態。「死んでしまいたい」と街をさまよったこともあるという。
そんな時に、運命のラーメンに出合ったのだ。
チャイナタウンで日本の老夫婦が営むラーメン店に入った時のこと。オーダーしたしょう油ラーメンを一口食べた時、涙がポロポロとあふれてきたという。
「本当においしいラーメンで、心にしみてきました。そして“何をクヨクヨしているのだ、ぼくには日本がある。こんなところで腐っていてはいけない”と生気がみなぎってきたのです」
一杯のラーメンから元気をもらった小路さん。そのことをきっかけに、ラーメン店経営で第二の人生を計画するまでになったのだ。そしてさっそく帰国して、東京・高田馬場にあるラーメン店「渡なべ」で半年間の修業に励み、富山で店を構えるようになったのである。
富山ではつけ麺のラーメンはなじみが薄かったが、新しいラーメン文化の紹介、
他店との差別化という意味も込め、つけめんをメニューの一方の柱にしたそうだ。
定番の富山ブラックは「俺のブラック」で人気の一品。麺は太く、コシが強い。
「首都圏での出店も一時は考えました。でもぼくは、ぼくを育ててくれた富山に恩返しがしたかった。なるべく地元の食材を使って、富山の農業や漁業にも元気になって欲しい。そして何より、ぼくのラーメンを食べて富山の人びとに元気になってもらいたい」(小路さん)
こうした思いを胸に、富山での出店地を模索。中でも飲食店が熾烈な競争を繰り広げている富山市の掛尾周辺に適地はないかと探したところ、たまたま今お店を構えているスペースでテナントを募集していたのだ。
さっそく契約を結び、準備を整えてオープンしたのは2011(平成23)年の10月。お店の名前は、大食漢を意味する相撲の世界の言葉「えびすこ」を用い、つけ麺のラーメンをメインにするところから「つけめん えびすこ」に。元格闘家が開いたお店ということで話題を呼び、何より「腹いっぱい食べて元気になってもらいたい」という小路さんの思いを反映して、大盛・特盛にしても値段が変わらないことが口コミで広まっていったのである。
「大盛にしても値段を変えないというのは、利益率を落としかねませんが、ぼくは、たらふく食べてお客さんが笑顔になるところを見たかった。利益率が多少落ちても、大盛が話題を呼んでたくさんの人が来てくれたらいいのではないか、とそう思ったのです」(小路さん)
この“大盛作戦”が功を奏して、人気のラーメン店になったのだが、「地元に恩返ししたい」という小路さんの思いは、まだ緒に就いたばかりだった。そんな時だ。東京から富山に転勤で来ていた親しい友人に、「ラーメンを通じて富山を元気にしたい」と熱く語ったところ、「新世紀産業機構という公的な産業支援機関があるから、そこで相談してみたら……」と勧められ、当機構を訪ねたのだ。
そして各種支援事業の概要を聞き、「地域資源ファンド事業」に興味を持った次第。小路さんの父親は現役の漁師で、春は富山の地域資源のひとつであるホタルイカ漁にいそしみ、赤銅色の肌がまぶしい海の男だ。その父親や仲間の漁師さんたち、そして地元への恩返しに、ホタルイカを使ったつけ麺を商品化することはできないかと企画し、平成25年度のファンド事業の採択を受けて商品開発に乗り出したのである。
富山ラーメンフェスタでは「俺のブラック」が2日連続で売上げ1位
となり、ラーメン店経営の自信につながる。
一方で小路さんは、別な知人に勧められて平成26年度の「とやま起業未来塾」に入塾。“ラーメンで富山を元気に”という思いを、「ラーメン富山元気プロジェクト」というビジネスプランに発展させ、富山の食材を使ったラーメンでの全国展開、世界進出も計画するようになったのだ。
「未来塾では、それまで漠然と思っていた『ラーメンで富山を元気に』を具体的な事業計画にし、先生方の指導を受けながらブラッシュアップしました。その過程で、経営の数字の読み方などのトレーニングも受けました。こうした経営についての勉強は、柔道一直線だった私にはとても刺激的で、現実のお店の運営に少しずつ反映するようにしました。修了時のビジネスプランでは、開発中のホタルイカのつけ麺をはじめ、白えびなどの富山らしい食材を使いながら富山をアピールするラーメン店を、10年で20店舗に増やすことを目標にしました。もちろん日本だけでなく、世界も視野に入れています」(小路さん)
空手や柔道の経験のあるスタッフと週2回の
朝練の風景。
この多店舗展開の構想には、続きがある。いくら格闘家が強いといっても肉体的な限界は必ず訪れ、いずれ現役を退かざるを得なくなる。その時、後の第二の人生をいかに送るかが課題になるが、「本人が望むなら、当店での修業や独立してラーメン店を出店する支援をしたい」と小路さんはいう。「ラーメン富山元気プロジェクト」には後進の格闘家の支援も含まれ、そうした格闘家が多くいた場合は全国各地、ひいては日本全体を元気にすることにつながるわけだ。
そのための布石は着々と打ってきた。地元のラーメンフェスタに出場して1位を獲得し、2013Jリーグスタジアムグルメでも「大賞」を受賞。これらが評価されて「東京ラーメンショー」には2年連続招待出場し、自店のテント前に250人の長蛇の列をもたらして大会関係者や古参の出場者の度肝を抜いたのだ。
「おかげで『富山につけめんえびすこあり』と大々的にPRすることができ、目標の20店舗に向けての1歩を踏み出したように思います」(小路さん)
全国的に注目されるようになると、「わが町でお店を出さないか」という誘いもチラホラ舞い込むようになったという。
小路さんの記念すべき第一歩となった富山市上袋の
「つけめん えびすこ」。店内には同店にエールを送る朝青龍
(第68代横綱)や白鵬(第69代横綱)の手形やサインもある。
さてこうして多店舗展開が視野に入ってくると、経営管理がより重要になる。小路さんとしては直営店での展開をメインにするつもりだが、場合によっては一部FC展開も組み合わせる可能性もあるのではないかと考えているようだ。
いずれにしても、足下をしっかり固める必要がある。そこで当機構の専門家派遣制度を活用して中小企業診断士を招聘(平成26年10~11月)。財務分析、商品原価およびその他経費の分析、人件費分析、商品別・時間帯別・曜日別売上分析などを通して経営状態の把握と改善点を洗い出し、さらには将来を見越しての収支計画や資金計画の立て方などについて指導を受けたのだ。
「経営について本格的に勉強を始めてわかったのは、経営も格闘技も本質は同じだということです。欲を出して儲けようとすると、どこかで足下をすくわれて損を出す。格闘技でも、格好良くKO勝ちして有名になりたい・もてたいなどと思っていたら、スキをつくって負けてしまう。利益や勝利は確かに大事ですが、それより大事なのは損をしないこと、負けないこと。私もそうでしたが、格闘家の多くは対戦相手の得意・不得意を研究し、勝つことも念頭に置きますが、負けない試合をするにはどうしたらいいかのシナリオを書きます。そして相手がスキを見せたらそこを突いてポイントを重ね、あわよくばKOに持ち込む。いつも大技であざやかに勝利するというのは、なかなか難しい。経営も同じだと思います」(小路さん)
ちなみに多店舗展開については具体的に動き始めた。昨年11月には2店目の「とんこつ えびすこ」(富山市新庄本町)をオープン。3店舗目も視野に入っているそうだ。また先述のように県外からの出店要請もあるのだが、「人を育てずに急に拡大していくと、いつか足下をすくわれる。ですから、県外は徐々に」と“負けないスタンス”を見せている。
ファンド事業によるホタルイカのつけ麺開発も、レシピの開発そのものは順調だ。
「ラーメン1杯あたりホタルイカ3~5匹を細かくミキサーにかけて使う予定で、ホタルイカの風味がたまりません。ただし、実際の商品としてお出しするのは、現状では難しい。ここ2年ほどホタルイカが不漁で、相場が極めて高いのです。今の相場ですと、1杯1,000円を軽く超えてしまうので、豊漁になって価格が安定するのを待って、具体的に商品化したいと思っています」
1杯のラーメンを熱く語る小路さん。柔道一直線から、ラーメン店経営一直線に舵を切ろうとしているところだ。
株式会社A-STYLE
富山市上袋57-1
TEL076-482-5405 FAX076-482-5405
事業内容/ラーメン店経営
作成日 2015/11/11