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「猫もいっしょに住める家」で
不動産賃貸市場を開拓
平成31年1月に松永社長が登録したnecomoの商標。
「猫もいっしょに住める家 necomo」
これは今回の取材先、不動産賃貸業の(株)ディライトの松永泰一社長が申請し、平成31年1月に登録された商標。賃貸住宅を「猫飼育可」の仕様にし、愛猫家により入居率を上げ、縮小傾向にある賃貸市場にあって活路を見出そうと試行錯誤する中で考案されたものだ。
その可能性を探るために松永社長は、令和元年度の「とやま起業未来塾」を受講。未来塾を通して愛猫家向け専用賃貸住宅のビジネスプランのブラッシュアップを図り、実際の事業展開に乗り出した。このレポートでは松永社長のアントレプレナーとしての軌跡や「necomo」市場をうかがう姿勢などを紹介しよう。
不動産賃貸業に20年近く携わったあとで起業した
松永泰一社長。
学卒後、東京に本社のある不動産賃貸大手に勤め始めた松永社長。転勤族として数度目の辞令を受けて富山に異動。結婚を機に富山での定住を決め、地元資本の不動産会社に転職したのであった。
「私が転職した当初、その不動産屋は社長も含めて6人体制で事業を進めていました。社長の上昇志向は極めて強く『富山県内No.1の不動産屋を目指す』と希望に燃え、私たち社員に『力を貸して欲しい』と熱い思いを語っていました。そのためには社員のスキルアップが必要だというので、各種のビジネスセミナーに通わせていただきました。そのひとつに事業計画の立て方についてのセミナーがあり、そこで学んだことを元にして社長や同僚らとともに支店数を増やしてきました」
松永社長はディライト創業前を懐かしそうに振り返るが、その当時で支店は8カ所まで増加。従業員も80名近くに増えたという。
不動産賃貸業の主な収入源は、アパート・マンション等の仲介手数料と管理費である。それを増やすためには、賃貸物件のオーナーの信頼を得て建物の管理を任され、入居率を上げることが必要になる。それをどのように実現していくかを、新規出店地域の市場特性を分析した上で計画書に落とし込み、それに沿って営業活動を展開してきた結果が、8支店・80名近い従業員となったのだ。
「前職の不動産屋では本当に勉強させていただき、よい経験もたくさんさせていただきました。取締役にも登用していただいていたのですが・・・」と松永社長は語り「事情があって退職し、自分で不動産屋を始めることにしました」と言葉を継いだ。
同社の店舗正面(写真上)と店内(写真下)。
ディライトは不動産情報提供で全国展開する
ピタットハウスに加盟している。
ディライトを旗揚げしたのは平成26年7月。
準備には2カ月ほど要し、女性従業員1名を雇っての出発であった。前職で支店を増やした時の経験を生かして営業活動を展開したのかと思いきや、「そういう営業はまったくしていません」とのこと。続けて松永社長は「恐らく私が富山県内で最初に始めた『転貸借』による賃貸物件の運営・管理が、アパート等のオーナーさんたちの間で評価されていたのだと思います。それで私の独立の噂が広まるとともに、『松永の会社にウチのアパートを任せよう』と思われるオーナーさんが徐々に増え、向こうから管理の依頼が舞い込んできたのです」と創業時を分析するのだった。
ここで「転貸借」についてその概要を説明しよう。
アパート等の賃貸借契約では、入居者からオーナーに敷金が支払われる。それは滞納時の家賃や退去時の原状回復のための修繕費に充てられるもので、退去の際には差額が入居者に返される。これは一般的に、賃貸借の契約書に明記されていることだ。
ところが平成20年代に入ると、原状回復の定義が曖昧なところを突いて、入居者が退去の際に敷金の全額返還を求めて裁判を起こすケースが多くなってきたのだ。
「オーナーの多くはおじいちゃん、おばあちゃんで、何度も裁判所に呼び出されるのが嫌になって、途中で和解に応じるのです。我々管理会社には発言の機会も権利もありませんし、弁護士を代理人として立てるケースも少ないので、オーナー側は時にはやられ放題です。こういう事態を避けるために、不動産仲介店がオーナーからアパートを借り受け、それを入居者に又貸しする。これを『転貸借』というのですが、こうすると日頃の管理が行き届き、経年劣化なのか不注意による破損なのかがわかりやすく、原状回復の責任がどちらにあるのかがはっきりしてきます。また不動産仲介店は、借地借家法など関連法規に詳しいですから、仮に裁判になってもきちんと対処できます。この『転貸借』を私はいち早く導入していました」
こう語る松永社長は、前職時代に敷金返還請求の判例を多数学ぶことを通して、アパート等のオーナーを守ってきたのだが、それが噂として広まっていたのだ。そのため営業に出向かなくても管理物件は次々と舞い込むことに。ただ、安定収入を得るまでには時間がかかったようだ。
「退職金と金融機関からの借り入れを元手に創業しました。借り入れ額については、私の事業計画で想定していた金額より200万円少ない額で金融機関が決めました。それでは自立できるようになる3カ月前に、資金ショートすることが予想されました。それでどうしようかと悩んでいた時に別な金融機関の方に出会ったのです。その方に事情を話して事業計画書をお見せし、事業の推移をお話しすると評価していただき、行内審査を経て融資の手続きを進めてくれました。その融資のおかげで3カ月を乗り切り、その後は事業計画書どおりに右肩上がりを続けています」(松永社長)とのことだ。
necomo仕様で新築された同社所有のアパート
(写真上)と室内の様子(写真下)。ツメ傷が
目立たなくなる床材や壁材が使われている。
こうして新興の不動産屋として徐々に実績を上げつつあった平成28年のある日のこと。夜中に自宅近くのコンビニに買い物に出かけた松永社長。途中の工場の古い建物の周辺で多数の野良猫に遭遇した。コンビニの店員に聞くと「多い日には100匹以上集まる」という。しばらく観察すると、餌付けされて人慣れしているのか、通行人が通るたびに甘えたように鳴いて近寄っていく。
「その時に猫に関心を持ち、アパートやマンションでも猫が飼えたらいい。そうしたら野良猫の数を少しでも減らせるのではないかと思ったのです」
この思いが、松永社長がnecomoを事業化するきっかけとなった。
ただアパート等で猫を飼うことについては、オーナーも含めて不動産業界全般に「No」の暗黙の了解があった。あちこちにおしっこをして臭いがきつくなり、かつシミができる。柱や床、壁にツメを立て原状回復の費用が大きくなる、等々。また通常の床材は硬く滑りやすいため、猫の足腰を痛める要因になる、という猫を思いやった視点からの「No」もあった。
「でもこうした、『No』の要因は、消臭機能のある素材を使う、ツメ傷保護材を用いる、滑り止めマットやクッション材を張る、などの対策を施せばいずれも解決するのです。空室をリノベーションしてnecomo仕様の部屋にする、あるいは新築時からnecomo仕様の素材を用いてアパート等を建てる。こうすることで猫好きな方から注目を浴び、空室率の低減や空室期間の短縮を図れるのではないかと思ったのです」(松永社長)
松永社長の「とやま起業未来塾」でのビジネス
プラン発表の様子。この年の優秀賞に輝いた。
この原案を携えて松永社長は令和元年度の「とやま起業未来塾」に入塾。ゼミ形式で講師の先生方からビジネスプランの弱いところを補強するアドバイスを頂いたり、同期の受講生からも意見を聞いたりしたのだった。
松永社長が半年に及んだ未来塾を回想する。
「私が未来塾で何よりありがたかったのは、違う業界の視点で私のビジネスプランに対して意見を寄せていただいたことです。講師やアドバイザーの先生方は30名近くいて、それぞれがいろんな業界の経営者として活躍されています。また同期の塾生が創業しようとする業界も、多岐に渡っていました。こうした方々に、不動産業界の常識にとらわれない視点から意見をいただき、はっとすることがありました。また、同期のビジネスプランを見て、それぞれの業界の販促の手法や原価、利益などについての考え方を知ることができたのも収穫でした」
11月のビジネスプラン発表会では、松永社長は「究極のストックビジネス 愛猫家向け専用賃貸住宅 猫もいっしょに住める家 necomo」と題して発表。その概要は、各種の統計を引用しながらペットの猫ブームによる経済波及効果を「ネコノミクス」と捉え、necomo仕様の賃貸住宅2棟21室を自社物件として有することによって年間約1,200万円の安定的な賃料収入を得ようというものだ。さらにその新築時には、アパート経営に関心のある方を対象に完成見学会を行い、建築コンサルの受注を目指すほか、既存の空室物件に対してはnecomo仕様のリノベーション工事を提案し、工事売上による収益増も図ろうというビジネスプランであった。
松永社長のこのビジネスプランは、発表会で優秀賞を受賞。未来塾修了後は、ほぼそのプランに沿って事業を拡大し、この取材の時点で従業員は17名を擁するまでに。うち3名はリフォーム工事ができる職人さんで、原状復帰のための工事やnecomo仕様のリノベーション工事を内製する体制も整えた。そしてこの春には、自社物件2棟目のnecomo仕様のアパートを建てたそうだ。
「おかげさまでnecomo仕様のアパートは満室状態が続き、引っ越していかれても1カ月以内に次の入居者が決まるという、人気のアパートになっています。当社が管理する物件の中で、猫可の部屋は20数%。他の不動産屋で猫可が20%を越えるお店は極めて珍しいと思いますが、当社ではこれを30%くらいまで増やしたい。それだけのニーズがあると私は見ています」(松永社長)
どうやらnecomoは、ディライトにとっては招き猫にもなったようだ。
連絡先/株式会社ディライト
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作成日 2020/12/14