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産学官連携をより推進して・・・
世界初の「IHによる非接触自動はんだ付け装置」
を開発した、スフィンクス・テクノロジーズの
エンジニア・熊田泉実氏。
(株)スフィンクス・テクノロジーズ。横浜市に本社を構え、高岡市の「富山県ものづくり研究開発センター」の開発支援棟に、開発の拠点を構えるベンチャー企業だ。社名からエジプトや古代遺跡との関連を連想しそうだが、創業時の関係者の頭文字を1文字ずつ並べたら、「S-FINX」になったそうで、かのライオン像のSphinxとは別物だという。ただ新しく開発した「IHによる非接触自動はんだ付け装置」は「世界初」の試みで、その成果を喧伝する同社エンジニアの様子から、ライオンの雄たけびを思い起こすのは編集子だけではないようだ。
開発に携わったエンジニアの熊田泉実さんが語った。
「このはんだ付け装置の開発は、他の都道府県でもできたかもしれませんが、富山にはそれぞれのジャンルで得意な技術を持った研究機関や企業があり、また厚いものづくり産業の層とそれを支える行政の連携があったから、今の形にまとまったのではないかと思います」
もともと本県はものづくりが盛んで、日本海側屈指の工業集積を誇る地域。大企業のみならず中小企業のものづくりにかけた意気込みは高く、行政の支援も極めて厚いことで知られている。
その基本施策の「新・富山県ものづくり産業未来戦略」(平成31年3月策定)が本年3月に改訂され、「富山県ものづくり産業未来戦略(改訂版)」として新たにスタート。今号の特集では、新旧両「戦略」の成果や目標の概要などを紹介するとともに、「富山県ものづくり研究開発センター」を舞台とした産学官連携の事例も取り上げ、ものづくり産業育成に対する県や当機構の取り組みなどを紹介しよう。
新旧の「富山県ものづくり産業未来戦略」の概要
や成果について解説するイノベーション推進セン
ターの九曜英雄センター長(写真上)。県の商工
行政や産学官連携等に長く携わってきた。写真下
は、「医薬工連携研究会」が発行した、県内企業
の高い技術や製品を紹介・マッチングする「とや
ま医薬工連携企業データブック」と、今年2月17
日のH3ロケット打ち上げ成功を伝える記事(読
売新聞オンラインR6.2.18)。記事には2014年にT
社に宇宙開発プロジェクトが発足し、エンジン部
品、機体バルブ部品が11点採用されていること等
が記されている。
「新・富山県ものづくり産業未来戦略」(以下、本稿では「旧戦略」という)は、平成26年5月の「富山県ものづくり産業未来戦略」の改訂版として策定された。改訂に当たっては、「IoTやビッグデータ、AI、ロボット等の技術革新、5G等の基盤整備に加え、本県のものづくり産業を取り巻く環境、すなわち女性や高齢者の就業率は高いものの、人手不足感が徐々に高まり、また求められる人材の変化が激しいこと、アジア経済の発展や北陸新幹線の金沢までの延伸営業(平成27年3月)による地域経済の変化が予想されることなどが考慮された」(当機構イノベーション推進センター・九曜英雄センター長)という。
そこで「旧戦略」では、従前から重点分野として挙げられていた①「医薬・バイオ」②「医薬工連携」③「次世代自動車」④「航空機産業」⑤「ロボット」⑥「環境・エネルギー」のさらなる推進に加え、⑦「ヘルスケア」が追加され、健康増進や疾病予防、スポーツ、医療や介護・重症化予防までのライフステージに応じた生活に関連するものづくりやサービスなどを展開する産業への参入を支援するようになった。
「旧戦略」による成長産業創造プロジェクトの推進は、平成31年度から令和5年度まで実施。その間の主な成果を、九曜センター長が以下のようにまとめた。
①医薬・バイオ
「くすりのシリコンバレーTOYAMA創造コンソーシアム」の推進基盤が確立されていることを生かし、新しい医薬品の研究開発の促進、バイオ医薬品など付加価値の高い医薬品の研究開発を積極的に支援した。その結果、富山県は日本を代表する医薬品生産拠点となり、新薬・ジェネリック医薬品からOTC医薬品、配置薬、原薬まで多種多様な製薬企業が集積し、製造所数は100を超えるようになった。
②医薬工連携
「医薬工連携研究会」や富山大学(附属病院)との連携などを通じて医療現場のニーズを発掘し、県内企業の高い技術や製品などとのマッチングを図った。「医薬工連携研究会」の会員数は45機関(平成30年)から84機関(令和5年)に拡大し、医療機器等への新規参入を目指す企業が拡大。研究開発や販路拡大の支援を積極的に展開してきた。
③次世代自動車
EV(電気自動車)、FCV(燃料電池車)、HV(ハイブリッド車)等の最新技術セミナー(計22回)や先進地視察(計3回)等を重ね、蓄電池用電極薄帯の製造技術の開発などを支援。「とやま次世代自動車研究会」の会員数は132機関(平成30年)から165機関(令和5年)に増え、多くの県内企業が自動車関連の部品を製造し、さらなる技術革新や製品開発が期待された。
④航空機産業
航空機産業の国際的な品質マネジメント規格(JISQ9100やNadcap)の認証取得や航空機部品共同受注グループ「ソラトヤマ」による展示会出展を支援。U社がNadcapの認証を取得したほか、T社が「H3ロケット」用エンジン部品と機体バルブ部品を受注した。
⑤ロボット
「とやまロボティクス研究会」が開催する技術セミナー等を通じ人材育成を図るとともに、IoTを活用したスマート工場などの視察を実施。O社が世界初の無線足裏荷重分布センサの製品化に成功。リハビリなどに活用された。
⑥環境・エネルギー
燃料電池車両の導入補助(19件採択)、「水素・燃料アンモニア研究会」等による技術セミナーや先進地視察を実施。H社による廃棄Mgを活用した水素製造の開発支援も行った。
⑦ヘルスケア
県産業技術研究開発センター生活工学研究所に「ヘルスケア製品開発棟」を開設。「ヘルスケアコンソーシアム」を設立し、富山のヘルスケア製品のブランド化を図る。M社等による医療用マスク、H社によるウィッグの開発などを支援した。
県の「ものづくり産業未来戦略」と「総合計画」、
各種戦略の計画期間を示した図(「富山県ものづ
くり産業未来戦略(改訂版)の概要」より)。今
年3月に改訂された「新戦略」は「カーボンニュ
ートラル戦略」の終了年に合わせて7ヵ年計画と
なっている。
本県では平成31年3月より、「旧戦略」をもとにして、ものづくり産業の振興を図ってきたところであるが、5年の経過の中でものづくり産業を取り巻く環境も変わってきた。主な変化を挙げると、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの発生、国際情勢の急激な流動化により世界経済の不確実性が高まってきた。またそれを背景にサプライチェーンの強靭化や生産能力の安定的確保が課題に。原材料等の仕入価格の高騰が進む中で、コスト削減や価格転嫁などのコスト負担のあり方に係る課題に直面するようにもなった。
さらには、カーボンニュートラルをはじめとする気候変動や人権問題を含む社会のサスティナビリティへの対応の要請や、GX・DXの加速に向けた支援および競争力の源泉となる人への投資の重点化の動きなども顕著になった。こうしたことを背景として「旧戦略」は見直され、令和6年3月、「富山県ものづくり産業未来戦略(改訂版)」(以下、本稿では「新戦略」という)が策定されることになったのだ。
九曜センター長が、「新戦略」が目指す富山県のものづくり産業の未来像を次のようにまとめた。
「本県のものづくり産業が、こうした変化に対応しさらなる発展・成長を続けていくためには、各企業が環境・社会課題の解決に向けた積極的な投資による新たな価値を創出・提供し、長期的かつ持続的な成長原資である稼ぐ力を創造していくことが必要です。またその活動の見える化により、顧客や社会の共感や支持を得ることで、企業の魅力や評価が向上し、投資や人材を呼び込み、さらなる成長へとつなげる好循環を実現し、競争力を高めていくことが重要です」
「新戦略」ではその推進にあたっての必要な取組みとして、「企業間・産学官連携(オープンイノベーション)の推進による新たな付加価値の創出」、「ものづくりを担う人材の育成・確保」、「産業集積を活かした成長産業の企業誘致、アジア等への海外展開等への支援」、「中小・小規模企業に対する相互的支援」を挙げている。いずれの取組みも当機構には重要な課題であるが、ここでは産学官連携による成長分野への新製品・新技術の開発支援について概説しよう。
「旧戦略」では、先述の通り7つの成長産業分野(①〜⑦)の取組みを掲げていたが、「新戦略」では政府の戦略や投資重点化の最新動向を踏まえて、4分野に分類し直したところだ(カッコ内は各成長産業分野の関連産業を示す)。
(Ⅰ)グリーン(再エネ、水素・アンモニア、蓄電池、カーボンリサイクル・マテリアル、資源循環)
(Ⅱ)モビリティ(次世代自動車、航空宇宙)
(Ⅲ)デジタル技術基盤(半導体、ロボット、電気電子、デジタルインフラ、情報処理)
(Ⅳ)医薬・バイオ・ヘルスケア(医療・介護、医薬、ヘルスケア)
県内企業がこれらの分野において競争優位性を高めるためには、将来を見据えた研究開発を重点的に支援する必要があることから、「新戦略」では再エネ、水素・アンモニア、蓄電池、カーボンリサイクル・マテリアル、資源循環、次世代自動車の6分野の関連産業を重点支援分野として、最新技術の情報収集や会員間のネットワークの構築を図るとともに、新製品・新技術の研究開発を重点的に支援することとした。
「富山県ものづくり研究開発センター」の正面外
観(写真上)。右は開発支援棟、左は電波暗室棟。
写真下はスフィンクス・テクノロジーズの皆さん。
本県がものづくり産業の振興を図る中、新製品・新技術の開発で重要な役割を果たしてきたのが「富山県ものづくり研究開発センター」で、「新戦略」の下でもその期待は高まるばかりだ。同センターは、平成23年に富山県工業技術センター(現・富山県産業技術研究開発センター)に隣接する形で開所。経済産業省や文部科学省の支援を受けて実験棟や設備・機器等の充実を図り、先端的な研究開発に取り組める公設試験場として全国の耳目を集めた。
運営は県工業技術センターと当機構が共同で実施。民間企業が新製品・新技術の開発を産学官連携で取り組む際の拠点として利用するばかりか、開発支援棟に入居して最先端の設備・機器が間近にそろう中で、研究開発を加速させるためにも利用されてきた。ベンチャー企業、研究開発型の中小企業にとっては、極めて恵まれた環境といっていいだろう。
この研究開発の環境や、県・当機構等の充実した産業支援のメニューなどを評価して、開発支援棟に入居したのが冒頭に紹介したスフィンクス・テクノロジーズだ。
同社は設立の翌年の平成29年に開発支援棟に入居。誘導加熱の原理を応用して、非接触の自動はんだ付け装置の開発に取り組み始めたのだった。
「誘導加熱は、導電性材料…主には金属ですが、これを非接触で加熱する方式で、ご家庭のIHクッキングヒーターなどでもおなじみの技術です。従来のはんだ付けは、はんだごてを使うと、溶けたはんだがツノ状に残って不良になるケースがあり、ロボットにこてを持たせてもツノが発生しました。また、はんだ槽を用いてリード線などにはんだ付けする場合は、電力消費量が多く、省エネが求められる今の時代にそぐわないものになっていました」
前出の熊田さんは、非接触の自動はんだ付け装置の開発に挑んだ経緯をこう振り返るが、「『妄想』だった初期の構想も、誘導加熱装置のヘッドの研究が専門の富山大学の教授、はんだ付けについて詳しい県産業技術研究開発センターの研究員の協力を得る中で現実味を帯びた『構想』になり」(熊田さん)、令和2年には経済産業省の「戦略的基盤技術高度化支援事業」(通称「サポイン」)の採択を受けて、「構想」の実現に向けて歩み出したのだ。
最初にでき上がった「IHによる非接触自動はんだ
付け装置」(写真上)とはんだ付けヘッド部分の
アップ(写真下)。ヘッドの材質、形状により磁
界の発生が異なり、加熱の効率も違ってくる。サ
ポインでは富山大学、県産業技術研究開発センタ
ーの他に、制御盤設計・製作のシードシステムズ
(株)(富山市)、はんだ付け装置メーカー大手の
アポロ精工(株)(御殿場市)の協力も得た。
「妄想」期間中に、試行錯誤を繰り返して「構想」に近づいたのがよかったのか、サポイン採択後の研究開発は順調に進み、翌年には1号機が完成して販売にこぎつけるまでに。残りのサポインによる支援期間中は、フィールドテストの結果やユーザーの声を集めて装置の改良やバリエーション展開に費やし、この取材の時点では4機種まで増加。令和5〜6年度には当機構の「産学官オープンイノベーション推進事業」の採択を受けて、はんだ付けの際のワークの高さのばらつきを自動的に吸収するシステムを付加できないかと模索し、販売面では機械商社等10社の協力を得て、日本国内はもとよりアジアの国々にも販路拡大を試みるまでになったという。
熊田さんが開発を振り返ってまとめた。
「私たちは、はんだ付け装置を開発したくてスフィンクス・テクノロジーズを起こしたのではなく、パワーエレクトロニクスの技術を使ってお客様の『困った』を解決したいと思って起業したのです。誘導加熱という昔からある技術でも、視点を変えるとまた違ったアプリケーションができますので、はんだ付け装置のバリエーション展開を試みながら、次の開発のネタ探しも行っているところです」
* * *
ちなみに「富山県ものづくり研究開発センター」の実験機器等の利用、あるいはその開発支援棟への入居については、本県に事業所(本社・支社等)があることは要件となっておらず、県外企業も利用することができるという。
県外の事業者の皆さん、富山県で、貴企業ものづくりの未来戦略をたてるのはいかがでしょう。新しい未来が開けるのでは・・・。
○問合せ先
所 在 地:富山市高田529 技術交流ビル
(公財)富山県新世紀産業機構 イノベーション推進センター 連携促進課
TEL076-444-5606 FAX 076-433-4207
URL : https://www.tonio.or.jp
作成日 2024/08/02