第51回 Ogino Guitars(オギノ ギターズ) 創業・ベンチャー挑戦応援事業 とやま起業未来塾 TONIO Web情報マガジン 富山

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第51回 Ogino Guitars(オギノ ギターズ)

創業3年目にして「1年以上待ち」の繁盛店に
丁稚奉公のかたわらブランディングを考えていた

創業者支援センターでギターづくりに励む荻野裕嗣さん。奥に見える製材
の機械は公的補助で導入。「創業時からこうした機械を導入しているルシ
アーは少ない」そうだ。

 店頭価格が、1本100万円前後のアコースティックギター(一昔前はフォークギターといった)をつくる職人(専門的には「ルシアー」(Luthier)と呼ぶ)が、高岡に工房を構えていることをご存じだろうか。その人の名は荻野裕嗣さん。工房といっても創業からまだ3年目で、高岡市の創業者支援センターでの“仮住まい”での製造販売にも関わらず、仮に今、新しいギターの制作を発注しても、手にできるのは1年半~2年先という人気のルシアーだ。歳はまだ若く38歳。丁稚奉公に近い修業も経て、創業者支援センターでOgino Guitarsの看板を掲げたのは2014年7月1日のことであるが、一朝にしてギター愛好者の誰もが知るルシアーになったわけではなかった。

最初はノミやカンナを研ぐところから

荻野さん製作のギター。ギター1台ごとに名前(それも女性の名
前)をつけているそうで、「何年何月につくったギター」といわれる
より、ギターの名前をいわれると、その特徴などが思い起こされる
という。ちなみにこのギターは「Lisa」と名づけられたようです。

 大学は、工学部の機械工学科で学び、学生時代はロックバンドの活動に明け暮れる。就職は専攻を生かして、ある工作機械メーカーで働き始めるも、人間関係に行き詰まって半年で退社。以後、ファッション店の店員、建築部材メーカーで設計・デザイン・製図などの仕事に就いたが、「このまま定年の歳までサラリーマンを続けられるのか」と真剣に考え始めたのだそうだ。
 そして迎えた24歳のクリスマス。自分へのプレゼントとしてアコーステックギターを購入することに。一人ギターをつま弾きながら、以前にも増して自分の一生について深く考えるようになったという。そこで、ギターへの関心は学生時代から途切れることなく続いていること、元々ものづくりが好きなこと、そしてアメリカでの仕事を夢見て英会話の勉強を続けていることを結びつけて、「アメリカでギターをつくる仕事に就きたい」と自分の未来図を描いたのである。
 「その時まで僕は、ギターは工場でつくられているものだと思い込んでいました。ところがいろいろ調べると、アメリカには個人でギターを製作している人が何人もいて、アリゾナ州にはギター製作を教える学校もあることがわかりました」
 居ても立ってもいられなくなった荻野さんは、そのギター製作学校のロバート・ベン(Roberto-Venn School Luthiery)への入学を試みるものの、周囲から「その3カ月コースを修了したからといって、プロのギター製作者になれるわけではない」と反対されることに。またさらに調べると、富山県内に工房を構えてギター製作に取り組む人(杉田健司さん)がいることを知り、その門を叩いてギター製作の教えを請うたのであった。
 最初は、ノミやカンナの刃を研ぐところから始め、3年目に入ってギターのパーツづくりに参加。先に弟子入りしていた3人のうち2人は、挫折して他の道に進んでしまった。荻野さんは「めげてしまって、途中で止めようか」と悩んだこともあったというが、「せっかくここまやったのだ。自分のやりたいことを貫いたらいい」と両親に背中を押されて続けたのだそうだ。

修業中につくったギターが80万円で売れた

一生の師となったアーヴィン・ソモギさんとの1枚。

 転機は、弟子入りから7年目に訪れた。杉田さんは、日本のギター製作の世界でも名前が知られるようになり、2009年から3年連続でアメリカのギターショーに出展。将来の渡米のために英語の勉強を続けていた荻野さんは通訳として同行し、そのかたわらアメリカのギター製作をつぶさに観察したのだった。そして3年目の出展の際、ギター製作の世界では誰一人知らない人はいないほど有名なアーヴィン・ソモギ(Ervin Somogyi)氏のブースを訪れ、その極意を尋ねたのである。
 「ソモギさんは、アコースティックギター製作の大家といってよく、彼がつくるギターは1本400万円以上の値段がつくほどに評価され、とにかく音がいいのです。こんなに高価になると弾くより飾るギターになりかねないところもありますが、世界中のギタリストから敬愛されています。そんなソモギさんが、日本から来たギター製作勉強中の僕の質問に、一つひとつ答えてくれたのです。ソモギさんのギターづくりの考え方については雑誌などで読んで知っていましたが、面と向かって話すうちに、ソモギさんのそばでギター製作を学びたいという思いが強くなり“弟子入りできないか”と尋ねると、『面接をするから私の工房に2週間来なさい』と答えてくれたのです」
 一生の師となるソモギさんとの出会いを、荻野さんは昨日のことのように熱く語った。
 2週間の面接では、ギター製作の適性や一緒に作業をしていく上での相性などがみられ、「では来年から来なさい」とソモギさんからいわれた時は、「まさしく天にも昇る思いだった」と荻野さんはいう。そして2012年春から始まったソモギさんの下での修業。文字通り無給の“丁稚奉公”であったが、作業時間以外に工房の機材を使うことを許され、ギターの修理や自分でつくったギターを売るなどして収入を得、アメリカでの生活を支えたのであった。ちなみにソモギさんの下での修業中に荻野さんがつくったギターはのべ3本。最初の1本は師匠にプレゼントされ、二本目はアメリカ国内の、3本目は日本の楽器業者に卸され、80万円前後の価格で販売されたようだ。修業中とはいえ、ソモギさんの下で学んでいるというだけで、これだけの値段がつくというのは驚きではないか。

公的支援で機械の導入と経営を学ぶ

平成27年度とやま起業未来塾最後の日に、Ogino Guitarsの
事業プランを発表。その直後に石井知事にギターの説明をする
荻野さん(後ろ姿)。

 アメリカでの2年間の修業を経て、2014年4月に帰国した荻野さん。工房を構えるための準備を進め、冒頭に記したようにその年の7月1日に高岡市の創業者支援センターに入居したのだ。ただ、すぐにギター製作に取りかかれたわけではない。ギターをつくるには、湿度が管理された作業スペースや溶剤等が漏れない塗装スペースが必要で、入居1 年目はその整備に追われた。またそれと平行して、支援センターに配置された創業者をサポートする中小企業診断士より当機構の「創業・ベンチャー挑戦応援事業」を紹介され、その採択を受けて木工用の工作機械を導入するなどの準備も進めたのである。そして2015年の春頃よりギター製作を始めるとともに、当機構が主宰している「とやま起業未来塾」を受講し、ギター工房を経営していくにあたってのビジネスプランを半年がかりでまとめたのだ。
 「経営とか販売計画、資金繰りについて考えることはあまり得意ではなかったのですが、未来塾をとおしていろいろ考えさせられました。僕は今1人でやっていますから年間10本強、効率的にがんばってやっても15本のギターをつくるのが限界です。この状況で売上げを増やす方法というと、ギター1本ずつの値段を上げるしかありません。つまりブランド価値を上げることです。ソモギさんの下での修業を志したのは、それが理由の一つにありました」(荻野さん)
 実は荻野さんが、アメリカでつくった3本目のギターを引き受けたのは関西のある楽器店で、その楽器店は荻野さんが修業のためにアメリカに渡った時から陰に日向に荻野さんをサポート。帰国してギターをつくり始めるとすぐにオーダーを出すばかりか、その楽器店が費用を負担して、ギター専門誌に荻野さんのギターの広告を出し続けるなど、ソモギさんの弟子ということでOginoブランドの先物買いをして荻野さんを支えてきたのであった。
 こうしたことが功を奏して、日本のアコースティックギターの世界ではOgino Guitarsの人気はますます高まり、東京の楽器店4店や富山の楽器店1店も「取り扱わせて欲しい」と打診。またあるミュージシャンがOginoブランドのギターを愛用するようになると、それがギター愛好者の間に口コミで伝わって人気に火がつき、1年待ち、1年半待ちとお客様が行列をつくるようになったのだ。

徹底して良い音を追求

ウッドストックのギターショーで興味を示してくれたニューヨークの老舗楽
器店「Rudy’s」を訪れ、マネージャーのゴードン・フレンチ氏のチェックを
受けている。

 「ブランド価値を上げて経営の安定を図る」荻野さんのビジネスプラン(この稿では以後、「プランA」と呼ぶ)は、平成27年度の「とやま起業未来塾」修了時の発表会で最優秀賞を受賞。この1年半あまりはほぼその青写真に沿って流れてきているが、一方で荻野さんは、プランBともいうべき腹案も持ちつつある。その概要をまとめると以下のようになる。
 “ソモギさんほどまでは行かなくても、1本150万円とか200万円くらいのギターをつくれるようになりたい。しかしそうなると若い人からギターが遠ざかってしまい、アコーステックギターを楽しむ文化が萎んでしまう。作業の合理化・効率化を図って1本50万円程度の音質のよいギターを年間数十本つくり、その合間に1本150万円、200万円のギターを年間数本つくっていく”
 従業員を抱えた場合は人件費の負担が重くのしかかるため、荻野さんは、高速で、かつ精密な加工ができる工作機械を木工に応用し、ギターづくりの製材部分を可能な限り機械化しようというのだ。
 「たとえば国の“もの補助”といわれる助成制度を活用して、そういう機械を導入すれば、若い人たちに僕のギターを楽しんでいただけるようになると思います。その採択を受けたとしても、1/2とか1/3は自己負担になりますから、そのための自己資金をためなければいけない。今はプランAを着実に進め、100万円のギターを120万円、130万円に認めていただけるよう努力しているところです」(荻野さん)
 荻野さんのギターづくりには特徴がある。その一つは音質をよくするために、ギターのトップ(ボディーの表側の板)の厚みやブレイシング(ボディ内部に取り付けられた棒状の小さな木材。トップやバックを補強することと、弦の振動を効率よくボディに伝える役割を持つ)の削り方に徹底的にこだわること。これは師匠ソモギさんのギターづくりの思想であるが、それを正確に受け継ぐために荻野さんは、音のデータベース化とともに音の周波数の波形を解析するFFTアナライザーを活用し、トップの厚みやブレイシングの形状などを相関させているのだ。もちろん師匠のギターの音もデータ化し、自身のギターづくりに生かしているという。
 またもう一つの特徴は、ギターに和の要素を取り込んでいくこと。ロゼッタ(ギターのサウンドホールの周りの円形の装飾部)に桜の花など日本を象徴するようなデザインを彫刻するなど、日本人が持つ美意識を大切にし、それを表現していきたいという。そして「いずれは漆の会津塗りの勉強をしている弟とコラボしてみたい」と夢を馳せるのだった。
 ここ最近また、アコースティックギターのブームが起きつつあるようだ。団塊の世代やその少し下の世代にとっては、「こうせつ」「ようすい」「イルカ」などの名前が懐かしく、指先のタコの痛みを遠い記憶の彼方に持っている人もいるだろう。若い方はこれ1本で、メロディーからベース、リズムまでこなせるアコーステックは魅力なのだとか。
 ここまで読んでいただいた読者の皆様。自分へのプレゼントに、Oginoブランドのアコーステックギターはいかがでしょうか!!

Ogino Guitars(オギノギターズ)
高岡市下伏間江102-1 高岡市創業者支援センター
TEL 090-5680-7090

事業内容/アコーステックギターの製作・修理

作成日  2017/01/20

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