TOP > 未来を創るアントレプレナーたちの挑戦 > 第63回 TENKIN NOTE (転勤ノオト)
富山発・転勤族の奥さんの働き方改革
全国の事業所から注目されるように
TENKIN NOTEのビジネスプランについて語る松田悠さん。
「転勤族の奥さんたちが困っているようだ。働き方改革が徐々に浸透し始めているとはいえ、転勤族の奥さんは『夢が持てない』『働き方を選べない』と悩んでいる。中には夫の新しい任地での生活になじめず、ひとり自宅にこもってウツになる。場合によっては子どもも健康状態に変調を来たしているらしい。“社会に仕組みがない、困っていることを解決するところにビジネスが成り立つ”というから、この機会に事業化してみよう」
今回訪ねたアントレプレナーの松田悠さんがそう考えたのは平成29年春、自身と夫の転勤で7回目の引っ越しが決まった時のことだ(厳密にいうと、7回目は転職で富山へのUターン)。松田さん自身は、転居により落ち込んだりすることはなかったそうだが、自身の子どもの様子が普段と変化があったり、友人の中には心療内科に通う人もいたという。
「さっそく、富山で創業について学びたいと思いネット検索をしたところ、『とやま起業未来塾』を見つけました。それが願書提出の締切日の当日。『夕方5時までには間に合いそうにないので、当日中までにメールで書類を送るから待って欲しい』と、当時住んでいた愛知県の自宅から電話を入れました」と松田さんは当時を振り返るが、この電話が松田さんをアントレプレナーへと変身させるきっかけとなったようだ。
平成29年11月25日に行われた「とやま起業未来塾発表
会・修了式」での松田さんの発表の様子(写真上)。
松田さんのプランは最優秀賞となり、石井知事より
表彰を受ける(写真下)。
松田さんが、転勤族の奥さんをサポートするビジネスで、ステークホルダー(登場人物)として想定したのは、転勤族の奥さんを組織化したシステム(以下、「転勤族システム」と略す)、夫が勤める企業、転勤族の奥さんの暮らしや働き方を支える団体、転勤族の奥さんへ求人を出す企業、転勤族システムで運用されるホームページやSNSなどに広告を出す企業、地域の各種情報を提供する行政、転勤族システムに理解を示すスポンサー企業などで、転勤族システムを中心にこれらが有機的に連携することで「転勤族の奥さんの悩みを解決することを目指した」(松田さん)のであった。
ただ当初は、いわゆるビジネスとしてのお金の流れまでは描ききれていなかった。
「未来塾への入塾を希望したのは、ビジネスモデルを構築したかったからです。おかげさまで入塾の審査に合格し、半年かけて事業計画を練り、また多くの講師陣にアドバイスをいただきました。その結果、転勤族の夫の勤める企業が、転勤族システムに会費を払って法人登録し、転勤事案が発生するたびにその奥さんが利用する方式を考案し、また引っ越しサービスの企業からホームページに広告をいただくこと等も想定しました」(松田さん)
こうして企画をまとめて臨んだ平成29年度の「とやま起業未来塾発表会・修了式」(11/25)で、松田さんの「転勤族からはじめる“イキイキ働き方改革”」は最優秀賞に輝き、東京・愛知・富山で一部動き始めていた転勤族システムの背中を押す形になったのだ。
実は松田さん、大卒後は大手小売業で総合職として働き、数年後にはある管理部門を任されて60名ほどの部下を持つまでに。一方で、いずれは社会貢献に関する部署への異動を希望し、休日などを利用してその勉強を続けていたのだが、結婚により夫の異動に合わせて転居しなければいけなくなった。そこで小売業を退職して、NPOに入職を経て、フリーランスで企業の社会貢献をコーディネートする仕事や、各種広報媒体のライターをしながら収入を得る道へと転身。未来塾を受講した頃には、一部上場企業や自治体など10を超える団体・事業所から仕事の依頼を受けるようになり、それをネットワークができつつあった東京・愛知・富山の転勤族の奥さん(45名)に割り振って、仕事をこなすようになっていた。
月1回のペースで行われる転勤妻交流会の様子(写真上)。
交流を通して孤立を防ぐ。新しい試みとして、富山から
引っ越した転勤族や東京メンバーともテレビでつないだ。
下の写真は、転勤妻による社会人インターンの様子。
この時点までは、松田さんの従来の活動をベースに各種団体・事業所から仕事の依頼が舞い込んでいたのだが、未来塾修了後には事業の拡大を図って企業への転勤族システムの売り込みを開始。従業員1,000名以上の企業では、転居を伴う人事異動が89.8%(JILPT「ユースフル労働統計」2015)/ビジネスプラン発表当時の松田さんの資料引用)あるところから、企業の勧誘はスムーズに進むと思われた。
「ところがこれが誤算でした。転居を伴う人事異動を行う企業は、社員については関心を持つものの、その奥さんへの投資まではまだ考えが及んでいませんでした。そこで新世紀産業機構で大手民間企業の総務や財務を経験したコーディネーターに意見をうかがうと、『今の時代の流れだと、まだ民間企業はそんなところにはお金は使わない』とはっきりといってくれました」とつまびらかに語り、他の企業などへのリサーチをして「軌道修正してビジネスモデル完成に向けて再出発しました」と松田さんは続けた。
まずは未来塾を修了した翌年2月に、「TENKIN NOTE」(転勤ノオト)の名称でサイトを立ち上げ、転勤族の奥さんたちが必要とする地元の生活情報や子育て、子どもの健康情報、働き方などを発信。合わせて月1回のペースで「転勤妻交流会」を開催し、転勤族の奥さんが孤立するのを防ぐようにした。
一方で松田さんは、転勤族の奥さんに仕事をわたす仕組みづくりにも取り組んだ。
「TENKIN NOTEを実際に運営し始める前に、転勤妻40名のインタビュー調査と転勤妻100名にアンケート調査を行いました。そこでわかったのは、『勤務時間を柔軟に』『仕事をしたい』ということです。合わせて奥さんたちのスキルについても尋ねました。すると多くの方が高いスキルを持っておられる。事務や経理の仕事といっても、大きな企業の総務や経理部門を経験されていますから、仕事のクオリティーが高い。経理の資料づくりでは、そのまま会計士に見ていただいても修正が入らないレベルの仕事ができる。もちろん営業経験者もいますし、ITに詳しい方もいる。このご時世、テレワークで自宅にて働いてもらってもいいわけですから、高いスキルを持った奥さんたちを即戦力で使える。こういう点をTENKIN NOTEのセールスポイントにして売り込みに歩きました」(松田さん)
TENKIN NOTEを通じて、農業のIT化に取り組む
ベンチャー企業に就職された転勤族の奥さん。同社の
アジア進出に当たって、パソコンのスキルがあり、転勤で
タイで暮らした経験のあることが評価された(写真上)。
福島県からのTENKIN NOTE視察の様子(写真下)。
災復興で福島に転入・転勤してこられる方の奥さんの
サポートをしたいという。
こうして地道に営業で歩く中で、興味を示す企業が現れた。最初のリクエストは「パソコンを使うスキルが高く、東南アジアに居住経験がある人を事務職で採用したい」というもの。松田さんにもTENKIN NOTEにも職業紹介を行う資格がないため、その旨の求人の広告をTENKIN NOTEのサイトにアップすると、コンピュータ専門学校で講師を務め、転勤でタイで暮らしたことのある奥さんが手を挙げた。労働条件については、求職者と企業の間で決めていただくこととし、TENKIN NOTEは求人広告の掲載料を事業所の収入に充てることができたのだ。
また一方で、従来から松田さんが取り組んできた請負契約により引き受けた業務を切り出し、TENKIN NOTEがコンサルティング収入を得る。その業務を転勤族の奥さんが仕事をするという方式をよりシステム化し、試みを重ねながら量や数をこなす工夫もしていった。
「委託される業務は、工業製品の検品やアンケートの入力、マーケティング調査、デザインなど多種多様で、これらの業務はチームで行うようにしています。そうすると、例えば子どもが急に熱を出して・・・という時にも柔軟に対応できます。野菜の収穫・出荷のお手伝いという仕事もありましたが、仕事が楽しくなって本格的に就農したという例がありますし、最近はイベントの企画運営を手伝ってほしいという要望も結構入ってくるようになりました」(松田さん)
こうしてTENKIN NOTEの活動が盛んになると、他にない「転勤妻」に特化した取り組みとして、全国版のメディアに取り上げられることもしばしば。その結果、事業所や転勤族の奥さんからの問い合わせがますます入るようになった。福島県からは、「震災後の復興のために多くの方々のご支援をいただいています。中にはご主人の転勤に伴って、その奥さんにも福島にお越しいただいていますが、奥さんたちをサポートしたいので、TENKIN NOTEの活動について教えて欲しい」と連絡が入り、福島県とも連携している、福島の転入者の奥さんを支える団体が視察に訪れたという。
富山くらし・しごと支援センターが実施している移住者
向けのイベント。昨年秋には魚津市で初開催。TENKIN
NOTEのホームページにはその告知案内が掲載され、
企画運営や参加者募集に協力した。
「転勤族は、いずれはどこかで定住します。元々のふるさとにUターンする場合もあれば、何度か転居した中で気にいった町を選び、いわゆるIターン・Jターンする場合もあります。転勤ターンをQターン(1周して移住を決めた)という名前で売りたい。そういう意識を持っていますから、転勤族に富山を知っていただくこと、横のつながりを持ってもらうことは大事なことだと思っています。TENKIN NOTEでは県のUIJ担当課が行っている町のキーパーソンに出会ったりするイベント等を一緒に企画し、転勤族の奥さんを積極的に誘っています」(松田さん)
松田さんの弁からは活動範囲がますます広がっている様子がうかがえる。また昨年10月からは、半年の予定で金沢大学先端科学・社会共創推進機構の客員研究員に。TENKIN NOTEが「地方における人の流れの創出に役立っている」と評価を得て、転勤者の属性や働き方改革、TENKIN NOTEのブラッシュアップについての研究の場を提供されたのだ。そして、ITベンチャー企業「㈱Asian Bridge」にも大学から出向し、元々検討していた転勤の法人向けのサービスも着手したいと模索している。今後、㈱Asian Bridgeには、北陸×ITの責任者としてコミットもする。
一方で、TENKIN NOTEシステムを「障害のある子を持つお母さんに応用できるのではないか」と期待を寄せる人がいたり、また人材派遣会社からは業務提携を打診されたりと、新しい可能性が次々と明らかになっている。
「実は北陸は、全国的にみると転勤族が2番目に多い地域。金沢・福井でのTENKIN NOTE展開も視野に入れています。またTENKIN NOTEは私にとってはゴールではなく、スタートライン。様々な社会課題をきちんと仕組化するという、夢を叶え続けていきたい」 と期待に胸を膨らませて松田さんは取材を締めくくった。
TENKIN NOTE(転勤ノオト)
URL/ https://tenkin-note.com/ TENKIN NOTE(転勤ノオト)
Mail / tenkinnote@gmail.com HPからLINEでのお問い合わせも可能
作成日 2020/03/31