TOP > 未来を創るアントレプレナーたちの挑戦 > 第57回 株式会社ワプラス
バイクレーサーから不動産業に転身・起業
「倒産」の危機からよみがえったきっかけは・・・
10年間、モトクロスバイクのレーサーを経験した後に不動産業に
入り、さらに8年後に起業した村上宏康社長。
「社長のお宅拝見のようなテレビ番組があり、ある時、不動産業を営む社長が紹介されました。“学歴はないけれど努力して起業し、億単位の物件も扱えるようになった。売上げも増えて、普通のサラリーマン以上の収入を得るようになった”と社長はインタビューに答え、自宅を案内していました。それを見て、『かっこいい社長だなー。不動産業って儲かるんだ。僕も……』と思ったものです。それが19歳の時で、今から考えると社会のことは何も知りませんでした」
(株)ワプラスの村上宏康社長は、初めて不動産業を意識した時のことを思い返して語った。その後、不動産業を営むためには宅地建物取引士(いわゆる宅建)の資格が必要なことを知った村上社長は、独学で勉強して1年後に合格。「資格さえとれば弁護士、税理士のように仕事がばんばん入って、食いっぱぐれることはない」と安心し、すぐには不動産業界に就職せず、当時興味を持ちつつあったモトクロスバイクの世界へ飛び込んだ。以来10年。各地のレースを転戦していた。
「当社と携わることによって、人の『輪』が広がり、『和』(なご)ん
で楽しい人生を送ってもらいたい」という願いを込めて社名を
「ワプラス」に。
転機は30歳の時に訪れた。知人が不動産屋を開業することになり、宅建の資格を持っている村上社長に手伝って欲しいと打診してきたのだ。
ところが仕事を始めると、周辺の法律関係の知識がないと業務を円滑に進められないことを痛感。仕事のかたわら、法律の勉強を始めた。そして数年した時、「君は法律の勉強をしているから、こういう案件もこなせるだろう」と、不動産屋の社長から債権処理が必要な案件を任されたのだ。
「債権処理が必要な案件」とは、例えばローンの返済が滞って借金が残っている住宅などのこと。そうした物件は、最終的には裁判所により競売に付されるケースが多い。
「家は最後の砦といわれ、家をとられるくらいなら、と命を断たれる方がいます。そこまで行かなくても、健康を害したり精神を病んだりする方もいる。債権処理が必要な案件では、各々の担当者と話し合いを進めながら、一方ではその住宅の購入希望者を捜し出す。手間がかかるため、普通の不動産屋は取り扱いをお断りするようです」
と村上社長は当時を振り返るが、時々舞い込むそのような案件を、その都度、村上社長が担当するように。この経験が、後にワプラスを成長させる原点になった。
同社が扱ったシェアハウスでのレクレーションの様子。
かつて村上社長は、「不動産屋になって儲けたい」と思ったのだが、債権処理が必要な案件に携わるうちに、「借金に苦しむ目の前の人を助けたい」と考えを改めるようになった。そして、積極的にそれを実行するために独立することに。「看板さえ出せば明日から相談が舞い込む」と楽天的に考えて、いよいよワプラスを立ち上げたのだ。
会社の設立は平成26(2014)年7月22日。ビルの一室を借りて改装し、不動産業としての登録などを済ませて本格的に営業を始めたのは、翌年の1月のことだった。
ところが、当時の村上社長の見通しは甘かった。看板を出しても、電話1本かかってこないし、相談に訪れる人も一人もいない。「ひょっとして電話器が壊れているのでは……」と思い、携帯電話から事務所の電話をコールしたこともあったそうだ。売上げはまったく立たず、「倒産」の二文字が頭をよぎったという。
問合せが1件もなかったのには訳がある。それは「看板を出せばお客は来る」と思い、告知活動にほとんど力を入れなかったからだ。「これではまずい」と思ってチラシを作成しようとしたが、資本金を店舗の改装用に使ってしまったため、会社名義の口座には7万円しか残っていなかった。村上社長は、今後どうすべきか具体的に行動もできないまま、長い一日を繰り返していたのである。
村上社長が受講した平成27年度(11期)「とやま起業未来塾」
(商業・サービス業コース)の1コマ。ゼミ形式の講義では、講師
から徹底的に絞られることもしばしば。
その頃、富山県議会議員選挙が行われた(平成27年4月)。村上社長の知人が立候補していたため応援に駆けつけると、その候補者がたまたま「とやま起業未来塾」のOBで、そのOB会である「とやま起業未来塾学士会」の会長(当時)や同期生が必勝祈願に参じていたのだ。
「そこで初めて、『とやま起業未来塾』のことを知り、創業時のビジネスプランを練っていくことを聞きました。『看板さえ出せば……』と思っていた僕にビジネスプランなどあるはずがありません。ちょうどその時、平成27年度11期生の塾生を募集していたので、『時間に余裕のある今のうちに受講しよう』と思って応募したのです」
この決断が村上社長に本当の転機をもたらした。半年間、ビジネスプランブラッシュアップの指導を受け、売上げ計画のたて方やそれを実行するための販促の手法、資金繰りなど、経営の基本についてイチから伝授されたのだ。
「未来塾で何よりよかったのは、事業の悩みをともに語る仲間ができたことです。経営者って本当に孤独で、本音を語り合える友人がなかなかいません。僕の場合は未来塾に入った時までは売上げはゼロで、自分1人しかいないとはいえ、長く続かないことは目に見えていました。塾生の中には創業間もない人が何人もいて、彼らも同じように悩み、孤独にさいなまれていました。そういう彼らと仲間になれたことがよかった」と村上社長は語り、「友人・知人のネットワークが広がったという軽い感じではなく、一生の友を得たという思いです」と続けた。
未来塾に入ったことがきっかけで、ビジネスに対する取組み方や経営者としての責任感が身につき、少しずつ仕事を依頼されるようになった。1期目の締めに当たる6月末までに、約600万円を売上げた。そして未来塾で練ったビジネスプランが功を奏したのか、次年度は約2,000万円、3年目は約3億円、今年6月で締めた4期目は6億円弱にまでなったという。4年で売上げを100倍近くまでのばし、従業員(パート含む)もこの取材の時点で8名を数えるまでになった。
社員の皆さん執務風景。従業員の中には、村上社長の仕事への
姿勢から未来塾に関心を持ち、入塾した人もいる。
債権処理が必要な案件は、金融機関からの紹介で回ってくることが多い。ワプラスが1期目の終わりから2期目にかけて、そうした案件をいくつもこなすうちに、金融機関等の信頼を得るようになり、通常の不動産売買や賃貸の仲介が増えてきた。最近では、同社が買い取った中古物件をリノベーションし、付加価値をつけた上で販売することにも乗り出した。急速な売上げの拡大と従業員の増加は、そうしたサービスにも対応してきた結果であった。
ただ村上社長は、単に売上げの数字を追いかける経営には関心がなく、かつての「もうかる不動産屋」へのあこがれも、「あの時は世の中のことを全く知らず、不純だった」と一笑するほどだ。心境の変化を村上社長はこう語る。
「僕は、商工会議所やニュービジネス協議会に入って活動し、いろんな会社の経営者と接するようになりました。売上げや従業員数が、当社の何百倍、何千倍という会社の経営者もいます。未来塾の先生方も、一方では経営の最前線に立っておられる方々です。彼ら経営者はビジネスの感度がものすごく高い。ものごとを観察する際、目線をどこに置くかで見える風景がまったく異なってきますが、高さや角度を変えて観察する術を知っておられるから、いろんな経営者と接することは刺激になります。またどの経営者も、社会貢献をしっかり考えて仕事をされている。事業が続くというのはお客様や社会から喜ばれ、必要とされるからだということを教えていただきました」
村上社長は平成30年度に入って、とやま起業未来塾学士会の会長に就いた(7代目)。会長になって、「いろんな経営者と交わって刺激を得よう」と学士会のメンバーによく呼びかけるようになったが、それは自身の経験に基づくもので、飛躍のチャンスがそこにあるからであった。
そして今、村上社長の関心は海外へ。いくつかのテーマを胸に秘め、昨年あたりから月に1回のペースで視察に出かけている。時には外務省経由で現地の大使館や領事館の担当者に連絡を入れ、現地の事情をレクチャーしてもらうためのアポイントも自分でとるほどになった。
村上社長の、アントレプレナーとしての夢への挑戦は、始まったばかりだ。
株式会社ワプラス
所在地/富山市三番町3番2号 2F
代表者/村上 宏康
創 業/2014年7月
資本金/300万円
事 業/不動産賃貸・売買の仲介業
TEL/076-482-5757
FAX/076-403-2929
URL/ http://www.waplus.co
作成日 2018/09/27