第32回 株式会社高田製作所 地域資源ファンド事業 TONIO Web情報マガジン 富山

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企業活動には山あり谷あり。谷から脱却し、右肩上がりに導いた経営者のひと言には再起のヒントあり。

第32回 株式会社高田製作所

伝統的な仏具からモダンなスプーンまで
世代を超えて愛される商品づくりを

同社主力商品の仏具の一例。「寺用無地セット」。

 本コーナーの今回の取材先は、高岡市戸出の工業団地に本社を構える高田製作所。取材を受けてくれたのは常務の高田晃一さんで、いずれ三代目として同社を引き継いでいく方だ。
 創業は1947年。終戦から3年目の、昭和22年のこと。大戦中、造幣局で貨幣の鋳造をしていた創業者は、その技術を見込まれて、一時、大砲の鋳造に携わることに。戦後それを悔いて、戦没者の供養の意味も含めて仏具の製造販売を始めたそうだ。常務の父親である高田和喜社長(二代目)は、それを工業化して会社を発展させた人物。三代目はそれをさらに……、と書きたいところだが、仏具や仏壇を取り巻く住環境・生活スタイルは変わり、その結果、市場環境も大きく変わった。バブルの崩壊やリーマンショックは、それに追い討ちをかけたのだ。
 そういう中で高田さんが、「後を継がなければいけないか……」と思い始めたのは大学(デザイン科)に進んだ頃(平成5年)だが、「仏具ではなく違うものをつくらなければならないかも……」と予感するものがあったという。卒業後、一時、“よその会社の飯を食べて”修業し、その後、一従業員として高田製作所で働くようになるのだが、のちの氏の新しい試みを慕って若い人材が集まる反面、熟練の技を持った職人の中には「そんなことは、やりたくない」と会社を去った人もいたという。
  高田製作所の、ものづくりの新しい試みは、高岡の銅器業界では先駆的な役割を果たしたのだが、山あり谷ありの連続だったようだ。

アルミ鋳物に開眼

祖父から、鋳物について、創業時からの事業の経緯について、
ものづくりについて等々を聞き出してメモしているという同社の
高田晃一常務。

 よその会社での修業中(大手建設会社の孫請け、ひ孫請けの会社で、内装工事を担当していた)、ある化粧品メーカーのショールームにあったアルミ鋳造の建材の美しさに一目ぼれした高田さん。「アルミはサッシだけではなかった」と目を開かれ、「いずれ自分も……」と心に決めたのだった。そして家業を手伝うようになり、銅・真鍮だけでなくアルミの鋳造技術も身につけようと、古参の職人に学んだり、試行錯誤を繰り返したりと、鋳造現場に閉じこもることが多くなったという。
 高純度アルミの鋳造技術を確立したのは平成11年だ。その技術を使って翌年の富山プロダクトデザインコンペに出品したところ、高田さんの「ソープディッシュ」(石鹸置き)は「とやまデザイン賞」に輝き、商品化が模索された。
 「この受賞は大きかったです。県の総合デザインセンターを通じてアナウンスされ、地元の問屋ばかりでなく、大都市圏の建材メーカーにも知られ、大阪のドアハンドルのメーカーからは『アルミ鋳物のオリジナルドアハンドルをつくって欲しい』と注文をいただくようになりました」(高田さん)
 受賞を機に、デザイナーと連携した商品開発も始まった(12年)。また社内で、若手の間から商品開発の機運が高まり、社内のものづくりチームTSMを発足。「ものづくりのモチベーションを高く維持するための社内の部活動のようなもの」と高田さんは評するが、メンバーは商品開発を試みるかたわら、技術の習得にも励んだ。その結果、のちにはメンバーの1人が高岡の研磨職人の中ではトップの技術を持つまでになり、また別な1人は、腕のいい年配の職人に弟子入りするように学び、道具づくりから仕事を始めるという貴重な技術の伝承者になりつつあるという。
 「道具づくりから始める彼は、以前はあるコンビニの本部でバイヤーを担当していて、お客様目線を持っています。職人の世界では得難い感覚ですが、彼から影響を受け商品開発に生かそうという職人も現われました」
 高田さんはこの新しい動きを満足した様子で語りつつも、「反対に昔からの職人は、消費者の意識に合わせてのものづくりに違和感を覚え、辞めていきました」と続けた。昔からの職人は、仕事のスタイルが変わることを恐れ、従来通り仏具をつくりたかったのだ。

高岡の銅器業界に一石

国際家具見本市ミラノサローネサテリテに出展した際の、同社のブースの
様子。左端はデザイナーの加賀武見氏。

 そして16年には、富山プロダクトデザインコンペで知りあったイタリア在住のデザイナー・加賀武見氏の協力を得て、国際家具見本市ミラノサローネサテリテに出展。「いきなりイタリアへ?」「国内のコンペなどでもっと実績を積んでからの方が……」と思う人もいたようだが、「コンペで審査員に評価されるより、お客様に評価されたい」「回り道するより最初から本場イタリアで勝負して、自分たちのレベルを知りたい」という高田さんの熱い思いが社内の同志を動かし、勇躍イタリアへ飛んだのであった。
 その結果、イタリアのある家具メーカーとの取引きが決まった。翌年からはイタリアの貿易商が両社の間に立ち、ミラノサローネサテリテで好評を博していた高田製作所のフラワーベース(アルミ製の花器)などを、イタリア国内で流通させるばかりでなく、日本に逆輸入する形で紹介したのだ。
 「まず大手の照明メーカーが、ショールームで使う建材・インテリアに当社のアルミ鋳物製の花器一式を採用してくれました。そのショールームはアッパー層向けで、照明器具を見に来られたお客様が、当社の製品にも目を止められ、じわじわと売れ始めました」と高田さんは当時を振り返るが、これを機にOEM生産の依頼も増え始めたという。
 海外の展示会については、視察の機会も増やしたそうだ。その際には、社員の他に外注先の職人や経営者、さらにはライバル会社の社長も誘った。「消費者の目線で商品開発に励む職人やメーカーの取り組みを見てもらいたかったから」と高田さんはその訳を語ったが、その頃より高岡の銅器業界ではデザインに着目した商品開発が試みられるように。高田さんが投じた一石は、大きな波紋を起こしたようだ。
 この後で高田さんは、独自のインテリアブランド「fiorichiari」(フィオリキアリ)を立ち上げ、再び海外も視野に入れて展開していくのだが、積極的な姿勢に「待った!」をかけるものがあった。平成20年秋、世界中に吹き荒れたリーマンショックがそれだ。

ものづくりの原点に返って

SHIROKANEの一例ビアタンブラー風雅(420ml)。
飲む時の所作が計算されているため、持ちやすく、
飲みやすい。

 その暴風雨は、高田製作所も容赦なく襲った。ヨーロッパへの輸出もの、国内のアッパー層向けの商品がほとんど動かなくなり、同社では、ものづくりのあり方について転換を迫られたのだ。
 「いろいろ試行錯誤して、祖父のものづくりの原点に返ることにしました。祖父は口癖のように『ものをつくることは、人を愛することだ』といっていました。そして戦争で亡くなった方やその家族のために仏具をつくった。仏具は華々しい商品ではありませんが、地道に売れていきます。反対に、ヒット商品には華がありますが、数年で終わり、売れなくなると技術も途絶えてしまう。ところがロングセラーの商品は、親から子、子から孫へと受け継がれ、技術も続く。そういう、世代を超えて愛される生活用品をつくってみたいと思ったのです」(高田さん)
 そこで氏が試みたのは、祖父が創業した地(高岡市白金町)にちなんでSHIROKANE(シロカネ)ブランドを立ち上げ、錫製の日常生活で使う商品を充実させることだ。さっそく商品開発に乗り出し、21年にはフランスのメゾン・エ・オブジェ(欧州最大級のインテリア・デザインの見本市)に、翌年には国内のIFF(インターナショナル・ファッション・フェア)やギフトショーに出展して、商品を発表したのだった。
 この新しい試みを発展させるために同社では、当機構の地域資源ファンド事業の採択を受け(25年10月)、錫製品の表面に加飾・刻印、あるいは着色によりオリジナルデザインを施すことを模索。また錫と銀の合金によるキッチン用品のシリーズ化を試みているところだ。さらにはヨーロッパを中心に発達してきた金属食器の文化に、日本の繊細さを加味したカトラリーを開発して、日用品として愛用していただく計画も持っているのだという。

事業計画を前倒しする勢いで

ドイツ・フランクフルトで開催されたAmbiente 2014(アンビエンテ 2014)に、
同社の関連会社・タカタレムノスが出展した際、同ブースを視察。

 「ドイツのフランクフルトでは、毎年2月、テーブルウエアやキッチン用品などの国際見本市・アンビエンテが開催されています。今年の2月、当社の関連会社のタカタレムノスが出展したので、視察に行ってきました。その時、タカタレムノスの商品を喜んで買っていかれるお客様の顔を見て、基本的なキッチン用品やテーブルウエアには国境はないと思いました。ただ、ヨーロッパの商品は昔からあるベーシックなデザインのものが多く、若干モダンな要素を取り入れると、新たな市場を開拓できるのではないかと確信した次第です。それと、展示会の他のブースの見学と帰国後の勉強でわかったのですが、ヨーロッパでは例えばコーヒーカップを壁に吊るすなどの文化があり、壁とセットで商品開発することも可能なのではないかと思っているところです」
 この視察で、ファンド事業で予定している商品開発に自信を持った高田さん。3年の事業計画を前倒しする勢いで進めつつあるところだ。

祖父の口癖を実感

15.0%アイスクリームスプーンの「くまのプーさん」バージョン。
お問合せはタカタレムノス東京ショールーム(www.lemnos.jp)まで。

 高田さんが、事業に勢いを持たせたいと思うのには、今ひとつ訳がある。それは関連会社のタカタレムノスが製品化し、高田製作所が生産を委託されているアイスクリーム用スプーンが好調なこと。その便利さが伝わって、この夏にはアイスクリームの専門メーカーが、お店の一部で採用し始めたのだ。
 そのスプーンの名は「15.0%アイスクリームスプーン」。長さは約10cmのヘラ状で、持ち手の部分には十数mmの厚みがあり、手の温かみが残るようになっている。その温かみがスプーンの先端に伝わって、硬く凍ったアイスクリームを溶かし、すくいやすくなるのだという。材質は熱伝導率の高いアルミだ。
 「このスプーンは、建築デザイナーの寺田尚樹さんが発案されたもので、従来のスプーンに不便を感じたところからスタートしているのでしょう。私は、これこそがものづくりの原点で、祖父がいう『ものをつくることは、人を愛することだ』に通じるのではないかと実感させられました」
 高田さんはこの熱い想いをSHIROKANEやファンド事業による商品アイテムの充実に生かし、同社にとっての3本目の柱を早く太くしようというのだ。
 ちなみに同社の売上げ構成は、従来の仏具がおよそ45%、残りのほとんどはドアハンドルなどの建築金具や他社から委託されたOEM生産で、SHIROKANEはまだ数%。ただこちらは、これから開発されるキッチン用品やカトラリーと合わせて、世代を超えて愛される生活用品を目指しているだけに期待も大きくなっているところだ。

連絡先/ 株式会社高田製作所
〒939-1118 高岡市戸出栄町54-7
TEL0766-63-6800 FAX0766-63-6345
URL http://www.imono.com/

作成日  2014/09/26

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