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企業活動には山あり谷あり。谷から脱却し、右肩上がりに導いた経営者のひと言には再起のヒントあり。

第34回 株式会社村山製作所

“村山なでしこイレブン”の加工技術は
大企業も折り紙をつけるまでに

三菱日立パワーシステムズ株式会社が村
山製作所に向けて発行した、取引先として
の基準を満たしていることを証す認定書
(2014年9月10日付)。

 こんな会社、他にあっただろうか。
 産業機械や航空機などに必要な部品をつくっている会社で、従業員13人のうち11人が女性。そこから経理を除いた10人が、設計(CAD・CAM)、現場、検品を担当している。現場で扱う機器は、最新鋭の複合加工機のほか旋盤やマシニングセンタ等々。高校や大学で機械や金属工学を学んだ者がいないにもかかわらず、また中途採用で同社に入ってから工作機械等の操作を覚えたのにもかかわらず、村山製作所は三菱日立パワーシステムズ(株)から認定工場に指定されたのだ。
 「こんな会社、他に…」と問いかけたくなるのも無理からぬことと、ご理解いただけるだろうか。

大工からの急な転身

不良品が発生してもその原因を追及し、同じミスを繰り返さないようにして
信用を重ねてきた村山社長。

 もともと同社は村山昭範社長(同社3代目)の祖父が興した会社だ。旋盤職人として腕を磨いた祖父は、昭和56(1981)年に独立。景気のいい時代だったため仕事に切れ目はなく、後には溶接の技術も習得して、家族経営ながらも会社の勢いは右肩上がりを続けたという。
 大きな曲がり角は、リーマンショックの時(平成20(2008)年)に訪れた。バブルが弾けてしばらくしてからその予兆はあったのだが、売り上げは年を追うごとに減少。そこで、かつての勢いを取り戻そうと、創業者は会長になり、経営の一線を親戚に譲ったのが平成18年だった。ところが、その2年後に起きたアメリカ発の金融危機は、日本全体も飲み込んで、村山製作所では売り上げゼロという月があったという。
 村山社長は恐慌当時は専務だった。「このままでは会社は危ない。仕事を取りにいかないと……」と社長交代があった頃から積極策を打ち出し、新規の顧客開拓に奔走。北陸3県の企業に飛び込み営業を始め、その数は230社に上ったそうだ。
 「実は僕は大工になるつもりで、ある親方の下で修行をしていました。そして7年の年季が明けて、『独立してもいい』と親方から許しを得た時に、事情があって家の仕事を手伝わなければならなくなったのです。工作機械や金属加工のことは一から勉強し、祖父に教えてもらいました。ただ祖父は職人で、営業についてはまったく知りませんでした。ところが平成10年代も後半に入ると、そうもいっておれない状況になっていました」
 村山社長は当時を振り返って語るが、それを打開するための社長交代劇であったにもかかわらず、二代目も“待ちの姿勢”になることが多かったという。そんな中での飛び込み営業だったわけだ。

なぜ不良品が発生したのかを徹底検証

複合加工機でつくった八尾おわら節を表す造形。つくったのは
もちろん同社の女性エンジニア。

 もちろん、大工の経験(それも修行の身)しかない青年が、流暢に営業トークができるわけがない。慣れないスーツ姿に、肩こりに悩む日が続いたという。再び、村山社長が続ける。
 「でも、愚痴をいえる状況ではありませんでした。日中はひたすら営業回りを続け、夕方から現場に入る。この繰り返しでした。リーマンショックの時は本当に、売り上げのない月もあり、愕然としたものです」
 大工を目指していた青年が、急に転身して金属加工の道に入ったわけだ。営業だけでなく、製造でも戸惑うことが多く、最初から設計通りの部品がつくれたわけではない。「僕ほど不良品を出した人間もこの業界では珍しいのではないか」と氏は笑うが、「検品して不良品が外に出ないようにし、なぜ不良品が発生したかの検証を徹底して行った」のだそうだ。
 祖父の代から続いてきた客先とは、加工賃が折り合わず、リーマンショックの時に取引が途絶えてしまった。しかしながら、飛び込み営業が功を奏して70社あまりから受注できるようになり、苦しい時をなんとかしのいだのだった。
 一方で氏はまた、当機構が東京・大阪・名古屋などで開催している、取引の紹介や斡旋(あっせん)などを行う商談会にも積極的に参加。大都市圏の産業機械や部品メーカーなどからも受注するようになったのだ。
 こうした地道な努力が実を結び、かつて以上に売り上げが確保されるようになり、村山昭範氏は平成22年に3代目社長に就任。33歳の時だった。これを機に村山社長は、顧客開拓にさらに力を入れるとともに、家族経営からの脱却を模索。仕事が増えるにつれて、従業員を増やしていったのだ。

工学女子が同社に……

仮に不良品が発生しても、検品を担当する彼女らが出荷前に止
めるため、外には出ないようになっている。

 冒頭に、13人の従業員のうち11が女性と記した。これは村山社長が意図して女性を採用して増やしてきたのではなく、「結果としてそうなった」という。
 求人票をハローワークに出し始めた時の経緯をまとめるとこうだ。
 当初は、旋盤やマシニングセンタなどでの金属加工の「経験者」を募集してきたという。“機械の操作を、ゆっくり教えている時間的な余裕はない”というのがその理由で、これについては多くの方にご理解いただけるだろう。そして実際に、応募してくるのはほとんどが男性で、採用に至るのも男性が多かったというわけだ。ところが彼らを現場に配属すると、不良品の発生が意外に多く、同じようなミスを繰り返していることに村山社長は気づいたのである。
 「そこでなぜ不良品が発生し、それがなぜ改善されないのか聞いてみました。すると皆同じように『前の会社ではこうしていた』というのです。そこで僕は、『前の会社の時以上に技術を磨いてもらいたいので、なぜ不良品が発生したのかをしっかり検証し、不良品が出ないようにしてほしい』と求めました。不良品の発生を、長く曖昧にしてきた『経験者』ほど、僕の考えは理解できなかったようです」(村山社長)
 その結果、経験者を採用しても長く続かず、「未経験者可」に転換せざるを得なかった……というのが正直なところだ。
 しかしながらこれが、予期しない形で功を奏したのだ。「どぼじょ」(土木工事に関心がある女性)や「れきじょ」(歴史が好きな女性)のように、ものづくりが好きな「工学女子」がいたのだ。彼女たちにとっては、工作機械を扱う仕事で「未経験者可」は千載一遇のチャンスで、「先入観がない分、技術をのばそうとする姿勢は、男以上にどん欲で、また実際にのびる可能性は大きい」(村山社長)のだそうだ。

不良品を出さない姿勢が信頼されて

工作機械を操作しているのはほとんどが女性。

 同社ではそれを後押しするために、月に2回、社長が講師になって加工技術を上げるための研修会(午前中は座学、午後はマシンを使っての実習)を開催。直近にあった不良品の発生をテーマにすることもあり、なぜ不良品が発生したのか、どうしたら防げるのかを徹底して調べ、理屈だけでなく実際にマシンを動かして、不良品を生まないための技術の習得を目指しているのだそうだ。
 こうしたことが口コミで伝わり、また求人誌の取材で現場(つまり女性が工作機械を扱っている場面)を紹介したことなどが相俟って、ますますものづくり大好き女子に注目されるようになった次第。また不良品対策の徹底により産業機械のメーカーや部品商社から信頼されるように。当機構の斡旋で取引きが始まった技術商社の水戸工業(株)からも厚い信頼を得、同社経由で三菱重工のタービンの治具を納めるようになったのだ。
 「富山の小さな工場が、日本を代表するものづくり企業に製品を納めさせていただくことは、大変光栄なことです」
 村山社長は恐縮しながら語るが、この話には続きがある。水戸工業が「村山製作所は、短納期・低コスト・品質管理が徹底している」と三菱グループに推薦したことが縁になって、冒頭に紹介した「認定工場」(2014年9月)につながったのだ。
 「これをご縁に、タービンやボイラー本体の部品もつくってほしいと依頼され、先頃、試作品をつくったところです。特殊な合金を、三次元的に加工しますので、当社としても初めての試みでしたが、なんとか課題はクリアできたのではないかと思っています」と村山社長は今後の取引拡大に期待を寄せているようだった。

複合加工機に研磨の性能も

取材の1週間ほど前に導入された最新鋭の複合加工機。通常の業務をこ
なすと同時に、このマシンに研磨の機能をプラスする方策を県立大学と模
索中。

 こうした技術の向上に対する真摯な姿勢は、工作機械メーカーや国も評価するところとなった。例えば複合加工機のトップメーカーであるヤマザキマザックは、スキルアップに熱心な企業を中部地区に10社ほど選び、加工法が確立されていない新素材や難しい形状のものに対しては、機械の販売先と一緒になって技術開発に取り組むようにしているのだが、北陸ブロックでは村山製作所がその1社に入ったのだ。
 また国では、意欲のあるものづくり企業を応援するために「ものづくり中小企業製品開発等補助金事業」を通してマシンの導入などを支援しているが、同社では平成21年度と26年度に採択され、いずれも最新型の複合加工機が導入された。
 最先端のマシンを導入すると、それについて回る仕事も増える。マシンの導入をとおして村山社長は事業の拡大を図ったのはいうまでもないところだが、26年度の採択の際は大きな試みもあった。
 それは、複合加工機(NC旋盤とマシニングセンタの機能を併せ持つ機械)に研磨の機能を持たせることができないかを調べ、その結果をメーカーのヤマザキマザックにフィードバックし、新しい複合加工機を開発する際のデータにしてもらおうという野心的な試み。これをヤマザキマザックに相談すると、同社より富山県立大学の研磨に詳しい岩井准教授を紹介され、共同研究に発展したのだった。
 「加工から研磨までを1台の機械で一貫してできるようになると、よりコストダウンになるし、納期も短くすることができる。その上、品質が従来以上になれば、この機械は鬼に金棒みたいなものです」と村山社長は自信を持って語り、「これができれば、ヤマザキマザックの勉強会に参加している仲間や地元の協力企業にとってもプラスになり、このネットワークを生かして受注拡大に邁進することができる」と続けた。
 最後に今後の抱負について尋ねてみた。さぞかし大きな夢を持っているのではないかと想像したのだが、いわゆる会社の規模を大きくすることには無関心なようだ。
 「従業員は増やしても、20人くらいが限度。それ以上になると、一人ひとりの技術レベルの向上がおろそかになるのではないか」と村山社長は量より質に関心があることをうかがわせた。そして続けて「祖父は事業を大きくする度に工場を建て増ししてきましたが、それももう限界のようなので、工場を新しく建てたいと思っています。社員もその夢を持っているようなので、なんとかして応えたい」
 3代目社長の挑戦はまだまだ続く。

連絡先/ 株式会社村山製作所
〒939-2311 富山市八尾町西神通466
TEL076-455-3200 FAX076-455-3551
URL http://www.mura-ss.co.jp/

作成日  2015/03/05

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