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農商工連携マッチングミーティング&売れる商品づくりセミナー

商品化そしてブランド力アップを目指して

 富山県ならびに当機構では、県内の地域資源を掘り起こし、その商品化やブランド力向上、販路開拓などを支援するために、とやまブランドの推奨や明日のとやまブランド育成支援の事業、また農商工連携や地域資源ファンド事業を展開している。昨年末から年度末にかけて、その一環として「農商工マッチングミーティング2013」と「消費者が飛びつく売れる商品づくりセミナー」を開催。農林漁業者と中小企業者に出会いの場を設け、新商品開発に弾みをつけるとともに、そのブランド化を図るために「化粧筆の復活・ブランド化」で知られる三宅曜子氏を招いてのセミナーを行った。
 このレポートでは、これらのイベントに参加した「薪の音」のオーナー・山本誠一氏の取り組みを紹介するとともに、「売れる商品づくりセミナー」の基調講演にあたる部分、すなわち衰退の一途をたどっていた熊野筆を世界の化粧筆に変身させた三宅氏らのチャレンジの軌跡を紹介しよう。

湯布院の取り組みに刺激を受けて

「地域の活性化を実践してみたかった」と語る薪の音オーナーの
山本誠一氏(上)。客室からは城端の田園風景を望むことができる。

 「薪の音」については、既にご存じの方も多いだろう。城端の集落にたたずむオーベルジュ。3部屋あって、最大10名の宿泊が可能だ。料金は1人1泊2食で、2万数千円~3万数千円。地元の人には理解しがたいかもしれないが、東京や大阪方面からの予約が多く、リピート率が高い。冬の一時期に空室があるもののほとんどが満室で、数カ月先まで順次予約で埋まっていく人気ぶりだ。
 オープンは平成17年6月。その前年、定年まで十数年を残して山本氏は退職(地方公務員だった)。1年あまりの準備を経て「薪の音」を始めたのだが、オーベルジュ開始はあくまでもスタートラインで、最終的には地域の活性化を目指しているのだという。
 「役所に勤めていた時、地域の活性化に長く携わりました。全国の先進例を視察に出かけたことが何度もあり、中でも大分県・湯布院の宿のオーナーたちの取り組みに刺激を受けました。オーナーの皆さんは、湯布院の活性化については役所以上に熱心だったのです」と、山本氏は起業の種が蒔かれた頃を振り返った。
 編集子も大分県には何度も取材に訪れた経験がある。山本氏が語り始めた湯布院の町おこしの話しをうかがいながら、あの名物知事・平松守彦さんの「一村一品運動」を思い出した次第。山本オーナーが湯布院視察で得た話しを続ける。
 「湯布院の宿のオーナーたちは随分昔から、今の言葉でいう、おもてなしをテーマに、その向上を図ってきました。バブルの時も、きらびやかな開発には向かわず、地道に温泉宿としてのブランド化に努めました。その中のあるオーナーが、宿としての人気が高くなった時点で、その宿のブランドの下でロールケーキを商品化したところ、これがたちまち人気になって、湯布院土産の定番品になったのです。そのオーナーに詳しく話しをうかがう機会があったのですが、宿の売り上げより、ケーキの売り上げの方が多いということでした」
 湯布院の旅館「山荘無量塔」(さんそう むらた)のPロールのことだ。こうした視察の中で刺激を受けた山本氏は、行政マンとして旗を振るだけでなく、自分で実際にやってみようと決心。そして冒頭に述べたように定年を前に退職したのだった。
 確かに、宿泊施設の売り上げには限度がある。料金×収容人数×365日。稼働率100%としてこれが上限だ。ところが物販の場合は上限がなく、当たれば生産や流通への波及効果も大きい。特に地場産品を多く活用している場合は、地域経済活性化に果たす役割は大きいというわけだ。

商品アイテムを増やすためにマッチングミーティングに

料理の一例とお土産用のアイスクリーム。

 山本氏は当初からこれを考えていた。すなわち宿のブランド価値を高め、それをベースに商品を開発し、販売していく…と。
 「薪の音」のブランド価値を高めるために山本氏が徹底したのは、「自分が客だったら何をしてもらいたいか」の視点から宿の運営や接客のあり方を徹底すること。ホテル・旅館の常識(それは運営側の常識)にとらわれず、宿泊客にとって居心地のいい宿になることを心がけた。そして料理の質を上げることに努めた。食材には北陸の農水産物をふんだんに使い、しかも素材の味を引き立たせるために、調味料でごまかさないように。そして派手な広告は一切せず、口コミによってじわじわと知られていくことを期待したのだという。
 当初は、稼働率がなかなか上がらず、苦しかったという。しかしオープンしたその年の暮れに、口コミで「薪の音」を知ったテレビ局が人気の旅番組で紹介したことをきっかけに予約が急増。また「サライ」や「家庭画報」などの大人向けのホビー誌・婦人高級誌などからも取材されるように。オーナーにとって何よりうれしかったのは、テレビ局や出版社の取材クルーの中から「薪の音」のファンが現われ、プライベートに泊まりにきてくれるリピート客ができたことだった。
 「薪の音」のPRは自店のホームページと旅の人気サイト「一休.com」に出店しているのみ。口コミよるPRを基本にしているのは今も変わりがない。宿泊客の多くは関東圏、関西圏の方で、その2地域でおよそ8割。リピート率は3割を超えているという。
 「薪の音」の人気が高まり始めたのを見て、宿泊客の間で人気の高かったものを商品化。今のところ、特別栽培米こしひかり、焦し玉葱のオイル仕立て、ラム酒に漬けた干し柿のアイス、贅沢な大人のアイスバラエティセットなどを販売しているが、山本氏にとってはこれはまだ道半ばのことだ。氏は当機構の農商工連携ファンド事業(24年度)の採択を受けて、地元の営農組合との商品開発に弾みをつけるとともに、昨年11月に開催された「農商工連携マッチングミーティング2013」に参加して、アイスクリームやジュースなどに利用できる素材の供給元を探したのだった。
 「おかげでジュースについてはメドが立ち、26年夏の販売開始を目指して準備を進めています。商品アイテムをさらに増やしていく課題はありますが、今後は東京のデパートなどでの販売も計画しているところです」(山本氏)
 11月の「マッチングミーティング」には、農林漁業者32社、中小企業者32社が参加した。山本氏の他にも商品開発の糸口をつかんだ中小企業が数多くあり、2月の「売れる商品づくりセミナー」で、売れる商品にするための戦略を練った次第。県や当機構では、こうした趣旨のイベントは次年度以降も開催する予定で、ホームページなどを通じて逐次告知していく予定だ。

倒産寸前だった化粧筆の会社

なでしこジャパンに贈られた国民栄誉賞副賞の化粧筆を持ちなが
ら、講演する三宅曜子氏。

 さてここからは2月に開催された「売れる商品づくりセミナー」に関してだ。同セミナーの講師は、冒頭にも紹介したとおり三宅曜子氏。セミナーでは、新商品開発にあたってのマーケティングの視点、ブランド化などについて、総論的にレクチャーいただくとともに、参加各社の商品開発担当者がレクチャーをもとに自社商品のマーケティングの視点や販促のプランニングを立てるなど、実践的な演習が実施された。
 以下はそのセミナーの、いわゆる基調講演に当たる部分。瀕死の状態だった化粧筆メーカー復活にあたっての経緯が三宅氏により語られた。

*     *     *     *     *

 今ある商品、これからつくる商品、これらがキチンと売れるようになるためには、お客様の心理が買う気になる必要があります。そこでいかに買う気にさせるかが大事になります。
 販路開拓で重要なのはメインターゲットをどの層に定めるかです。誰にでも売りたいというのは、誰にも売れないということです。例えばある食品を売り出すとして、誰に食べてもらいたいのか、どういうシーンで食べてもらいたいのか、そこまで打ち出すのが非常に重要です。知らないものには手を出さない。これは消費者の原点です。
 私が携わった化粧筆の例を紹介しながら、販促について考えるきっかけにしたいと思います。
 なでしこジャパンの国民栄誉賞の副賞で贈られたため、一気に知られるようになりましたが、あの化粧筆は広島県熊野町でつくられています。熊野町は広島市から車でおよそ45分。山あいの小さな町です。もともと筆の産地で、多くは習字用の毛筆をつくっていました。その中で化粧筆をつくっていたのは1社だけ。現当主の先代がはじめ、65年前から化粧筆をつくっていました。
 ただ毛筆づくりには危機が迫っていました。筆で文字を書く機会はほとんどなくなり、需要が極端に減りました。それとともに毛筆をつくる会社も廃業・倒産を余儀なくされるようになったのです。歴史があるとはいえ、伝統工芸として指定されていなかったため、公的に保護されることもなく熊野の毛筆づくりは瀕死状態でした。
 化粧筆をつくっていた1社も倒産寸前でした。かつてはシャネルに化粧筆を納めていました。1本30円でした。しかし為替相場の乱高下によって輸出ができなくなったのです。そこで日本国内で売れないか…と試みました。しかし日本の化粧品メーカーすべてに断られたのです。その理由は「化粧パレットの中におまけで入っているようなものに、わざわざお金を出して買う人はいない」というものでした。倒産寸前に追い込まれ、私のところに相談にこられました。今から15年前のことです。

日本の化粧品メーカーすべてに断られて…

会場には化粧筆が回覧され、参加者は肌触りなども確かめた。

 当時、熊野町には 100社ほどの筆屋がありました。100社といっても分業でつくっており、ある会社は穂先のみ、他は軸のみ、あるいは管のみと、毛筆づくりで一貫生産しているところはなく、どの会社も従業員2~3人の工房のようなものでした。
 そうした中で化粧筆をつくっていた会社だけは一貫生産していました。会社の名前は竹田ブラシ。当時は化粧筆とはいわずに、化粧ブラシといっていました。その理由は、「伝統的な筆をつくっているのではないから、筆と名乗るな」と地元の筆業界からいわれたそうです。つまり熊野町の異端児だったわけです。それで化粧ブラシ。会社名も竹田ブラシにしたのです。
 化粧筆をつくり始めたのは当主の先代だそうで、歌舞伎役者が使う化粧筆は竹田ブラシがつくっていました。しかしニッチな市場のため、拡販には厳しい側面がありました。化粧筆としてシャネルに納めていた時は、滑らかで最高の肌触りだ、と高い評価を得ていました。しかしOEM生産の契約を結んでいたため、竹田ブラシの名前が表に出ることは一切なく、無名のままでした。
 竹田社長から相談を受けた私は、化粧品メーカーともお付き合いがあったのでさっそく持ち込んでみました。ところが採用にはなりませんでした。理由は、竹田社長が断られたのと同じで「これにお金を出す人はいない」というものでした。
 でも私には確信がありました。私はメークアップアーチストの経験もあるのですが、「プロはこの化粧筆のよさが絶対わかるはずだ」と。そこでメークアップアーチストに提案することにしました。ただ、メークアップアーチストといっても誰でもいいわけではありません。日本のメークアップアーチストでしたら、化粧品メーカーはすべて断っているわけですから採用の余地はありません。そこで熊野の化粧筆のことをまったく知らないメークアップアーチストに提案しようと考えました。
 ただ、人は知らないものには手を出しませんから、手を出してもらうためにはどうしたらいいかを徹底的に考えました。
 私たちがチャレンジしたのはアメリカのハリウッドです。ハリウッドのメークアップアーチストのもとへ化粧筆を持っていきました。実は、ハリウッドで活躍しているトップクラスのメークアップアーチストは、ほとんどが日本人なのです。手先が器用で、特殊メイクも繊細なメイクもきれいにこなす日本人のメークアップアーチストは、ハリウッドでは人気がありました。その彼女らに竹田ブラシの化粧筆のセットを持っていきました。

「あなただけよ作戦」を展開

ハリウッドでPR用に提供された化粧筆のセット。なでしこジャ
パンのメンバーにも同様のものが贈られた。

 そのセットは、なでしこジャパンの彼女たちに贈られたセットとまったく同じものです。軸は赤く、管は黒い。これ日本の漆をイメージしています。
 海外で日本の商品を提案する時、日本を強く意識できるように提案するのか、あるいは相手先の事情に合わせた提案にするのか。実はこれは両方とも必要で、状況に合わせて使い分けないといけません。
 ただ今回の化粧筆のような道具の場合は、誰が見ても日本を意識できるようにしたらいい。私たちはなぜ、漆をイメージする赤と黒にしたのか。この赤は本漆ではなく、漆をイメージできるように塗装しただけです。ではなぜ、漆をイメージできるようにしたのか…。漆のことを英語でJapanといいます。この赤い軸を見ただけで、漆を意識し、そして日本を意識できるようにしたかったのです。そしてこの赤い軸を目立たせるために管を黒にしました。
 ここはマーケティングのポイントになるところです。知らせるためには、まず相手のことを知る必要があります。海外の展示会に参加しても、なかなか売り先が見つからないと嘆く方をよく見かけますが、相手先の事情を知ろうとせずに、自社の製品を知らせることだけに意識がいくから、販売先が見つからないのです。相手先を知る、ということは販売戦略を考える上で非常に重要になります。
 私たちがハリウッドのメークアップアーチストに化粧筆を提案した時、漆のイメージから日本を意識できるようなつくりにしました。しかもメークアップアーチスト1人に、20本1セットのフルセットの化粧筆を渡しました。1本、2本だけでは、「たまたまこの1本がベストなだけで他は違う」と思われてしまうし、1、2本だけでは化粧道具の中に加えてもらえない。そこでフルセットを差し上げた。しかも個人の道具として使っていただくために、筆1本ずつにメークアップアーチストの名前を彫りました。また20本の筆を入れるための、なめし革の入れ物もつくって、そこにも名前を入れました。「あなただけよ作戦」です。「これはあなたのためにつくりました」「あなたのために用意しました」という強力なメッセージになるのです。そこまですると、1回くらいは試してみようか、なるものです。
 使っていただくと、この化粧筆のよさをわかっていただく自信がありましたから、とにかく1回使っていただくにはどうしたらいいかを徹底的に考えたわけです。
 トップクラスのメークアップアーチストは、トップクラスの俳優・女優のメイクを担当しています。そこでこの化粧筆の提供を受けたアーチストが使うと、違いが明確にわかります。あるメークアップアーチストは、筆先の軟らかいのがわかって、肌の弱い女優さんに試したそうです。絶賛してくれたのがカトリーヌ・ド・ヌーブでした。だいぶご高齢の女優さんですが、肌が弱かった彼女がこの化粧筆を気に入って、他の女優さんたちにも積極的にPRしてくれたのです。 
 その結果、「あなたは日本の熊野の化粧筆を使わないの?」と、女優たちがメークアップアーチストにリクエストするようになり、急速に知れわたりました。典型的なトップダウンの広まり方です。

欲を出さなかったのがよかった

セミナーでは随所に参加各社の商品を前提とした一問一答もあり、
実践的な内容となった。

 竹田ブラシの化粧筆は、ハリウッド発で世界に知られ、日本へは逆輸入のような形になって、今度は皆が注目するようになりました。その結果、熊野ではどうなったのか。地元の筆屋さんは皆竹田ブラシを訪ねて、化粧筆のつくり方を教えて欲しいと頭を下げたそうです。かつては村八分になっていた竹田ブラシですが、今、熊野では全社が化粧筆をつくっています。そして竹田社長に、「化粧筆と名乗るな」といっていた筆屋さんが、「化粧筆」を名乗るようになったのです。
 ハリウッドの女優やメークアップアーチストが絶賛するようになると、日本の化粧品メーカーやデパートも扱いたいと手を挙げました。ところが竹田ブラシでは全部手づくりしています。2番手、3番手の化粧筆メーカーは外注を使って大量生産するようになりましたが、竹田ブラシでは手づくりを崩しませんでした。
 竹田社長からは、今後の売り方についても相談を受けました。社長は質の高い化粧筆づくりにこだわりたかった。ただそうすると、手づくりだから生産量に限りがあり、販売店を絞らなければならない。竹田社長には、きちんと化粧筆を販売していただくお店に絞りたいという考えもあって、銀座の和光、新宿の高島屋など数店だけにしました。新宿の高島屋は、竹田ブラシが有名になる前から販売してくれたので、竹田社長との信頼関係がありました。こういう信頼関係を大事にすることが、長く販売していく秘訣だと思います。
 もし竹田社長が欲を出して、大量生産していろんなデパートに卸していたら、今日の竹田ブラシのブランドには、なっていなかったと思います。竹田ブラシは筆先に刃物は一切入れていません。はさみを入れずにここまで整毛するのです。他のメーカーにここまでの技術はありませんので、竹田ブラシの化粧筆のブランド価値はますます上がっていきました。
 日本でのPRの方法も、ハリウッド同様、ベテランの女優さんに試していただくところから始めました。これはブランディングの重要な要素です。誰がPRのキーマンなのかをきちんと探って決める、誰に口コミの先導者になってもらうかを決める。誰にでもではなく、キーマンをつかんでいくことが大事なのです。
 かつては品質がよくて、価格が妥当ならば、モノは売れる時代でした。ところが昨今はモノがあふれ、人口減少でマーケットは縮小に向かっています。こうなると、選ぶ基準が変わってきます。今は、モノと同時にコトが重要になっています。コトは形にはなっていません。それは商品のストーリー、商品の世界観、つくる人の思いなどです。それが一体となってモノがつくられていく中で、例えば富山らしい商品、あるいは○○会社らしい商品ができて、そこを消費者は選ぶようになっているのです。
 ですから今日の商品づくりでは、そのらしさを出すためのストーリーづくり、つくる人の思いをどう表現していくかが重要になってくるのです。

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 以上がこのセミナーの基調講演に当たる部分だ。セミナーではこの後、各社の新商品づくりに則した販売戦略の立て方などを、演習形式で取り組んだのだが、このレポートはここまでとする。

作成日  2014/03/31

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