産学官連携による地域産業イノベーションと活性化 |
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産学官連携がより一層進むようにと開催された、とやま産学官交流会2006。基調講演では、経団連で産学官連携推進の任に当たった山野井昭雄氏をお招きし、成功要因、失敗要因など事例を交えながらお話いただきました。その概要を紹介します。 |
日本経済団体連合会 産学官連携推進部会 前部会長
富山県立大学 アカデミックアドバイザー
味の素株式会社 顧問 山野井 昭雄 |
私は5年間にわたって、日本経団連の産学官連携推進部会を担当させていただきました。その間、大学や官庁との間で産学官連携のあり方を論議し、提言もしました。そして同時に、大学の皆さんと具体的なミッションを進めたケースもあります。その経験を踏まえて、今日はお話します。
私が産学官連携の担当を始めた時に、部会に所属する企業を対象にアンケートを実施しました。大学との共同研究で、失敗要因、成功要因などを調べてみたのです。5年前の調査ですから、その当時の現状ということでご理解ください。
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失敗要因を多いものから紹介すると、その第一は奨学寄付金の形で行われたケースです。このケースでは成果の移転が不明確でした。企業は若い人材を大学に求めているため、教授との関係で強く要求できなかった背景があるのでしょう。ただ最近は、本来の意味での共同研究にシフトしてきましたので、こうした例はほとんどないと思われます。
第二の例は、極めて初期の研究に対して高いロイヤリティーを求め、なおかつフレキシビリティーに欠けることでした。つまり特許の問題です。当時大学は、特許の扱いについては慣れていませんでした。先生方は論文に価値を置きますが、企業にとっては特許が生命。これは国内の大学のことで、海外ではこんなことはありません。このようなことを長く続けると、企業は皆、海外の大学との共同研究を選んでしまう危険性があります。
アイデア止まりの問題が三番目に多くありました。要素技術にこだわって、企業の要望をあまり聞き入れないのです。しかしイノベーションは1つの技術だけではできません。画期的な発明・発見が組み合わさって、新しい技術ができる。例えばジェットエンジンが開発された時、それですぐに飛行機が飛んだのか。そうではありません。航空科学、機械工学、電子・電気、材料科学など、いろんな要素技術が集まって初めて、安全に飛行機が飛ぶようになりました。エンジンはリード役になったことは間違いありませんが、エンジンだけで飛行機は飛ばないのです。
また、研究の方向性が違うと指摘した企業もありました。大学は最高レベルの成果を目指して実験を進めて、他のファクターを無視する。一方、企業は実用化を考える。そこで大学と企業の間に、ギャップが生まれてくるわけです。
以上、代表的な失敗要因を申し上げました。その結果、共同研究がうまく進まなかったのですが、ここで申し上げた要因のほとんどは、国内の大学のことです。
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海外の大学は学部の枠を超え、大学の人材をフルに活用 |
では次に、成功要因について。第一に挙げられたのは、大学と企業の間で、明確な目標設定ができ、互いにそれを共有できたこと。二番目は大学側の熱心な売り込みと柔軟性、そして連携をビジネスとしてとらえ、顧客ニーズすなわち企業に合った提案を行った、ということです。
また、成果や課題についての計画が明示され、成果報告書が充実していた。契約時の成果の取り扱いが明確で、状況に応じて見直しができた。これらの評価は、海外の大学のことです。
幅広い協力体制についても、海外の大学は高い評価を得ていました。国内の大学との共同研究では、1人の教授の専門分野の中でスタッフが動員されますが、海外の大学では学部の枠を超えて、大学の人材をフルに活用します。あるエレクトロニクスの代表的な企業が、英国の大学教授に共同研究の相談に行ったら、“よしわかった。ただし私はこの分野では専門家だが、これを事業化するには専門の違った3人の協力が必要だ。その専門家はこの大学にいて、彼らの説得は私がする。彼らが協力してくれたら私は責任を持ってやる。またそれには費用がかかるが、企業としてそれでいいか”と答えたそうです。それぞれの教授は学部学科は違うのですが、要素技術の研究とイノベーションの違いを明確に意識していることがわかります。
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専門性を深めるだけでなく、ディシプリンの融合も課題に |
海外の大学と日本の大学では、こういう違いがあると申し上げました。その後、日本では国立大学は法人化され、また産学官連携もさかんに喧伝されるようになりました。5、6年前とだいぶ状況は違ってきていると思います。
ただ、先日、国内のある有名な大学の教授にうかがったところでは、企業との共同研究が年率で20~30%増え、年間で数十億円になったものの、その九十数%は、国内の企業からの依頼でした。実は、日本の企業は、共同研究に関しては海外の大学により多くのお金を出している。国内の大学への2倍以上というデータもあります。産学連携の共同研究では、日本の大学は国際競争力において劣っているのが実情のようです。
では海外の大学は、産学連携を進めるに当たって、どのような点で優れているのか。企業の声をまとめると次のようになります。まずは、実用になる可能性を秘めた基礎研究を行う姿勢が見られる。シングル・ディシプリン(discipline=学問領域、専門分野)を深める研究だけではなく、複数のディシプリンを融合させてイノベーションとして産業に結びつける、社会のニーズに結びつける、というもう1つの軸足を持っている、というのです。応用研究や開発研究ではありません。複数のディシプリンの融合をベースとした基礎研究です。それはイノベーションに繋がりやすい。だから海外の大学に共同研究の話が行ってしまうのです。
二つめは、海外の大学は企業ニーズを積極的に吸収し、学問・研究分野の活性化を図り、さらに産学連携を呼び込む好循環を持っている。そして第三は、海外の大学教授は企業での研究活動を経験している場合が多く、企業のニーズに対しての理解度が高い。これは人材交流の問題でもあります。先ほど申し上げたように、海外の大学では、新規分野は従来のディシプリンではなく、新しい融合から生まれることを知っているため、学部学科を超えて必要な人材を集めるのです。
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基調講演当日、山野井氏が使われたパワーポイントの図に、パスツールの4象限(ボーア型、パスツール型、エジソン型)を加筆してあります。 |
図をご覧ください。これは研究開発、産業化、社会ニーズと人材育成の関係を私なりにまとめたものです。これにストークスという学者が提言した、パスツールの4象限を重ねました。この4象限は、研究の手法、方向性を大別して3つに分け、それぞれに代表的な人物名の名称をつけています。ボーア型は原子構造を発見したボーアにちなみ、真理究明に向けてひたすら研究します。エジソン型は、実用化の研究に突き進む。そして真ん中のパスツール型は、新しい概念の提唱とともに新技術を確立するものです。
大学ではボーア型の研究が盛んに行われてきました。専門分野が細分化し、先鋭化したので、縦方向に専門知識が深くなっていきます。そこでは新しい法則を発見する、新しい理論を構築することが成果となるわけです。あまりの細分化は行き過ぎではないか、という指摘が産業界にありました。私も産業界の1人ですが、ここでの基礎研究は大変重要だと思います。大学の第一のミッションは真理の探究。大げさな言い方ですが、真理の探究を通して人類の知識を増やすことが、最大のミッションではないでしょうか。
今日のテーマとの関連で大切なのは、真ん中のパスツール型です。ここはイノベーションのタネになるところです。一方では真理の探究に軸足を置きつつも、軸足をもう1つ置いて、その融合の中から新しいことを生み出す。従来の日本の大学は、前者だけに軸足を置いてきましたが、海外の大学は両方に軸足を置き、それでもノーベル賞を目指してきたのです。ここで大切なのは、基礎段階当初は大学が中心になって進めるものの、少し進んだ段階では企業も入ること。一緒に研究することによって、双方の意識のズレがなくなるのです。
経団連では、パスツール型の研究拠点を大学に置くことを提案しました。21世紀COEがたくさん大学にでき、二百数十になっていますが、ほとんどはボーア型の研究です。産業界の立場では、ボーア型の研究で全体をリードする姿勢に見えます。しかしこれでは、イノベーションは生まれません。そこでパスツール型の研究拠点を大学につくって欲しいのです。なぜ大学の中かというと、人材育成にかかわるからです。
3年ほど前、日本の代表的な食品関係の企業32社が共同して、東京大学の中にニュートリゲノミクス(Nutrigenomics)の冠講座をつくりました。これは栄養学と遺伝学を合わせた造語で、ある食品(栄養成分)を摂った時、遺伝子の働きにどう変化が現れ、病気の進行に向かうのか、回復に向かうのか、それを明らかにしようという新しい分野。医療の世界では、テーラーメイドの医療といわれていますが、これはテーラーメイドの食生活につながっていく可能性が大いにある。その講座に、企業から若者がどんどん送り込まれ、教授と一緒に研究しているのです。
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得意なディシプリンの融合の中からイノベーションが生まれる |
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