第32回 株式会社フロンティア |
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「自分で考えて、自分でつくって、自分で売りたい」
その夢をかなえたのは、公的支援の輪だった |
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「平成24年度には、中小企業販路開拓ステップアップ事業に採択されて、大都市周辺の企業への販促も展開できた」と語る柳瀬哲夫社長。 |
「誰かが考えたものを、別の人間がつくり、それを私が売る。そんな仕事はつまらない。自分の頭で考えたものを、自分でつくって、自分で売りたい…」
産業機械の商社に勤め、営業マンとして飛び回っていた柳瀬哲夫さんは、かねてから独立志向が高かった。
創業は昭和61(1986)年。45歳の時だった。
工作機械を買っても操作の方法がわからず、知人の工場を見学することもしばしば。工具の回転数やスピード、当てる角度などは、こうして学んだといっていいほどだ。
当初は、機械部品の加工などで売り上げを立てた。そのうち機械の操作にも慣れ、孫請けの形で某自動車メーカー専用の加工機をつくるように。その際、生産ラインでの打ち合わせをとおして、メーカーの徹底した省力化や部品点数を少なくすることへの意識の高さに感化され、機械設計の基本的な考え方をたたき込まれたのである。 |
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