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富山県工業技術センター 生活工学研究所  

第24回富山県工業技術センター 生活工学研究所
生活用品等の開発を支援するユニークな公設研究所
安心・安全・心地よい・使いやすいがテーマ

 前回に引き続いて、県工業技術センター。同センターには高岡市の中央研究所の他に南砺市の生活工学研究所、富山市の機械電子研究所があるが、今回は、前身が繊維研究所で、平成9年にリニューアルした生活工学研究所を訪ねた。
 同研究所のテーマを一言で表わすならば、「衣住遊」。「遊」というと娯楽の開発支援かと思いきや、スポーツ用具の開発支援。ゲートボールやパークゴルフが盛んになった時、木製のステックが金属製に徐々に代わっていく中で、ボールを打つ時の金属音(キーンという音)が不快という声が消費者から起こり、金属ステックでも木製のような「カーン」という快音が出るように開発支援をしたのが同研究所であった。
 繊維、住空間・ライフサポート、スポーツ関連の製品開発を支援する研究所は全国的にも珍しく、分野ごとに最近の開発支援事例をうかがった。

職人技をITで再現。大リーガーのバットもここで生産

 まずはスポーツ用具の開発。前述のようなゲートボールステックの他にゴルフクラブ、運動機能を補助するサポーターなど、スポーツ用具メーカーとさまざまな用具を開発しているが、なんといっても本県は木製バットの生産地。全国シェアの40~50%を生産し、プロの選手も愛用している。
 プロ用バットとなると、その長さ・太さ・重さなどは選手ごとに違い、若干の違いがバッティングフォームや打率に影響する。そのため選手と職人さんが一体となって1本のモデルをつくり、それと同じものが年間で100本前後つくられ、試合で使用される。セパ両リーグの選手はもちろんのこと、メジャーリーグで活躍している日本人選手も、シーズンオフになると職人さんを訪ねることが多く、10月下旬にもある大リーガーが福光に数日間滞在したのであった。
溝口正人さん
 「職人さんが最後に、ある選手のモデルに合わせて、カンナをかけてしゅーっと削る。プロの選手の場合、重さが数グラム違うと打撃の感覚が狂ってしまうそうですから、この最後の調整が重要なポイント。従来は職人さんのカンで、最後の仕上げが行われてきました。ところがこの業界もご多分に漏れず、後継者不足で職人技を受け継ぐ人がいません。そこでITの技術を取り入れ、特定の選手用のバットを、機械で正確に何本もつくれるようにしました。高額の機械を使えば簡単にできますが、費用は1/10程度を目安にして…」(副主幹研究員・溝口正人さん)
 プロ選手のバットを削ることができる職人さんは、現在全国に17人、その内の7割方が福光周辺の職人さんだ。そしてほとんどが60歳以上で、中には傘寿(80歳)手前の方もいるという。またスポーツ用品店でメジャーなブランド名で販売されているバットも、実は中小のバットメーカーが製造しているケースがほとんどのため、溝口さんの言葉のように大がかりな設備投資の余裕がないのが実情だ。
 溝口さんらのチームはまず、バットの長さ、太さ、重さを計測する装置を開発。そのデータをNC木工旋盤用に変換するシステムもつくり、それを旋盤に送るようにした。旋盤そのものは市販されているものを使い、計測装置と変換システムを独自に開発したのであるが、市販されている精密測定装置を導入した場合は1,000万円は軽く超えるところを、100万円程度の投資ですむようにしたのであった。
 計測データさえあれば、同じバットを何本もつくることが可能になり、重さの誤差もほんの数グラム。加工時間も手作業と比べて1/3に短縮できた。今では日米のプロ選手の幾人もがこの木工旋盤でつくられたバットを持って打席に立つようになった。
 ちなみにバットに関して付言すると、金属バットの規格を日米で統一しようという話がある、とか。日本の金属バットは反発係数が高く(つまり打球が速い、よく飛ぶ)、国際試合では供給された同一の金属バットを使っているにもかかわらず、“飛ぶバット”を使っていると誤解されることが多いそうだ。規格の統一の背景には以上の理由があるが、特定のメーカーに検査を依頼することは公平さに欠けるため、同センターでの検査が選択肢のひとつとして挙げられているそうだ。

 
溝口さんらが開発したバット計測装置。市販の精密測定装置は1,000万円程度するが、この装置は1/10程度に抑えられた。   計測データをNC木工旋盤に入力して、すでに幾人ものプロ選手がこのマシンでバットをつくっている。


人感センサのデータで体調不良を予見できれば…

立山科学グループと共同開発した「高齢者生活状況確認システム」。
高齢者生活状況確認システムを使って集積したある高齢者の生活状況のデータ。現在実験には14名の方々が協力されているそうだ。
 さて次は住空間・ライフサポートの研究開発支援。この研究室訪問の第17回(05年7月)で立山科学グループの先進技術開発センターを紹介し、高齢者の生活状況確認システムを取り上げたのをご記憶だろうか。生活工学研究所もその開発に関与していたが、取材は開発が終わって間もない頃のこと。今では全国に15,000台あまりが普及し、毎月のように設置数が増えているという。
 ざっと復習しておくと、この高齢者生活状況確認システム(高齢者見守りシステム)は、赤外線センサを一人暮らしの高齢者宅の普段よく使う部屋に取り付けて、電話回線等を利用してサービスセンターが安否確認をするもの。センサにより生活反応を把握し、異常をサービスセンターに自動で通報するほか、押しボタンによる緊急連絡もできるようになっている。
 赤外線センサは、いわゆる人感センサである。これを設置すると高齢者が家のどこにいるかを把握できるが、その情報を解析して、サービスセンターに異常の連絡がある前に、異常の予見ができないかという研究が、開発終了直後から始まっていた。
 例えば、左のグラフ。これはモニタリングに協力していただいているある高齢者の1カ月分のデータ(縦軸は日、横軸は時間を表わす)で、青は寝室、緑はキッチン、赤は居間に高齢者がいることを示す。この高齢者の平均的な生活パターンは、朝8時前後に起床し、お昼ころまではキッチンで過ごす。午後は居間に移動し、夕方5時頃には再びキッチンへ(夕食)。そして休むのは大体7時前後。グラフでは上の1/3(上旬)と下の1/3程度(下旬)がその生活リズムを示し、その間(中旬)には居間での生活反応(赤での表示)が見られない。後からヒアリングしたところでは「月半ばに風邪でしばらく寝込んでいた」というが、データはそれを如実に示していた。
塚本吉俊さん

 「一般的に、高齢者には一定の生活パターンがあるようです。例で示した高齢者の場合は大変わかりやすく、体調が悪かった中旬は、いつもの生活パターンと違っています。またセンサの取り付け場所を工夫すれば、トイレに行く回数なども指標としてとらえることができるようになります。従来と違った生活パターンが見られる時は、体調が変化する兆しですが、こういう時にサービスセンターが本人に確認の連絡を入れる。あるいは家族や提携している介護センターがある場合はそこに連絡を入れ、高齢者宅を訪問して大事に至る前に異常を発見しようというのがこの研究の狙いです」
 主任研究員の塚本吉俊さんは「今はまだデータ解析と評価方法を研究中」と付け加えるが、この研究には立山科学グループの他に東京大学も加わり、安心して暮らせるセンシング技術の確立が05年からの5年計画で進められている。


厚手の丈夫な生地で、涼しい作業服を開発中

パルラインでつくられたタオル。吸水性は抜群によい。
 最後に紹介するのが、高岡市の繊維メーカーが開発した生地「パルライン」の用途開発である。パルラインはポリエステル100%にもかかわらず、繊維が極めて細いため吸水性がよく、しかも乾きやすい。また丈夫という性質を持っている。開発当初は、タオルやバスローブ、おむつ向けに用途開発が進められた。
 布おむつの場合、“吸水量100ml、重量220g、工業洗濯35回でボロボロ”が平均的であるが、パルラインを使ったおむつは“吸水量540ml、重量170g、工業洗濯200回まで可能”という特性を示し、病院や介護施設にリネン用品をレンタルしている企業が相次いで採用したという経緯もある。
野尻智弘(左)さんと和田猛さん
 このような生地を、同センターの野尻智弘(副主幹研究員)さん、和田猛(副主幹研究員)さんらは、作業着あるいはアウターに使えないかと模索中だ。
 生地を手にしてみると、やや重く感じる。超極細の繊維を多層に織り込んでいるためであるが、素人目には、冬はともかくその他のシーズンには不向きではないかと思えてきた。
 編集子の胸の内を察したのだろうか。野尻さんが「何の工夫もなくこの生地を使って作業着をつくったら、生地の目が極めて細かいため、冬以外は暑いでしょう。私たちはこの生地の特性を生かして、その反対のこと、すなわち換気がよく、衣服内の環境(温度・湿度など)がいい作業服を考えているのです」と話し、オープンにできる範囲で実験の様子を紹介してくれた。
パルラインでつくられた第一段階の実験着。ワンピースタイプで、袖口も広くとった形状で実験が行われた。
 まずは写真で示すような、内部にセンサをつけた実験着をつくり、作業時の衣服内の温度・湿度がどう変化するかを調査。併せて、動きによって衣服内の空気がどう流れるかも調べてみると、一見、作業着には不向きな生地ながら、今後の開発のヒントが見えてきた。
 「生地がしっかりしているため、体を動かすたびに生地が折れたり、ねじれたり、そして戻ったりします。折れる・ねじれる時は、衣服内から空気を吐き出し、戻る時は外の空気を衣服内に吸い込む。昔あった鞴(ふいご)の原理みたいなもので、しっかりした生地だから衣服内に空気の流れが起こるのです」
 和田さんは初年度の実験をこう振り返るが、生地の難点を逆に生かしたことで、「可能性が見えてきた」と強調した。
 ただ、実際に作業着として使うとなると、実験着のスタイルでは動きにくい。また日本での着用を前提とすると、上下セパレート(上着とズボン)で、もう少し体にフィットする形にせざるを得ない。こうなるとワンピーススタイルの実験着とは衣服内の空気の流れも変わってしまうため、さまざまな工夫が必要となるだろう。
 実験は今3年目に入った。最近の研究についてはまだ明かすことはできないそうだが、編集子の想像では衣服内の空気層とその流動性の確保、スリットの構造と入れ方、縫製の仕方などが、基本デザインとともに検討されているのではないだろうか。



 生活工学研究所には、人工気象室、スポーツ科学試験室、無響残響試験室、住環境試験室などがあり、全国の公設試でも珍しい産業支援機関だ。県内企業はもちろんのこと、県外の企業・団体からの相談も多く、安心・安全・心地よい・使いやすい生活用品の開発やその支援を行っている。
 

[富山県工業技術センター 生活工学研究所] 
○沿革(主なもの)
 1917年 富山県染織講習所設立。
 1929年 富山県染織試験場設立(染織講習所併設)。
 1960年 染織試験場を繊維工業試験場に改称。
 1986年 富山県工業試験場と統合し、富山県工業技術センター繊維研究所と改称。
 1997年 繊維研究所を現在地に移し、生活工学研究所に改称。
○生活工学研究所の所在地 〒939-1503 南砺市岩武新35-1 TEL(0763)22-2141
○問合せ先
  富山県工業技術センター 企画情報課
  〒933-0981 高岡市二上町150 TEL(0766)21-2121
   URL http://www.itc.pref.toyama.jp/    E-mail kikaku2@itc.pref.toyama.jp

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