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[第31回]有限会社ラ・ピニヨン  

[第31回]有限会社ラ・ピニヨン
 商店街でスタートした小さなお店が
 県内全域にファンをもつまでに

スフレ生地に、たっぷりのフルーツとクリームの「ラ・ピニヨンロール」。同店の定番のケーキですが、人気者。
 さて今回紹介するお店で売っているものは、洋菓子・ケーキ。最近の言葉でいうとスィーツ。このTONIO Newsの読者の大半は男性と推測しており、「甘いものはちょっと。何しろ僕は糖尿病で…」という御仁も多いだろうが、自分は食べなくても贈り物としては県内で最も喜ばれる洋菓子店のひとつですから、どうぞおつき合いを。そして今度のホワイトデーや結婚記念日、誕生日などでは奥様(彼女)にどうぞプレゼントしてください。
 ラ・ピニヨンの人気のほどは、クリスマスケーキの販売量でもうかがえる。昨年(09年)のクリスマスに販売したケーキは、約1,800個。企業やスーパーに依頼して、注文を取りまとめしてもらったものは1個も含まれない。すべて店頭や電話で、個人のお客さんが申し込んだもの。富山市内などの呉東や金沢、白川あたりから注文してきたお客さんもいるほどだ。
 年商は約2億円、日商は平均で64万円前後。客単価2,000円と仮定すると、1日平均300人を超えるお客さんが来店されている計算になる(ちなみに350円のショートケーキに換算すると、1,828個分)。商店街の洋菓子店、ケーキ屋からスタートしたお店がここまでなると、同じ商店街で予想した人は、果たしていただろうか。

失われた10年の影でお客さんの掘り起し

10年の修業を経て、お店を持った松木愼治さん。社長は兄弟に任せ、菓子職人として一線で腕をふるう。
  「いつか自分の店が持てたらいいな…」
 旅の人(県外就職)から故郷の小矢部に帰った松木愼治さんは菓子職人として働き始めた。そして「いずれは自分の店を持ちたい」と思っていた。ただそれは強い願望というより、夢のようなもの。県内の洋菓子店数店で修業しながら、夢を抱き続けた。そのうち、松木さんの弟2人もその夢をともに持つようになったのである。
 転機は、1991(平成3)年に訪れた。時あたかもバブルが崩壊し、後にいう「失われた10年」のとば口に立った年。諒闇(りょうあん:天皇が父母の喪に服する期間)も過ぎ、少しは景気も回復するかと思いきや、なかなか上向かない。ビジネス誌や論壇誌では「諒闇不況」という言葉さえ出始めた時であった。
 「実は親父が、私が修業していた店の親方を訪ねて、『店を持たせたいと思うが、菓子職人としての腕はどうか』と相談していたのです。その時、親方は『大丈夫だ』と答えてくださった。それが契機となって…」(松木さん)
 最初は小さな店だった。砺波市立総合病院の近くの、ビルの1階。売場6坪、厨房6坪の店で、兄弟3人で始めた。「あまり宣伝しなかった」と松木さんは振り返るが、お客さんはすぐにつく。そのうち、夕方だけ販売のアルバイトを雇うようになった。商店街の洋菓子店・ケーキ屋としては上々の滑り出し。そして2年もしないうちに続きの部屋も借りて、お店は30坪弱に。従業員も3人雇用するまでになった。
 「とにかく菓子やケーキをつくるので精一杯。毎日それに追われていたようでした」と松木さんは創業当初を振り返る。世間では「失われた10年」が進行中であったが、同店では「お客さんを掘り起した10年」が始まったのである。


「お客さんを見ながらつくりたい」

店内の様子。ショーケースの後ろはガラス張りになっていて厨房が見える。下の写真は、厨房から売り場を見たもの。撮影時にはバースデーケーキがつくられていたが、ガラスの向こうにはお客さんが微笑んで見ていた。
 そして平成14年には、現在地にお店を建てて移転。幹線道路沿いではないものの、駐車場の車が次々に入れ替わる人気のお店に。客足の様子もうかがいながら取材はカフェで行ったが、少ない時でも4~5組のお客さんがショーケースをのぞき込み、それが途切れることがなかった。
 特定の素材にこだわって、それを売りものにしているわけではない。ベースとなる卵は、地元の養鶏業者がコメをエサにして生産している卵(コメがエサの卵にはクセがない)。スーパー等で販売されている卵より値段は高いが、それを客寄せの文句にはしていない。砂糖も普通に市販されているものと同じだ。
 気づかっていることといえば、「地元の、旬のいい素材を使って、新鮮なうちに食べていただく」という、今の時代では至極もっともなこと。また添加物を使わず、「焼き菓子にも鮮度がある」という考えを持っているが、それもチラシやホームページで小さく紹介している程度で、ことさら強調しているわけでもない。
 「菓子づくり、ケーキづくりで一番こだわってきた点は?」と松木さんに尋ねると、「お客さんの様子を見ながらつくることです」と返ってきた。それは、時々刻々の商品の売れ行きを見ながら、ショーケースに残り少なくなってきたケーキをつくることを意味する。午前中に本日販売分をつくり置きして「売り切れご免」にするのではなく、販売状況によって追加していくという。そのため営業時間中は菓子職人がいつもいることになり、つくり置きに比べて、売価も原価も高くなってしまう。
 それでも松木さんは、お客さんの様子を見ながらの菓子・ケーキづくりにこだわってきた。それを別な観点でいうと、ラ・ピニヨンでは、菓子・ケーキを他のお店に委託して売ることは、あり得ないというわけだ(砺波市内の3店で、ラ・ピニヨンの一部の菓子・ケーキを販売しているが、これは相手先からの強い要望で例外的に行っている)。
 今まで、県内の大手ショッピングセンターから、「テナントとして入らないか」と誘いを受けたことは何度もある。しかし「お客さんを見ながらつくる」松木さんは、その都度断ってきたのであった。  


贈られた側が喜ぶことを目指して…

 確かに同店では、売り場の後ろにある厨房は、ガラス1枚はさんで中がよく見える。厨房からも売り場やお客さんの顔が見えるわけだ。無理をお願いして、厨房の中に少しだけ入れていただいた。ショーケースをのぞき込むお客さんの様子はハッピーそのもの。借金や失業・失恋で悩む顔と違って、ケーキの品定めに悩む顔は楽しそうだ。
 「お客さんのそういう表情を観察しながらケーキをつくることって、僕は非常に大事だと思う。お客さんの喜びが、菓子づくりのエネルギーになる。またお客さんから見られることは、僕ら菓子職人の刺激になる」と松木さんは強調。そして「仮にショーケースになくても、材料さえ品切れになっていなければ、例えばケーキは10分も待ってもらえればできる」と続けた。これは常時10人の菓子職人がいるからできることで、同店の何よりの強みといっていい。
 こうした細かい対応が効を奏して、1日300人前後のお客さんが店頭に足を運ぶことになったのであろう。松木さんの狙いは、お店(支店)や販売店を増やすことにあるのではなく、自店に多くのお客さんに足を運んでもらうことにある。そのために菓子・ケーキの品質を上げ、「お客さん自身が食べて喜ぶのはもちろんのこと、内祝いやプレゼントなどの贈答用に使っていただいて、贈られた側が何より喜ぶことを目指してきた」という。一種のブランド戦略といえるだろうか。
 


菓子づくりには人づくり

売り場の一角にバレンタイン用のセット商品などを案内。店舗プロデュースの専門家の指導を受け、行事に合わせて売り場スタッフが企画して行うようになった。
 兄弟3人で始めたお店も、今では20人(パート含む)の従業員を抱えるまでになった。この間、「幸運にも、売上げやお金に困ったことはなかった」と松木さんはこの18年間を振り返るが、「数年前から、売上げが足踏み状態になった」という。新聞、テレビには毎日のように、「不景気」「デフレ」の言葉が踊る中、“下がることなく、足踏み状態を保っている”ことは、まだいい方ではないかとも思われる。しかし松木さんは危機感を持ち、当機構の専門家派遣制度を利用して、お店のディスプレイなどの指導を受けることに(20年11月~21年3月)。取材でうかがったのは、その1年後のバレンタインの直前であるが、店内はバレンタインを意識した装飾が施されていた。指導を受けた効果を松木さんが語る。
 「指導を受ける前、お店の中は、年中あまり変わりませんでした。でも指導を受けてからは、クリスマス、バレンタイン、ひな祭り…と行事に合わせて、販売スタッフが自分たちで考えてディスプレイするようになりました。そうすると、キャンペーンをやっている間は売上げが伸び、前年の同じ月に比べても成績がいいのです」
 最後に、お店の将来構想をうかがった。「お客さんを見ながらつくる」という基本的な考えを持っているため、前述のように支店や販売店を増やすことにはあまり興味がないようだ。また松木さん自身、県内の洋菓子店で修業して独立した身。今働いている菓子職人の中から、独立して店を持ちたいという人が現れるかもしれない。そのあたりを踏まえて抱負を語っていただいた。
「ラ・ピニヨン」の外観。国道156線から少し入ったところにある。
 「僕が今、一番したいことは、商品の種類を増やすこと。当店にはチョコレート関係の菓子類がないですし、アイスクリームもありません。ラ・ピニヨンならではのチョコレート菓子、アイスクリームをつくって、もっと多くのお客さんにここに来ていただきたい。そのためには、菓子職人一人ひとりが腕を上げることで、人づくりが一番の課題です。スタッフが独立して自分のお店を出すこともあり得るでしょう。でもそれも、若いスタッフが順番に育ってくれれば、何も問題はありません」
 18年前に起業した松木さんは、むしろ若いスタッフが夢を持って駆け上がることを楽しみにしている様子。小さな夢を育てた松木さんならではの思いだろうか。ちなみに「ラ・ピニヨン」は松の実(種子)をフランス語にしたもの。小さな松の実が種皮の中で育ちおいしい実となり、一方で土にかえって芽を出し、葉を広げ、木となる。砺波で芽を出した松の実は、「La pignon」として大きな樹に育ったようだ。


有限会社ラ・ピニヨン
本社/砺波市豊町1-12-7(TEL0763-33-6750 FAX0763-33-3937)
事業内容/洋菓子の製造販売、カフェ
設立/1991(平成3)年
資本金/300万円
従業員/20人(パート含む)
URL/ http://www.la-pignon.net/
作成日2010.02.18
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