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平成21年度産業支援機関連携促進会議 [講演]  

昨年の金融危機以来、厳しい経営環境が続いています。欧米も中国も日本も、それぞれ緊急経済対策を打ち出して、100年に1度の大津波を乗り越えようとしています。そんな中で「日本の回復は意外に早い。日本の中小企業はココに注目、力を入れるべきだ」と元気な大学の先生がいました。本年度の連携促進会議では、中小企業にエールをおくる橋本久義教授(政策研究大学院大学)を招いて講演いただくとともに、地域の産業支援機関が集まって近時の支援施策や支援成果を報告し、今後のさらなる連携強化を確認しました。その概要をお知らせします。



 ■第一部 講演 サブプライム不況に負けるな。地域中小企業の底力
  政策研究大学院大学 教授 橋本 久義氏

 私は以前、通産省(経産省)に勤めていて、在職時から毎週木曜日には工場に行っていました。22年間で訪ねた工場の数は3,136。中小企業の社長には大変魅力的な方が多く、そのわけを知りたくて工場見学を続けてきました。
 しかし、よく考えてみると、中小企業の社長が魅力的なのは当たり前なのです。大企業の場合は、「ぜひ就職させてください」と職を求める人がたくさんいる。ところが一般的に、中小企業はそうではない。中小企業の従業員は、ある意味、偶然に飛び込んでくる。この偶然に入ってきた従業員に一生懸命に働いてもらわないと、会社は成り立たない。また、その後から偶然に、若い人たちが飛び込んでくる。もともと偶然に入った先輩が、新しく偶然に入った後輩をつかまえて「一緒にがんばって、立派な会社にしていこう」といっている。これは、社長に人徳、魅力がないと、言えるものではありません。中小企業の社長には、魅力がないと従業員が定着しないこともわかってきました。
 工場訪問によって、“創業時にはこんな苦労があった”“ウチはもともとこういう製品が売り上げの中心だったけど、最近はこちらの製品に売り上げの中心が変わってきた”と生きた情報を得ることができるし、そういう情報によって“この会社は、短期間にこんな技術をマスターしたのか”“消費者のニーズは、この分野から、こちらの分野に移り変わったのか”と統計資料ではうかがえない情報も得ることができます。それで、工場見学が止められなくなりました。


今のうちに新しい技術を

 ところで景気は厳しい局面にあり、アメリカも日本も中国も、大きな経済対策を立てています。少し足踏みがうかがえますが、回復は意外に早いのではないでしょうか。ただ長期的には、中国はある意味で巨大なブラックホールで、世界中の製造業を吸い込み、日本も吸い込まれようとしています。しかし日本は、欧米よりは被害が小さい。お風呂の栓を抜いた時のことを思い浮かべてください。栓のすぐ横は流れが緩やかで、遠くの流れが速くなっています。日本はこれで助かっている面があるのです。
 それにしても、世界一の実力を持っている日本の中小企業が、なぜこんなに苦しんでいるのでしょうか。それはマージャンに例えるならば、場替えの時代にあるからです。場替えの時代は、1989年のベルリンの壁の崩壊によってもたらされました。それまで世界には“共産軒”と“自由軒”の、2軒の雀荘がありました。浮気心でたまには別の店に行きますが、原則的には行きつけの店にしか行かない、誠に平和な時代でした。ところがベルリンの壁崩壊とともに、“共産軒”が営業を止めてしまったのです。また同時に、“自由軒”が改装して“グローバル競荘”になり、“共産軒”でゲームをしていた人が流れ込んできました。
 これまで日本は、大きな場替えに何度も耐えてきました。例えばニクソンショックの時代、自由化の時代、円高の時代、エネルギー危機の時代。そのたびに「日本の中小企業は切り抜けることができない」といわれましたが、毎回、生き延びてきました。マージャンも経営も同じです。ツキがある時は、腕はあまり関係がありません。下手でも勝てる。問題は負けが込んだ時です。ツキがなくなってきたその時に、平常心を保ち、人を育て、技術を磨き、新しい分野を開拓し、チャンスだという時に飛び出せるだけの力をつけられるか。これが経営の上手・下手につながります。日本の中小企業は不況になると、節約する、研究開発に取り組む、新分野に挑戦する…。諸外国の中小企業では考えられないような時間の過ごし方をしてきました。
 ものづくりをやっている企業の皆さんには実感できるでしょうが、忙しい時には新しい技術はなかなか導入できません。忙しい時に新しい技術で失敗したら、納期遅れになってしまいます。ところが時間に余裕のある時は、仮に新しい技術で失敗しても、徹夜して従来の技術で追いつくことができるので新しいことに挑戦できるのです。そしてその結果、不況が終わる頃には技術力が上がってしまう。しかも工場全体で取り組んだため、末端の工員までもが技術レベルを上げるのです。


技術がビルドインされているのは、会社か個人か?

 ところが発展途上国は違います。「発展途上国でも、いい製品ができる」とおっしゃる方がたくさんいます。でも、そういう方にいいたいのは「工場がディズニーランドみたいに面白くて楽しくて、今日も行きましょう、明日も行きましょう…、そういう場所でしたら、発展途上国でもいい製品ができる。ところが工場は、決して楽しいところではありませんから、発展途上国がいい製品をつくり続けることは極めて難しい」ということです。
 工場は単純作業の連続です。決して、面白くて愉快な場所ではありません。日本の従業員はそういう現場においても、働く喜び、仲間と工夫する楽しさ、仲間と協力して目標を達成していく楽しみがわかっているのです。また日本では、今高い技術を持っている会社は、5年経ったらもう少し高い技術を持っている、あるいは10年経ったらさらに高い技術を持っている、と思っても間違いはありません。
 しかし発展途上国は、決してそうではありません。今、ある技術を持っていても、5年先は全然わからない。10年先はさらにわかりません。日本では技術は会社にビルドインされていますが、発展途上国では個人にビルドインされている。アメリカやヨーロッパでもこの傾向が見られ、技術を持った個人が辞めると、その途端に会社から技術がなくなってしまいます。その上、発展途上国では、従業員が1カ所で長く働くことが少ない。短ければ3~4カ月、長くても3年。従業員300人の工場で、去年は900人採用したという例はよくあるのです。
 中国の工場は、確かに技術レベルを上げてきました。アジアの他の国と違います。単純なものでしたら、日本と同じ品質のものを3分の1のコストでつくります。少し難しいものでも、日本の3分の1のコストで半分くらいの性能のものをつくります。ところが高度な品質が要求されるものは、つくることができません。つくっても日本よりコストがかかる場合がありますし、従業員の回転が速いため、数カ月後、1年後にはつくることができないこともあります。ここに日本の中小企業が果たす役割があるのです。

  
火事に遭っても、鎮火までに次の一手

 では日本の中小企業はどのようにして生き抜くべきか。キーワードを漢字1文字ずつで表わしてみました。まずは「亜」。アジアに進出しようという意味です。例として、五輪パッキングという会社を取り上げました。創業者の鈴木照男さんは高校を卒業する時、仲間5人で集まって「いつかは俺たちで工場やろう」といって別れ、37歳の時に再会しました。その時「人の世のパッキングたらん」と決意して五輪パッキングを創業したのです。その後、鈴木さんは中国へ工場見学に行くのですが、通訳の世話をしてくれた青年が気に入って「5,000万円預けるから子会社をつくって欲しい」と託しました。“仮に持ち逃げされてもしょうがない”と覚悟していたようですが、その青年は見事に会社を興し、深センに300人、蘇州に500人の工場を構えるまでになりました。投資は最初の5,000万円のみで、現地での収益を再投資する形で資産が30億円ぐらいになったといいます。うまくいき過ぎた話しですが、中小企業には思い切りも時には必要です。
 2番目は「早」という字。「早くやる」ですね。東京墨田区に浜野製作所という会社があります。この会社は2000年に、火災に遭いました。消防車が来た時、浜野さんは不動産屋に駆込んで、大事な工作機械を運び出して操業するための工場やお客さんから預かっている半製品を保管するためのスペースを探して欲しいと依頼して、鎮火して消防車が帰るまでに契約したという経験の持ち主です。浜野さんはいいます。「これからの中小企業の仕事は、値段が安いか、すごく難しいか、あるいは納期の短い仕事しかないだろう。安い仕事では会社は続かない。難しい仕事は儲るものの、今の当社の技術ではできない。納期が短い仕事、これはオレたちにできる」と。どんな特注品も翌日配達というコンセプトで受注を始めたところ、去年の夏まではものすごく忙しかったようです。秋以降は金融危機の影響で発注が減ったようですが、早稲田大学と連携したり、墨田区ものづくり企業大賞、東商勇気ある企業大賞にも選ばれるなど、周りを巻き込んでやっています。


従業員はパートナー

 次は生活の「生」です。生活に密着した分野は、比較的展開が容易です。浜松の大学産業では、従業員に地域貢献手当を出しています。町内会やPTAの会長になると、地域貢献手当が毎月2,000円。2つ兼職すると4,000円です。“大学産業に勤めている人は皆、地域発展のために一生懸命努力してくれる”と評判になれば、若くてイキのいい人たちが入ってきてくれるだろう、という期待のもとで地域貢献手当を出し始めました。
この会社は排水処理装置を製造販売していて、カンボジアでPKOが活動した時、排水処理装置は大変に重宝がられました。最近ではウォーターパッカーという、水道水を1ℓずつパックしていく装置が人気です。なぜなら、災害時には給水車が来て水を配りますが、皆がバケツを持っているとは限りません。しかし1ℓずつパックされていれば、1,000人にも一斉に水を配ることができる。またこのパックは、避難場所として想定される体育館の床下などに保管することもでき、水は3年くらいはもつようです。非常時の給水にこんな便利なものはないというわけで、ヒット商品になりました。また避難に連動して、段ボール製の衝立てを開発。プライバシーが守られないため避難生活の際には、ちょっとしたことでケンカに発展するため、この簡易衝立てでプライバシーを守ろうというのです。
こんどは「労」です。苦労してでも技術革新を続けるということです。これは富山の会社ですが、立山科学工業があります。同社は、もともとは電子部品をつくっていましたが、FA機器の分野に展開して、今や組み立て技術は世界一になりました。
「悟」。これも大事なキーワードです。京セラの稲盛会長は盛和塾をつくられて、中小企業の社長に心ある経営を説いておられます。稲盛さんは「経営者と従業員の間には本質的な違いはない。だから私には従業員を雇うという気持ちがいささかもない。お互いに信頼し合った同志が集まって、企業という集団、いわば運命共同体のために働いている。お互いに信頼し合えるパートナーであり、自分はその信頼し合った仲間のリーダーなのだ」とおっしゃっています。中小企業の経営者には、こういう悟りの境地も必要ではないでしょうか。


先を読んで新築のビルも売却

 次は例外的にアルファベットで「I」です。これはITを活用しなさいという意味です。特にGoogleは、名もない中小企業がビジネスチャンスを増やすためには可能性の大きい検索サイトで、順位を上げる努力をすべきです。Googleはヒット数が多ければ多いほど順位が上がります。
 協力の「協」も大切です。中小企業は規模が小さいから、皆で協力しようという姿勢が必要です。ここでは新興セルビックという会社を紹介します。新興セルビックにはアイデア工房がありまして、いろんな才能のある社長が集まってきて、意見を出し合いながら製品開発をしています。例えば射出成型機。射出成型では、小さな製品をつくるにも大きな機械を使っています。でもそこに集まる社長たちから、機械をもっと小さくできるのではないかという意見が出て、さっそく取りかかりました。そこで社長たちは、プラスチックをねじりながら溶かす従来の方法(混錬スクリュー加圧機構)ではなく、小さい製品は溶かして圧力をかけるだけで大丈夫だろうということで、混錬フラット型スクリューを開発。1m以上あったスクリューが、例えていうならば厚さ3cmの蚊取り線香のようになりました。ここまで小さくなると、射出成型機も高さ30cm、奥行き30cm、幅70cmぐらいにできる。コンパクトですから工作機械のすぐ横に置いて、試作した金具に試しに装着することができて、大変に便利です。機械の値段も安いし、材料費も抑えられる。この射出成型機は日本ものづくり大賞を受賞しましたが、中小企業が協力し合ってつくった機械でした。
 次は「誤」。誤りだとわかったらすぐ正すことが必要です。プラス電機の上滝社長は、温室暖房用ボイラーやアルミ注湯ロボットで飛躍的に売上げを伸ばして、バブルの頃に8階建て総ガラス張りの本社ビルを建てました。その後、バブル崩壊で大騒ぎになりましたが、上滝社長は「この不況は長引く」と判断して、新しい本社ビルを売却して、もとの工場に本社を移してしまいました。見極めがすごく早かったのと、この状況で新築の本社ビルにしがみつくのは間違いだと判断して、すぐに改めたのが良かったように思います。
 読みの深い経営がポイントになるということで「読」も大事なキーワードです。前川製作所という冷凍機の会社があります。冷凍機の分野では世界ナンバーワンで、コンビニにある冷凍機、冷凍倉庫などは、ほとんどが前川製作所の冷凍装置です。高いシェアを持っていますから、経営的にも安定していますが、これからは食品加工の時代だと読んで、チキントータルシステムを開発しました。鶏を機械にかけると自動的にさばいて、“手羽○g○円”“鶏もも肉○g○円”と包装の上にラベルが張られた状態で出てくる機械です。省力化にいいということで食肉加工業者には好評で、今度はこれを豚に応用しようと懸命に開発しているところです。


ビジネスチャンスは増える!!

 次は技を深める、技術を深めるという意味で「深」を挙げます。両方とも富山の企業で、最初は田中精密。同社はホンダに自動車部品を納めていますが、他の企業が追従できない高い技術を持って展開しています。2番目はウォータージェットのスギノマシン。水で鉄なども切る機械をつくっている会社です。そこで最近大変に評判がいいのは、トンネルや地下鉄用の穴を掘っていく全断面掘削機です。地下鉄の場合は、直径50mくらいを一気に掘っていきますが、地下では何が埋まっているかわかりません。従来は、ゴム、金属、コンクリートと掘削する対象によって機械の刃を交換していましたが、ウォータージェットの場合は、ゴムも金属もコンクリートも1台で切ることができ、今や世界的にも他社の追従を許さないというレベルになりました。
 漢字ではないのですが、「$」もキーワードです。やっぱりアメリカを狙いましょうということです。加藤製作所の加藤社長は、もともとは大手ガス湯沸かし器メーカーに真鍮製の部品を納めていました。しかし納品先が1~2社では、“親亀こけたら皆こけた”になってしまうので危険だと、アメリカにも工場を建てて他の企業からの受注を図ったのです。ここも高い技術を持っていて、不景気をものともせずに注文をとるようになりました。
 最後は「夢」です。夢を実現しようという意味です。金森製作所という会社があります。社長室がライブハウスのようになっていて、毎月第3土曜日にはストリートミュージシャンが集まってきて、ライブをやっています。ドラムを叩くのは部品工場の工場長、ファーストギターは自転車屋の親父、セカンドギターは旋盤工、歌っているのは八百屋の女将さん。こうなるわけです。
 子どもの頃の金森社長は、体は小さく、家は貧しくて、皆に虐められていたそうです。その反動で、つっぱっていた時もありました。ところが今は、会社も軌道にのって、地元に恩返ししたいという夢をこのライブで実現しました。またストリートミュージシャンたちの夢も叶えています。地元では結構人気のライブになっていて、毎回60~80人の聴衆が詰めかけているそうです。
 中小企業が生き残るためのキーワードを並べてきました。今、日本の中小企業は苦しい。しかし中国はもっと大変。アメリカはさらに大変な状況にあります。「日本はもうダメだ」という識者もいますが、日本の地位は相対的に上がっています。むしろビジネスチャンスは増えるのではないかと思われます。「今は辛抱の時だ。今のうちに技術を磨いておいたらいい」と再度申し上げて、私の講演を終わります。

作成日2009.08.03

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