第26回 新光硝子工業株式会社 |
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曲げ・合わせガラスに公的支援で刺激を
受注生産100%から一歩を踏み出して |
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世界で初めて、網入りガラスの曲げに成功した三愛ビル(東京・銀座) |
「新光硝子工業」と聞いてすぐに思い出すのは、銀座・三愛ビル(昭和37(1962)年竣工)の壁面を覆った同社の曲げガラス。1枚当たり900mm×3780mmで、弧を描いた多数の曲げガラスが、銀座のシンボルとなる円筒形のビルを飾ったのだ。 消防法の規制により、ビル壁面では網入りガラスの装着が求められ、平らな面では問題なく施工されていた。ところが曲面では…。曲げるために加熱すると、金網とガラスの膨張率が違うためガラスが割れ、網入りガラスを曲げることは「不可能」といわれていた。 その常識を同社が覆したのだ。多数の網入りガラスを設計通りに曲げたため、ガラス業界のみならず建設関係者からも喝采を浴び、会社の名前は全国に広がった。
通常、ビルの建設で名前が出るのは、建設会社あるいは設計事務所だけだ。しかしながらこのビルでは、曲げガラスを多用した初めてのケースであったため、資材を納めた同社の名前が出ることもしばしば。三愛ビルは、いわば新光硝子工業の広告塔の役を果たすことになった。
「おかげさまで設計事務所、建設会社から注目を集め、多くの引き合いをいただくようになりました。生産ラインはフルに稼働し、3交代でつくっても間に合わない時がありました。営業マンの役割に、納期を少しでも遅めに設定させていただく交渉もあったほどです」
今日の建築不況を考えれば、なんとも羨ましい話を、今年に社長に就いた新海伸治氏が振り返る。
その忙しさが止まったのは平成3年のことだ。30年あまり続いた同社の右肩上がりの経営に、バブルの崩壊がひとつの区切りをもたらしたのである。 |
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