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第20回 株式会社上久  

第20回 株式会社上久
 新鮮な魚がうまい「すり身」に変わり
 ビジネスのうまい話も増えてきた!!
  
同社の主力商品もみもみすり身の冷凍ギフトセット。すり身製造の過程で、ほとんどのメーカーは水晒しを行っているが、上久では鮮度のいい魚を使っているため水晒しの必要性がなく、魚の旨味がそのまま詰まっている。
 シイラという魚をご存じだろうか。
 おでこのあたりが、オスは角張って、メスは丸みを帯びて異様に発達し、漢字では「鬼頭魚」とも書く。その語源は、「殻ばかりで実のない籾(もみ)=秕(しいな)」という説もあるほどで、成魚(1m数十cm~2m)では肉もついて鮮魚として販売されるが、体長50cm前後では肉はあまり多くなく、水揚げされてもありがたくない魚。養殖魚のエサにするには骨ばかりの硬い頭を取らなければならず、また元々値段が安いためエサにもなりにくく、漁師泣かせの魚であった。
 小型のシイラは、いわば雑魚扱いされてきたわけだ。それを後に紹介するように、“失敗を縁”においしいすり身に加工したのが、今回取材でうかがった上久(かみきゅう)。このすり身を、今年3月に開催されたフーデックスジャパンで発表したところ、来場者や食品・水産関係の業界紙ばかりでなく、一般紙も注目(朝日新聞など)。安価でおいしいため大手コンビニがその揚げ物を弁当のおかずに採用し、スーパーの総菜コーナーもそれに続いた。

社長就任3年目に大ピンチ

外資系情報通信企業勤務を経て、家業のすり身製造会社を継いだ蛯谷正純社長。最初の10年ほどは、従業員と一緒に魚の解体もした。
 上久の“上り坂・下り坂”を紹介する前に、水産練製品の年間生産量の推移を大まかに俯瞰(ふかん)しよう。
 かつてかまぼこは嗜好品として珍重されてきたが、昭和35(’60)年に、原料のすり身の冷凍化技術が開発されて量産が可能になり、一般家庭の食卓にも上るように。これを機に水産練製品の年間生産量は、“うなぎ上り”に増えたが、昭和50(’75)年の103万tをピークに少しずつ減って、平成15(’03)年には60万tを切り、20(’08)年には50.7万tになってしまった(生産量は農林水産省調べ)。海外への輸出は若干増えつつあるものの、全体としては「減少傾向に歯止めがかかっていない」(全国かまぼこ連合会HP)状況だ。
 そんな厳しい市場環境にあっても、積極的に商品開発に乗り出しているのが上久。地元の新聞を過去20年分ほど検索すると、平成17(’05)年ころより同社の新商品の発表や販売提携などの記事が目立つように。また平成14(’02)年からは全国蒲鉾品評会で表彰される常連企業となり、ここ5年は連続して「水産庁長官賞」の栄誉に輝いている。
 「ところがね、その平成17年ころが会社としては一番しんどかった。冷凍機が故障して、その入れ替えに8カ月ほどかかりました。その間は他社に冷凍をお願いしていましたが、当然、利益率は下がります。また冷凍機の入れ替えを機に、工場をHACCP対応にしようと計画し、それも同時に進めましたので…」
魚の解体の様子。手作業で頭、内臓をていねいに取る。魚は水揚げ後すぐに冷凍されたものを使い、解体作業中も室温は一定にして魚には氷を敷く。従業員が生臭いにおいを感じた時は、鮮度が落ちた魚と判断して、すり身にはしないのが同社の方針。
  苦渋の過去を語る蛯谷正純社長は、父親から社長を引き継いで当時3年目。製造ラインが通常通りに動かないということは、会社にとっては“下り坂”を転がり始めるようなもの。HACCP導入も含めて、急な支出増は経営の負担になったようだ。
 ただ、下ったら後は上ればいいだけ。設備投資によって、新型の冷凍機を入れれば処理能力は増えるだろうし、HACCPを導入すれば、それを取引条件としている大手企業への販路開拓の可能性も開けてくる。考えようによっては、絶好の機会を天から与えられたようなものだ。
 「そんなに余裕をもって取り組んだわけではないのですが…」と蛯谷社長は苦笑するが、とにかくこれを奇禍として積極的に動き始めた。


未利用の地魚に着目

すり身を使った総菜の一例。ハンバーグ、すり身揚げ、ロールキャベツ、ベーコンドレスなど、生臭みがないため応用が多岐にわたる。
 その第一歩が5年連続の「水産庁長官賞」受賞につながる新商品の開発。また県の経営革新計画の承認を受けて、北陸産を中心とする未利用の地魚をすり身にするために、その加工技術を開発しようと積極的に取り組み始めた。
 かまぼこの原料のすり身は、アメリカ、タイ、インド、ベトナム、中国、アルゼンチンなど海外からの輸入ものが多い。ところが輸入ものに依存している現状では、為替や輸出国の漁業事情に左右されるため、価格や輸出量(日本からみると輸入量)が安定しないという問題がある。3年前には、輸入すり身の価格が高騰して、国内のかまぼこメーカーが悲鳴を上げているという新聞記事が何度も紙面に登場したほどだ。
 「豊漁の時、漁業関係者は市場の値崩れを防ぐために、魚の一部を養殖魚のエサにしています。料金はキロ当たりで5~10円。それより安い時もあります。また大きさによっては、利用されない魚もあります。未利用の地魚を資源化することは、すり身の安定供給につながりますし、微力ながら地元の水産業を支援することにもなります。ただ、加工法が開発されていませんので、それを模索しているところです」(蛯谷社長)
 冒頭に紹介したシイラもその一例。同社ではこの他に、メギスやトビウオなどを使ったすり身をシリーズ化(商品名/もみもみすり身)しているが、いずれも鮮度のいい魚を原料としているため生臭みをとるための水晒しを行っておらず、「魚の旨味たっぷりのすり身」と評判は上々。またこれらすり身を使った総菜も、デパ地下やスーパーでは「うまい」とお客様から太鼓判を押されている。


地魚の利用がおでんに発展

今年4月に行われた小田原おでんサミットを知らせるチラシ。14地域のご当地おでんが参加。
 上久のこうした取り組みは、経産省と農水省の農商工連携支援事業計画が目指すものと一致する。同社では、中小企業基盤整備機構北陸支部ならびに当機構と調整して、平成20(’08)年度下期にその申請をしたところ承認され、未利用地魚の加工法の開発や商品化に向けた研究に拍車がかかったわけだ。
 承認された事業計画の中には、「富山おでん」のブランド化と全国へ向けてのPRも含まれるが、これはひょんなことから始まった。
 小田原のかまぼこ製造会社の社長が、ご当地おでんを集めてのサミット(小田原おでんサミット)を企画(平成20(’08)年4月)していて、蛯谷社長も誘われた。上久では一般的なおでんに、同社の「白えび入りつみれ」を入れたところ、2日間で900食を販売。その時は「富山のおでんも結構人気があるんだ」(蛯谷社長)で終わり、そのままにしておいた。
 その翌年の2月、蛯谷社長は当機構主催の「とやまベンチャーマッチングフェア」で、未利用地魚のすり身化のビジネスプランを発表したのだが、その会場に上久のすり身をおでんに使いたいという飲食店オーナーが2人来ていて、富山おでんについて話すと盛り上がり、一気に「富山おでん会」結成にまで構想が発展。2カ月後の小田原おでんサミットに3社共同で出展したところ、2日目の昼過ぎには用意しておいた1700食を完売して、開催地の新聞・テレビはもとより富山のマスコミにも大きく取り上げられた。
「富山おでん」は、富山ならでは食材をおでん種に使って、とろろ昆布をトッピングする。サミットで同社が用意した富山おでんは、白えびのボイル、白えび入りつみれ、地魚のさつま揚げ、そしてススタケを入れたものだった。
  「蛯谷さん、おでん屋さんに商売替えするの?」と方々から問い合わせが入るほど反響は大きく、「富山おでん」として正式に商品化。甘えび入りつみれの他、シイラ、トビウオのすり身をベースにしたイカ天もおでん種として好評で、生協が年数回企画する「ご当地おでんフェア」の際には採用されるようにもなった。


コロンブスの卵かシイラのすり身か

「魚の加工には奥の深いものがある」としみじみと語る蛯谷社長。
 農商工連携の承認を機に扱う魚種が増え、その新たな加工法を開発するために、場合によっては水晒しも行うようになったが、冒頭に紹介したシイラのすり身は、「加工手順の勘違いから生まれた商品」といってもいいだろう。
 シイラの加工法を研究していたある日のことだ。骨・皮をはずして落し身にして、加工の準備を整えていた。通常、魚肉を水に晒す場合、この落し身の段階で行う。ただ上久では、水晒ししない加工法をとっているため、事前の打ち合せでは落し身で水に晒すことを確認していたのだが、実際の加工段階で勘違いして、いつものように落し身をミンチにしてしまった。
 「社長ごめん間違った」「次から気をつけて」…。普通ならば、こんなやりとりの後で改めてシイラの解体を始めるところだ。ところが報告を受けた蛯谷社長は、ひと呼吸おいて「ミンチを水に晒して絞ってみたら」と提案したのである。
 業界の常識では、ミンチにした魚肉を水に晒すことはしない。肉が水を吸い過ぎてしまって絞りにくく、脱水時に圧力をかけ過ぎると機械を壊す恐れがあるため、どのすり身メーカーもミンチの水晒しは試みたことがなかった。
 それを承知の上で蛯谷社長は、「水晒しにして絞ってみたら」と提案。絞ったものをフードプロセッサーにかけてかまぼこをつくると、従来以上にプリプリ、シコシコする食感のかまぼこができ上がった。
 「細かく裁断したものを水に晒したわけですから、魚肉全体に水がわたって臭みの除去や魚肉の白色化が進んだのです。ただこれは後理屈で、その時はこんな結果になるとは思ってもいませんでした」(蛯谷社長)
 まさにコロンブスの卵であった。後に食品加工の専門家が、その加工法が理にかなったものであることを説明したが、同社ではこれを機に晒す水の質、温度、量、そして晒し方についても研究し、シイラのすり身化技術を確立。「食感がいい」とかまぼこメーカーからはさっそくシイラのすり身の注文が舞い込んだ。
 水産練製品の世界では、かに風味かまぼこがヒット商品になって以来、それに続く商品が出ていない。上久の、未利用地魚の用途開発にかける意気込みは、水産関係者の間でも徐々に浸透しており、ヒット商品の期待も日を追うごとに高まってきた。
 「既成概念にとらわれず、魚の新しい加工法を開発していくだけです。その結果、新しい食品も生まれるでしょう。日常の業務を行いながら、地道に取り組んでいきたい」と蛯谷社長は抱負を語るが、ここ5年ほどはヒットを1本ずつ繋いで得点を重ねていく野球のように、それを行ってきた。その結果が新商品となって現れ、マスコミ等でも注目される活動となったのである。
 “チャンスはピンチと一緒に来る”と蛯谷社長がえびす顔になる日も、近いのではないか。

連絡先/ 株式会社上久
〒939-8261 富山県富山市萩原248-1
TEL 076-491-3232 FAX 076-424-5736
URL http://www.kamikyu.co.jp/
 

作成日2010.08.12
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