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富山県環境科学センター水質課  

第22回富山県環境科学センター水質課
富山湾のCOD環境基準達成率が低下
そのメカニズム解明に取り組む

 水質保全の大切さを説く書籍や雑誌の記事などでは、“河川等の水質汚濁の原因の70%近くは生活排水である”と指摘されている。ただ富山県の場合は、下水道普及率が全国平均を上回っており、(社団法人日本下水道協会の平成18年3月の調査では全国69.3%、富山県71.9%)、製造業が集積しているため事業所排水の割合がもう少し高いのではないかと推測されている。
 下水道の普及や環境への意識の高まりから、県内の河川は徐々にきれいになってきた。BOD(生物化学的酸素要求量=有機物を微生物が分解する時に必要な酸素量)にみる環境基準達成率は、昭和55年度からは90%前後で推移し、平成9年度からはほぼ100%。コイやフナも棲まず、かつては「死の川」と称された某河川にはコイの泳ぐ姿が見られ、またサケが遡上するようになった川もある。水質調査では、ほとんどの河川が環境基準をクリアするようになってきた。官民挙げての水質保全対策が効を奏した結果といえるだろう。
 ところが、河川の水は徐々にきれいになっているにもかかわらず、富山湾の水質は、近年、有機汚濁の指標とされるCOD(化学的酸素要求量=有機物を化学的に酸化する時に必要な酸素量)が上昇しているという。今回は、県内の河川や海域の水質調査等を実施し、水質保全の一助を担ってきた富山県環境科学センターの水質課を訪れ、水質保全に向けた同課の取り組み、調査・研究等をうかがった。

従来の水質保全の考え方では説明できない…

採水してきた水の中の有機物の量を測る検査。検査しているのは、今回取材に立会っていただいた藤島裕典さん。
 同センターの水質課では、日量50t以上の排水を出す事業所の立入調査を実施している。排水を分析して排水基準を満たしているかを調べ、不適合な場合は改善のための指導を実施。単に「排水をきれいにして…」というのではなく、基準をクリアするためにはどうしたらいいかを、事業所と一緒になって取り組んできた。
 「事業所からの依頼で、排水処理のそれぞれの段階で採水・分析し、処理システムの機能診断を行ったこともあります。事業所の理解があるからここまでできるのですが、こうした積み重ねで川の水がきれいになってきたのでしょう」と同課の若手研究員、藤島裕典さんが振り返る。
 前述のように、平成9年度からの県内河川のBODの環境基準達成率はほぼ100%。海域でも年度によって若干下がる時があるものの、CODの環境基準達成率は昭和56年度よりほぼ100%をクリアしてきた。ところが平成9年度からは、河川は環境基準を100%達成しているにも関わらず、富山湾のCOD環境基準達成率が低い傾向にある。当年から5年間の達成率を年度毎に列記すると、60%、36%、32%、60%、44%で、14年度には84%、16年度には92%まで回復したが、17年度は76%と以前のような達成率ではなくなってきた。
 「東京湾や瀬戸内海などでも、同じような現象が現れつつあります。富山湾への主な汚濁負荷の供給源である川の水が段々きれいになっているのに、海のCODが高くなってきている。従来の水質保全の考え方では説明できないので、高CODのメカニズムを解明するための研究会が立ち上げられました」(藤島さん)
 その研究会とは、平成10年6月に設立された富山湾水質保全研究会。県内外の海洋・生物・分析・排水処理などの専門家により構成され、4年間にわたって調査研究が実施された。その結果、富山湾の高CODは湾内部で生産された植物プランクトンが主な原因であることが突き止められたが、植物プランクトンの栄養源である窒素やリンの負荷量は河川ではあまり変化していないこともわかった。


分解しにくい有機物に着目

溶存有機物の中でも親水性のもの、疎水性のものがあるため、その量を調べる。この試験管の水は、富山湾と県内河川で採水してきたものを親水性に分画したもので、試験管上部の記号、数値は採水地点を表わす。
疎水性に分画された有機物を溶出する作業。水酸化ナトリウムを入れて陰圧をかけると、下の試験管に溶出した液体が出てくる。
 「湖沼などの閉鎖的な水域では、窒素やリンの排水規制はあります。富山湾は法令で定める閉鎖性水域ではありませんから規制はないのですが、県独自に「水質環境(クリーンウオーター)計画」で目標を設定し、事業所における自主的な窒素、リン削減対策を推進しました。ただ、富山湾の高CODに関しては、植物プランクトンだけでは説明できない部分もあり、新たな調査研究も始めました」
 藤島さんがいう新たな研究とは、植物プランクトン以外に高CODの原因がないかを調べること。例えば、微生物に分解されやすい有機物ばかりでなく、分解されにくいもの(難分解性溶存有機物)も存在しているのではないか、というのである。藤島さんは、定点観測(河川5カ所、海域7カ所)として、季節ごとに年4回採水している水をフィルターにかけ、CODだけでなく、TOC(全有機炭素量)を用いて有機物の量を測定。また、ろ過した海水は20度の気温の中で100日間放置し、その後のTOCも測定している。水中の細菌が有機物を分解していくため、残った有機物は難分解性溶存有機物ということになる。
 「これは、河川は環境基準を達成しているのに、海の達成率が低いことを念頭においての仮説です。難分解性溶存有機物が高CODの一因だとすると、その有機物は環境中では分解されにくく水中に溶けている酸素が消費されません。そこで、環境水中における酸素不足を想定し、化学的分析による酸素消費量の多さを測定してきた今までのCODの考え方に疑問が生じてくるのです」
 藤島さんのこの仮説を平たくいうと、酸素を消費しない難分解性溶存有機物がたくさんあった場合、CODは高くなるものの環境に与える影響を正しく把握できないのではないか、ということ。CODは有機物の量を基準にしているのではなく、酸化に必要な酸素量に焦点を当てているというのである。
 実際、平成17年度の分析では、全溶存有機物のうち、難分解性溶存有機物が占める割合は、5月度調査では平均70%、8月度調査では平均88%。8月度調査では水深による大きな変化はみられなかったものの、5月度調査では表層付近(0.5m層および2m層)では易分解性の有機物が多く、10m層では難分解性の有機物が多く存在していた。こうした点を踏まえると、汚濁の指標であるCODは十分ではないともいえ、専門家の間でも議論があり、国においても検討が開始されている模様。同課では、環境基準には採用されていないが有機物の量を直接的に定量するTOCもCODに併行して測定する試みも開始している。


海上保安庁と共同で富山湾の海潮流を調査

 富山湾のCODが高くなっているといっても、今までの調査研究では沿岸近くの表層水に限られているという。比重の軽い河川水が、陸域から汚濁の原因物質を運んでくることは間違いないようだが、富山湾の地形や海潮流なども関連する可能性があるので、一元的に断定することはできないようだ。例えば、富山湾の海流。湾内には能登半島に沿って対馬暖流水が流れ込んでいるものの、湾の奥部(沿岸部)まで及ぶ時と、奥部まで及ばず新潟沖に向かうなど、季節によって変化があることも同センターと海上保安庁の共同調査の結果明らかになってきた。海流が奥部に及ばない場合は、湾内には反時計回りの流れができ、外海との水の交換が低い状態になっていることが推測される。また表層と深い層で流れの向きが違うこともあるという。
 かつて宮城県の牡蠣養殖業者さんが、「森は海の恋人」と提唱し、海にそそぐ河川の上流に落葉樹を植える運動を行った。魚介が育つために必要な海藻や植物プランクトンの育成には鉄分が不可欠で、自然界では、森の木の葉が落ちて腐敗してできるフルボ酸鉄という鉄分が、雨水や地下水にとけ込み、これが川を通じて海に供給されてきた。この試みは、自然のサイクルを復活して、海の貧栄養化の改善を目指したもので、海が蘇るにつれて全国に波及した。富山湾の場合は、これとは逆に富栄養化の問題であるが、自然が持っている力を生かしての再生を望むところである。


出張授業なども行います

富山県環境科学センター水質課のみなさん。
 富山湾の高CODのメカニズム解明に向けた環境科学センター水質課の取り組みを紹介してきた。同課ではこの他に、県内河川や地下水の水質調査を行い、前述のように排出量50t(日量)以上の事業所排水の検査やゴルフ場の農薬調査等も実施。日量50t未満の排水を出す事業所であっても、排水処理のアドバイスを受けることができる。
 「水の王国とやま」は、こうした地道な調査・研究と水質保全のための取り組みによって成り立っているわけであるが、生活排水も水質悪化の相当な要因となっていることを考慮すれば、日常生活の中でも意識を高めていくことが大切だろう。終わりに、ここまで読んでいただいた方に質問をひとつ。コップ1杯(200ミリリットル)の牛乳を川に流した場合、魚が棲める状態にするにはどれくらいの水で薄めなければいけないか? 答えは約3,000リットル、浴槽10~15杯分である。(ちなみに、米のとぎ汁2リットルの場合は約1,000リットル、マヨネーズ大さじ1杯(15ミリリットル)の場合は約3,600リットル、天ぷら油500ミリリットルの場合は10万リットルの水が必要)
 「水質汚濁の研究というと難しく聞こえますが、小学生にも理解できるように話の内容を組み立てられます。県の『きらめきエンジニア』で、小学校での水質保全の出張授業も行っています」
 藤島さんは取材の最後をこう締めくくったが、富山湾に出て毎月採水する時とは違った楽しみがあるように見受けられた。
 



[富山県環境科学センター] 
○沿革(主なもの)
 1970年 知事直属の機関として公害センター設置
 1972年 現在地に庁舎完成
 1973年 組織改正にともない、総務課、大気課、水質課、特殊公害課(現・生活環境課)の4課体制となる
 1994年 県生活環境部に機構改革され、環境科学センターに名称変更
 2002年 環日本海環境協力センター分室に、環日本海環境ウォッチシステム設置
○所在地 〒939-0363 射水市中太閤山17-1 TEL(0766)56-2835 URL http://eco.pref.toyama.jp/

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