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とやま産学官金交流会2009  

イノベーション志向経営と産学官金連携
産学官連携が叫ばれるようになって久しく、技術や商品の開発にその成果が出ています。しかし競争はますますグローバル化し、世界に向けたイノベーションが求められるようになりました。今回の交流会は、「金」(金融)も加わった「産学官金」の連携によりそれに弾みをつけようと企画され、沖電気工業(株)の取締役会長であり、(社)経済同友会で科学技術・イノベーション立国委員会委員長も務めたご経験のある篠塚勝正氏を講師に招き、基調講演していただきました。その概要を紹介します。  


基調講演
イノベーション志向経営と今後の産学連携のあり方 篠塚 勝正氏
沖電気工業株式会社 取締役会長
社団法人経済同友会 科学技術・イノベーション立国委員会 委員長(2007~08年度)
東京大学大学院 情報学環21世紀COE 特任教授

 産学官の交流会は全国で盛んに行われています。しかし、富山のような金融機関も入った交流会は珍しいようです。そういう貴重な会で講演の機会をいただきましたこと、御礼申し上げます。本日は、「イノベーション志向経営と今後の産学連携のあり方」と題してお話させていただきます。21世紀はどんな時代なのか…、ものづくりはどうなっていくのか…、イノベーションは…、などについて私なりの見方をご紹介しながら、イノベーション志向経営や産学連携についてお話させていただきます。
 まず弊社の紹介をさせていただきます。私ども沖電気工業(OKI)は、1881年にスタートしました。創業者は沖牙太郎。逓信省に勤めていましたが、創業の5年前にアメリカのグラハム・ベルが電話機を発明し、沖は今でいうベンチャー起業家になって、電話機をつくり始めました。草創期には、ご当地出身の、安田善次郎さん、浅野総一郎さんのご支援もいただきました。
 OKIは、情報通信機器とプリンターの分野で強みを発揮して、発展してきました。金融機関のATMなどでは圧倒的なシェアを誇り、最近はコンビニエンスストアにも導入が進んでいます。日本、中国でのシェアはナンバー1。今後はヨーロッパを目指します。OKIはプリンターも得意です。一般的にはA3サイズの長さが限度ですが、弊社のプリンターの中には1mを越える長尺用紙でも印刷が可能な機種もあり、プリンターでは世界ナンバー2のシェアとなっています。


「うまくつくり、うまくつかう」

 21世紀に入って既に約10年が経ちます。情報通信の分野で今後どのようなことが起こるでしょうか。1980年代、坂村健先生(東京大学)を中心とするグループが、ユビキタスコンピューティングを提唱されました。それが今、世界で認知されるようになりました。大事なのはユビキタスコンピューティングを使ってサービスをお届けすることです。ここでいうサービスは情報であり、データであり、今欲しいものをすぐにお手元にお届けする。これが21世紀の情報通信ではないかというのが私の基本的な考え方です。
 これからのものづくりには、「うまくつくり、うまくつかう」姿勢が必要となってきます。物理的なものであれ、情報・サービスであれ、つくる時はできるだけ少ないエネルギーでつくることがポイント。その基本はエコとイノベーションです。これによって安定した21世紀を築く必要があります。つかう側も、より少ないエネルギーの使い方、効率のいい使い方をする。そういうことで、うまくつくり、うまくつかう。その基本はエコとイノベーションをきちんと並存させることです。
 21世紀の世界には、いろいろな課題があります。大きな課題のひとつは、急激な人口増加で、今の68億人が91億人くらいになるのではないかと言われています。日本では少子高齢化、労働人口の減少が取りざたされていますが、世界的には人口が爆発的に増加し、さらには温暖化、環境、水・食料の問題があり、そして切り口は少し違いますが知識・情報も爆発的に増えています。こうした課題に対してきちんとした認識をし、人間中心の解決が必要です。そのためにはエコとイノベーションが両立されなければいけません。
 イノベーションでは高い目標設定をし、それを実現し、社会に還元する。これが大事です。そして22世紀の我々の子孫や後輩に、きれいな地球を渡すのです。これを実現するために、イノベーションを意識したマネージメント・経営がポイントになってくるわけです。
 一言でイノベーションと言いますが、イノベーションとはどんなことなのか。キーワードは時間、距離、場所。その概念を変えてきたのがイノベーションです。通信手段を例に言いますと、昔はのろしを上げていました。そのうち電話機ができて音声が伝わり、今日では画像が、固定端末でも移動端末でも伝達できるようになりました。段階的にではなく、ある時大きくステップアップして変化をもたらしました。イノベーションを起こしてきたからです。その結果、時間と距離と場所の概念が大きく変わりました。


ユビキタスサービスを支えるもの

 情報通信関連で、今までのイノベーションにどのくらい大きな変化があったか。代表的な例を挙げます。固定電話が60%普及するのに110年かかりました。携帯電話ではほぼ10年、インターネットは5年、携帯・PHSを使ったインターネットは3年です。情報通信の手段、方法だけをとりましても、イノベーションそのものが起こっています。イノベーションが社会に与える影響も速くなっているのです。
 ただイノベーションは科学技術だけではありません。社会にどう受け入れられるか、社会にどう効率的・効果的にお役に立てるか。それを含めてのイノベーションです。従来、イノベーションというと大量生産・大量消費の立場に立った議論に重点がおかれました。しかしこれからは常にエコロジーを考え、その上で人々の生活に役に立つ、効率が求められます。それも、利用者一人ひとりのお手元に、各人が望むサービスを提供する。これをユビキタスサービスといいます。モノであれ、情報であれ、サービスであれ、お手元に上手に提供する。提供された人はうまくつかう。これがエコイノベーションの大事なキーワードとなるでしょう。
 では、ユビキタスサービスを支えるためには、ひとつの技術でいいのか、ひとつのサービスでいいのかというと、これからの時代は両者をうまく融合させなければいけません。技術でも、ハードウエアとソフトウエアを組み合わせる。今までは、それぞれがひとつのジャンルをつくっていましたが、最近のパソコンや携帯電話に象徴されますように、ハードウエアとソフトウエアを融合させて、いかにサービスを提供していくかということが大事です。加えてセキュリティをどのように組み合わせるかです。ここをきちんと自覚した上で、日本はイノベーション立国すべきだと思います。そして世界に発信していく必要があるのではないでしょうか。


日本のイノベーションが世界に発信されないのは…

 日本は昭和48(1973)年のオイルショック以降だけでも、幾多の厳しい経験をしてきました。バブル崩壊から始まって、ここ20年くらいは残念ながら低迷状態が続いています。しかし20年先、30年先を考えますと、技術の変化、産業構造・経済構造の変化により、コンピュータがひとつの時代を変えたのと同じようなことが起こるのではないか。その時、日本はどうするのか。戦後の経済発展が、最近不調であるといっても60年を見渡すと、概ねうまくいった感があります。そこに私は慢心があるのではないかと危惧しているところです。
 ここを素直に反省していかないと、世界への貢献に向けて問題があるのではないかと思います。日本はやや内向き、閉鎖的。内輪で出る杭を打つところがあります。また変化への挑戦をしない。意欲が減退気味ではないでしょうか。その結果、09年の日本の競争力は総合的に8位(世界経済フォーラム発表)になりました。1990年代前半は1位、あるいは2位だったのです。日本は財政基盤が極端に悪く、政府債務132位、財政支出120位。今日のテーマである産学連携での研究は21位。生産工程の先進性が1位でした。日本が科学技術立国、イノベーション立国を目指すためには、解決すべき課題がたくさんあるようです。
 過去、日本発のイノベーションがたくさんありました。通信、コンピュータ、パソコン、半導体で一時は世界をリードするほどの勢いを見せましたが、最終的には海外の競合相手に負けてしまいました。理由のひとつは、私は日本の企業の連携の仕方に問題があるのではないかと思います。日本の企業は国内市場しか見ないで、他社との差別化しか図っていない。それも小さな差別化です。ところが海外の企業は、マイクロソフトに象徴されるように、“パソコンのOSは世界中みんなが使えばいい。その上でアプリケーションの領域、あるいはデータベースの領域、ネットワークの領域で差別化するのが大事だ”と、協調の上に立った競争をしているのです。
 日本発のイノベーションがグローバル化しないのには、他にもいろいろ理由があります。政府は実はたくさんお金をかけているのです。1996年から現在までの15年間、科学技術基本計画で66兆円ものお金(当初予算)を投入しています。しかし国内中心の投資で、グローバルな投資を意識していないのです。海外への投資、海外への技術移転をほとんどしないため、日本発のイノベーションが世界に寄与しないのです。


オープン・イノベーションの時代

 21世紀に入って約10年経とうとする今、私は大きなチャンスがあると思います。人口の爆発的な増加をはじめとして、世界には大きな課題があります。ましてや日本にはもっと課題がある。日本はまさに課題先進国。課題先進国である日本が、これはチャンスだと前向きなものの見方・考え方をして、世界にもっと貢献するのだという意識で具体的に行動に結びつけていくと、日本は必ず復活するでしょう。
 日本にはチャンスがあります。ただこれからは、視点を海外にも向けて世界に貢献する、あるいはもう少し国内の企業が横同士で協力すれば、日本はパワーを発揮できるのです。そこで大事なのは産学官の連携で、そして金の協力も得てイノベーションを起こし、発信していくことです。そこではエコとイノベーションを並存させなければいけません。そのためには意識を変え、資質を磨いて実現へのプロセスを明確にすることです。
 しかし残念ながら、日本には危機意識があるようで、ありません。やや平和ボケ的なところがあるようです。過去を断ち切るのは怖い、面倒くさい、だから目標もなければ、行動にも移せない。きちんと現実を把握し、高い目標を持って行動に移すことが大事です。
 日本人の資質は極めて高い。多分、世界で一番でしょう。高い資質を持つ日本だからこそ、世界レベルには達しないものの、国内ではたくさんのイノベーションを起こしているわけです。どうも日本では、自分たちの業界、自分たちのジャンルにこだわる。クローズド(閉鎖的)になりがちです。これでは、生き残っていけません。今の世の中は、オープン・イノベーションの時代。何でも自社でやるのではなく、いいものは他社のものでも利用する、あるいは他社と協調する。こういう資質を身に付けないと、日本は世界の市場で勝てないでしょう。


縦割りにこだわらず横の連携を密に

 エコイノベーションを起こすことで、いろいろな経営がなされるべきです。経営というと企業経営だけのように思われますが、いろいろな組織のマネージメントも含まれます。国内市場が飽和し、企業的には事業環境が大きく変化し、お客様のニーズは国内、海外ともに大きく変わっています。従来のマネージメントの延長を脱しないと、それに応えられない。そこでイノベーション志向の経営が大事になってくるのです。
 イノベーションを起こせないのは競争力がないからです。競争力がないと、最後は市場で生き残れません。勝てません。従って、イノベーション志向経営の基本的な考え方は、真に競争力のある、イノべーティブな成果を出すこと。そしてその結果を、社会にきちんと還元することです。もし外国で、あるいは競争している他社で、破壊的なイノベーションが起こったら競争力のない企業は簡単に潰れます。1985年前後、米国ベンチャー企業が開発したミニコンは花形でした。しかし簡単にパソコンにとって変わられたのです。パソコンに対する意識は全くなかったようです。
 過去の延長でいくら努力しても、新しい破壊的なイノベーションが起こったら、それ以前の仕組みや組織は壊れてしまいます。これを意識した経営が大事なわけです。ですから高い目標を設定し、お客様のニーズを科学技術のシーズをベースとして実現する。これはイノベーションそのものです。そこでポイントになるのは、設定した目標の実現に向けたプロジェクトを、縦割りにこだわるのではなく横の連携を密にする、協調する。大胆に融合・統合も行うべきです。小さい目標をいくつ集めても高い目標にはなりませんし、お客様のニーズを満足させるものにもなりません。


過去の延長にとらわれない

 ニーズとシーズについて申し上げましょう。すべてとは申しませんが、ニーズは順次変わっていきます。また若者のニーズ、高齢者のニーズ、といろいろあります。これらも変わっていく。もちろんシーズも変わっていきます。そこでビジネスのサイクルを回すためには、自前にこだわってはいけません。他社との協調も必要です。結果として社会に還元するためには、この姿勢が欠かせません。合わせて、技術あるいは商品のビジネスサイクルを構成するプロセスには、想定以上の連鎖が起こりますので、それを冷静に見ていかなければなりません。そしてその新しい連鎖に対して、過去にとらわれて「あれはダメ」「これはダメ」と消極的であってもいけません。想定以上の連鎖を冷静に見る、そういう姿勢を育てていくことも必要です。
 こうしたイノベーション志向の経営を進めるためには、トップダウンのオペレーションをすべきです。会場の皆さんもそれぞれのお立場で、企業、学校、行政、金融機関の責任のある立場におられますが、まずはトップダウンで意志を示す。絶え間なくイノベーションを起こすにはこれが必要です。
 ただ、持続的なイノベーションも過去の延長で行っていると、お客様の満足とは関係のないところに伸びてしまう。自戒を込めて言いますが、特に技術者はそうなりがちです。でもそれとは違ったところで、破壊的なイノベーションの芽が育っている。破壊的なイノベーションは過去との連続性の中で生まれるものではありません。これに気づかずにいると、たくさんの例がありますが、企業は潰れてしまうわけです。技術者は意外とブレーキが踏めません。企業の財務体質もコンサバティブ。顧客に対する姿勢、営業体質も過去のお客様を守るために、過去の延長線上で考えてしまう。今のよさを断ち切れないところに、失敗の原因があるのです。


イノベーション志向経営3つのキーワード

 先ほど、イノべーティブな技術・商品を提供することによって、社会に還元する。これがイノベーション志向の経営だとお話しさせていただきました。イノベーション志向経営、イノベーション・オリエンテッド・マネージメント(Innovation Oriented Management)、IOMを実践するためには3つの重要なキーワードがあります。
 まずはイノベーション・コンバージェンス(Innovation Convergence)。グローバルな市場のニーズと科学技術のシーズを合致させ、高い目標を設定して実現する。ニーズとシーズを融合させて新しい技術・商品をつくっていく。しかしそれらの間には大きなギャップがあるわけです。そのギャップをどう上手に見極め、融合させるか。そして、どう高い目標を設定するか。目標設定のためにプロジェクトや技術をどう融合させるか。これがまず最初のキーポイントになってきます。
 次はイノベーション・サイクル(Innovation Cycle)。ビジネスのサイクルには、事業戦略、商品開発、市場育成などがあり、これを上手に連鎖させる必要があります。ただ、お客様は変わる、マーケットは変わる、社会は変化する。ニーズとシーズを的確に把握し、ビジネスサイクルを循環させなければいけません。時には、他社とパートナーシップを組むことも必要でしょう。
 そして3つ目は、イノベーション・チェイン(Innovation Chain)。事業戦略段階、商品開発段階、市場育成段階、あるいは新産業育成段階など、ビジネスのいろんなプロセスで部門を越えて連鎖が起きます。その連鎖の方向性を見極め、また大事に育てていくことがポイントになります。そのためにトップは必ず、進むべき方向を示し、行動を変える仕組みまでつくらなければいけません。「あれ、やっておけ」と言うだけではなかなか進まず、行動を変える仕組みをつくることこそがトップの役目と言えるでしょう。しかしこれは非常に難しい。組織の文化・マインドをつくることになるからです。これは時間がかかるものですが、トップがリーダーシップを発揮するからこそできるものなのです。
 ちょうどいい例として、温暖化対策がありますから、これを例にイノベーション・コンバージェンスを少し詳しく申し上げましょう。温暖化ガスの25%削減が課題になっています。その是非を言いたいのではありません。温暖化対策としては、温暖化ガスの25%削減は非常に高い目標ですが、将来のことを考えると高い目標を目指すべきです。でも目標は高く設定するだけでは不十分で、目標を達成するためには何をしなければいけないかを、段階を踏まえながら考えなければいけません。いわゆるバックキャスティングの考え方で中期目標を設定する、必要な策を講じる、などのアプローチが必要なのです。
 イノベーション・サイクルについても申し上げます。先ほど日本ではイノベーションが起きにくく、小さな差別化ばかりに目を奪われ、大きな失敗をしたケースが何度もあると申し上げました。目線が内向きだからです。こういう指摘は他でもなされていますが、どうしても縦割りでやりたがる。他社あるいは他部門に情報を流すことを必要以上に恐れる。この姿勢を改めないと、変化の激しいこれからの時代は生き残れないでしょう。情報については、守るところとオープンにするところを見極める。他社との付き合い方でも、競争する領域と協調する領域を区別する。基盤技術の開発にはこういう姿勢が求められるのです。
 マイクロソフトは、なぜあそこまで伸びたのでしょうか。マイクロソフトが開発するOSは、最初はほとんどワシントンの官公庁が使います。開発当初、マイクロソフトは新しいOSのαバージョン、βバージョン…と用意して、ユーザーを利用しながら新しいOSの機能や使いやすさを検証しているのです。そこでバージョンアップして完成したOSを世界にリリースしているわけです。自前にこだわらず、お客様も巻き込んで開発している。そこでは非公開の情報、オープンにする情報が見極められているのです。
 またイノベーション・サイクルを円滑に回す上で大事なことは、研究者や専門家と、利用者、産業界とが情報交換や会話をすることです。科学技術コミュニケーションと私は言っていますが、生の情報をどれほど得ているか、どのくらい会話をしたかということが、目標の設定と、ニーズとシーズを合致させる上で重要になってきます。


連携が加速するイノベーションの事業化

 日本のものづくりについて話を進めましょう。製造業には、マーケティング・市場戦略・商品企画の段階、試作の段階、そして量産の段階があります。試作段階はまだいいのですが、量産段階で大きな変化が起こってきています。先ほど日本の企業・組織は縦割りだと申し上げました。縦割りであるがために、生産工程を外部に求めるのが非常にやりにくくなっているのが日本の製造業の実態です。
 そうでないところもあります。弊社も、またご当地の企業も中国あるいは他の国での生産を始めているところがあるでしょう。ところがそのレベルはまだまだ少ない。縦割りが強いが故に、ノウハウを守る等々の理由で選択肢が乏しくなり、そのために世界とのコスト競争力をなくしているのです。今や製造現場は世界的に広がってきました。中国はもちろんのこと、ベトナム、インド等々でも盛んです。今までの延長では、価格競争に勝てるはずがありません。日本は固定費の比率が高いわけですから。
 また、製造設備の老朽化・製造技術の停滞も起きています。設備への投資が進んでいませんから、そうなるのは当然でしょう。合わせて製造業の従業員も減りつつあります。ある意味、日本の製造業の高齢化、これが今日の日本の製造業がかかえる大きな課題なのです。最近の新聞報道によりますと、アジアへの投資が国内投資より増えていました。日本のものづくりの弱体化が始まっているわけです。
 それからイノベーション志向経営を支える産学官連携に関して。革新的な成果を絶えまなく創出し、社会に還元し続けるためには、産・学・官のそれぞれに大事な役割がありますが、その最終的な目標は、連携によってイノベーションをスムーズに事業化して、世界に発信する。そこでの産の役割は、いいものを安くつくって世界に発信し、還元することです。学では教育と研究に加え、開かれた知の創造と研究成果を社会に還元すること、そして社会性の高い人材を育成して、世の中に輩出することが役割となります。したがって大学は、単に卒業すればいいのではなく、この点は、学生や親御さんも含めて価値観を変えていただきたいと思います。
 官はあまり規制をしないで、社会に還元する価値の高いプロジェクトに対しては、積極的な支援をしていただきたい。イノベーション志向のインフラ整備を行うなどのサポートも欲しいところです。


「理系離れ」ではなく「理科離し」

 我々産業界は、大学には大きな期待を持っています。産業界には、今日と明日しか見えません。そこで学の方々には、確かな明後日を見ていただきたい。真っ正面に明後日を見ていただき、知の創造の成果を我々と一緒に形にして社会に還元して欲しいのです。大学が変わり始めていることは事実ですが、一方で、理数系が非常に弱体化しつつある実態も現れています。1992年からの大学入学志願者数の推移をとったデータでは、工学部への志願者が45%も減っている。これは私は由々しきことだと思っています。
 「理系離れ」とよく言われます。でも私は「理系離れ」というのは間違いだと思います。理科が嫌いな子どもは、ひとりもいません。子どもは小さな頃、「これ何?」「これどうして?」と、自分が気になること、知りたいことを何でも聞いてきます。それに対して親、先生、社会が応えてこなかったのです。問題はここにあって、大人が「理科離し」をしてきたのです。日本にはこれだけ自然がたくさんあり、子どもの関心を引くものも多いのですから、子どもたちが理科離れしていくというのは考えられず、大人が引き離している。我々大人・社会は、これに歯止めをかけないといけないでしょう。そうしないと、科学技術立国・日本はないと思います。
 「日本の若者に元気がない」とも言われています。若い人たちの前でこういうお話をして、お叱りを受けたこともありました。1999年に「21世紀は希望のある社会になりますか」と高校生を対象に比較調査(日本青少年研究所)をしました。中国では89%、アメリカでは63.5%、韓国では63%が「希望のある社会になる」と回答したのに対して、日本では35%。別な調査(市進学園・2006年)で「なぜそう思わないのか」と尋ねたら、「自分のお父さん、お母さんが生き甲斐を持っていない」という答えが65%もありました。時間軸の違う調査ですが、これは実情を反映していると思っています。


“技術屋が社会をリードする”というマインドを持とう

 子どもたちに「やりたいことに、いくら困難があっても挑戦するか」と尋ねた調査(日本青少年研究所)では、先ほどの4カ国中、日本は最下位。同じく「将来自分の会社をつくりたいか」の問いに対しても、日本の若者は3位の韓国(04年64%、07年72%)の半分にもならず、04年は24%、07年は33%でした。国情や社会の仕組み、社会背景が違いますから単純な比較はできないかもしれませんが、それにしても日本の若者のベンチャーマインドが低いように思われます。
 理科離しの件と考え合わせると、日本が科学技術で立国する、イノベーションで立国することに、強い危機感を持ちます。そこでまず私たち大人・社会は、子どもが素直に自然を見る目を養うことをサポートすべきです。親が、先生が子どもの素直な疑問に応えてあげる。逃げてはいけません。
 またサラリーマンになって偉くなるだけが人生でないことも教えるべきでしょう。「お父さんみたいになったらダメだよ」と言う母親がいると聞きますが、私にはその意味がわかりません。部長になったら偉いのか、社長になったら偉いのか。そんなことは決してありません。“自分にとって何が幸せなのか”“何が素晴らしい人生なのか”を子どもの頃から考えることができるように育てていく。子どもの素直な目を、素直な心を育てることが、我々大人の責任でしょう。
 私は大学で、学生たちにいつも言っています。「さあイノベーション立国するぞ。“技術屋が社会をリードしていくのだ”という高いマインドを持とう。大事なことは日々自己研鑽することだ」と。会社でも若い社員を前に、同じようなことを語っています。
 本日は経済同友会の活動の中で語ってきたことと、若い人たちに説いてきたことを合わせてお話しました。富山はものづくりの盛んな地ですが、こうした会を縁にさらに発展されることを期待します。ご静聴ありがとうございました。

作成日2009.12.17

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