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とやまナノテク国際シンポジウム2013

とやまナノテク国際シンポジウム2013
-ナノテクものづくりとイノベーション創出戦略-

自動車、電気・電子、医療、生活用品など、さまざまな分野での実用化が図られているナノテク技術。世界的な研究機関から、あるいは先端的な素材研究・応用研究を進めている研究者を招き、ナノテクノロジーを生かしたものづくりの方向性や技術革新の可能性などを語っていただきました。要約してその概要を紹介します。

特別講演1
A Green Future with Nano Carbon: Principle, Applications and Challenges
~ナノカーボンで叶える環境に優しい未来:原理、応用とその課題~

  イヴィツァ・コラリッチ氏
  フラウンホーファーIPA機能性材料部門長
  フラウンホーファーOPER 所長

特別講演2
未来の車は植物で創る
~植物系ナノ繊維:セルロースナノファイバーの製造と利用~

  矢野 浩之氏
  京都大学生存圏研究所 教授
  京都大学 生存圏研究所 生存圏学際萌芽研究センター長

特別講演1
 「A Green Future with Nano Carbon: Principle, Applications and Challenges」

 お招きいただき、ありがとうございます。富山のおもてなしは大変素晴らしく感激しています。今日は、私が属するフラウンホーファーについて、またナノカーボンやその後のイノベーションについて紹介します。
 フラウンホーファーは、ドイツのミュンヘンに本部があります。20,000人の研究者を抱え、ドイツ全土に60以上の研究所を持つ研究機関です。私が所属するフラウンホーファーIPA(生産技術・オートメーション研究所)はバーデン=ヴュルテンベルク州の州都シュトゥットガルトに拠点を構えています。シュトゥットガルトは自動車産業が盛んで、われわれの研究所は、ダイムラー、アウディ、ポルシェなどと親密な関係を持っています。また私どもは、他の企業の研究部門や大学とも協力し、さまざまなネットワークを築いています。研究成果をまとめた出版物も数多く出し、もちろんナノテクに関しても数々の研究発表を行ってきました。
 フラウンホーファーでは応用研究を行っており、大学などで開発された新しい技術を産業界で生かす方法を探っています。各フラウンホーファー研究所の所長は、大学の教授も兼任しており、2つの責任を抱えています。大学ではマスターやドクターコースの学生も教育し、一方で研究を業界に活かすための開発を行うのです。同時に、業界のニーズを大学にフィードバックすることで、業界に活かしやすい基盤研究を行ってもらうことにも一役買っています。またフラウンホーファーでは、産業界に人材の供給も行っています。例えばメルセデス・ベンツのR&D統括部長は、かつてフラウンホーファーIPAの研究者だった人で、こうしてネットワークがまた広がっていくのです。
 フラウンホーファーIPAには5,030万ユーロの年間研究予算があり、720人のスタッフを抱えています。主に企業との委託研究契約によって収入を得ています。お客様の中にはダイムラーのような大企業もあり、私たちの革新的な開発が多くの製品に生かされています。我々は、企業のニーズをうまくつかみ、技術を効果的にマーケットで生かすためにビジネスユニット制を採用しています。例えば私は、機能性材料部門のヘッドとして新しい素材の開発をしていますが、同時に自動車ユニットのリーダーとして自動車業界のお客様と対話もしています。
 フラウンホーファーIPAのプロジェクトの例を挙げます。ARENA2036というプロジェクトでは次世代の自動車を開発しており、ボディーがカーボンファイバー製の電気自動車を開発しています。従来の自動車は外から中へとつくってきました。しかし、ここでは中から外へとつくります。この新しい取り組みは、ダイムラー社をはじめとする企業とともに行っていますが、日本の企業にも加わっていただきたいと思っています。また革新的なカイト型風力発電の開発も行っています。円形のレールに固定したカイトを上空500メートルまで揚げると、カイトは風を集め、レールの上空をぐるぐると旋回します。その風をエネルギーにして発電します。太陽光発電の代わりになる、新しい発電方法です。私たちの部門では、ディスプレイ技術の発展に寄与するような、透明電極を開発しています。

ナノチューブの20年

 私の研究部門の出発点はカーボンナノチューブでした。カーボンナノチューブは、飯島澄男先生によって1991年に発見されました。これは非常に優れた、興味深い素材です。例えばカーボンナノチューブを用いてエレベーターをつくり、国際宇宙ステーションとの間を結ぼうという壮大な計画があります。
 ところが今年(2013年)の5月、バイエルという独企業がカーボンナノチューブ事業から撤退すると発表しました。バイエルは、ヨーロッパでは一番大きな、カーボンナノチューブのメーカーでした。そこが突然、撤退を発表したのです。同じ業界の人びと、また関連業界の人びとは不安を覚えたものです。
 ナノテクノロジーへの関心は、10年前に比べると薄くなっているのは事実ですが、約40名の研究者を抱える私たちの部門ではこの十数年の間にナノカーボン材料を用いたさまざまなアプリケーションを開発しました。初期には導電性のある紙、テニスラケット、さらに進んで金属複合材料や透明導電膜を開発し、最近では、ナノホーン(nanohorn)や銀ナノワイヤー(Silver Nano Wire)の応用にも取り組んでいます。また世界中で、お客様とともに様々な用途開発を行っています。
 しかし私は、これらの応用で本当に革新的なのだろうかと自問自答を繰り返しています。新しい技術や新しい素材で既存技術を代替することに意味があるのか。いやそうではなく、ユニークな物質特性を生かして、新しいアプリケーションを開発することに意味があるのではないか…と。単なる代用品をつくるのではなく、革命的な新しいものを生み出していくことが必要です。そこでナノチューブに話を戻すと、例えばカーボンナノチューブを使うことによって強度が飛躍的に向上します。またナノチューブには、熱伝導や電気伝導がよく、自滑性があるという特徴があります。これらを組み合わせると多様な機能を得ることができ、例えば自動車の軽量化に大きく貢献することができます。

自動車への応用

 ドイツで人気のある自動車はフォルクスワーゲン社のGolfです。昔のGolfの重量は、およそ800kgでした。ところが最近はその倍になっています。重量が増えると燃費が悪くなり、CO2の排出量が増える。そこで軽量化が大きなテーマとなっています。ここで、自動車の素材の歴史を振り返ってみます。1888年、最初に商業化された自動車にはスチールが使われていました。その後、アルミニウムが登場し、さらには樹脂が現れ、最近ではカーボンファイバー製の車が注目されています。2013年、BMWがカーボンファイバーの自動車をつくりました。ここまでくるのに130年近い歳月が流れているのです。
 なぜ130年もの長い年月がかかったのか。例えばアウディは、アルミニウムを自動車へ導入したパイオニア的な企業ですが、軽量化のために、今でもプロセスの改善や新しい技術の開発を行っていると聞きます。技術開発や軽量化の道のりは長いのです。自動車業界全体で取り組まなければ、成果は少しずつしか現れません。
 自動車におけるカーボンファイバーの応用について、付言しておきます。アウディで技術開発に携わるクラウス・コグリン氏(Dr. Klaus Koglin)はその熱心な研究者の1人ですが、塗装技術がキーになると話しています。今のところ、カーボンファイバーに適する高性能な塗装法は開発されていません。またカーボンファイバーの車体に、他の素材からなる部材を接合する技術も確立されていません。自動車にカーボンファイバーの部品を多く使用するには、20年あるいはさらなる年月が必要になるかもしれません。現状、自動車業界では、まだ金属を使うという方向のようです。金属の特性を知り尽くし、溶接などすべての技術が確立されているからです。
 新素材を用いた自動車には、つまり新しい技術が必要だということです。例えばアルミニウム6061の強度は73GPa(ギガパスカル)ですが、車体を鉄からアルミニウムに替えるためにアウディが要求する強度はほぼ倍の140GPaです。シュトゥットガルトではアルミニウム6061をカーボンナノチューブで強化するCNT複合金属をボールミル法で開発していますが、ヤング率が20%上昇し87GPaの強度を達成しています。またCNTがクラックの間でブリッジの役割を果たすことで伸び率も改善しています。熱安定性も高くなり、潤滑性にも優れているため、このCNT複合金属については自動車のベアリングで採用され、ドイツの自動車業界で高い評価を得ています。
 しかし、まだアウディの要求には手が届いていません。ここで再考しなければならないのは、金属とナノチューブはそもそも混ざりたがらない、ということです。そしてボールミル法で最適な分散ができないのであれば、違うプロセスを開発するしかありません。
 そこで、われわれは金属の粉末に直接カーボンナノチューブを生成させるというシンプルなプロセスを開発し、業界が求める性能に着実に近づいてきています。
 ナノチューブは電極としても使えます。ポリカーボネートのフィルムなどにスプレーコーティングすれば、薄い発熱体として使えます。
 またITO(酸化インジウムスズ)を代替する透明導電膜としての応用も注目されています。現在のところ私のチームでは90%の透過率で150Ω/□(オーム/スクウェア)という値に到達しています。これを大量生産する技術を確立すれば、ITOの代替ができるかもしれません。しかし、本当に代替するだけでよいのでしょうか?
 ナノチューブには導電性があるだけではありません。CNTで作った導電膜をくしゃくしゃにしても、導電性は維持されます。つまり曲げたり折り畳んだりすることのできるエレクトロニクスをつくることが可能なのです。また伸縮性のある基板で導電膜を作れば、伸び縮みする電極を作ることができます。その基板を立体的な形にすれば、3Dの電極も可能になります。これらのユニークな特性は、ITOでは出せないものなのです。

ポスト・ナノチューブ

 次はグラフェン(Graphene)について。グラフェンも透明導電膜に応用することが可能です。また多くの研究グループが、大面積のグラフェンをつくっています。このグラフェンを、電気関係の用途以外に使うことも考えられています。例えば、医療や薬剤の分野です。薬剤の容器に応用が可能だと思います。現在使われている容器には、有害物質が使われている場合がありますが、グラフェンを用いると非常にクリーンでリーズナブルな酸素バリアをつくることが可能です。グラフェンは1gあたりの比表面積が非常に大きく、スーパーキャパシタへの応用も考えられています。すでに室温で85.6 Wh/kg(ワット・アワー/キログラム)というエネルギー密度が高いスーパーキャパシタが発表されています。私たちの研究所でも、エネルギー密度が高くチャージ時間の短いキャパシタの開発が行われています。
 グラフェンの製造で知られているのは、韓国の成均館大学校(SKKU)です。日本のソニーもグラフェンのシートをつくっています。しかし彼らの作り方には、難点があります。製造工程の1つに転写があるのですが、その際グラフェンのシートに穴が開いたり、しわができたりします。また銅を使い捨ての触媒として使うためコストが上がり、SKKUでは1平方メートルのグラフェンをつくるのに200ユーロ近くかかっています。
 ではこれをどう改善したらいいのか。まずはソフトな転写方法を採用すること、そして触媒を再利用することの2点です。ではどのように行うのか?私たちはイオン溶液に基板の銅とグラフェンを浸し、バブルの力でソフトに銅からグラフェンを剥がしています。この方法を用いれば触媒である銅が再利用でき、穴や皺という欠陥のないグラフェンを低コストでつくることができます。

グラフェンもピークを迎えている!?

 話題を研究開発費に移しましょう。今日では製品が複雑化し、R&Dのコストが膨大になってきています。一方で製品の市場サイクルが短くなっており、十分な収益を上げる前に違う製品開発が始まるという厳しい時代です。2011年、日本のGDPに占めるR&Dへの投資の割合は、世界一でした。しかしフォーチュン500(Fortune500)の企業を見ると、1995年には日本の企業が35%を占めていましたが、2010年には20%以下になりました。
 これは日本だけの問題ではありません。例えば、ノキア。ノキアは研究開発に多額の投資をしていますが、携帯電話の製造はもう行っていません。製品が複雑になりすぎて、開発コストに見合った収益が上がらなくなったためです。
 またイノベーションのスピードも速くなりました。2005年、カーボンナノチューブのディスプレイデザインにブレイクスルーが起きたという記事が出ました。あれから8年経っていますが、実際にこの製品をご覧になった方はいるでしょうか。私は見ていません。また2010年には、グラフェンを使ったフレキシブルなタッチスクリーンができたと発表されました。つまり、夢の材料と呼ばれたカーボンナノチューブのディスプレイが上市される前に、たったの5年間で「次世代の」夢の材料の製品化に目処が立ったと報じられたわけです。
 グラフェンへの期待の高まりから、欧州委員会は2013年、グラフェンの研究開発費として10億ユーロを投資すると発表しました。グラフェン関連の論文発表は2000年あたりから行われるようになり、2012年にはカーボンナノチューブが20年かかって到達した累積発表件数にすでに並ぼうとしていますが、実はグラフェンの論文発表は2007年でピークを過ぎ、研究者の関心は硫化モリブデンや六方晶窒化ホウ素などの2次元マテリアルに移っています。
 グラフェンはまだ開発途上にあるのに、なぜ研究者は2次元マテリアルに関心を移してしまったのでしょうか。その大きな理由は、研究資金にあります。我々研究者は政府や企業から支援を受けて研究開発をしています。それが製品化されて企業の収益が上がり、また税金となって政府に還流していく。そこにはお金の循環のサイクルがあります。すなわち、良い研究により素晴らしい技術や製品が安価に提供できるようになり、多くの人が利用できるようになる。そうすると企業の収益が改善されて、従業員の収入アップにつながり、また税収も増えて、皆がハッピーになるというサイクルが回り始めるのです。
 ところが昨今は、イノベーションのコストが上がり、また企業間の競争が激化してきたため、研究開発費が絞られるようになってきました。ですから、グラフェンの研究開発費にも限りがあり、研究者は次の研究対象に関心が移ってしまったのです。グラフェンの研究者は現在、未来をうかがうことが可能な水晶球をのぞいて、製品化のヒントがないかと考えているでしょうが、それより顧客の声に耳を傾けるべきでしょう。

日本の皆さんも協議の場に

 シュトゥットガルトでは、いろいろな業種、立場の人びとを1つの同じテーブルに招き、協議する場を持っています。グラフェンやナノチューブについても意見をうかがったことがあります。そこではイノベーションの方向性や収益改善の方策などが協議され、私たち研究者に良い示唆を与えてくれます。複数の特許を組み合わせることで新しい技術が生まれ、それがイノベーションのコストダウンにつながるのです。
 新しい素材を開発していくというのは、極めて厳しいビジネスです。ナノチューブを用いた製品がなかなか市場に出ないことからCNTへの期待が薄れ、流行っているらしいグラフェンに「グラフェン万歳!」と叫んでいる人はいませんか?世間の過度な期待感に乗せられてはいませんか?今度は「2次元マテリアル万歳!」と叫ぼうとしていませんか?単に素材の良し悪しだけでなく、研究者を育てる環境、オープンに意見交換できる場、関係機関が組織の枠を超えて協力し合う体制などを整えていく中で、イノベーションは加速します。私たちの協議の場には誰でも参加できます。富山の皆さんも、日本の皆さんもお待ちしています。またフランホーファーは、日本にもオフィスを構えていますので、ぜひお越しください。今日はみなさん、ご清聴ありがとうございました。

フラウンホーファーOPER
〒530-0011 大阪市北区大深町3-1 グランフロント大阪 ナレッジキャピタル8F K809
Phone:06-6136-3362  Fax:06-7635-5699
E-mail:oper@fraunhofer.jp  Web:http://oper.fraunhofer.jp

特別講演2 「未来の車は植物で創る」

 今日の話の主人公は植物の繊維、それも極めて微細な単位のナノファイバーです。植物の細胞壁は、このナノファイバーでできています。この地球上には、1兆トンを超える生物由来の資源があるといわれていますが、その99.9%は、植物由来です。そしてその半分は、セルロースという物質でできています。セルロースは植物の中ではナノファイバーの状態で存在しています。つまり植物の細胞壁は、均一なナノファイバーでできた天然のナノコンポジットなのです。その蓄積がこの地球上には1兆トンあるのです。現在、確認されている石油の埋蔵量は1,500億トンですので、その6倍以上の量のナノファイバーが存在しているのです。
 木材からリグニンという成分を取り除くと、繊維状にほぐれてきます。それがパルプです。このパルプを漉いて紙をつくりますが、パルプの太さは髪の毛と同じくらいで、50~100マイクロメートルです。それを3万倍程度に拡大して見ると、さらに細い繊維でできているのがわかります。例えばコピー用紙の8割は、このナノファイバーですし、衣類の「コットン100%」というのは、100%このセルロースのナノファイバーです。その太さは、10~20ナノメートル(nm)です。

複合化により高機能化が図られる

 セルロースの基本単位は、グルコースです。このグルコースは、β-1,4の結合で高分子鎖となり、それがさらに水素結合で結びついて結晶構造をとっています。この状態を伸びきり鎖微結晶といいます。これはセルロースナノファイバーの特徴ですが、それが高弾性・高強度をもたらしているのです。セルロースナノファイバーの弾性は140 GPa(ギガパスカル)で、強度は3GPa。鋼鉄の7~8倍の強度をもっています。さらには線熱膨張係数が極めて小さく、0.1ppm/K。熱膨張の小さいガラスでも7~8ppm/Kです。その70~80分の1、石英ガラス並みの線熱膨張係数です。しかもマイナス200度からプラス200度という非常に幅広い温度域において弾性率はほとんど変化しません。
 セルロースナノファイバーは極めて高機能・高性能です。しかも毎日、太陽の光、水、CO2によって持続的につくり出されている資源です。ですから世界中で注目され、研究が活発に行われるようになりました。最近ではプラスチックとの複合により、さらなる高機能化が図られ、自動車の材料にすることが試みられています。また詳しくは後に紹介しますが、ナノファイバーでの透明補強が可能になり、いわゆる透明FRPをつくることができます。高強度で低熱膨張のFRPは、透明な点を生かしてデバイス系に使う案が出ていますし、食品や医療の分野での応用も考えられています。
 ナノファイバーの研究拠点は、世界的に見て大きく3つあります。その1つはカナダ、アメリカを中心とする北米。スウェーデン、フィンランドを中心とする北欧が2つめ。3つめは日本です。カナダや北欧は森林資源が豊富で、林業が盛んです。かつては紙やパルプの生産が盛んでしたが、最近は中国や南米の国々にそのお株を奪われ、ナノファイバーに関心が移ってきました。日本では、私ども京都大学と京都市の研究グループ、また東大のグループ、九州大学のグループ、そして岡山の研究グループと4つのグループが、材料開発や用途開発を精力的に進めています。
 ナノファイバーの特許について調べて驚いたのは、最近、アメリカと中国の件数が非常に増えていることです。ナノファイバーについて、両国は後発国でしたが、材料開発に急速に力を入れて、スウェーデンやフィンランド、日本は、その後塵を拝するようになっています。

簡便にナノファイバーをつくる方法を開発

 これから具体的に、セルロースナノファイバーについて説明します。原料はパルプを用いるのが一般的です。パルプの段階では、木材中のリグニンやヘミセルロースは取り除かれているので、セルロースナノファイバーは独立した状態で存在しています。パルプを1%濃度くらいの水溶液にして、高圧ホモジナイザーという機械にかけてナノ化していくわけです。セルロースナノファイバーの7~8割はパルプの長さ方向にきちんと配列しており、残りの2~3割はタガのように横方向に巻いています。そのタガを外すと、ナノ化がどんどん進んできます。
 それをもっと簡単に行うのがグラインダーという機械です。ここでも同じく1%濃度くらいのパルプの水溶液をグラインダーに通すと、機械の中で回転している砥石にパルプが砕かれて、ナノファイバーをつくることでできます。先ほどの高圧ホモジナイザーの場合は何回も通す必要がありますが、グラインダーの場合は、1回を通すだけで構いません。
 私どもは、セルロースナノファイバーをさらに簡便につくる方法を開発しました。ポイントは、リグニンやヘミセルロースを除いた後のパルプを乾燥させないことです。乾燥すると、セルロースナノファイバーの表面にある水酸基が互いに結合して、凝集してしまうのです。そこで乾燥しない状態を保ち、横に巻いているタガを切って、せん断の力で練っていくとナノ化できます。これはプラスチック成型加工では一般的な、押出機による加工に当たります。この濡れたパルプを押出機に入れて練る際、樹脂やゴムも一緒に入れると、一度でナノコンポジットができるわけです。
 さて資源的なことですが、木材の他に、稲ワラ、サトウキビからショ糖をとった後の搾りかす、キャッサバからでんぷんをとった後の搾りかす、砂糖大根の搾りかすなどからも、セルロースナノファイバーをつくることができます。これらを先ほどのグラインダーで擦ると、いずれも20~50ナノメートルのナノ繊維になります。植物が、地球上に現れたのは多分10億年以上前、陸上に上がったのは、5億年くらい前といわれていますが、セルロースナノファイバーの構造自体は変わっていないようです。それだけ植物にとって本質的な構造なのです。

発電にも応用

 今度は、その用途についてお話します。今日、ぜひとも紹介したいのは、ナノファイバーをソフトクリームに加えると何が起こるかということです。研究を重ねているのは日世という、ソフトクリームを日本に最初に紹介した会社です。ソフトクリームは、気温の高い状態では溶け出して、数分で垂れ落ちてしまいます。同社はこの垂れ落ちを解決しようと研究を重ね、ソフトクリームの中でも糖度が高くて凍りきっていない隙間にセルロースナノファイバーを選択的に混合しました。添加量は、ソフトクリームの0.1%。気温35度の実験では、普通のソフトクリームは6分ほど経過するとポタポタと垂れ落ち始めました。一方セルロースのナノファイバーを入れた方は、18分経ってから垂れ落ちました。これはまだ実験レベルの話ですが、いずれ実用化されて市場に出てくるでしょう。人工血管、人工軟骨、人工の腱なども、セルロースナノファイバーだけで、あるいはセルロースナノファイバーとゴムを組み合わせてつくる研究も行われています。セルロースナノファイバーでできたシートを、フィルターや二次電池のセパレーターに使うことも試みられています。
 私どもは2000年から、様々な植物資源から均一なナノファイバーを製造する技術開発を行ってきました。その上で、鋼鉄並みの強度を有し環境負荷の少ないバイオ材料を開発する、またガラス並みに熱膨張が小さく、しかもフレキシブルな透明材料を開発する、ことを目標に掲げ成果を出してきました。
 ではなぜセルロースナノファイバーのシートに樹脂をしみ込ませると透明になるのか。実験を繰り返す中でわかったのは、400~800ナノメートルの可視光の波長に対して、50ナノメートル程度の十分に小さいコンポーネントは光の散乱を生じない、ということです。従って、ナノファイバーで透明樹脂を強化した場合は、その透明性を損なうことなく線熱膨張を下げたり、強度を上げたりすることができるということです。実際にパルプをグラインダーで擦って、ろ過してシートにして、アクリルモノマーを入れてみました。すると、鋼鉄のように強く、ガラスのように熱膨張が小さく、そしてプラスチックのようにフレキシブルな透明の材料をつくることができました。この技術開発は2003年に行いました。それから10年経って三菱化学と王子製紙が連続シート化設備を開発し、2016年には事業化する予定です。透明化については、紙やカニの透明化も試みられ、透明なナノペーパーに銀ナノワイヤーや光電変換素子をのせて発電させ、その発電効率を調べる実験なども大阪大学の能木先生らによって行われています。

自動車にターゲットを絞って

 構造用途のアプリケーションについても紹介します。セルロースナノファイバーを水中に分散し、漉き上げてシートにし、乾かした後でフェノール樹脂をしみ込ませます。これを何枚か重ねて、ホットプレスの中で圧着すると、セルロースナノファイバーのシート成形体ができます。曲げの強度でだいたい400 MPa(メガパスカル)。マグネシウム合金とほぼ同じ強度です。密度に関しては、マグネシウム合金は1.8ですが、この材料は1.4。より軽くて強い材料ができたということです。
 この技術は2001年に開発しました。そこでいくつかの企業と議論を重ね、異分野垂直連携という産学連携のプロジェクトを3つ行って来ました。最初は、2005年の地域新生コンソーシアム。その次は2007年から始まった、NEDOの支援を受けた大学発事業創出です。そして3つめは、2010年から今年の2月までのGSCプロジェクトで、このプロジェクトにはアドバイザーとして自動車メーカーを加え、自動車にターゲットを絞って材料開発を行いました。
 3番目のプロジェクト名は「セルロースナノファイバー強化による自動車用高機能化グリーン部材の研究開発」で、これもNEDOの支援を受けました。プロジェクトのメンバーは、京都大学、京都市の他に製紙会社、化学メーカー、そしてアドバイザーとして自動車メーカーや自動車用部材のメーカーにも加わっていただきました。このプロジェクトの特徴は、自動車メーカー等に材料を渡し、彼らに評価してもらって、その結果をまた材料開発にフィードバックする体制がとれたことです。またこのプロジェクトでは、セルロースナノファイバー表面の選択的な化学修飾に力を入れました。それを行うことにより、軽量高強度のセルロースナノファイバーを使って、既存のポリプロ、ポリエチレンベースの部材の強化を図ったわけです。その目指すところは、部材の軽量化による燃費の向上です。軽くて強い、そして熱膨張が小さいという特徴を生かして、将来的には大型部材にもセルロースナノファイバー強化樹脂材を使うことも念頭においていました。

圧倒的な価格競争力がある

 その結果、3つのブレークスルーがありました。1つはナノ構造を精密制御する高補強性の化学変性・複合化技術を開発することができたこと。第2は、生産性を高めたこと。従来の技術では、パルプをナノファイバーまでほぐしておき、それを化学変性した後で樹脂と複合化していましたが、ポリプロ・ポリエチレンと溶融混練する時に、パルプをナノ化し、ナノフィラーとする、セルロースナノ材料製造法を開発し、生産性を高めました。そして3つめは、補強効果や気泡微細化効果を生かし、軽量・高弾性・高強度な微細発泡体を開発したことです。
 セルロースナノファイバー表面を化学修飾した、高機能フィラーを10%添加したポリエチレンでは、弾性率は4.5倍になりました。線熱膨張係数は、1/5まで下げることができました。
 パルプはナノファイバーの集合体で、そのナノファイバーは鋼鉄の7~8倍強く、石英ガラス並みの線熱膨張率をもって、なおかつ20ナノ前後で均一、と強調してきました。なぜそこまでパルプにこだわるかといいますと、1kg50円程度だからです。そこには、圧倒的な価格競争力があります。キロ50円のパルプを変性し、そのまま私たちが開発した技術で押出機を使い練っていくとナノファイバーができるようになりましたので、事業化に向けて大きく前進したといえるでしょう。これらの成果を踏まえ、経産省の支援を受けて星光PMCという企業が、年間24トンの変性パルプをつくるテストプラントの建設に、今年度に着手しました。
 また、この9月から私どもでは新しいプロジェクトが始まりました。これは平たくいうと、植物由来の高機能な化学品をつくることを目標にしていますが、私どもはリグニンの制御をとおして、ナノファイバー製造技術をさらに高め、高耐熱・高流動性のセルロースナノファイバーを新たに開発することを狙っています。新しいバイオベースのナノファイバーをつくって、従来のセルロースナノファイバーでは補強できなかったポリマーなどの補強を試みていきます。複数の製紙メーカーが開発に加わり、またアドバイザーとして自動車メーカーやハウスメーカーが名前を連ねています。

新しい産業は森林資源をベースに

 14年間、セルロースナノファイバーの研究を続けてきて、大きくまとめて3つのことがわかりました。重複する点もありますが、順に紹介すると、まずはこの材料の特徴です。パルプの状態では1kgあたり50円。高くても100円です。圧倒的な価格競争力があります。これにより、大型産業資材に発展する可能性を持っています。2つめは、セルロースナノファーバーは、化学修飾の自由度が高いということです。そして3つめは、セルロースナノファイバーは、植物由来であるがゆえに、その構造にはつくり手である植物の思いが込められていると実感したことです。植物は、地上にあがってから5億年の歴史を持っていますが、軽くて丈夫でありたいからこそ、セルロースナノファイバーを発展させてきたのではないかと思います。その、軽くて丈夫という特徴を、構造用途に生かして材料開発を続けていきたいと思います。
 子どものころ、「日本には資源がない。だから海外から資源を持ってきて、それを加工して高付加価値なものにして、海外に売っていく。日本はそういう科学技術立国にならないといけない」と学校で教えられました。しかし今や、日本にはセルロースナノファイバーのための資源がたくさんあることがわかりました。その上日本には、それを扱う知恵や技術があります。「新しい産業は森林をベースにして、日本から生まれる」と私は思います。

作成日  2013/12/03

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